54話:3章 朝の一幕
翌朝、わたしは杖を付きながら宿を出ました。ハスタール、ガンバリ過ぎ、なのです。
笑う膝を押さえ込み、宿から借りた杖で身体を支え……さて、ドコへ向かいましょう?
「考えてみれば、わたしはこの街には詳しく無いのです。案内が必要ですね」
「アギャ?」
護衛に付いてきたイーグも首を傾げます。この子も街が詳しいはずが無いので、戦力外です。
案内といっても、この街で知り合いといえば、オリアスさんとハスタールを除けば、エルリクさんかレシェさんしかいません。
しかも、エルリクさん夫妻の家をわたしは知らないのです。前回は門の前で合流でしたので。
「結局ハスタールに案内頼むしかないじゃないですか?」
「ウギュン」
この一か月でイーグは結構大きくなったので、頭の上に乗るのではなく、肩車状態になっています。
最近肩が凝るのは、きっとこの子の重さのせいです。どうせ凝るなら巨乳で凝りたかったです。
クルリと
わたしは大人姿で無いと安心できないので、夜だけ戻ってもらっていたのですが、出かける前に変形を解除しておいたのです。
彼はわたしを見つけ、手を振って呼びかけてくれます。その姿はまるで尻尾を振る子犬みたい。
「なんだユーリ、もう用は済んだのか?」
「用以前の問題でした。わたし、この街は良く知らないので、どこでなにを調べた物やら」
「はは、以前は通り過ぎただけだったからな」
快活に笑うその姿は、本当に中身も少年のよう。こちらにもいずれは慣れるのでしょうか?
よし、今日はその第一歩も兼ねるとしましょう。デートです!
そうと決まれば、早速お誘いを。
「ハスタール、あ、あの、街を案内してもらえませんか?」
「飯を食い終わってからなら、いいぞ」
モグモグと旺盛な食欲を見せる彼。
リスの頬袋の様にほっぺを膨らませて食事する姿は、デートのお誘いを受ける少年のそれではありません。雰囲気が台無しです。
ええ、昨夜はずいぶんとお楽しみでしたものね。お腹も空くでしょう、コンチクショウ。
「しかしあれだなぁ。この姿だと酒が飲めないのがちょっと困るな」
「わたしはあまり好きでは無いので問題ないです。ってか、そういうのはおおっぴらに言わないでください」
「俺は結構好きなんだけどな。飲むとこう、頭がフワフワしてくる感覚とか」
「フワフワしたついでに、色々と吹っ飛ぶのが問題だと思うのです。理性とか自制とか」
「酒が入ると、
「そのせいだったんですか」
性豪モードの原因は、毎夜のお酒だったとは。これは今夜からのメニューを考えねばなりません。
「ハスタール、今夜から禁酒しましょう」
「なんでだよ?」
「わたしは理性的なあなたが好きなのです。ケダモノもまあ……嫌いでは無いのですが、常にケダモノだと困るのです」
「ケダモノでもいいじゃないか。ユーリも喜んでるし」
「わたしの体力が持ちません!」
「
「うきゃん!?」
拳を握って力説するわたしのお尻を、背後から叩く人がいました。宿のオバチャンです。
そういえば、食堂は朝食を摂る他のお客もたくさんいました。
――つまりわたしは、他のお客の前で赤裸々に夜の性活について、暴露してしまったですか?
瞬間的に頭に血が昇り、顔が赤くなったのが判ります。思わず口元を腕で隠し、脱兎の如くその場から逃げ出そうとしました。
問題は昨夜のガンバリだったわけで……力の抜けた膝は言うことを聞かず、わたしはその場でひっくり返ってしまったのです。
「まったくアンタは……こんな小さな子に手を出すだなんて。女の子はね、準備とか色々あるんだよ?」
「ああ、いや……ユーリはこう見えて、いや、なんでもない」
「屁理屈言わない! 年の頃は合うだろうが後五年は我慢してやらなきゃ、壊れちまうだろ」
「いや、だから五年はちゃんと我慢したぞ」
「だまらっしゃい!」
ハスタールは宿のオバチャンにお説教受けています。
わたしは彼の席に着いて、朝食のサラダサンドを頬張りながら、周囲の視線に晒されているのは、さすがにキツいです。
「……早く立ち去りたいです」
「ウギュウ」
周りの男性のお客さんは、まるで『リア充爆発しろ』と言わんばかりの視線を投げかけてくるのです。
女性の方の視線も痛いのです。『いい彼氏捕まえやがって』と目で語っています。
これではまるで、晒し者なのです。
「あの、彼も自重させますので、そろそろ。わたしも用事とかありますし」
「アンタも嫌だったらキチンと断るんだよ? いや、その歳だったら嫌じゃなくても断りなさい」
「あ、はい」
でもわたしは歳を取らないので、それだといつまで待っていいやら。まあ、彼も歳を取らないのですが。
ということは、永遠にお預け状態? それは勘弁してもらいたいのです。
ここは適当にやり過ごして、とっととオサラバしましょう。
「大丈夫です。彼は巨乳好きなので、わたしなんてすぐ飽きるのです」
「そんなこと無いぞ!」
「なんて子だい! こんなカワイイ子に飽きるだなんて!」
「いや、飽きないから! 許されるなら丸一日だって撫で回せるから!」
「自重しろって言ってんだよ!」
スパンとオバチャンに
なんだか逆にエキサイトしてしまいました。作戦失敗?
「いいかい、アンタがどれだけ恵まれてるか、周りの男共を見てみな!」
「あ、周囲はちゃんと見えてたのですね」
周辺は結構な惨状になっていました。
ジョッキを握り締め、血の涙を流す男、天を仰ぎ男泣きに涙する男、台拭きを噛み締め、引き裂かんばかりに引っ張る男。
ああ、生前のわたしも、あの中の一人だったんだなぁ……
「あ、お兄さん。台拭きを噛むのは汚いからやめた方がいいですよ?」
「お、おおぉぉ……天使か?」
わたしの忠告に謎の感動をする男性。えぇ、さすがにちょっと気持ち悪いです。
「モテナイ男共ってのはこんなに悲惨なんだよ!」
「ほっとけよ!」
「いいかい、朝っぱらから酒飲んでるから女にモテないんだよ!」
「売り上げに貢献してるのに、なんて言い様だぃ!?」
オバチャンの指摘に一斉に
散々見せ付けられた挙句、罵倒されてなにやら理性の糸が切れたようです。
戦場はわたしたちのテーブルから店全体へと波及し、オバチャンvs客という様相へと変化した段階で、料金をテーブルにおいて食堂から逃亡しました。
「ああ、エライ目にあったな」
「むぅ、それもこれもハスタールがエロいのがいけないのです」
「それはそれ、これはこれ。俺はお前を愛でるのを、やめる気は無いからな」
朝食もそこそこに食堂から逃亡したわたし達は、改めて落ち着いて食事するために、別のカフェのような場所に移動しました。
ここはちょっとお洒落な雰囲気の漂うカフェで、女性客の方が多く見受けられます。
わたしたちは窓際の席に着き、彼はミートパイとコーヒーを、わたしはパフェを注文しました。
この身体になって、何が良かったといえば、こういう品を注文しても違和感が無くなったことですね。
甘い物が好きだったのですが、男一人でパフェとか、さすがに頼みづらかったのです。幼女姿なら何の問題もなし。
「それで? 案内って観光名所でも巡ればいいのかな?」
具のたっぷり詰まったパイをモリモリ頬張りながら、どこに連れて行けばいいのか聞いてくる彼。
本当によく食べますね。
「いえ、モンスターの生態に関して詳しい書籍のある場所とか知ってますか?」
「モンスターの生態ねぇ? 一般的なヤツなら道具屋にある本でも事は足りるだろうが」
「できるだけ詳しく載ってるやつがいいのです」
「書籍というのは、意外と高価だから。そうなると知識ある資産家の家とかに……ああ、エルリクさんなら該当するな」
「うーん、商人さんはモンスターの本とか持ってるです?」
「一般的には、持って無いだろうなぁ」
本を持てるだけの資産家を候補に挙げてどうするですか。目的と手段が入れ替わってます。
それにしても、美味しそうに食べてるですね。
わたしも欲しくなりましたが、一人前はさすがにお腹に入りません。
「ハスタール、それ美味しそうですね?」
「ああ、美味いぞ」
「一口いただけません?」
「そのパフェを一口くれるなら、交換してやろう」
「いいですよ」
そう応えると、彼は齧りかけのパイを一切れ、わたしの口元に差し出してきます。
――こ、これは……かかかか間接キスとか言うヤツでしょううかっ!?
いや、キス以外にもいろんなことをし合った間柄ですから、いまさら照れるところでは無いかもしれませんが、人前でとなるとやはり恥ずかしいです!
しかし、これはチャンスでも……パイを食べる振りして指まで口に入れて、公然と舐めたりねぶったり……はぁはぁ。
「なぜそんなに息が荒い?」
「い、いえちょっとハスタールの悪い癖が移っただけです。大丈夫なのです」
「俺に悪い癖など無いぞ」
「正気ですか?」
ちょっと暴走しかけましたが、ここは落ち着きましょう。うん。
普通にサクリと一齧りして、味を堪能します。
ふむ、サクサクのパイ生地に肉汁たっぷりの具が包まれていて、外側と内側の食感の違いが絶妙ですね。
少々塩気が強めですが、夜遅くまで頑張って疲労している身体には、とても美味しく感じられます。
「これはなかなか……甘い物とも合いそうな味わいです。あ、はい、これお返しです」
パフェを一掬いしてハスタールの口元に差し出します。
彼は一口でそれを飲み込み、甘味を味わいます。
「んむ、味としてはいいんだが、熱々のパイとではちょっと食い合わせが悪いかな? 冷たさで肉の脂が口の中で固まる感じというか」
「ああ、その問題は有りそうですね。先に飲み物で口を濯いでからの方が良かったかもしれません」
「じゃあそうするから、もう一口くれ」
「むむ、それは平等な交換条件じゃないですよ?」
「案内料だと思えば安い物だろ」
「ちゃっかりしてやがります」
そう言って再び匙を差し出すわたし。
その時、耳にクスクスと言う笑い声が飛び込んできました。
「ほらあれ。かわいいカップル」
「えー、兄妹じゃないの?」
「似てないから違うんじゃない? でも可愛い子達よね。女の子もだけど、男の子も!」
うう、そういえばこれは、
いつものノリで食べ合わせてましたが、失敗だったかもしれません。
「あ、聞こえちゃった?」
「女の子、真っ赤! かわいー」
これはイケナイ……わたしも自制できてないかもしれません。
とりあえずパフェを彼の元に押しやり、話を元に戻すとしましょう。
「なんだ、いらないのか?」
「もうお腹パンパンなのです。それより本ですが、辞典のような物を扱っている店は無いのですか?」
「ん? なら道具屋より、古書店の方がいいかもしれないな。本には美術品としての価値もあるから、結構品は揃えているはず」
「では、そちらから案内してもらえますか?」
「了解した。ではこれを片付けたら行くとするか」
次の目的地は古書店になりました。
しかしデートとは羞恥心があると、おおっぴらにできないものですね。
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