60話:3章 コルヌスの街
「ハスタール!」
「おう?」
「海です!」
「そうだな、水着とか買わないとな」
「可愛いのがいいです」
「いや、怪盗捕まえに来たんですが?」
あれから一週間、道中は何事もなく無事コルヌスへ辿り着くことができました。
入市審査を受け、目の前に広がるのは巨大な港、そして浜辺。
「海水浴……そういうのもありましたか!」
キラキラと輝く海を、負けないくらいキラキラした目で眺めるわたし。
これ程のビーチがあるのなら、一週間といわず滞在してもいい気がしますね。
とにかく宿を取って、早速海辺の街を堪能しなければ!
オリアスさんを急かし、彼らの宿泊する宿に案内してもらいます。
「あら、ユーリちゃんとイーグ。久し振りね?」
「ベラさんもお元気そうで」
「アギャ!」
宿に入った途端掛けられた声に、一気にテンションが落ちました。そういえばこの人もいたんですね。
「ん、ハスタールさんは来てないのかしら?」
「なに言って……ああ、彼は『寄る年波』に勝てなくてお留守番になりました」
「誰が『寄る年波』だ」
ゴツリと頭頂部にゲンコツが落ちて来ます。
しかたないじゃないですか、あなたがハスタールだって説明するのが面倒なのです。
「彼ならここにいる。有名人だから魔術で変装しているのだそうだ」
「あー、久し振りだな、ベラ君」
「え、ショタ? その発想はなかったわ!」
「ベラさん、寄らないでください。これはわたしのです」
「シャー!」
涎を垂らさんばかりに詰め寄る彼女を、イーグと二人で威嚇。
ええ、コームでのオーク騒ぎでうっかり発情して押し倒してしまってからは、この姿の彼にも慣れました。
なので、所有欲全開です。誰にも譲りませんよ。
「あー、取らないから安心して? 私だって付き合い始めた彼がいるんだし」
「う゛ー」
「それでそのバーヴはどうした?」
宿のカウンターにはベラさんが。なぜか炊事場にはケールさんとジャックさんがいて、皿洗いしています。
確かに、バーヴさんの姿は見えませんね?
「彼なら前回捕まえた時に、怪盗リヴァイアサンの顔見た人たちの記憶をまとめに行ってもらってるわ。記憶の切れ端を繋ぎ合わせて似顔絵が作れないか、苦心してるみたい」
「確かに過去の情報集めは重要ですが、実りそうにないですねぇ」
「記憶操作されてる可能性が高いからな。むしろ敵が魔術師なら、そういったアイテムを扱っている店とかの方が張り込み甲斐があるんじゃないか?」
「あ、なるほど。そういう場所も調べないとね。さすがハスタールさんね」
当然です、彼は賢者なのですから。
もちろんわたしも、その称号は持っているのですが、世間に疎くて。
「それよりハスタール、早く街を観光……いえ、下見して回りましょう」
「今、観光って言わなかった?」
「気のせいですよ?」
「まあ、次の犯行もここと限ったわけでは無いし、観光がてら下見するくらいはいいだろう」
「む、なんだかハスタールさんから甘い雰囲気が?」
「ああ、彼らは結婚したそうだ。祝ってやれ」
「へ、誰と誰が?」
一瞬、何を言われたのかわからないという表情をするベラさん。
ふふーん、わたしたちですよ、わたしたち!
「ハスタール師とユーリ君だよ」
「なんてこと。賢者が幼女趣味だったなんて!?」
「違うぞ、断じて違う! ユーリだから結婚したんだ!」
絶叫で否定する彼。残念ながら説得力はないですね。
傲然と反論する彼を引き摺りながら、わたしたちは観光に乗り出しました。
「まずは海を」
「じゃなくて。仕事は先に済ますべきだろう?」
「う、それもそうですね。では騎士団の詰め所の方に行きましょうか」
「ああ、そうだな。この街は騎士団があるから、そっちの話を聞いておきたいな」
観光気分に水を差されましたが、彼と二人で初めての街を散策と言うのも、悪くありませんね。
「アギャ!」
「ええ、もちろんイーグも一緒です」
最近留守番が多かったので、自己主張が激しくなった気がしますね?
ソカリス程では無いにしても、充分に活気溢れる街路を彼と二人で歩きます。
途中、露店の人からアクセサリーなどを勧められますが、ここは我慢です、我慢。
「あ、この貝殻の耳飾り、可愛いですね」
「少し着けてみたらどうだ」
「店主さん、いいですか?」
「ええよぉ、どうぞ見てってや」
――我慢できませんでした。
つい道端の露天商を覗き、桜色の貝殻の小さな耳飾りに目を奪われて、試着してしまいました。
チャリチャリと耳元で涼しげな音が鳴り、強い日差しをやわらげてくれた気がします。
「どうでしょう? ハスタール、似合いますか?」
「お嬢ちゃん、可愛いからお似合いやでぇ」
「うん、いいんじゃないか?」
店主の追従にハスタールも便乗します。
気に入ったので一セット買うことにして、片方はイーグの角に巻きつけてあげました。
「イーグとお揃いですよ」
「ウギュ~」
「あら可愛い。この子羽トカゲ……じゃないわね。ひょっとしてワイバーン? でも前足はある?」
「ええ、わけあって飛竜の子を任されまして」
「人に慣れた飛竜とか、騎士団が涎垂らして欲しがるわねぇ」
怯えもせず、イーグの喉を撫でる店主さん。
そういえばこの店主さんも、随分若いですね? 成人前くらい?
「随分若く見えるが、代理か留守番かな?」
「いえ、わたしの店ですよ。ほら、店舗開設許可証」
「ああ、失礼した」
店舗開設許可証とは、街中で店を開く許可を街が許可する物です。
これ程大きい街だと怪しげな店も多く、トラブルも発生しやすいので、行政側からこのような許可証を出すことによって、旅行者の買い物に安心感を与えようという政策です。
街から信頼された商店の証として、店を開く時は開示しておくことが義務付けられています。
「すまない、随分お若く見えたもので。え、十六歳?」
「そーなんや。うち、優秀なんよ」
証明書に書かれた年齢を見て驚きました。わたしと一つしか違わないのですか、彼女。
随分落ち着いた、むしろ商人としてはのんびりとした印象を与える人ですね。
エルリクさんなどは、温和な中に利害を計算する狡猾さなども含んでいたものですが。
彼女はまるで陽だまりで眠る猫のような雰囲気です。そのせいか警戒心がまるで湧いて来ないです。そこが客を引き寄せるのかもしれませんが。
「いや、これはお見逸れした」
「ええよー。ウチの名はレヴィって言うねん。ここらでよく露店開いてるから、よろしゅうしたってや」
「ああ、私の名はハスタール。こっちのはユーリという。また来るから、今度は値引きしてくれるかな?」
「あはは、ちゃっかりした人やね。考えとくわね」
目を細めて、口元が猫みたいな形にして笑顔を返してきます。
本当に猫みたいな顔ですね。見てるだけでほっこりしてきます。撫でたいです。
「そういえば……この街は今、怪盗を名乗る賊が荒らしまわってると聞いたんだが、君の様な女性が一人で店を開いて大丈夫なのかな?」
「ああ、そういうのが出るような場所には近付かへんし。それに、怪盗が人を傷つけたって話も聞かへんから、わりと安心しとるよ」
「そうなのか。何かあったら、私もできる範囲で協力するから、ギルド直営の宿まで連絡するといい」
「へ、坊やみたいやのに、冒険者なんや? こら驚いたわぁ」
「ん、ああ。私じゃなくて、知り合いがね。私たちはその伝手で泊めてもらってるだけで」
「む、その歳で他人の威を借りるのは感心せーへんで?」
眉を顰めて、『メッ』と言う表情で彼の額をつつく、レヴィさん。
なんだか、仲良過ぎじゃありませんか?
「そういう訳じゃなくて」
「むー!」
「お、おい?」
会話を続けようとしてる彼の袖を、わたしは全力で引っ張ります。
「ふふ、彼女さんに嫉妬されたみたいやから、この辺にしとこか?」
「あ、ああ。すまないな」
「嫉妬じゃないのですよ。行くところがあるのです」
「ああ。そりゃ、足止めして堪忍やで」
「いい品があったからな。仕方ない」
「お気に召したようでなによりや。また明日も新しい品を仕入れるから、寄ったってや」
「ああ、また」
軽く手を振り、レヴィさんと別れました。
しばらく歩くと、彼が珍しく不平を口にします。
「ユーリ、せっかくこの街の情報を手に入れようと思っていたのに……」
「そのわりに、仲が良すぎませんでしたか?」
フグのように頬を膨らませ、逆に不満を口にしました。
「いや、あれは世間話から街の情勢をだな」
「むぅ、そういえば怪盗ですけど、あまり街の人に恐れられてはいないのでしょうか?」
「あー、オリアスから聞いた話だと、被害もないそうだし、そういうモノかもしれないな」
「ウギュー!」
イーグが、串焼きの露店を見つけて、わたしの髪を引っ張ってきます。
「いたたた……痛いです、イーグ。わかりましたから!」
「ま、昼も近いし、食いながら歩くとするか」
そういうと、ハスタールが串焼きを十本も注文しました。多すぎませんか?
「俺とイーグは四本ずつな」
「アギャ!」
「わたし、二本ですか?」
「三本食うか?」
「いえ、むしろ二本も食べられないですよ」
「ハハハ、ウチのはボリュームあるからな。三本も食うと嬢ちゃんの腹が破裂するぞ?」
露店の店主が調子のいい事言ってます。が、確かに大きいですね。
焼けた腸詰の串を一本受け取り、早速齧りついてみますが、ぶっとくて口に入りません。
「はむ……むぐ……」
「そういえば店主、この街は怪盗が出ると言う話を聞いたんだが?」
ハスタールは先ほどと同じように情報を集めようとしています。
結果は、先の露店商と同じ。ドジな怪盗はむしろ、街の人の笑い話として逆に愛着を持たれているようです。
「ま、悪いのは悪いんだがな。あれだけドジばっかりだと、憎めねーのはあるよなぁ」
「それに、まだ三度ですしね。まだこの街にいるとも限らないか」
「あー、そうか。次は他所の街って可能性もあるのか。それはそれで寂しいな」
なんでしょう。もはや街の名物と化してませんか?
十本の串が焼きあがって、愛想よく手を振りながら露店を離れました。
その後、何軒か聞き込んで見ましたが、聞き込みの結果はいずれも同じ。脅威は感じていないそうです。
「これ、退治する意味あるんでしょうか?」
「まあ、依頼だからな。それに今は無害でも、これから先は変わるかも知れん」
右手に串を持ち自分で食べながら、左手の串を頭上のイーグに食べさせます。
この子はわたしよりも口が大きいので、楽々齧りついてますね。
こうしてわたしたちは、どうにも敵対心を持てない怪盗の話を反芻しながら、騎士団の詰め所までやって来ました。
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