53話:3章 街の災難
庵を出て一週間。
ハスタールの理性もどうやら持ち堪えたようで、無事コームの町までやってきました。
コームの街は南側に森が広がり、北西に山、北東には小高い丘が多数存在し、街道が東西と北に延びる交易の境目です。
丘の斜面を利用したブドウ畑が有名で、その貿易の為に街道が備えられ、そこから交易の都市へと変貌した歴史があります。
「以前は到着早々、お財布を掏られてしまったのも、懐かしい思い出です」
「たった一か月前の話じゃないか」
「そんなことが……」
「しゃらっぷ!」
街に入る前ですが、師匠の姿は少年のままにしてあります。
一応有名人ですので、知ってる人が居ると何かと騒がれてしまうので。
交易都市とはいえ、情報流通の鈍いこの世界では、意外と顔を知られていることは少ないので、無駄な気遣いかもしれませんけど。
新鋭の達人であるアレクの顔すら、広まっていないくらいですからね。
「それにしても、今回は入門の列が長いですね?」
「一か月。そういえばエルリクさんが鉱石を買いつけて戻ってきてる頃か」
「なるほど、つまりできたてホヤホヤの原石を求める商人さんが溢れている、ということなのですね」
「いや、彼はわたしたちと一緒に戻ったので、一週間ほど前にはコームに戻っていますよ」
さすがに一週間となると、ラッシュの時期は過ぎてるでしょう。となると、この行列は一体?
ハスタールが愛想よく、近くの列待ちの人に話しかけ、情報を集めています。
「すみません、いつもより列が長いようですが、この街で何かあったのですか?」
「ああ、坊やも行列に捕まっちまったかい。いや私もよくわからんのだが、確かにいつもより長いねぇ」
「最近まではこうではなかったと?」
「そうだね。ここも交易の要だから、ある程度は列ができてたんだが、こんなのは初めてだなぁ」
どうやら、よほど珍しい事態らしいですね。
ハスタールの見かけが無邪気な少年なので、おじさんも警戒せずにドンドン話し掛けてくれます。
「北の街じゃワイバーンが出たって言うし、最近物騒だから君たちも気をつけるんだよ? お嬢ちゃんもお父さんの言うことを良く聞いて」
「ぶごふっ!?」
オリアスさんが変な咳をしました。
そりゃ、自分より年上の彼を、自分の子供と勘違いされては、吹きだしもするでしょう。
ってーか、おっちゃん。その『お父さん』が『ワイバーン』退治の英雄です。退治したのは『お嬢ちゃん』のわたしですけど。
さらにいうと、わたしの頭に乗ってるコレは、その『ワイバーン』の子供です。
「おっと、少し列が進んだかな? じゃあ私は先に行くよ。皆さんも町でまた会いましょう」
「お引止めして申し訳ありません」
「お嬢ちゃんはこの飴でも舐めて、待ってなさいね」
「ありがと」
「すみませんね。『ウチの子』がご迷惑を」
幾分、いえかなり苦悶の表情で、まるで苦渋の決断を下すかのように礼を言うオリアスさん。
手を振っておっちゃんを見送った後、オリアスさんに話しかけます。
「ねー、パパ。どうも街で何か起きてるみたいです?」
「パパはやめたまえ」
「そうだぞ、ちゃんと『お父さん』と呼びなさい」
「……ハスタール師も、やめていただきたい」
ハスタールもさっきの冗談にノッてきます。
この三日彼を見ててつくづく思ったのですが、どうも精神的にも若返っている気がしますね。
わたしの女性化といい、彼の少年化といい、この世界の精神は肉体の影響を強く受けるようです。
「それにしても、『何か起きている』か。ユーリと旅に出ると、トラブル無しには進まなくなっているな」
「わたしのせいみたいに言わないでくださいよ」
失礼なことを言う彼のほっぺを
この三日の壮絶な修行により、わたしは彼に触れることが可能になりました。
もっとも違和感はまだあるので、この姿で抱かれるのはさすがに勘弁してもらいたいです。
修行内容も、少年の彼に抱っこされて眠るという内容でしたが、それですら不眠症になりかけたのですから。
「もごもご。妙といえば、街の外に兵士が結構並んでますよね?」
飴玉を口に放り込み、行列の護衛に付いている兵士たちを見ます。
普通、こういった兵士は詰め所などで待機しているのが常なんですが、入門待ちの列に護衛に付くのは珍しいですね。
「そういえばそうだな。武装も妙に本格的だし、戦とまでは行かないが、何かに襲撃でもされているみたいだ」
「この辺りに盗賊が出るという話は聞いたことがありませんが。ああ、リヴァイアサンは別で」
「オリアスさんの話を聞く限りでは、これほど警戒される相手とも思えませんけどね」
「安全、という意味では折り紙付きな相手だがね」
結局、お昼前に街に着いたにも拘らず、中に入れたのは夕方になってからでした。
「は? オーク?」
街に入り宿を取って一息吐いてから、食堂で話を聞くことが出来ました。
宿はオリアスさんがよく使う、冒険者ギルドお勧めの宿だとか。イーグも泊まれるので、気楽でいいですね。
部屋はわたしとハスタールで一部屋。イーグはオリアスさんと一緒に居てもらいます。戦力的にもバランスがいいでしょうし。
一階が食堂になっているので、そこで情報収集していたら、宿のオバチャンが待ってましたとばかりに
「そうなんだよ、あのオークがこの近くで巣を作ったらしくてね」
「なるほど、それであの警戒なんだ?」
「オーク程度にしては物々しい雰囲気だと思うが……」
ハスタールとオリアスさんは、なんだか納得した様子。
宿のオバチャンも『ああ、ヤダヤダ』って雰囲気で肩を竦めます。
「あの、オークってあれですか? 豚の頭で醜くて汚くて精力がハスタール並みな?」
「俺はあそこまで酷く無いぞ」
「なんだい兄ちゃん、妹に見透かされてるのかい? まあ盛りなんだろうけど、ちょっとは自重しなよ」
オバチャンに背中を叩かれ、
黒髪の彼と銀髪のわたしでは、あまり似てないと思うのですが。
「妹じゃないぞ、これは俺の嫁だ」
「おっと、許婚か何かだったのかい。そりゃ失礼したね」
今度は許婚ですか? そんな期間、すっ飛ばして結婚しましたけど。
両手で果実水の入ったマグを抱え、コクコクと飲みます。両手なのはマグが大きすぎて、片手で持てないのです。
この宿は食事の一つ一つが大盛りです。さすが冒険者の店、というところでしょう。ボリューム満点です。
「オーク共は嬢ちゃんみたいな歳でも容赦しないからね。お父ちゃんも街を出る時は注意してあげなよ」
「あ、ああ……」
ここでもお父さんな彼は、なんだか泣きそうな顔してます。
ひとしきり会話を楽しんだ後、オバチャンは他の注文が入ったので、テーブルを離れていきました。
周りに人が居なくなった所で、わたしたちは声を
「オークってそんなに脅威なんですか?」
「一般人にはな。腕力や耐久力が人間の比では無いから、真正面から力尽くでは厳しいだろう」
「もっとも、人間には『技術』があるからな。多少の心得のある者には敵では無いな」
警戒心を持つオリアスさんに、余裕の表情のハスタール。この辺が実力差なのでしょうね。
「思考が単純でフェイントに掛かりやすく、魔術には全く対処出来ん。だから『技量』のある人間なら余裕で狩れる、美味しい相手とも取れる」
「問題はその特性だ。ヤツらはメスが存在せず、異種族のメスを襲って繁殖する。つまり――」
「非力な人間は格好の獲物って訳ですね。ここでもエロ大王なんですね、オークは」
「エロ大王……いやまあ、確かにそういう展開は多いと聞くが」
微妙な表情を浮かべるハスタール。しかし、そうなると女性であるところのわたしとしては、警戒せざるを得ませんね。
こちらに転生した先がオークの巣とかではない分、わたしはまだ幸運だったのかもしれません。
ところで、実際の戦闘力ってどんなものなんでしょう?
「実際戦うとなると、どれくらい強いものなんでしょう?」
「腕力と生命力は一般人の二倍程度か。力押しでは分が悪いだろうな」
「オーク共の最大の脅威はその繁殖力。被害者が出ると、それを元にドンドン増えて、数で押してくるのが問題だ」
「イヤな台詞が続きますねぇ。この街の衛兵で抑えきれるのですか?」
「真面目に訓練を積んでいるなら、問題は無いだろうさ」
ふむ……ふむ? あれ、これは、ひょっとして……もしかして?
「あの……少しこの街で寄り道してもいいですか?」
「あ、なにか気になる事でもあるのか?」
「えーと、少し。調べたいことが」
「オリアス、時間的には大丈夫なのか?」
ハスタールがオリアスさんに確認を取ります。なんだか、あまり長居はしたくなさそうですね?
オークが
「ええ、リヴァイアサンはおよそ一か月単位で行動していますから。前回の犯行からまだ十日程だし大丈夫でしょう」
「ユーリ、調べ物とやらはどれくらい掛かる?」
「それは実際に見てみないと。でも十日は掛からないと思いますよ」
「ならギリギリ間に合うか。だがこの情勢だ、ユーリは充分気をつけて動くんだぞ?」
心配そうにわたしを撫でる彼。この心配は心地いいですね。気に掛けて貰えてると実感できます。やはり触れあえるというのは重要です。
ですが心配かけてばかりと言うのも心苦しいので、手早く調査を済ませるとしましょう。
「わかりました。ハスタールも気をつけてくださいね? 衛兵の注意が外に向いてる分、街の中は逆に無法化してもおかしく無いのです」
「そこらの雑魚に遅れは取らんさ。この身体でも身体能力は落ちていないからな」
彼の能力は若返ってる分、さらに強化されているとさえ言えます。ゴロツキ風情ならデコピン一発で
腕力的にはオリアスさんですら一般人の三倍、ハスタールにいたっては六倍以上の豪腕を持つに至ってます。
わたし? 一般人の十分の一ですが、なにか?
この間、村の学校の体力測定に参加して握力を測ったら、八キロしか無かったですよ。背筋力は二十七キロで自分の身体を支えるギリギリのラインでしたとも。
わたしの虚弱さに指差して笑う悪ガキ共にブチ切れて、身体強化で握力計握り潰してやったら小便ちびってました。ざまぁ。
「それはともかく、早く飯を食べないと冷めるぞ?」
「ハスタール、妙に早くご飯食べ終わって欲しがってません?」
「な、なんのことかなぁ?」
露骨に目が泳いでますよ。まぁ新婚だから仕方ないですけどね。
――もう、本当に仕方ない人なんですから!
今夜はどうやら、久し振りの労働が待っているようです。
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