59話:3章 研究素材

 オークを討伐する際には鉄則と言うものがあります。

 それは単純な、唯一つのこと。すなわち……『一匹たりとも逃さない』です。


 この世界では、オークは狩るべき害獣とされています。

 それは、この世界でオークの死亡率の高さを証明する物であり、同時に死亡率の高さは、多産へ繋がっていく物でもあるのです。

 今目の前で、コボルドが苗床にされているように、オークはを孕ませることができます。

 それは、一匹でも逃せば下位の獣人や、果ては牛馬の家畜を利用してでも繁殖する事が可能という証。

 あらゆる雌を利用し、数を増やし、そして近親婚すら気にせず更に増える。

 彼らは種族の多様性などほぼ関係なく、奇形の生まれる危険性すらなく、同じ胎で何度でも何人でも増える。

 いわば、女性の胎を使ったクローン。それゆえに一匹残るだけで無限にコピーされていく。

 彼らを殲滅するには、世界同時に一匹残らず、取り漏らすこと無く殲滅する必要がある。もちろん、それは不可能です。

 故に殲滅不可能な害獣とされるです。


 目の前の猟師小屋は小さく、そのために周辺に入りきれなかった立場の低い個体が点在しています。

 一匹残らずとなると、周辺を固め包囲殲滅する必要があります。

 そのための人員は揃っていますが、正直、万が一があってはイケナイのです。

 なので、別の手を講じることにしました。


 包囲戦とは真逆まぎゃくの、戦力の一点集中。敵の布陣とこの戦術ならば、まず確実に逃げ延びる個体が出るでしょう。

 そこで、戦闘開始と同時に、オリアスさんに三方を囲むように魔術で壁を作り上げてもらいます。

 高さ五メートルにも及ぶ土壁で三方を囲み、袋小路に閉じ込めました。

 これで逃げ道を、物理的に、かつ完全に断ち切ってしまうのです。


「よし、突撃いぃぃぃぃぃ!!」

「行くぞ、野郎共!」

「殲滅するぞ、進め!」


 各パーティのリーダーが、土壁の魔術の完成と同時にときの声を発し、二十名の冒険者が突入していきます。

 他の冒険者が囲みの中に入った段階で、わたしがこっそりと土壁を頑強の魔術で強化します。

 オリアスさんの魔力では、周囲を囲っただけで硬さ的に問題が残るであろう事は想像できたのです。

 無論、わたしが魔術師であることをバラしてしまえば、おおっぴらに使えるのですが、あまり目立ちたくは無いのです。

 ハスタール辺りは、なぜかわたしの知名度を上げたがってるようですが、わたしとしては彼と2人で静かに過ごせればいいので、それほど気は進みません。


「ブキィィィ!?」

「人間! ドコカラ!?」

「カベ、ニゲラレナイ!」


 突如として立ちふさがった壁に、突入してきた冒険者達。

 オーク共は目に見えて混乱をきたし、反攻を行うでもなく右往左往して慌てふためいてます。

 本来指揮すべき、立場の強い個体は小屋の中で繁殖に励んでいたので、更に混乱が加速したようです。


「よし、今のうちだ! 逃がすなよ!」


 もちろん、そのための後詰ごづめです。

 突入隊が囲いの中を縦横に暴れ捲くり、囲いから出ようとするものはわたしの弓やハスタールの戦槌が降り掛かります。

 壁を崩そうとするオークは、上空からイーグの空襲が掛けられ、目的を果たすこと無く地に崩れ落ちる。

 人間を超える体力と腕力を持つオークといえど、不意打ちと混乱の最中では組織だった反撃もできず、脆くも鎮圧されていったのでした。



 やがて戦闘は終わり、一匹のオークを残して全てが殺戮されました。

 残った一匹は拘束し、『歯向かえば殺す、逃亡しようとしても殺す』と言い含め、街に向かって連行します。

 オークはメンバーに少数混じった女性冒険者からは遠くに配置し、背後から弓で狙われ、小突かれながら町への帰途に着きました。


 街の入り口では、やはり門衛に嫌な顔をされましたが(当然ですね)、オリアスさんの勇名と鼻薬(賄賂)を嗅がせることで、騒ぎにならず門を通り過ぎます。

 オークは殴りつけて気絶させ、藁に包んで外から見えなくしてから、裏通りの曰くありげな一室に運び込みました。

 成功の報告や、報酬の受け取りなどはハスタールとオリアスさんに任せ、雇った男娼の人たちとオークの見張りに付きます。

 わたしは女性ですので、マスクをして臭気などを吸わないように注意しておきます。体液が媚薬なのだったら臭いすら危ないかもしれませんので。

 男娼の人たちにはわたしがトチ狂った際の対応を確認しておきます。オークの子とか、さすがに生みたくはありませんし?

 程なくして目を覚ますオーク。


「ブ、ブキッ!?」

「おやおや、ようやく目が覚めたのです? オーク君」


 くっくっく……と、含み笑いを浮かべながら、ゆったりと話しかけます。

 わたしは今、ダークな悪役気分で、ちょっとだけハイになってます。


「目が覚めたばかりで悪いのですが、君には一仕事して貰わねばならぬのです」

「ナンダ、ココハ! ハナセ!」

「それはできない相談なのです。自由にすれば、君は暴れるのでしょう?」


 ましてやここは街中。自由になどできる訳がありません。


「キサマ……ナニヲスル、ツモリダ?」


 オークも一応獣人種に分別される種族ですので、この世界共通の言語を話すことが可能です。

 咽頭の構造と知能の低さで、かなり片言ではありますが。


「わたしの研究に、君の体液が必要なのです。この研究が完成すれば、女性の不感症や不妊症を一気に解決できる。いや、オーク君には理解できないのです」

「キサマ、ナマゴロシニ、ツモリ、カ?」

「その通り、理解が早くて助かるのです。なに、必要分が回収できれば解放するのもやぶさかでは無いのですよ?」


 ただし、『必要分』とは、オーク一匹から死ぬまで搾り取れるだけの分量、なのですが。

 もちろん、教えてやる義理はありません。


「クッ、コロセ!」


 おー、そのセリフをオークから聞くことになるとは。いや、悪役って気分いいですね?

 軽く指を鳴らすと、壁際に並んでいた男娼の人たちが前に出てきます。


「申し訳ないがわたしはこう見えて、女性なのです。君の体液を搾るとなると、いささか問題が発生するのです。そこで彼らに代理を務めてもらうことにしました」

「ヤ、ヤメロ」


 恐怖と戦慄に歪むオークの表情。ある意味珍しい見ものですね。


「彼らには、オーク君の体液を搾り取る仕事を依頼してあるのです。もちろん、他の役得があっても構わないとは思いますが?」

「ヨセ、ヤメロ!?」

「さて、時間もあまり無いので、早速作業に取り掛かってください。わたしは控え室の方に下がります」

「ウ、ウワァァァァァァ!?」


 わたしは、オークの悲鳴を聞きながら、控え室に移動しました。

 その場に留まると、わたしも発情してしまうかもしれませんしね。



 オークが息絶えたのは翌朝でした。さすがの精力だったのです。

 取れた体液はおよそ十数リットルほど。研究には充分な量と言えるでしょう。

 途中、ハスタールが心配そうに様子を窺がいに来ましたが、まあ、別室の様子を覗いてげんなりした表情で立ち去っていきました。

 わたしとしては、かすかに漏れる発情成分に少々当てられていたので、その場で一戦交えても良かったのですが。

 翌朝、一晩中作業に従事していただいた男娼の皆さんに、報酬を支払い……妙にツヤツヤしていましたが、気にしないことにしましょう。

 取れた体液は瓶に詰め、瓶ごと氷結した上で、更に綿を詰めた箱に仕舞って厳重に封印します。

 体液をそのまま利用したら、妊娠するのはオークの子供になってしまいますからね。

 成分の抽出など、詳細な研究は庵に戻ってからになるでしょう。

 とにかく、ここでの目標は達成しました。


「しかしオークの体液ねぇ。そんなモノを利用するとか、狂気の沙汰じゃないのか?」

「排卵促進剤と、媚薬効果に関しては折り紙付きですよ? 成分さえキチンと抽出できれば、ですが」


 空調の効いたカフェで彼と朝食を摂りながら、今後の予定を決めます。

 イーグはこういった飲食店に入れるのは嫌がられることもあるので、オリアスさんとお留守番です。


「これでわたしの野望に一歩近づいたのです」

「子供、か」


 少し微妙そうな彼の表情。子供、欲しくないのでしょうか?


「いや、そういうわけじゃないぞ。俺だって子供は欲しいし、ユーリに子を産んでもらいたい。だから毎晩頑張ってるし」

「そういう露骨な表現は控えてください」


 産ませるとか、ちょっと赤くなってしまうじゃないですか。


「でももう少し、気兼ねなく二人で楽しんで居たい、とも思うんだよ。わかるか?」

「もちろん理解はできます」


 ええ、充分に。わたしも色欲と怠惰にまみれた生活を堪能したいと思っていたクチですから。

 立場は逆転しちゃいましたけど。


「まだ素材が手に入ったと言うだけです。研究はこれからですし、実になるとも限りません。それに薬なのですから、使うタイミングは自由に決められますし、焦る必要は無い……ですよね?」

「そうか、そうだな」

「だから、子供が欲しくなった時はちゃんと言ってくださいね? それまでは勝手に使わないと約束しますから」

「お、おう」


 子供に関しては、やはり二人で決めることなのです。

 『デキちゃった』では、双方の覚悟や決意もないので、やはりうまく行かないことも多いと聞きますし、合意の上で作ることにしましょう。

 その為には、一刻も早くこの素材を調整しないといけないのですが……わたしも、いささか気がはやってますね。

 いや、理由はわかっています。実はちょっと興奮状態が続いているのです。さすがの効果です。


「それじゃ挨拶回りした後、昼にでも街を出るとしようか」

「え、お昼、ですか?」

「不都合があるか?」


 大有りです。

 旅に出ると、オリアスさんやイーグが傍に居る状態が続きます。つまりデキないのです。

 この興奮状態で生殺しのまま旅を続けるだなんて。いつものハスタールもこんな感じなのでしょうか?


「出来れば明日にしませんか? 後、早く宿に――」


 モジモジと申し出るわたし。下腹の辺りがちょっとポッと暖かく、いや熱くて。

 ちょっとこれは……あの体液の効果、想像以上にヤバイです。

 その後、宿に戻ったわたしが、彼を押し倒すと言う珍しい事態が発生してしまいました。

 ……オークって怖いです。


 結局、出発は翌日になりました。

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