57話:3章 オーク退治

 期せずして、カフェで新魔道具の開発を行ってしまった後、もう一台『クーラー』を作成し、フォラスさんへのお土産にしました。

 鉄皿を幾つか買い取り、数年分の送風を仕込んでおいたので、しばらくは持つでしょう。

 本には大敵の湿気の問題も、永続化している氷結の魔術の効果なら、問題はありません。むしろ、周囲の湿気を板の周りに霜として凍らせてしまうため、本にいいかもしれません。 

 この魔道具の作成式はカフェの店主に紙に買いて渡しておいたので、興味を持った人は構成がすぐわかるようになるはずです。

 独占販売すれば、もちろん儲けになるのですが、庵に残してある資産を考えると今更という感じがするので、無料奉仕です。

 わたしは彼と暮らしていけるだけの蓄えがあれば、贅沢は言わないのです。


「というわけで、これお土産なのです。フォラスさん」

「ほう、冷風を吹き出す魔道具とな」


 木箱型の魔道具と聞いて興味津々の様子のフォラスさん。

 そりゃ初めて見るタイプのアイテムなので、そうでしょうとも。


「この先の季節はありがたみを実感しますよ? 取扱説明書はこちらに」

「こりゃ、こっちが助けられてしまったの」

「では、調べ物の代金はロハにしてください」

「ちゃっかりしとるな。だが魔道具一つと交換なら悪くないか」


 魔道具は金貨単位で取引されるので、悪くない交渉のはずです。

 と、うまく実験結果を売りつけたところで、はたと気が付きました。


 ――全然調べ物が進んでないのです。


 これからの生活には必須とも言うべき調査のはずだったのに、なに横道に逸れてるんです、わたし!

 これはもっと真面目に調べないと。ムン、と表情を引き締め、次の資料に手を伸ばしました。



「――見つけた」


 あれから、もう五時間ほどが経ちました。

 さらに二冊の資料を読破したわたしは、ついに三冊目でその記述を発見したのです。

 曰く――


 ――オークの体液は媚薬成分を含むと同時に、させる効果があるとされる。


 あらゆる種族のメスを孕ませるエロ系モンスターの雄、オーク。その特性を脳裏に浮かべた時、思い立った疑問がこれです。

 異種族間において交配を成すには、やはり雌側の卵子を用意する必要があるのです。

 ですが、醜怪なオークに興奮する女性はもちろんあまりいないのも事実。性的興奮がなければ、排卵も誘発されにくく、交配に問題が出るはず。

 なのに、彼らは世界でも最大最強の繁殖力を誇っています。

 つまり女性側を『そういう状況』に誘導するがあると思った次第です。


 そもそも不老不死であるわたしとハスタールは、種の保存という本能を持ちません。

 ましてや、わたしは初潮前の身体で不老となっています。

 つまり性欲とはあくまで娯楽の結果であり、行為の結果として子孫を残すということができない状況にあります。

 ですが、このオークの能力があれば、わたしも妊娠状態と言う第一歩を踏み出すことができるのです。


 大体にして、人とは孤独を嫌う生物です。

 たった二人の生活。それが永遠に続くとなれば、やはり倦怠と停滞が訪れるのは必至なのです。

 今はアレクが変化を与えてくれますが、彼らも後五年もすれば、きっとわたしたちから離れていくでしょう。

 その時の為に、いえ、わたし個人の欲望の為に、是が非でもハスタールとの間に絆が欲しいのです。

 肉食系と呼びたければ、呼ぶがいいのですよ。


「ですがこのままでは、さすがに使用できませんよね……とはいえ現物が無いと、どうにも成らないのも確か」


 そのまま使ってしまうと、結果として孕むのはオークの子供です。さすがにそれはいただけません。

 いくらかの加工が必要になるとは思いますが、まずは実際の現物を見てみないと。

 しかしオークといえば、すぐさま討伐される定めの生物。実際この街も討伐の為に冒険者が集まってきてる状態です。

 このままの展開だと、近場のオークは一匹残らず狩り尽くされてしまうでしょう。


「むぅ、それはマズイのです。せめてサンプルを一体分は確保しないと」


 問題はそれだけではありません。体液を搾り出すとなると、やはり触れなければいけないわけで。

 少年姿のハスタールだって違和感があるのに、モンスターの、それもオークとなると違和感どころではありません。

 それに女性の発情を誘発するのですから、わたしが直接手にかけることはできないでしょう。


「誰か別の人……と言っても、女性ではほぼ絶望的でしょうし」


 となると、男性?

 オークの搾精を?


 一瞬、ハスタール×オークを脳裏に浮かべ、大急ぎで否定します。


「誰得ですかっ!?」


 思わずツッコミの声をあげます。

 そんな耽美たんびな世界は、美形にだけが許された特権です。オークが相手だなんて、絶対許されないのです。


「ダメです、これはダメダメなのです!」


 そもそも、彼を搾っていいのはわたしだけです。他の誰も許しはしないのです!

 いや、なぜハスタールを搾る方向になっているのでしょう?

 頭を抱え、床をのた打ち回ったわたしは、ふと我に返りました。


「とにかく、男性でそういう趣味の人を雇わねばなりませんね」


 きっと裏通りに行けば、そんな感じの店舗もあるでしょう。

 問題はそこにはハスタールは連れて行けません。

 ええ、美少年な彼がそんな所に向かえば、翌日にはきっと痔になっているでしょうから。

 わたし一人で向かうわけにはいきませんし。でも、イーグでは護衛としての信頼度が低いので、無理でしょう。

 となると、残りはオリアスさんだけしかいません。


「なんだ、彼なら別に掘られてもいいですよね」

「どうした? どこかに穴掘りにでも行くのか?」

「そうですね、掘られるかも知れません」

「は?」

「構わんが、嬢ちゃん。店で転がるのはやめてくれんかの?」


 怪訝な表情で、床に転がったわたしを眺める彼ら。

 会話の意図が繋がって無い気もしますが、まあ気にしないことにしましょう。


「今後の展望の見通しが立ったので、宿に帰りたいのですが。あなたは何かまだ用事がありますか?」

「いや、俺もこれを読み終わったら帰ろうと提案しようと思っていたところだ」

「ではそれを読み終わるまで待ってますので、ごゆっくり」


 その後、宿に戻って事情を話し、オリアスさんを連れて裏通りへ行き、数人の男娼の方を雇用することに成功しました。

 その際オリアスさんが過剰に迫られる事態になりましたが、まあ、なんとか乗り切ってもらいました。

 うん、新しい世界を覗いてしまいました。



 数日後。

 南方の森の中にオークの巣を発見したので、冒険者たちによる討伐隊が編成されました。

 わたしたちもオリアスさんをリーダーにパーティを組み、討伐に参加することにします。

 三人プラス一匹、しかもうち二人は子供と言うパーティは、他から見ても異色だったのでしょう。あからさまに怪訝な視線を送られます。

 表向きはオリアスさんのソロ参加。わたしたちは彼の補助ということにして、討伐に参加しました。

 正規の冒険者となると、登録とか面倒な場面があったのです。


「さすがに女性は少ないですね」

「そりゃ対象がオークだからな。他のパーティの連中も、女はなるだけ留守番なところも多そうだ」

「万が一とかありますしね」

「ユーリもなるだけ気をつけるんだぞ?」

「大丈夫です。わたしのメインウェポンは弓ですので、近づきません」


 わたしが魔術を使うのはあまり知られていませんので、できるだけ秘密にしておくことにしました。

 カフェでおおっぴらに使ったのですが、まだ広まってはいなかった模様です。

 ハスタールも、二つ目に開発した超大型戦槌『クリーヴァ』と竜鱗の鎧ドラゴンスケイルを装備し、一端いっぱしの前衛に見えます。

 むしろ体格が小さいので、装備のアンバランスさが注目を集める原因にもなっていますが。


「よう、あんたが『飛竜殺し』のオリアスかい? 一緒に組めて光栄だぜ」

「子供連れで大丈夫かよ? オークっても、ガキにゃツライ相手だぜ?」

「問題ない、彼らは腕利きだ」

「精々足引っ張らないようにしなよ」


 オリアスさんは、さすがの知名度というべきか、何人もの冒険者から声を掛けられています。

 口調は悪いですが、子供連れの参加を心配している人が多そうです。


 結局わたしたちを含め、五つのパーティ計二十三人プラス一匹で森に挑むことになりました。

 朝の八時に集合し、九時には森に辿り着き、十時には探索を開始。

 夜行性のオーク相手には、早朝の行動が効果的なのです。


「イーグ、上空からの警戒をお願いします」

「アギャ!」


 わたしの『お願い』でイーグが空高く舞い上がります。

 他の四つのパーティには斥候役がいますが、わたしたちには居ないので、イーグの上空監視が重要になってきます。

 問題は、森が彼の視界を大きく遮ってしまう状況でしょう。

 他のパーティもそれなりの経験は積んでいるようなので、任せて置けば安心なのかもしれません。

 とはいえ、その力量は強化前のフォレストベアの面々より少し劣るくらいなので、油断はできませんね。


「あ、ケファの実が……」

「今はいいから、警戒に集中しろ」


 獣道に毒消しの実を見つけて、思わず反応したわたしにハスタールが注意を促します。

 これはもう、職業病なんですよ?


 さすがに森の中だけあって、探索もすんなりとは進みませんでした。

 深い下草は足を取り、歩みを止めます。

 薄暗い森の中で、大蛇や野犬が襲撃してくる。

 茂みに覆われた崖が天然の落とし穴と化し、怪我人を作り出す。

 あまり人の手が入ってないだけあって、マレバの山とは違い殺意が剥き出し。

 治癒術師の人が治療する度に足を止め、進行を遅めます。すでに日は中天に掛かってきています。


「これは急いでも危険なだけだな。ここでひとまず休憩を取ることにしよう」

「おい、なに勝手に仕切ってんだよ!」

「こんなことで争うなよ」


 各々のパーティリーダーの人たちが話し合っていますが、どうにも連携は取れていなさそうです。

 森に入ってすでに数時間、思うように進まない探索に苛立っているのでしょう。

 主導権を争う、猿山のボス争いのような様相を呈してますね。


「まあ落ち着け。とにかく食事をとるのは必須なんだから、脅威の無い今のうちに食っておくのも悪くないだろう」

「チッ、確かに。オイ、飯にするぞ」


 飯、といっても、商隊でやっていたように火を熾し、本格的に料理することはできません。

 腰を下ろし、干し肉を削り、パンと一緒に齧る程度の粗末な物です。

 討伐対象の近くで火を熾すわけにはいかないので、凝った物は作れません。

 わたしたちも干し肉を削り、硬いパンに切れ込みを入れて挟み、野菜と一緒に齧ることで我慢しています。


「アギャ」

「はい、イーグの分です」

「ウギュウギュ」


 まあ、わたしは前もって水袋の一つにスープを入れ、そこに干し肉を浸して戻しておいて、食事の時にパンを浸すという小技を使っていますが。

 硬い干し肉は、わたしの顎には辛いのですよ。

 イーグの上空監視が緩み、斥候役の人たちも食事につき、討伐隊の警戒の緩んだ、その瞬間――


 幾つもの巨大な人影が、わたしたちの前に降り立ったのです!

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