55話:3章 フォラス古書店
お腹も満たしたので、二人で連れ立って古書店に向かうことにしました。
表通りを少し入った通りは、人が一気に減り、まるで別の街のような風情です。
「こういう寂れた雰囲気もいいですね。探検してるって感じなのです」
「一人で来るなよ? 普通に人買いとかいるんだから」
「う、来ませんよ。多分」
しばらく歩くと、ハスタールは一軒の民家に入っていきます。
ここが古書店? 看板すら出ていないのですが。
後について門をくぐると、古い本特有の匂いが充満していました。
背の高さを遥かに超える本棚に、ぎっしりと詰まった膨大な数の本。
「ふわぁ!?」
若者の本離れだ、活字離れだと言われていても、わたしもなんだかんだで世界最多レベルの読書量を誇る日本人です。
『本? 最近読んでないなあ』なんて呟きながら、ネットの投稿小説を読み耽るような変態民族です。
これほどの量の本を前にして、心躍らないわけにはいきません。この世界には娯楽が無いですし。
ミッシリと詰まった本棚の背表紙を指でなぞり、一冊を手に取ってみます。
「写本、ですね。紙ですけど結構古い?」
「それは二百年前の植物図鑑じゃよ。製作されたのは四十年ほど前になるかな」
「うぇっ!?」
いきなり話しかけられた声に驚くわたし。ど、どこから?
よく見ると本の山の向こうに、禿上がった頭が見えます。あれが店の主人でしょうか。
「あ、こんにちわ。お邪魔してます」
「どうやら客のようじゃな? 最近の客にしては礼儀が成っておる。ワシがここの主人のフォラスじゃ」
「ユーリ・アルバインです」
こう名乗るのは初めてかもしれませんね。彼の姓を名乗るのは、なんだか気恥ずかしいです。
「アルバイン? あの悪タレ賢者の縁戚か」
「悪タレ……? ハスタールのことなら、ええ、まあそうです」
妻、と言っても信じてもらえない気がするのです。外見がこれですから。
「凄い量ですね。これが全部古書なのですか?」
「爺さんの趣味でな。正式な店では無いが、数は多い」
「ワシが趣味で集めた本を保存しておるだけじゃよ。気が向けば売ってやらんこともないがな」
「スゴイですね」
問答無用で爺さん呼ばわりするハスタールを、怪訝な表情で見やるフォラスさん。彼の外見は少年に戻っているので、ハスタール本人だと気付いていないのでしょう。
これほどの量の本。数日と言わず、時間をかけて読み込んでみたいですね。
でも残念ですが、今は目的を優先です。
「モンスターの生態に関して、詳しく載っている本を探しているのですが」
「それならこっちの棚じゃな。原典が新しいのは入り口側の方」
「少し読み込んでもいいですか?」
「汚さなければ、かまわんよ」
フォラスさんは、脚立を持ってきてくれました。わたしの身長を考慮してくれたのでしょう。
後、これを椅子代わりにしろと言うことでしょうか?
本は写本なども含まれるため、背表紙に何も書いて無い物もあります。これは腰を据えて調べねばいけません。
「まずは、順番に」
黙々と調べ物に没頭するわたし。そういえばハスタールは暇そうにしていますね。
「そっちの坊主は読まんのか?」
「私は付き添いでね。何かお薦めがあれば読んでみたいが」
「趣味趣向がわからんのに推薦できるかい」
「では女を夜にイイ声で鳴かせる方法を」
「やめてくださいよ!?」
ガバッと顔を上げて、抗議するわたし。放っておくとロクなことしないですね!
フォラスさんも鼻を鳴らして、リクエストを却下します。
「未成年には見せられんわ、この色ガキめ」
「こう見えても……いや、なんでもない。そうだな、迷宮モノはあるかな?」
「坊主も男じゃな。女に冒険に迷宮、活劇の物語が好みか」
「どちらかというと、罠を半端に研究した結果、芽生えた趣味と言うべきかもな」
ハスタールは世界樹を攻略する必要が無くなったので、罠研究が中途半端になってしまったのが気に入らないのでしょう。
「罠か。こっちに盗賊ギルドの発行しておる罠大全があったはずじゃ」
「おいおい、なんでそんなモノがあるんだよ。連中に知られたら危ないだろう?」
「なに、ワシのコレクションの有用性は連中も知っておるよ。ギブアンドテイクというヤツじゃな」
確かにこれほどの量なら、資料としての貴重性は高いでしょう。物の価値が判る人なら、どれほど貴重か理解できます。
逆にわからない人には、大量の紙の束にしか見えないでしょうが。
「盗賊連中にここの価値がわかる奴がいたとはな」
「人を使う者がバカでは、組織が立ち行かんよ。むしろ裏社会の人間ほど、ワシの本を利用する機会は多いじゃろうて」
たしかに脳内までモヒカンワールドに染まったな
冒険者としての盗賊には、罠や仕掛けの解除と言う技能が求められますが、肝心の盗賊側にその知識の蓄積が無いのでは話になりません。
盗賊ギルドとやらは、だからこそ彼のような人物に知識の蓄積を依頼しているのでしょう。
冒険者に役に立つ人材を提供する。だからこそ『盗賊』ギルドなどという、物騒な名称でも許されているのでしょうから。
「それにしてもハスタールの悪タレに嬢ちゃんのような親族がおったとはの。娘か、姪っ子か?」
「しいて言えば、肉欲の奴隷でしょうか?」
「お、おい!」
「奴隷じゃと!?」
「毎晩優しくしてくれるので、大丈夫ですよ?」
「あのクソガキ、ついに子供に手を出すまで落ちぶれたか。今度顔を出したらぶっ殺してやる!」
「もう、ここには顔を出せねぇ」
くっくっく。毎夜虐められてる仕返しをしてやったのです。
でも、このまま放置するのは流石に可哀想なので、フォローしておきましょう。
「冗談ですよ、本当は嫁になったのです」
「どっちも似た様なもんじゃ。嬢ちゃん、辛かったら何時でもワシのところに来てええんじゃぞ?」
「それはダメだ。ユーリは誰にも渡さん」
「なぜ坊主が? ああ、そうか。色々あるんじゃな」
なんだか変な風に納得されたみたいです。
外道賢者に嫁にされ、
でもそれより気になるキーワードがありましたね。
「それはともかく。彼とは古いお付き合いで?」
「ハスタールか? アイツとはもう、ガキの頃からの付き合いじゃよ」
「ほうほう、詳しく」
「おい、やめろって」
「坊主も聞いとけ。雇い主の恥ずかしい過去を赤裸々に暴露してやるわい」
なんと。それは聞かずには居られませんね!
「ぜひ教えてください。いつものお礼にイヂメ返してやるのですよ」
「はっは! そりゃいいわ」
こうして日が沈むまで、ハスタールの子供時代のイタズラ話を聞かせてもらいました。
当の本人は、耳を押さえてのた打ち回ってましたが、わたしは充分楽しめたのです。
夜、食堂で食事をしていると、ハスタールにわりと真面目に説教されました。
禁断の歴史と言うのは、誰にでもあるようなのです。
「まさか、こっちが羞恥プレイに晒されるとは思わなかったぞ」
「うう、ごめんなさいです。でも楽しかったのですよ?」
「その間、私は食堂の惨劇の後片付けをさせられていたのだがね」
「オリアスさん、実は間の悪い人でしょう?」
「よく言われるな」
遅めに起きて食事に来た彼は、その場で展開されるオバチャンと冒険者の口論に巻き込まれたそうです。
さらにオバチャンに便乗した女性冒険者の不平不満が爆発し、彼女居ない歴の長い男性冒険者との間で物理的衝突までも始まり、バトルロイヤル的乱闘状態になったとか。
その原因の一端として、わたしたちの同行者である彼が責任を取らされ、食堂の掃除をされられるハメになったそうです。サーセン。
「ゴホン、それでユーリ。調べ物は終わったのかな?」
流石に責める視線に耐えかねたのか、ハスタールは話題を変えようと試みました。
もちろん、わたしもそれに乗ることにします。ええ、悪いとは思っていますが。
「一日中あなたの昔話を聞いていたので、調べられるわけが無いのですよ。でも収穫と言えば収穫でした」
「その話は忘れろ。早く」
よほど恥ずかしい過去だと思っているのでしょう。でもわたしには大事なお話でした。
珍しく、熱心な瞳で彼を見つめ、真摯に告げます。
「そうは行きませんよ。わたしの知らないハスタールなんて、あってはイケナイのです」
「うっ!?」
わたしの発言に、なぜか鼻を押さえています。顔も紅潮してますし、風邪でしょうか?
いや、わかっていますよ。自分が地雷を踏んだことくらい。今晩も激しくなりそうです。
重労働の予感に、軽く溜め息を吐きます。その光景を見て食堂のあちこちから『ケッ』と吐き捨てる声が。
「この食堂も空気が悪くなりましたねぇ?」
「誰のせいだ、誰の」
「朝食をとったカフェにでも行きません? あそこのパイは美味しかったのです。アップルパイとかも食べてみたいのです」
ミートパイであの出来なら、きっと他のパイも美味しいでしょう。
想像するだけで顔がにやけてしまいます。スイーツの全品制覇とか、生前からの夢だったりしますし。
今は胃が小さくなったので。さすがにできないでしょうけど。
にへへ、とだらしなく笑うわたしを見て、ハスタールが決断しました。
「よし、じゃあ食事が終わったら軽く散歩して、腹ごなしした後にデザートを食べに行こう」
「やった!」
「ハスタール師、食べすぎじゃないですか?」
「ユーリはむしろ、もっと肉付きが良くなった方がいい」
「わたし、どれだけ食べても太りませんよ?」
黄金比のギフトが体型維持してくれるので。
その発言を聞いて、今度は女性陣の方から『チクショウ!』と
「そのわりには、食事の後はいつも腹が膨らんでいるよな?」
「そういえばそうですね。やはり質量保存の法則は破るのが難しいのでしょうか」
わたしは腹筋が薄いため、胃の膨張具合が傍目から見てもわかるくらい、如実に現れます。少し恥ずかしいです。
まるで子供のような……いや、子供の身体なんですが、でも黄金比の効果があるなら、それすら防いでくれるはずなんですが……はて?
これはひょっとしたら、なにかの突破口になるのでしょうか? 心のメモ帳にしっかりと記入しておきましょう。
「うーん、その辺は要研究ですね。なにかの役に立つのでしょうか?」
「まあ、とにかく今は飯だな。オリアス、代わりに酒を頼んでくれないか? 子供の姿では注文出来ん」
「ダメですっ」
お酒が入ると性豪モードになるんですから、今日は禁酒してください。
わたしたちは恨みがましい彼の視線を浴びながら食事を済ませ、夜のデートに繰り出したのでした。
なお、性豪モードにお酒の有無は関係なかった模様です。やはり絶倫でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます