67話:3章 対策会議

 彼女の正体を識別し、思わず顎を落とすわたし。

 その変顔を怪訝な表情で見つめるハスタールとレヴィ……いや、リヴァイアサン。


 ――今ここで捕まえる? いや、ここで騒ぎを起こしても、証拠が。やはり現場を押さえないと。


 混乱する頭で、とにかくそれだけは把握しました。

 幸い予告日まで後四日。対応する時間はまだまだあります。


 ――しかし、彼女がリヴァイアサンなら、イーグに施した対応はすでに見破られていると見ていいですね。


 彼女もわたしと同じ魔術の神才持ちなのですから。

 ホイホイ乗り込んで来たところを、イーグ本人による迎撃案は廃棄しないといけませんね。


「ユーリ、どうした?」

「あ、あー、いえ。なんでもありません。ちょっと今日は海の反射が眩しくて綺麗だなと思って、見蕩れてました」

「んぁ? ああ、今日はいい天気やったからねぇ」


 なんとか彼女ではなく、彼女の後ろの海に見蕩れてたと言い訳できたでしょうか?

 リヴァイアサンは特に不審に思う素振りも見せず、商品の説明を続けています。


「うーん、大丈夫そうですかね?」

「ん、なにが?」

「いえ、その商品の話です」

「お、気に入ってくれたん? 材料費はタダも同然やから、銀貨五枚でええで」

「そうですね、ではそれを。いつもありがとうございますね」

「こちらこそやで。最近生活が潤って、嬉しいわぁ」


 ニコニコしながら小石のアンクレットを紙袋に詰める彼女。

 とにかくこの場は早く立ち去らないと、いつボロが出るかわかりません。わたしは演技が得意ではないので。


「ではハスタール、次は夕食です。今日はお魚料理が食べたいのです」

「お? ああ、いいぞ。なら海沿いの方がいい店が並んでるだろうな」

「相変わらずイチャイチャしとるなぁ。えーよえーよ、お姉さんは一人寂しく商売続けるから」

「リ……レヴィさんなら、いつかいい人が見つかりますよ」


 看守とか? 少し強引かと思うのですが、そんな感じの理由を付けて立ち去るよう提案しました。

 わたしは代金を支払い、イーグとハスタールを引っ張るようにして、足早にその場を離れたのです。



 コルヌスの港は小さな漁船による近海漁業が主になっています。

 残念ながら、マグロは見かけませんでしたが、アジやサバ、タイ、ヒラメはもちろん、イカやタコまで豊富に取り揃えられています。

 手頃な食堂を彼が見繕い、久し振りの海の幸を堪能しながら、今後の対策を考えるとしましょう。

 文化の違いなのでしょうか、さすがに生で食べる料理を置いてないのはガッカリしました……

 しかし塩焼きからフライまで、それなりに豊富な料理法に思わず本題を忘れそうになります。

 わたしはフライの盛り合わせの定食を、彼はヒラメの塩焼きと軽めの酒を注文し、周囲の人目が無くなったのを確認してから、先ほどの識別結果を報告します。


「というわけで、彼女がリヴァイアサンです」

「ぶっふぅ!?」


 食前酒に濁り酒を嗜んでいた彼が、盛大に吹き出しました。

 それは正面に座っていたわたしの顔面に、ものの見事にブッカケられます。


「やめてくださいよ、白くて濁ったのをぶっかけられて喜ぶとか、そういう趣味は無いのです」

「い、いやスマン。しかし、それは本当なのか?」

「識別で明白にリヴァイアサンと出ました。しかも職業までキチンと怪盗になってましたよ」


 識別が利かない相手はいましたが、誤魔化す相手はまだ見たことありません。

 彼女がバハムート以上のバケモノだと言うのなら、わからなくもないですが。


「だとすると今までの対応策は?」

「全てお見通し、でしょうね」

「ここにきて振り出しに戻る、か」

「相手の正体が判明した以上、振り出しどころかゴール間近ですよ。後は現場を取り押さえればイイのです」


 発信の術式で場所を探知するまでもなく、居場所がわかるのですから、その点は気が楽ですね。


「なぜその場で取り押さえ……いや、無理か」

「ええ、あそこで彼女を取り押さえたとしても、商人に対して暴行を加えたようにしか見えません」

「証拠が無いからな。リヴァイアサンが公式に盗んだ物といえば、イミテーションの宝石くらいか」

「証拠になる盗品自体が存在しない怪盗なのです。イーグを盗みに来た時に取り押さえるしかないでしょう」


 もし彼女が実績ある怪盗なら、あの場で取り押さえ、盗品が出てくれば依頼達成となっていたのですが……彼女はろくな戦果を上げていないので、証拠になりません。顔も不明のままですし。


「彼女を取り押さえる上で必要になるのは、『ギフト封じ』ですね」

「確かに、お前の封魔鏡みたいな物を作っておかないと、また逃げられるな」

「それも本人の意思で取り外せないようにしないと」

「首輪みたいな?」


 わたしの首元をチラリと眺めて、口角を上げて笑います。

 やめてくださいよ、この首輪周囲の視線が結構痛いのですよ? あなたのくれた物だから身に着けてますけど。


「それよりも足枷ですかね? しかも接合部を溶接する鉄製のタイプの」

「お前も遠慮が無いなぁ。ならそっち方面で作ってみるか。封魔鏡の術式は把握しているか?」

「この眼鏡の分は一応。ですが、そのままでは、認識阻害に流用できるかどうか不明です」


 ギフトというものには、未知の領域が多すぎます。

 同じモノを作っては封印できるのは黄金比だけになってしまいます。


「それに関しては問題ない。その眼鏡が封じているのは、ギフトそのものでなく『周囲に与える影響力』だからな」

「影響力……よくそんなモノを即興で作れましたね?」


 確かこのメガネは、出会った時彼が二日ほどで作り上げた物です。何度か代替わりはしましたが。


「即興では無いさ。それは俺が自分用に考えて研究していた物だ」

「自分用?」

「俺だって、ギフトで色々嫌な目には遭ったからな。その影響力を制限できたら人生変わっていたかも、とは思っていたんだよ」


 彼だってギフト持ちということで、色眼鏡で見られたり、憎まれたりした事はあったのでしょう。

 わたしから見ても、彼は人嫌いの部類に入ります。

 面と向かえば礼儀正しく、穏やかに対応してくれますが、基本的には一人を好む傾向にありました。

 わたしだけが例外、だといいのですが。


「ではこの術式を強化し、接合部には溶接用の焼きしろを用意するということで」

「問題はそんな物どこで用意するか、だな」

「レヴィさんのところは使えませんものねぇ」


 そこでわたしは、周囲から突き刺さるような視線を感じました。

 ふと顔を上げて見渡すと、他の客たちが変な目でこちらを見ています。

 そういえばわたしたちは外から見ると、首輪少女を連れた少年が仲良く食事しながら、『足枷をどこで入手するか』という話題をしていたわけで。


「ウン、不審者MAX状態ですね」

「は?」

「自覚が無いのですか、ハスタール。あなたは今、首輪幼女と食事をしているのですよ?」

「そうだな」

「そのあなたが、次は足枷をどこで入手するか、と話しているわけです」

「……そうだな」

「その足枷、普通は誰に使うと思います?」

「…………ユーリの分も購入する必要があるな?」

「なんでそうなるんですかっ!」


 ひょっとして奴隷が欲しかったりするのですか? わたし、そういうプレイは好きじゃないのですが。

 とにかく、これ以上は変な目で見られるので、早々に退散することにしました。

 追記、アジフライは美味しかったです。また来ることにしましょう。



 宿に戻ったわたしたちは、早速緊急会議を開きます。


「というわけで、ギフト封じのために足枷が欲しいのですが」

「それなら私が持ってるわよ?」

「なぜ持ってるんでしょう、ベラさん?」

「え、もちろん使うためよ」


 誰に……とは言いませんよ。バーヴさん、幸せになってくださいね。

 彼はなんだか絶望したような顔してますけど。


「レヴィって、たしか高台でいつも店出してる子だよな? 可愛かったのになぁ」

「ジャック、あなた年頃の子にはいつもそう言ってるわね?」

「だって可愛いじゃん?」

「ジャックさん、わたしも一応年頃の十五歳なのですが?」

「うっそだぁ」

「オーケィ、そこを動くな。電磁加速砲の餌食にしてくれる」

「落ち着けユーリ。宿が壊れる。外でやれ」

「そこは止めろよ!?」


 とにかく、拘束用の足枷を入手する当てはできました。

 後はすっかり無駄になったリヴァイアサン対策をどうするかですね。


「おそらく今まで作った魔道具による対策は、全て見抜かれているでしょう」

「見ただけでわかるモノか? 私にはサッパリなんだが」

「オリアスさん、彼女はギフト持ちなのです。しかもわたしと同じ、魔術の神才。このギフトは魔術関連に関しては凄まじい効果を発揮するのです」

「ユーリはこう見えて、一目見た魔術は大体自分の物にできるホンモノの天才だからな」

「その分しわ寄せが身体能力に来ていますけどね。彼女の運動能力は非常に高かったので、魔力的にはわたし程ではないでしょうが」

「『見抜く』という点においては、魔力の大きさは関係ない、か」

「でしょうね。そこで、ですね」


 わたしは食堂からの帰途、真剣に考えた『罠』を公表しました。


「それ、本当に効果あるのか?」

「ありますよ、実験済みです。問題は、戦力外になっちゃう人が出てしまう点ですが」

「だが、ユーリの魔法を避けられる様なヤツを無力化できるなら、充分お釣りが来るだろう」

「バーヴ、お前ユーリの魔法避けられるか?」

「俺に死ねと言うのか、ジャック」


 どうもジャックさんには真剣味が足りないようです。

 ここはキチンと釘を刺しておきましょう。


「ジャックさん、真面目にやらないと……」

「いや、だってよ。狙われてるのはそのチビ竜だろ? 放っておいても帰ってくるんじゃないか?」

「そういえば、『盗んでどうする?』というのを考えてなかったですね」


 考えてみればイーグを攫った所で飼い慣らせるはずがありません。

 自由にすれば逃げられる、彼女にはハスタールのような師も居ないようです。イーグを拘束する術を自前で持っているのでしょうか?


 そう、彼女の行動は確かにおかしい。

 腕利きと噂される新鋭のフォレストベアが来るのを見計らうかのように活動を開始し、挑発するかのように予告状を送る。

 そして失敗しても気にせず、同じ街で延々と仕事を続け、わたしたちを狙い済ましたかのように標的にした。

 この近辺で大きな街といえば、コームだってあるのです。なぜそっちに移動したりしないのか?


「そもそもイーグを狙う意味が無いです。飛竜の子はレアだと言っていましたが」

「そうだな、竜種の子は確かに珍しいが、金を出せば、見つからないわけじゃない。ひょっとすると、ファブニールと見抜かれていたか?」

「もしくは、君たちがフォレストベアの知人であることを知って、わざと手を出して来たかのようですらある」

「じゃあ、真の標的はフォレストベアということ?」

「わかりません、今のところは」


 これはやはり、直接彼女に聞いてみないといけないようです。

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