61話:3章 聞き込み調査

 コルヌスの騎士団は大陸南部に位置する国家、南部都市国家連合において最大の騎士団でもあります。

 都市国家が集まってできたこの連合国家で、幾つもの都市に跨って行動しても苦情が出ない、いわゆる国連軍的な存在といえるでしょうか?

 もちろん各都市における思惑などはあるのでしょうが。

 ちなみに、マレバはコルヌスに所属する東方の開拓村となっています。間にあるコームは、かなりいい顔をしていません。


「思ったより小さいのですね」

「ま、ここの騎士団の本命は学院施設だからな。騎士学院は南部最大規模で、生徒への刺激を意図して、本隊もそちらに併設しているとか」

「騎士学院……アレクの通っていたところですよね?」

「ああ、俺も短期間通っていたぞ。子供の頃に上司に目を掛けられて、学を身に付けて来いと放り込まれた」

「おお、それは。わたしも見てみたいですね!」

「残念ながら郊外だから、ちと距離があるな」

「むぅ。まあ、そのうち見に行く機会もあるでしょう。わたしたちは不老ですし」


 時間ならたっぷりあるのです。それこそアレクやマールちゃんが老衰で亡くなっても、まだ余るほどに。

 そう考えると、少ししんみりしてしまいました。

 落ち込んだ気配を感じたのか、ハスタールがわたしの頭を抱き寄せてくれます。


「そうだな、俺たちには時間がある。ずっと、二人一緒のな」

「……ん」

「お前ら、この男やもめの騎士団宿舎前でイチャつくとは、いい度胸だな。掘られたいか?」

「だ、ダメですよ! 彼の尻はわたしのモノです!」

「俺のだろ」


 油断したら掘られるのですか!? 騎士団、恐ろしい場所です。

 いつの間にか、目の前には背の高いガッチリムッキリした、角刈りの男臭いほどに男らしい騎士が立っていました。


「ハスタール、ここは危険です。早く帰りましょう」

「いや、目的を見失うな? あー、すまない。オリアス殿の手伝いをしているハスタールという者だ。頻発する怪盗事件の話を聞かせてもらいたくて、やってきた」

「ああ、あの事件の。いいだろう、中に案内するからしばらく待っててくれ。担当したヤツを呼んでくる」


 今の彼は少年姿なので、信用してくれたのはオリアスさんの名前を出したからでしょう。

 そういえば、賢者が捜査に参加することで抑止力にするとか、オリアスさんが言っていたのですが、子供姿のままでいいのでしょうか?

 待合室で待ってる間、その辺りを聞いてみることにしました。


「かまわんさ、街での聞き込みとかもあるしな。表立って動く時は大人の姿の方がいいだろうが、この後は街に出るつもりだったんだろう?」

「あ、そういえば。じゃあ、その格好なのは聞き込み用なのです?」

「そうだな。それとやはり、本来の姿でユーリと二人、この街を歩いてみたいとは思ったかな」


 つまり、デートの為にこっちの姿で来てくれたですか。

 それはその、ウン、悪くないですね。

 大人の姿もいいのですが、やはりあの格好だと父と娘的な視線が飛んでくるので、見せ付けたい的な欲求を満たせないのです。

 わたしも性格が悪くなってきましたね。


「とにかく今は聞き込み優先だな。どんな話が飛び出してくるやら」


 間を置かずして、三人の男性が部屋に入ってきました。

 十代後半から二十代前半の、細身ながらも引き締まった、なかなかのイケメンたちです。ハスタールには敵いませんが。

 アレクもそうでしたが、ここの騎士団、イケメン補正とかあるんですかね? あ、そういえば門番さんは違うか。

 いや、あれも別方向の一部の人たちには需要のあるタイプのはず。


「はじめまして。オリアス氏の補佐をしています、ハスタールと申します。この度は私共の為に時間を取って頂き恐縮です」

「あ、ああ。いやシッカリした少年だな。はじめまして、俺の名はアトゥだ。捕縛時に現場に居たんだ。よろしく頼む」

「自分はペレです、犯人を連行しました」

「小官はバイザックと申します。牢の見張りをしていました」

「あ、わたしはユーリです。彼のつ――助手です」


 危うく妻とか言い掛けました。さすがに不信感マックスですのでやめておきます。

 わたしは空気が読める女なのです。


「彼女は私の妻です。なので手は出さないでくださいね」


 しかし、わたしの気遣いは、ハスタールが木端微塵にしてくれました。


「こ、こんな少年に妻だと!?」

「この美少女と、毎夜キャッキャウフフしていると言うのか!」

「爆発しろ……爆発してしまえ……」


 騎士たちがいきなり豹変して、怨念の篭った呟きが聞こえてきましたよ!?

 確かに毎夜キャッキャウフフしてますけど。


「ちょ、いきなり感情的な壁を作ってどうするつもりですか!?」

「いや、つい。女日照りの騎士に、お前の外見は危険だろうと思って、予防線をな」

「もう! 時と場所を弁えてくださいです」

「あー、すまなかった。それで怪盗の話なんだが」


 いきなり真面目な話に切り替えられたからか、騎士たちも表情を引き締め、対応してくれます。

 喉渇いたのでお茶とか欲しいんですが、気が利かない人たちです。やはり男性と言うのは、こう言うものなのでしょうか?

 いや、偉そうに言っても、わたしも元男性ですけどね。

 わたしは、部屋の端に据え付けられているコーヒーメーカーで、人数分のお茶を入れて配ります。


「あ、申し訳ない。本来なら我々がやらねばならないことなのに。男所帯でどうにも気が利かなくて」

「いいんですよ。こういうのは女性の仕事ですから」


 ニッコリと余所行きな笑みを返します。まあ、自分も元は……いや今更ですね。

 騎士たちも自分の心配りの無さを恥じたのか、赤面して項垂うなだれれてます。


「ゴホン、ユーリ、それくらいで。それで?」

「あ、ああ。まず最初は俺からだな」


 アトゥさんが最初に名乗りをあげました。

 彼が語ったのは、リヴァイアサンが珍しく標的を盗み出すことに成功した後の話。

 正しい標的を盗んだのが幸いし、騎士団は彼女を発見。初めて追跡することに成功したそうです。

 夜の闇の中、松明たいまつあかりを頼りに、彼女の後を追い『待て!』と呼びかける。

 アニメや映画ではよくある光景なのですが、リヴァイアサンはその時、背後を振り返り『待てといわれて待つ人はいません!』と返したそうです。

 

 ……そう、背後を振り返って。


 前方が不注意になった彼女は、曲がり角から飛び出した馬車に気付かず、その車体に盛大に突っ込んでしまったそうです。

 運良く大した怪我は無く、彼女を拘束し、仲間を呼び連行したところで彼はふと気が付いたそうです。

 自分が彼女の顔をまったく覚えていないことに。

 その時は、もはや関係のないことと放置していたそうですが、まさか脱獄されるとは思っていなかったと。


「彼女に魔術をかけた痕跡は無かった、と?」

「少なくとも、魔法陣の展開は認識していません」


 ということは、彼女自身が能動的に使用した術じゃない?

 魔道具による常動型? ですが、魔力補充出来ないと壊れてしまう為、常動型魔道具はわたしたち以外の場所では普及してないはずです。

 とにかく、次の話を聞いてみましょう。


「次は、彼女を連行した自分ですね」


 ペレさんはその時は別方向の警戒に駆り出されていたそうですが、仲間を呼ぶ声を聞き付け現場に駆けつけたそうです。

 そこにはすでに拘束されたリヴァイアサンがいて、彼が彼女を牢のある詰め所まで運ぶことになりました。

 アトゥさんは、事故を起こした馬車に対応する羽目になっていたからです。

 不幸な事に馬車はこの街の評議員の物で、リヴァイアサンが激突した際、大きな傷が付いていました。

 その修理だの、盗まれた宝石の返却などの後始末が残っていたからです。


 ペレさんは彼女が盗まれた宝石を持っていたことを確認し、彼女がリヴァイアサンと認識した上で連行しました。

 ロープで縛られ、背後からいつ不審な動きをされても対応できるよう警戒し、バイザックさんに引き渡したそうです。

 そしてやはり、帰りには自分が彼女の顔を覚えていないことに気付きました。

 連行中、彼は常に彼女の背後に居て、術を掛けられるような隙は無かったとのいう話です。


「やはり術を掛けられた記憶は無いと?」

「そうであります。最初に顔を確認して以降、自分は常に背後に立ち警戒していたので、術をかけるのは不可能だったと愚考します」

「術の仕様には、対象の確認が必須ですからね。となると、やはり常動型の術なのでしょうか」

「だとしたら、厄介極まりないな。彼女を捕まえても、それが誰か思い出せなくなるとは」


 そして最後はバイザックさん。

 彼はその夜、牢の見張りを担当しており、受け取ったリヴァイアサンの武装を解除し、檻に収監し、檻の前の机に座って監視をしていたそうです。

 リヴァイアサンに不審な動きは無く、夜も更け、朝が近付いたところで眠気を感じた彼は、部屋の隅にあるポットのコーヒーを入れ……そして彼女がいないことに気付いたそうです。

 慌てて牢の前に飛びつき、中を見渡したのですが、やはり居ません。

 しかも自分が探す、その人物の様相が思い出せない。混乱した彼は檻を開け、中に入って逃亡の痕跡を探しますが、なにもなし。

 そのまま混乱したまま上司に報告し、こっ酷く叱責され、今に至るとの話でした。


「その『目を離した時間』はどれくらいだった?」

「そうでありますね……精々が一、二分というところであります」

「その隙に鍵を開け、脱走することは?」

「どのような腕利きでも不可能かと。檻だけでなく、監視部屋の扉の鍵まで掛かっていたのですから」

「檻の鍵はどうなっていた?」

「掛かったままでした」

「……ふむ?」


 わたしなら、閉じ込められた状態でも、逃亡は可能でしょう。

 転移の術式を仕込んでおけば、ですが。それにしても?


「常動型魔術の設置に、転移? 近年、わたしとハスタールが二人掛かりで開発した物だというのに」

「ああ、俺たち並の魔術の天才かも知れん」


 わたしが術式を開発し、ハスタールが実践する、そのコンビでようやく到達した技術を、たった一人で?

 ありえません。彼を超える天才なんて、それこそチートなのです。


 ――チート? もし、わたし以外の転生者が居たとしたら?


 いや、そんなにゴロゴロ転生者が居れば、この世界の文明はもっと進んでいたはずです。冷房すら無かったのですから。

 となれば、やはり何らかのトリックがあるのでしょうか?


「収監していた牢を見せてもらってもいいか?」


 わたしと同じ結論に達したのでしょう。彼も牢を見たがります。

 彼らは嫌な顔一つ見せず、牢まで案内してくれたのです。

 結論として、トリックに使用されたような痕跡は見つかりませんでした。


 結局、リヴァイアサンの逃亡手段は謎のまま、詰め所を後にすることになりました。

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