49話:3章 出張依頼

 訪れたのは、一か月ぶりのオリアスさんでした。

 彼はわたしたちの伝手つてを頼り、仕事を依頼しに来たのだそうですが、とりあえず大幅に外見の変わったハスタールには隠れていてもらいましょう。


「というわけなんだ。ユーリ、手伝ってくれませんか?」

「よく使われる手法ですが、実際にやられてもわからないので『最初から』『丁寧に』説明してください」

「……ム、了解した」


 オリアスさんが言うには、あの後『フォレストベア』一行は港町コルヌスまで足を伸ばし、そこで一時を過ごすことにしたそうです。

 そしてタイミングを合わせるかのように降って湧いた問題が……怪盗『リヴァイアサン』の登場。

 そこ、顎を落とさないように。本当にいるんですよ、この世界には!


「で、『ワイバーン退治』の英雄と呼ばれる我々にも捕縛の依頼が来たんだ」

「良かったですね、仕事増えて」

「あまり良くは無いぞ? 何せ身体能力は上がっても、所詮は中級。こういった搦め手の依頼だと全く活かせない」

「力技でどうこうにはできそうに無いですねぇ」


 何せ相手は、直接顔を合わせようとはしてくれませんからね。腕力でどうにかはできないでしょう。

 経験不足の彼らには荷が重い依頼かもしれません。


「大体、なんでそんなややこしい依頼受けたんです? もっと単純な討伐物とかあったでしょうに」

「ケールが……飲み過ぎてな。急いで依頼を受けないといけなくなったんだ。お蔭で選り好みする余裕が無くて」

「あなたたちの前衛陣は、性格に問題ありすぎです」

「自覚はしている。故に恥を忍んで『風の賢者』に依頼に来たんだ」


 自覚してるなら、まず受けるなといいたいですね。まったく。


「コルヌスって、確か遠いですよね?」

「うん、コームの街のさらに西、一週間ほど掛かるかな」


 アレクが説明してくれました。そういえばアレクはコルヌスで騎士になったのでしたね。

 地の利があるなら、彼のほうが適任じゃないでしょうか?


「アレクはコルヌスでの滞在経験がありますよ? わたしより適任だと思うのですが」

「私もハスタール師に依頼する予定だったのだよ。不在ならば仕方ない」

「……悪かったですね、箱入りで」

「そういや、魚料理が美味かったなぁ。さすが港町って感じで」


 魚料理、と聞いてピクリと反応するわたし。

 仕方ないじゃないですか。海に囲まれた日本育ちで、毎日のように魚を食べて生活してきたんです。

 この海から遠く、山の中に住む毎日で肉と野菜の毎日を送れば、米と魚が恋しくなるのも無理ない話なのです。


「そういえば、新婚旅行とかしてませんでしたね」

「……は?」

「いえ、こちらの話です。お構いなく」

「で、ハスタール師はいつお戻りに?」

「あー、それは――」

「彼は死にましたっ」


 唐突に割り込む、さっきまで聞いてた声。


「どっから湧いて出たんですか! というか、縁起でも無いこと言わないでください! そもそも、なんで戻って来たんですかっ!?」

「いや、実は肝心なモノを渡し損ねてたのを思い出したんだ」


 玄関口には、さっき立ち去ったはずのバハムートが立っていました。

 ええ、たった一言なのにツッコミ切れません。


「……彼は?」

「彼はバハ……バートくんと言います。親しみを込めてバーさんと呼んであげてください。わたしの先輩に当たるのでしょうか?」

「ハスタール師に他の弟子がいたとは、ついぞ知らなかった……礼を失したこと、心よりお詫びする。私はオリアスと申します。魔術の道を志す者にございます」

「や、丁寧な人だね。キミたちとは大違いだ」

「うっさい。あんな登場したら攻撃されて当たり前だっての」


 胡散気に眺めてた態度を『弟子』の一言でてのひらを返すオリアスさん。

 なんだか、わたしとは態度が違いません?

 後、アレクはやっぱり警戒態勢ですね。出てきた瞬間がわからなかったというのは、武人として忸怩じくじたる思いがあるのかもしれません。


「何で彼に敬語でわたしにはタメなんですか?」

「なんだか、君は妙に話し易くてな。目上に対しイカンとは思っているのだよ」


 あー、ひょっとして微妙に魅了が漏れてるのかもしれませんね。この『封魔鏡』は初期にハスタールが突貫で作ったものですから。

 メガネ形態だとすぐ外れるし、別の造りを考えた方がいいかもしれません。


「それで? 渡し忘れた物って何です、バート」

「そうそうコレなんだけどね……」


 そう言ってズボンに手を突っ込み、股間の辺りをゴソゴソまさぐる竜王バハムート……なんですか、この風景?

 服から出した彼の手には、一枚の羊皮紙のような物が握られていました。


「どこに仕舞ってんですかっ!?」

「ん、いやぁ……ここに入れておくと、きっと賢者の彼が怒ると思ってね?」

「怒らせる前提で収納場所を考えないでくださいよ」

「人生には刺激と娯楽が必要じゃない?」

「会ったばっかりだけどわかったよ。お前さ、ネタだけで生きてるだろう」

「うん」


 肯定すんな! というか人生って何です! あなた人じゃないでしょう? その上、アレクにまでツッコミ入れられる始末。

 ダメです、この男が相手だと調子が狂います、ハスタールとは別の方向で。早々に用事を済ませて、立ち去ってもらいましょう。

 引っつかむように羊皮紙を取り上げ、中を確認。中身は一つの魔法陣でした。

 複雑で煩雑で、内容が一瞥いちべつしただけでは理解できません。


「なんだ、これは?」

「…………これは……なんで――いえ」


 何です? と聞くかけましたが、仮にも『賢者』を名乗る者にとってのプライドが有ります。聞かずに識別で見抜いてみましょう。

 え、反則? いえいえ、チートと言えども能力の一つ。能力の有効活用と呼んでください?

 オリアスさんもわからないようだったので、一般に出回ってるような術じゃなさそうですが……と言うか、高度すぎるんじゃないですか、この術式。

 物質への干渉があって、変化が起こって……固定? しかも距離が接触限定ですね。いや、術者限定なのです?


「この内容は……変異、いえ、変形?」

「お、よくわかったね。人には出回ってないはずの術式なんだけど」

「ですがこれ、未完成ですよね? こんなの使ったら死にますよ」


 この魔法陣の術式には、術者の防護がまったく記述されていません。

 つまり、使用すれば肉体が変形し、その衝撃とダメージで命が危険で危ないです。


「うん、そうだね。でも大丈夫な人もいるんじゃないかな?」

「まさか! この術で平気だとすれば、それは最早不死身と言えるだろう?」

「なるほど。そういうことですか」


 使って死ぬ術なら、死なない人間が使えばいいと。わたしかハスタールなら、問題なく使えるということです。


「使い道がありそうですね。ありがとうございます」

「いやぁ、美味しい食事をご馳走してもらったから、それでチャラということで。ニンジンの件は別として」

「根に持ちますね。好き嫌いしてると長生きできませんよ?」

「これ以上長生きしてどうするのっ!?」


 ボケならわたしも負けませんよ。漫才とか見てましたし。


「とにかく、これはこれで使い道が有りそうです。お礼に今度はニンジン抜きをご馳走してあげましょう」

「やった! じゃあ夜にまた来るね」

「はえーですよ!?」


 ダメです、やはり天然系のボケ連打には追いつけません。ここはオリアスさん共々、まとめて追い払ってしまいましょう。

 面白そうな術式が手に入りましたし。


「とにかく、ハスタールは所用で数日は戻らないので、オリアスさんは、すみませんがまた後日いらして貰えませんか?」

「そう、だな。いや無理を言うつもりはなかった。ここは出直させてもらうとしよう」

「で、そこの食欲魔神。もう我が家に食材はありませんので帰ってください。わたしは一刻も早く『これ』を研究したいんです」

「本音漏れすぎぃ!?」


 この人が相手だと、取りつくろう必要がまったく感じられないので。

 ある意味、人の本性を引っ張り出す天才と言えるんじゃないでしょうか? 意図してやってるんなら、凄いですね。


「まーいっか。それじゃボクもこれで帰るよ。今度こそね。それじゃ夜に」

「本気だったんですか!?」

「いや、冗談」

「さっさと帰れ」


 本当に読めない人ですね。ホンネとか、表情とか、空気とか。 


「お帰りはあちら……って、もう居ませんか」

「消えた!?」


 相変わらず、消える瞬間が理解できません。認識を阻害されているかのようです。

 初めて見るオリアスさんとアレクは、揃って驚愕に顎を落としています。

 ポカンと落ちた口があまりにマヌケだったので、料理に使ったオタマでそっと元の位置に戻してあげました。

 アレクはともかく、まだオリアスさんには触ることができませんから。


「何者なんですか……彼は」

「まあ、ああいう人です。凄腕ですけど思考の方向が斜め上というか」

「それ、危険人物じゃないか?」

「そーともいう」

「いつか絶対見切ってやるからな……」


 アレク、そっちの方向性でライバル視していたのですか? 一応英雄なので、相当に高い壁ですよ、あれ。

 まったくそうは見えませんが、百の勇者と共に千の迷宮に挑み、ただ一人生還した、この世界最初の英雄。

 しかも、わたしはもちろん、ハスタールだって知らないような魔術の知識もあるんです。

 数千年を生き続けた彼は、この世界を一体どう見ているのでしょう?

 気にならないわけが無いのです。わたしも、ハスタールも、これから彼と同じ道を歩むのですから。


「初日でこの不安ですか。マリッジブルーってヤツです?」

「ユーリ姉、絶対違うから」

「そういえば、結婚したと聞いたが……その、なんだ……本当に成人済み?」

「失敬な! こないだキチンと成人になったのですよ!」


 確かに見た目幼女ですけど! もう成長する望みすら絶たれてますけど!

 でもちゃんと五年、彼と共に歩んできたんです。積み上げてきたものがあるんです。

 だからきっと、外見とか関係なく、わたしを選んでくれたんです。


「ハスタール師が取っていたのは、『弟子』では無く『嫁』だったのか」

「嫁!?」


 その一言で頭に血が昇ってしまいます。まだ馴染みませんね。


「ゴホン、とにかく私は、しばらくマレバに逗留する予定だ」

「マレバには宿泊施設が無いからなぁ。ハルトさんの家? なんだったら俺の家に来る?」

「アレクの家って掘っ立て小屋のままじゃないですか。収入は結構あるんですから、そこそこの家に移ればいいのに」

「生活には困ってないからいいんだよ。時折マールちゃんが掃除に来てくれるから、綺麗だし」

「連れ込み宿の確保ですか。ちゃんと成長するまで待ってあげなさいよ?」

「んなことしねーよ!? 師匠じゃあるまいし」


 うっかりアレクが口を滑らせた瞬間、床下から凄まじい殺気が。ああ、ハスタールが怒ってますね?


「あわわわ……いや、これはそういうことじゃなく……」

「慌てなくても、彼があなたを害するはずがないでしょう。死ぬほど痛めつけられるだけです」

「それがイヤなんだよ!?」

「あー、とにかく長旅をしてきたんだ。まともな宿で休みたいので、それは遠慮しよう」


 どうやら、魔術師である所のオリアスさんは地下の殺気に気付いてない模様。


 こうしてアレクとオリアスさんを追い払ったわたしは、ハスタールと魔術の研究に没頭することになったのです。

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