58話:3章 急襲

 不意に現れたのは、身長五メートルに迫ろうかという巨人。

 どこにこんな巨体が潜んでいたのか、歩くだけでも地響きが巻き起こるほどの体躯から、不意打ちの一撃を放つ。

 まともに喰らったのは、口論していたパーティの治癒術師の人でした。

 数メートルを勢いよく吹き飛び、地面に叩きつけられます。

 胸が動いているので、呼吸はしているようですが、手足は不自然な方向に捻じれ、意識はすでに無い様子。

 咄嗟に反応したのは、やはりハスタールでした。若い頃は長く傭兵を続けていたという彼は、咄嗟の危機にいち早く対応します。


「ユーリ、退がれ!」


 被害を拡大するべく放たれた二撃目を、人を軽々と吹き飛ばしたその一撃を、容易くクリーヴァで受け止めてみせます。

 わたしは距離を取りながら、現状を確認。


 現れたのはトロールという巨人族でした。

 巨大な体躯から放つ一撃は、技術とか技を嘲笑うかのごとき威力を産みだし、数多の戦士を肉片に変えた怪物。

 それが五匹。

 岩のような外皮はまさに甲殻と呼ぶにふさわしく、硬く強靭。そしてその灰色の肌は外見通りの隠密性を持っています。


 つまりコイツらは、最初からこの岩場に潜んでいたのでしょう。

 本来なら気付いたはずの敵。

 ですが我々は互いに牽制しあい、大声で怒鳴りあっていたのです。

 その注意は外に向かわず、内に向かっていたのです。完璧に油断でした。


「相手はトロール! 数は五匹! すでに囲まれつつある、密集隊形!」


 オリアスさんが現状を端的に説明し、周囲に指示を飛ばします。


「怪我人の治癒は後だ! 一隊で一匹を相手にすればいい、戦士は後ろに敵を通すなよ!」


 彼も敵を食い止めるハスタールを支援するべく、後方から魔力を練ります。

 ですが彼にそんなものは必要なかったようです。

 一般人の五倍にも及ぶ怪力で棍棒を振り回すトロールに、更にその倍以上の豪腕と質量を持って放たれたクリーヴァが迎え撃ちます。

 その上、加速の魔術による補助までもが発動し、トンデモ無い威力を発揮し棍棒が木っ端微塵に粉砕され、その向こうのトロール本体をも打ち砕く。

 ゴバッっという、水瓶の破裂したような音と共に、血の華が咲きました。


「うっ!?」


 その、開発者ながら、あの光景はグロイですね。ちょっと酸鼻という表現がピッタリ来すぎです。吐きそう。

 しかし、ゆっくりとそちらばかりを眺めている状況ではありません。グロ死体とか、見てるだけで気分が悪くなりますし。

 とにかく中級程度の冒険者の集まりが、トロール四匹とまともにやり合えるはずが無いのです。

 腰に下げたサードアイ(改)を引き抜き、矢をつがえて狙いを定めます。

 弓に付与された身体強化の回数は、一日に三度がせいぜい。魔術を使えばもう少しは持ちますが、ここは節約していい場面ではありませんし。

 トロールを抑えるべく、盾を持って前に出た戦士、その頭に棍棒を振り下ろさんとする怪物に矢を放つ!


「ゴアァァァギャブッ!?」


 雄叫びを上げ勝利を確信したその顔に、音速を超える鋼鉄矢を叩き込み、これまた粉砕します。

 うーん、わたしの作る武器は少々過剰威力ですかね?


「その綺麗な顔を粉々に……いや汚い顔ですけどね」


 どこかで見たマンガの台詞を、決め台詞に呟いてみたり。

 オリアスさんも竜爪の杖で馬鹿げた強化をされた炎矢の魔術を放ち、一体に致命傷を負わせています。

 ここまで来ると残りは二体、奇襲に慌てた他の人たちも態勢を立て直してきます。


「フム、最後までズルズルいかないのは、さすが場数を踏んでいると見るべきでしょうか?」


 わたしだってハスタールが前に出て危険に晒されていなければ、うろたえて、そのまま潰されていたかもしれません。

 前衛が攻撃を封じ、オリアスさんが仕留める形ができ上がったところで、最初に殴られた治癒術師さんを癒しに向かいます。

 わたしの治癒術は駆け出し程度ですが、技術の不足は魔力で補えば問題ないでしょう。

 骨格の知識はあるので、大雑把に骨を元の位置に戻し……うぷ。

 神経を繋ぎ合わせ……うえぇ……

 後は治癒力を促進させて、何とか元の状態に戻しました。

 その……グロ画像はちょっと苦手なので、一部適当なのですが……まあ、問題ないでしょう。たぶん。


「う……くぁ……」


 どうやら傷が治ったことで意識が戻りつつあるようですね。

 あの重傷を治したとなるとイロイロ勘ぐられそうなので、早々に場を離れるとしましょう。幸い、こちらに注意を払う余裕があるのはハスタールだけみたいですし。

 そ知らぬ顔で彼の隣に戻ると、軽くサムアップしてくれました。うへへ。


「よし、勝てるぞ!」

「怪我をしたヤツは下がれ、治して貰ってから交代だ!」

「剣の攻撃に期待するなよ、魔術で仕留めろ!」


 どうやら残りの二体の相手も、形勢はこちらに傾いたようです。

 後は逆転されないように、見張るだけでもいいでしょう。



「おい、プルソンの奴は本当に大丈夫なのか?」

「ああ、出血のわりに大した怪我はしてなかった。これなら探索を続けても問題ないな」

「そりゃ良かった。致命傷かと思ったぜ」


 放っておけば致命傷でしたけどね。

 トロールを撃退した後、怪我人の治療と周囲の探索をしています。

 最初に殴られた彼はプルソンさんというらしいですね。わたしが治したのは記憶にないようで、一安心なのです。


「プルソン、すまない。主導権争いにうつつを抜かして周囲の探索を怠った」

「俺たちも頭に血が昇っちまって……悪かったな」

「いや、あの不意打ちでは仕方ないさ」


 さすがに被害者が出たとあっては、ボス争いするわけにもいかないようで、互いに和解したようですね。


「こうして彼の尊い犠牲により、パーティ間のギクシャク感も解消した模様なのです」

「いや、アイツ死んでないから」


 わたしのボケに軽く突っ込むハスタール。そんな風にのんびりしてると、パーティの人たちが寄って来ました。


「あー、その……子供扱いして悪かったな。まさかあれほどの剛弓の使い手だとは思わなかったよ」

「さすがオリアスの前を任されるだけはあるな。あの戦槌の威力、怖気おぞけがふるったぜ」

「もちろん、『飛竜殺し』オリアスも噂通りの腕利きで安心したよ」


 トロールを都合四匹も仕留めたわたしたちを見る目が、一転して変わりました。

 あれからオリアスさんがもう一匹倒したので、わたしたちの貢献度は鰻上りなのです。


「大した被害も出なかったようだし、噂の英雄の実力も確認できた。これならオークも楽勝だな」

「そう言って油断して、さっき痛い目見たばっかりだろ」

「あ、そういえば……」


 今回は二パーティずつ見張りに付き、交替で休息を取るようにしました。

 これなら不意打ちは受けないのです。


「アギャー!」


 一足先に食事を済ませて、上空監視に戻っていたイーグが舞い降りてきました。

 なんだか興奮してる模様?

 羽根をパタパタ動かして、必死になにかをアピールしています。可愛いのです。


「イーグは可愛いですねー」


 その仕草に思わず頭や喉をナデナデしてみたり。

 でも珍しく反抗してきます。緊急の用でしょうか?


「どうした?」

「なにか知らせたいみたいですが、わたしドラゴンの言葉なんてわからないのです」

「ひょっとしてオークを見つけたのか?」


 コクコク、と頷くイーグ。こちらの言葉はちゃんとわかってくれるので、ありがたいような、悔しいような。

 今度ドラゴンの言葉も勉強しましょう。


「ハスタールはイーグの言葉が理解できるのですか? よく理解できますね?」

「この状況で慌てて報告に来ないことなんて少ないだろう。可能性として一番高いのは、目標を見つけた時だし」


 とにかく、巣を見つけたのでしたら連絡しないといけませんね。パーティのリーダーたちに話を通しておきましょう。


「というわけでオリアスさん。お願いします」

「なぜ私が説明に行かねばならん?」

「わたしはコミュ障ですので」

「コミュ障?」

「対人恐怖症の一種と思ってください」

「ああ、なるほど」


 初対面の人とはお話できないわたしに代わって、オリアスさんに説明をお願いしたり。

 イーグを羽トカゲと思ってる他の人たちには不審に思われましたが、オリアスさんの信頼度によりオークの巣らしき場所に向かうことになったのです。



 奥深い森の中、壊れて打ち捨てられた猟師小屋に、そいつらは群れていました。

 十を超える数のオークが小屋に入りきるわけもなく、立場の弱い個体は外で寝起きをしているようです。

 中からは犬のような悲鳴。言語のような響きもありますので、獣人種でも捕まっているのでしょうか?

 そういえば連中が『繁殖』する為には、『他種族のメス』が必要になるわけで。それは『人間』に限った話では無いのです。


「どうやらコボルドかなにかを捕まえて、繁殖しているようだな」

「打ち捨てられた猟師小屋ね。近くにトロールが住み着いたんじゃ捨てられても仕方ないわな」


 斥候から戻ってきた人たちが話し合ってます。捕まっているのが人間でないことに一安心したようですね。

 そうだ、こちらの要求を伝えておかないと。


「スミマセンが、実験に使いたいのでオーク一匹は生かして捕らえたいのですが?」

「は? そんなのどう使うってんだ?」

「まあ、何事も使い道次第というか? 戻ってからの準備もすでに済ませていますので、ぜひお願いします」


 ホモォな人たちを雇うのも安くないのです。

 しかもあの人たち、ハスタールを『変な目』で見るのです。後ろの危険が危ないのです。

 なので、できれば手早く済ませたいのですよ。


「ああいうのを街に入れるってのは、衛士がいい顔しねーんだが」

「そこはほら、オリアスさんがいますので。それにまぁ、他にも伝手がありますので」


 伝手とは、他ならぬわたしのことですが。賢者の称号も、たまには有効活用しないと、です。


「まあ、そこまで言うなら努力はするが。逃がさないことを最優先にするからな」

「それはもちろんです」


 捕まっているのが人でないとわかれば保護する必要も感じないので、『オーク諸共焼き払ってしまえ』なんて意見が出るかもしれません。


「それでですね……捕まえるための戦術ですが……」


 しばらくして、わたしの意見を幾つか取り入れたオーク攻略が始まりました。

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