56話:3章 その時歴史が動いた(冷房編)
そんなわけで、今日もフォラスさんのところで調べものです。
モンスターの生態に詳しい本は沢山あるのですが、その性質まで詳細にとなると、なかなか発見できません。
「ふあぁ、見つかりませんねぇ」
一息吐こうと本から目を離し、軽く伸びをしてハスタールの方を見ます。
相変わらず少年姿の彼は、迷宮の踏破マニュアルの様なモノを読んでいました。
おかしな物で、彼の外見を見てドキドキするのに、触れられるとやはり違和感が走り反射的に拒絶してしまうのは治りません。
最近は昼は少年姿、夜は元の壮年に変形して貰ってる有り様です。
ただ彼も変形で遊びだして、大きくしたり数を増やしたり長く伸ばしたりと、相手をするわたしもいろいろ大変になってきています。
そこは変わっても大丈夫なのになぁ。
「全てを受け入れてしまったが故に、少しでも元と違う所に違和感を覚える、ということなのですかね?」
「ん、なんだ?」
わたしの呟きが聞こえたのでしょう。彼が顔を上げて尋ねてきます。
没頭している様に思えたのですが、
「いえ、少し疲れたので一服しませんか?」
「ああ、それもいいな。少し目が疲れてきたのは感じる」
「とはいえ、この本も読み終わっていませんし。フォラスさん、これ、少しお借りしてもよろしいですか?」
「汚さないのなら、構わんよ」
ダメ元で聞いてみたのですが、いくら、ハスタールの縁戚を名乗ったとはいえ、無防備過ぎないですかね?
まあ、二日もじっくり話を聞き、本を読み
「では、表通りの店で食事でもしてきましょう」
「そうだな。フォラスも来るか?」
「デートの邪魔はせんよ、馬に蹴られるからな。ゆっくりしてくるとええわい」
「ででで、デートじゃないし!」
説得力皆無な言い訳をしながら、彼と連れ立って食事へ向かいました。
例によってパイの美味しい店で軽く食事を摂り、デザートにベリーパイを
光の差し込む店内の窓際の席。彼と二人、黙々と読書をしつつ、紅茶やコーヒーを口に運ぶ。
時間も忘れ、そんな一時を過ごしていると、なにやら視線を感じたのです。
――またバハムートでもいるんですかね?
ふと見回すと、店内の客が結構増えており、しかもチラチラとこちらを眺めているような?
「スゴイね、うん、スゴイ」
「かわいい……ううん、違うわね、綺麗って言うのかしら?」
「劇のワンシーンみたい」
コソコソとお姉さん達の寸評の声が聞こえます。
その声に導かれ、向かいの席を眺めますと――
魔導師風のローブを着込んだ美少年が、物憂げな表情で本のページをめくる。そんな姿がありました。
差し込む光が微妙な陰影を描き出し、冷めたコーヒーすらお芝居のセットの様な、そんな完璧な光景。
「うあぁ」
思わず感嘆の声が漏れてしまいました。これはお姉さんたちが見惚れてしまうのも無理はありません。
彼のあまりの美少年っぷりに興奮で頭に血が昇り、鼻の頭が熱く感じられます。
「……ズルイ」
つい非難の声が漏れてしまいました。これはズルイです。
こんな姿を見せられたら、惚れないわけにはいかないじゃないですか。
熱くなった鼻に手をやると、トロリとした感触が……あれ?
「ユーリ、鼻血」
「はわ! あわわわ……」
顔を上げた彼の指摘に、慌てて鼻を手で押さえますが、流れ出る血が止まりません。
ハスタールが素早く紙ナプキンを取り、鼻を押さえてくれなければ服を汚してしまっていた事でしょう。
「
「うう、はい。はうぅ……」
自分の横に椅子を2つ並べ、寝台の様にしてわたしをそこに寝かせ、膝枕を提供してくれます。
「まだこの姿に抵抗あるだろうが、我慢してくれ。それとマスター、すまないが彼女を寝かせてもいいかな?」
「ああ、構わんよ。非常事態だしな」
「長々と居座ってるのにすまないな。重ねてお詫びする」
「なに、君たちのおかげでお客さんも大勢来てくれているし、それくらいは構わないさ」
「そうなのか?」
そういえば今日で二日目ですが、昨日より客入りが多いですね?
「昨日から、この店に幼い美形カップルがデートに来るって噂が広がっていてね」
「まだ二日しか来てないんだが……」
「初日のインパクトが強かったんだろうな。今日は朝から君たちが来てないか聞いてくるお客が居た位なんだ」
「見世物かよ」
げんなりとした彼の顔。珍しい表情な気がしますね。
まあ見世物になるのも判る気がしますけど。
「他人事のように見てるけど、
「……は?」
「俺の外見は十人並なんだからな。お前を見ていたに決まってるだろう」
「なに言ってンですか。わたしを鼻血噴くまで興奮させた癖に」
「君たち両方を見に来ているんだがね?」
マスターがわたしのために、冷たいオレンジジュースを運んできてくれました。
「あ、ありがとうございます?」
「サービスだから、遠慮せず飲むといいよ」
「はい、では遠慮なく」
冷やすという労力は、この世界ではなかなかの付加価値があり、お値段もその分張るはずなんですが、この街は人のいい人が多いですね。
そういえば、最近は日差しが強くなってきているので、出歩くのが億劫になってきているのはあるのです。
この身体は日焼けはしないのですが、それでも色素が薄いので、日差しにチリチリとした痛みが走る時があります。
「クーラーとか欲しいですよねぇ」
当然の事ながら、近代の五大発明である、テレビ・冷蔵庫・洗濯機・エアコン・自動車はこの世界に存在しません。もう一つ足すなら電話でしょうかね。
水を氷結で凍らせ、タオルで包んで首筋に当て、オレンジジュースを啜りながら考えます。
「クーラー?」
「ええと、空気を冷やす機械的仕組みの事です?」
大雑把な説明を返すわたし。機構的な説明とか出来ませんし。いや、これは?
「そういえば、氷結の魔術って効果永続ですよね?」
「その式は確かに組み込まれているな。元々生鮮食品の保存に開発された式だから」
「冷やすのお肉じゃなくても良いんじゃないでしょうかね?」
氷結の魔術は保存用に開発された術式ですが、実はかなり難易度の高い術でもあります。
物質を氷結させる為に、高濃度の冷気を精密に対象に収束させ、なおかつ保存の為には長期間効果を持続させる必要があるのです。
そのため、一般生活に役立つために開発されたにも拘らず、難易度の高さでイマイチ普及していない。そんな術でもあります。
「空気を氷結させるのか? それは流石に死ぬんじゃないか?」
「そうじゃなくてですね……」
これは実際に作ってみた方がいいでしょうか?
よし、思い立ったら即実行がユーリさんの
必要な物は……外側を固める大きめで細長い箱と、氷結する対象である平べったい板……平べったい……いや、なんでもないです。
それともう一つ、この間バハムートが使っていた送風の術式。あれを使えば。
「マスター、少しいいですか?」
「ん、なんだい?」
「これ位の細長い木箱はないですか? あと、これくらいの板を二枚か三枚と、このくらいの鉄の板とか」
身振り手振りで大きさを実証してみたわたしの姿は、少し滑稽だったのかも知れません。
マスターは少し笑いながら、『ちょっと探してみよう』と、奥へ下がっていきました。
しばらくして要求通りの物をマスターが持ってきてくれたので、早速実験してみます。
「すみませんが、少々場所をお借りします。成功したら無料で提供させていただきますので」
「え、ああ? いやそれより何をするつもりなのか教えてくれないか?」
「クーラーを作るのです」
まず、数枚の板に氷結の魔術を掛けます。それを木箱の中、上半分の所に固定し蓋をします。
「おい、魔術師か! 使うなら前もって言ってくれよ、驚くじゃないか」
「あ、すみません」
「すまん、マスター。彼女はこうなると止まらなくなるんだ」
魔術師は胡散くさい存在とまでは行きませんが、やはり一般人にはやや敬遠されるようです。
とにかく今は作業の続きです。
次に蓋の上部に切れ込みを入れ、風の吹き出し口を作り、箱の下部も同じ様にして穴を開け、吸気口を作ります。
最後に鉄の板……鉄製の皿に送風の術式を焼付け、魔力をたっぷりと充填してから、木箱の下部に固定。
実に簡単、これで完成です。所要時間は三十分もかかっていません。
「さて、実験開始」
鉄製の皿に刻んだ送風を起動させ、風を起こします。
風は上方に吹き抜け、途中にある氷結された板の冷気を孕んで吹き出されます。
氷結は冷気を収束させて対象を凍らせますが、凍らせた物体の放つ冷気までは制御していません。
そして、永続化が掛かっている以上、氷結した物体は絶対溶けないのです。つまりは、永遠に冷気を放ち続ける。
下部の送風を刻んだ皿は魔力が尽きれば壊れてしまいますが、送風の魔術自体はそれほど難しい術式では無いので、再設置は簡単に出来ます。
そして送風程度の魔術なら、ひと夏は充分に維持できるでしょう。
「年に一回、送風の刻んだ部分を取り替えれば、夏を涼しく過ごせるはずです」
「ほほぅ、これはなかなか」
原理的にはクーラーよりは冷風扇に近いですが、入ってるのが氷結された氷なので、効果はかなり高いです。
残念ながら、風力の調整までは出来ませんでしたが……いや、強風から弱風までの三種の送風を仕込んでおけばいいですか?
「送風を起動させる
「これ、魔道具ってヤツだろ? 確か取引は金貨単位で行われる物だったはず。いいのかい?」
「ええ、これはまだ実験段階ですので、お金を取れるほどの物じゃないのです」
商品版は後で精密に開発しておきましょう。きっと金貨十枚くらいで売れるでしょう。
「しかし驚いたな。いくら暑かったとはいえ、こんなにあっさり魔道具を作り出してしまうとは。魔術師ってのは大したものだ」
「いや、彼女が特別なんだよ。なにせ『風の賢者』ユーリ・
こっそりアルバイン姓を強調する彼。
意外と所有欲が高いのですね。嬉しいですけど。すごく嬉しいですけど!
「あの、噂の!? 代替わりしたと聞いたが、ここまで幼いとは知らなかった」
「そこは美少女と言ってあげてくれないかな?」
「ああ、さすが君の彼女だ。君もハスタール師の弟子かい?」
「あ、あー、うん。きっと、そう?」
ハスタールがわたしを推してたところへ不意打ちされ、口篭ってしまいます。
迂闊ですよ? わたしたちは秘密が多い身の上なんですから。
こうしてコームの街に、『クーラー』という名物が誕生したのです。
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