52話:3章 怪盗の活躍?
翌日、わたしたちはオリアスさんと共にコルヌスに向かうことになりました。
ああ、淫靡で怠惰で退廃的な生活は一か月でオシマイですか。いや、ちょっと夢見ていたのと違っていたので、あまり後ろ髪は引かれませんが。
「それにしても、この前はソカリスで次はコルヌスですか。最近旅ばかりですね」
「一か月、間が開いたろう? それにこっちではそれくらいはわりとあるぞ。ウチに来る前のアレクとか、もっとハードな毎日だったはずだ」
「彼の身体が頑健なのは、旅のおかげですかねぇ。わたしも少しは頑丈になるでしょうか?」
「か弱く無いユーリは、なんか違うなぁ。ユーリは先に音を上げて、ピーピー泣くのが可愛いんだぞ」
「オリアスさん、これが賢者の本性です。外道です」
「いや、こっちに振られても」
今回は馬車に乗っての旅程です。
前回購入した大型馬車は、村長のハルトさんに下取りしてもらい、手元にはいつもの買い出し用の小型の物しかありませんでしたので。
オリアスさんは馬を飛ばして速度重視でマレバまで来たようですが、滞在期間がどれほどになるかわからないわたしたちは結構荷物があるので、それはできません。
馬車の横には馬に騎乗したオリアスさん。
御者台にはハスタールとわたしが並んで座っています。イーグはわたしの膝の上で寝てます。
「ゆっくりな旅程になりそうなんですが、向こうは大丈夫です?」
「ああ、今回の相手は妙なことに『予告状』を出すから、問題は無いだろう」
「ホンキで『怪盗気取り』なんですね」
「それならまだマシだったんだが」
渋い表情で口篭ってます。何か問題あるのでしょうか?
「リヴァイアサンは予告状を出す、古式ゆかしい怪盗なんだが……どうもこっちの斜め上を、笑いながら飛び越えていくタイプでな」
「斜め上?」
「旅の間も暇になるだろうから、標的についての説明をしようか」
「おお、怪盗物語を聞かせてもらえますか!」
日本でも怪盗物って人気がありましたからね。
リアルな怪盗のお話となれば、目を輝かさずにいられません。
「ヤツが最初に現れたのは三か月ほど前らしい。最初の標的はコルヌスのある富豪の家の宝石だったそうだ」
「ほうほう、お約束ですね」
「いきなり届いた予告状に、最初は何の冗談かと思ったそうだが、念には念を入れてイミテーションにすり替えておいたそうだ」
「それもお約束の防衛手段ですねぇ」
「予告日になってもヤツは現れない。ホンキで冗談と断定し、偽物を元に戻したその日に、高笑いと共に現れ、宝石を盗んで行ったそうだ」
「へぇ、偽物を見抜いてたんですね」
「いや、ヤツはその偽物のほうを盗んでな」
「はぁ?」
すり替えられたから、盗みに入らなかったわけでは無いのですか?
いったい、どういうことだってばよ!?
「『予告日に現れないとは卑怯な!』と言う富豪の叫びに、こう返したそうだ。『え、今日はその日じゃなかったの?』」
「……日付間違っただけかぃ!」
「散々引っ掻き回した挙句、偽物しか盗まなかったので、むしろ警備の費用の方が被害が大きかったそうだ」
「なんともヘッポコですねぇ」
「次に現れたのは、その一か月後。今度は別の富豪の持つ女神像を狙ったらしい」
「大物狙いに来ましたね。今回も日付ずらしたんですか?」
「いや、予告状を出した隣の家の怪しい陶器の猫が盗まれた」
「なんで隣を?」
「しばらくして、その猫の像は返却されたそうだ。メッセージが添えられていて『間違えました、ごめんなさい』と」
「今度は家を間違ったのですね」
ドンだけドジな怪盗なんですか。ロマンもへったくれもありません。
むしろ何処かの漫才プロから、スカウトが来るんではなかろうですか?
「まあ、そんなこんなで被害は軽微なんだが、行動が全く予想できないので対応が難しくてね。それでギルドに依頼が出たんだよ」
「確かにそんなドジ連発してたら、予測なんて出来ないですね」
「わかった、犯人はユーリだな」
「ハスタール、それはどういうことです!」
茶化した彼を一発本気で殴って置きます。ダメージ出ないですけど。
「三度目はわたしがコルヌスを出る一週間ほど前だったか」
「三度目もあったんですね。なんだかもうお腹一杯です」
「流石に三度目ともなると捕まったらしい」
「へぇ、どうやって捕まえたんです?」
「逃げてる最中に馬車に撥ねられ、気絶していたらしい」
空ろな目で結末を語るオリアスさん。わたしもそんな感じの目になります。
ああ、空が青いなあ。
「捕まえて牢屋に入れていたんだが、どうやったのか即日のうちに脱獄してな」
「でも捕まえたのなら、顔とかわかってるんでしょう?」
「それが関係者全員、記憶からスッパリ抜け落ちているらしい。いや、どんな顔か思い出せないと言うべきか? 女ということしか、思い出せなかったそうだ」
「認識障害か記憶消去か? どっちにしても高位の魔術だな。意外と腕利きだったのか」
「ええ、それでこれは手に負えないかもしれないと、ハスタール師に助力を仰ごうという結論に達しまして」
「俺も脳筋魔術師だからなぁ。そういった
彼は渋い顔をしていますが、わたしは逆に興味が湧きました。
記憶操作系の魔術と言うのは、わたしもあまり聞いたことがありませんので。
「面白そうですね。ぜひ捕まえて話を聞いてみたいです」
「んー、あの系統は面倒な式が多かった記憶しかないな」
「まあ、手が増えるのはありがたいですし。ましてや『賢者』の称号を持つ者の存在は、それだけで抑止力になるので」
「いつまでもコルヌスにいるわけにはいかないからな」
「それはわかっています」
記憶操作系ですか。上手く使えばハスタールの変装も、もっと手軽になるかもしれません。
変形は肉体ごと変化させるので、見抜かれる心配は少ないのですが、二人掛かりで術を掛けないといけませんし。
あと、変形を使わせないことで、変なプレイ防止にも?
「まあでも、こういった敵は私よりユーリの方が相性がいいかもな」
「そうなんですか?」
「ああ、なにせ『何をしでかすかわからない』という点では、ユーリもかなりのモノだからな」
「なるほど、そういう意味で」
「オマエラ、絶対泣かせちゃるからな!」
ジト目で二人を睨んでおきます。でも、何をしでかすかわからない、ですか。
そういえば、わたしたちを監視しているとか言ってましたし、今も傍に居たりするのでしょうか?
おもむろにキョロキョロと周囲を警戒し始めたわたしを、彼らが
「なにをしているんだ?」
「いえ、バハ――いや、バートが近くに居るんじゃないかと」
「そういえば見張ってるとか言っていたな」
ハスタールの気配が一気に引き締まります。やはりこっちの彼の方がカッコイイですね。
『空間』への識別は負担が大きいので、遠視を使って周囲を検索して見ましたが、どこにも姿は見当たりません。
もっとも、あの彼がざっと見た程度でわかるような
「捜すだけ、無駄か」
「そうですね。技量だけは半端無いですから」
「誰かに付け狙われているので?」
心配そうなオリアスさん。そういえばこの面子は魔術師ばかりだったですね。
いつも一緒にいる専門家がいないのでは、不安にもなるでしょう。
「いや、バートにな。付き纏われてはいるが、敵意があるわけではないらしいから、それほど危険では無いだろう。今のうちは」
「面白そうってだけで付き纏われてる方は、たまったモノじゃないですけどね」
「バート……ああ、確かソカリスの近くで襲ってきた?」
「襲ってはこなかったですよ。あの後何度か話をする機会があったので、相互に理解は深めましたが。結論的にはストーカーのままですね」
「ユーリは俺のモノだと言っておいたのにな」
ゴゴゴゴ……と地響きの立ちそうな迫力を振りまく、ハスタール。
馬が軽く
「ハスタール、やめてください。馬が怯えてます。あとわたしも」
「あ、ああ。すまん、馬」
「わたしには?」
「ユーリには夜にたっぷりとお詫びをしてやろう」
「遠慮します」
ヤブヘビを
顔を赤くして本気で怒ってるわたしを見て、彼が溜め息を吐きました。
「さすがに人前は勘弁してくださいね?」
「何度も言ってるが、お前は俺のものだからな。他の人間に見せてやる気は更々無いぞ。こう見えても俺は強欲なんだ」
「う、そう言ってくれるのは嬉しいのですが」
「まだ疑われていたとか、心外だな。お前しか見えて無いんだぞ。ほら、もっとこっちに」
「ハスター……きゃ!?」
肩を抱かれた拍子に『夜モード』に突入しかけたところで、馬車が石を踏み越えました。
それにしても、咄嗟に出る悲鳴まで女らしく……最近精神的な汚染速度が加速度的に速まってる気がします。
覚悟は決めたので、もはや好都合なのでしょうか?
「もう! 見るのは『お前』じゃなくて『前』にしてくださいよ!」
「あー、すまん」
照れ隠しに怒鳴ったりするわたしの頭をポンポン叩いて、おざなりに謝ってます。
これは反省する気はないですね。わたしもありません!
「ウギュ?」
突然の揺れにイーグが目を覚ましましたが、わたしたちは知らん振りです。
オリアスさんの方を振り仰ぎ、何があったか目で尋ねてます。相変わらず芸達者ですね。
彼も意を
言葉で会話しろです、お前ら。
こんなやり取りをしながら、旅の初日が終わりました。
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