51話:3章 出発前

 翌日、オリアスさんに依頼を受ける旨を伝える為、ハスタールと二人でマレバに向かいました。

 変形の利便性を見るために、彼は馬になってわたしを乗せています。

 問題なく乗れてる辺り、少年の姿はダメで、馬の姿は大丈夫なのですか?


「ユーリ、ちゃんと乗らないと危ないぞ?」

「誰のせいですか。痛いんですよ、お尻が。おへそから下全体が」

「後から来るモノなんだなぁ」

「バハムートは大変な術式を置いていってくれました」

「流石に馬の姿でしようなどと言わないから、安心しろ」

「なぜその発想に思い至ったし? むしろ安心できません。流石にそれは死にます」


 立派な体格の馬になったおかげか、いつもは三時間ほど掛けて下る山を、二時間かからず降りることができました。

 村の近くで再度変形を掛け、人の姿に戻ります。もちろん二本付いて無いのは確認しました。


「いつもより大きく無いですか?」

「こんなモノだったろ?」

「認識の違いってヤツですね」


 ああ、元から恥ずかしがったりしてませんでしたが、そっちに思考が直結してしまう辺り、わたしは汚れてしまったのですね。

 しばらく歩くと、村の入り口が見えてきました。

 例に拠ってカイムさんが門番に立っています。あの人、守備隊の主力なはずなんですけど、暇なんですかね?


「おはようございます、カイムさん」

「おはよう、アルバイン夫人」

「むぅ……その呼ばれ方は、なんかまだ恥ずかしいですね」

「ハハ、いずれは慣れるさ。ハスタールさんもおはようございます」

「ああ、おはよう。私は『も』扱いなんだな」

「レディファーストですよ」


 わたしを嫁に取ったことで、彼の性癖にあらぬ誤解が生じ、その結果村人との距離は縮まった気がします。

 かわりに、娘を持つご婦人との距離は開いた気がしますけど。

 多少欠点が見える方が親しみやすいということでしょうか? 以前の彼は完璧超人でしたからね。そこまで考えてから、昨夜の乱行を思い出しました。


「……さもありなん」

「何のことかわからないが、ユーリがそういう表情している時は、大抵失礼なこと考えているんだよな」

「胸に手を当てて考えてください。きっと思い当たる節があるはずです」

「ふむ?」


 ペタリ、とわたしの胸に手を当てる彼。


「誰がわたしの胸と言ったのですか?」

「自分の胸よりは心地良いかと思ってな」

「ハスタールさん、村の入り口で幼女の胸をまさぐるのはやめてください」

「ああ、すまん」


 ピキピキと青筋を浮かべるわたしと、しれっと答える彼に、砂を吐きそうな表情のカイムさんが、ツッコミを入れます。

 前言をひるがえしましょう。あらぬ疑いではありません、彼は確信犯です。


「今日は買い出しですか? こないだまで宴会のついでに買って行ったと思ったんですけど?」

「いや、オリアスに用があってな。ハルトさんのところに泊まっていると聞いたが」

「ああ、魔術師の彼! そういえば、以前までのハスタールさんに雰囲気が似てますね」

「なぜ『以前まで』と付けた?」


 ジト眼でカイムさんを見るハスタール。

 ですが、人前で女性の胸を触るような人は、そんな眼で見られて当然なのです。


「それは、まぁ……あははは」

「まあいい。そんなわけだから、入ってもいいな?」

「この村にハスタールさんを拒む門はありませんよ。どうぞ」

「感謝する」


 村に入りハルトさん宅へ向かう道すがら、彼に昨日の話を聞いてみます。

 昨日は地下に隠れていたので、聞けなかった部分もあるかもしれませんし、確認です。


「話の概要はわかってるです?」

「ああ、要は怪盗退治なんだろう。今時珍しいのもいるものだな」

「怪盗を自称する連中って、わりと出るモノなんですか?」

「自称な連中だと、結構な。市民から恐れられる程ではないけど、一種のステータス的な称号みたいな?」


 あまり褒められたものでは無いけど、スゴイ盗賊的なカリスマっぽい何かでもあるのでしょうか?

 でも、結構頻繁に湧いて出るもののようですね。


「ハスタールも捕まえた経験はあるのですか?」

「何度か。まあ、口ほどにもない連中だったよ。それに俺の功績のほとんどは、魔獣退治の方が主だったから、出会った数は多くない」

「つまり、あなたも相手にした経験はあまり無い、と。うーん、大丈夫でしょうか?」


 あまり経験が無い彼を、無頼者相手の仕事に放り出すのは気が引けます。


「それに、この身体の機能も試してみたいからな。能力がどの程度変化したのか、変形の影響はどれくらい出るのか」

「基礎の身体能力の変化と、変形による肉体変化の影響、ですか?」

「魔獣退治だと失敗は命に関わるが、盗賊相手なら命の取り合いまでは行かないだろうしな。失敗しても失うのは私の名誉くらいさ」


 気軽に言ってくれる彼に、少々不安を抱えたままハルトさんの家に辿り着きました。

 わたしとしては問題有りなので、受けたくない気持ちがドンドン強くなってきていますが。

 ですが、ここまで来て引き返せません。ドアをノックすると、中からマールちゃんの声が聞こえてきます。


「……おっと、扉を開けた時に直撃とか、そんなベタなマネはしないですよ?」


 最近自分のネタ体質にも慣れてきました。一歩下がって、そういったギャグ展開に備えます。

 案の定扉は勢い良く開かれ……あれ、扉の前に立ってたら気絶するレベルじゃないですかね?

 そして中からマールちゃんの叫ぶ声が聞こえました。


「あ、ダメ!」

「……へ?」


 中から凄まじい勢いで飛び出した何かが、ドズンと、わたしのお腹に突き刺さったのです。


「もう、イーグったら! いくら嬉しいからって勢い付けすぎぃ!」

「うぇええぇぇぇ……」


 久し振りにゲロりました。



「イーグ、あなたはわたしに恨みでもあるのですか?」

「シャギャー」

「確かにソカリスで三日放置したのは悪かったですが、あれはハスタールのしでかしたことです、わたしには関係ありません」

「アギャー」

「帰って早々、庵から放り出したのも彼です。わたしは関係ありません」

「イーグをネタに俺を責めるのはやめろ。悪かったから」


 居間に通されたわたしは、懇々こんこんとイーグに説教していましたが、なぜかハスタールがダメージを受けたようです。

 幾分スッキリしたわたしはイーグの頭を撫でて、オリアスさんを待っていたら、イーグがおもむろに窓から出て行ってしまいました。


「なんでしょう?」

「あっ! ダメだよイーグ!」

「はて?」


 マールちゃんが慌てて玄関に駆け出して行きます。

 しばらくして、激烈な放射音と共に悲鳴が聞こえてきました。


「――うぉ! またかこのチビ! 今日は呼ばれて来たんだよ!? つーか死ぬぞ、このブレス! 殺す気か!?」

「ギャー!」

「イーグ、悪い子は晩ご飯抜きですよっ!」


 なるほど、アレクが来たから警戒に行ったのですね。言うことを良く聞いてくれてなによりです。

 まあ、これも親心というヤツです。アレクには申し訳ないけど、障害がある方がスパイスになって良いとも言えるでしょう。


「あれは……放っておいて良いのかね?」

「おや、オリアスさん。一日ぶりなのです」

「昨夜も入り口で騒いでいたようだが、ここはいつもああなのか?」

「大体あんなモノでしょう。イーグも張り切っていますし、勤労意欲に水を差すのはヤボってモノです」

「アレク、哀れな……」


 なぜ、あなたが遠い眼をするのですか、ハスタール?


「てめー、今度こそ干し肉にしてやる! 蒸着!」

「フギャー!」


 ズドン、ドカン、ゴバーっと、なにやら長閑のどかな村とは相容れない効果音が聞こえてきました。


 ――そろそろ止めた方がいいですかねぇ?


 お茶を啜りながら、そんなことを考えていると、マールちゃんの声が響いてきました。


「やめてって言ってるのに……二人とも大ッ嫌い!」


 そんな怒声と同時に、ピタリと騒音がみました。

 順調に調教されてますね。イーグも、アレクも。



 一息ついて居間にやってきたアレクとマールちゃんを迎え、お茶の時間になりました。

 なおソファに座る二人の間にはイーグが挟まっていて、彼の守護者役も板に付いている様子。


「ハスタール師、お久し振りです」

「そちらも元気そうで重畳」

「まずはご成婚、おめでとうございます。あいにく祝儀の品は持ち合わせておりませんでしたが」

「気にするな。どうせ相手はユーリだし、生活も今までと大差ない」

「わたしの一大決心に、なんて雑なこと言いやがるですか!」


 結構ヒドイことを口にした彼をポカポカ殴ります。わたしの腕力ではダメージにならないのは想定済みだったりするのです。

 マールちゃんは羨ましそうにこっち見てます。アレクは砂糖キビを丸呑みしたような表情をしてますね。


「こちらの話はお聞きになられましたか?」

「ユーリから伝え聞いた。問題ない」

「では、ここに来て頂いたということは?」

「ああ、君の依頼、受けようと思う」

「ありがたい! ウチの脳筋共にはいささか手に負えないと思っていたところです」


 これで安心、とばかりの安堵の表情を浮かべるオリアスさん。

 ジャックやケールでは、力仕事以外では当てになら無いでしょうしね。


「そういえば、ベラさんとバーヴさんは? 彼女たちならこういったケースでも対応出来るでしょう?」

「ユーリ殿、例えば半月前のあなたは、いつもの仕事をこなせただろうか」

「ああ、新婚って……人を堕とすからなぁ」


 なぜあなたが答えるんです、ハスタール?

 いや、確かに半月前のあなたの堕落っぷりは、一生モノの語り草になりますが。


「半月前ですか。確か、人としてダメな感じに壊れていましたね。わたしも、彼も」

「ということは、あの二人は?」

「ええまあ。あなたたちほど順調というわけではなさそうですが」

「それはおめでとう。こちらからお祝いを言わなければならなかったな」

「おめでたい、のでしょうか……あれは……」


 冷や汗を垂らすオリアスさん。何か問題が?


「なんというか、『調教』という言葉が実感できる、と言えばわかりますか?」

「あー」


 ベラさん、理想の彼氏育成計画に着手したのですね。バーヴさん、南無。


「なあ師匠、コルヌスに向かうってことは俺も?」

「アレクは残念だが留守番で。さすがに一か月前に長期休暇取ったばかりなのに、また休暇とは行くまい?」

「う……確かに」

「コルヌスにはわたしとユーリと、それにイーグで向かおうと思う。村は頼んだぞ」

「ああ、それは任せてくれ!」


 留守番と聞いて落ち込んでいたのに、師匠の信頼の言葉にあっさり顔を輝かせます。

 彼も、まだまだお子様ですね。


 こうして細かな打ち合わせを済ませ、道具屋のグスターさんに当面の一か月分の指輪を卸した後、わたしたちはコルヌスへ向かうことになりました。

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