48話:3章 竜王との食事

「それで、なんでコイツが一緒にいるんだ?」

「ハスタール、一応とはいえ、お見舞いに来た人をこいつ呼ばわりは感心しません」


 やや神経質そうな、ピリピリとした甲高い少年の声。落ち着いた雰囲気の低い声はドコへ言ってしまったのでしょう。

 目を覚ましたハスタールは、身体に異常は無かった。といえるのかどうかわかりませんが、特に空腹を訴えたので、四人で食事となりました。

 少年になった彼は、アレクと同年代でありながら、背はアレクより低く、童顔で声変わりもしていません。ショタっ子です。

 バハムートもそれくらいの年齢に見えるので、不老不死になると、その年齢まで戻ってしまうのでしょう。


「そーだよぉ。ボクは敵じゃないよぉ?」

「あなた、わざと胡散くさい喋り方してるんじゃないですかね」

「ウン、実は。先輩風とか吹かせてみたかった」


 この野郎は、どうにも快楽主義的な要素があるようですね。マジメなハスタールとは、反りが合いそうにありません。

 わたしは、旅に出る前に買い貯めておいた豚肉と、保存庫にあった熊肉を混ぜ合わせて、異色な感じのハンバーグを食卓に並べます。

 前にも言いましたが、マレバでは豚肉はともかく牛は貴重品です。労働力に転化されるので。

 なので、熊や猪、ケラトスの様な害獣を蛋白源として摂取しています。


「それで、なんでこのタイミングでウチに来たんです。タイミング良すぎでしょう?」

「ふん? ふぉれふぁね」

「食べるか喋るかどっちかにしてくださいよ」

「モグモグ」


 容赦なく食べる方を優先したバハムートに、わたしは極限までの忍耐力を発揮して、続きを待ちます。

 こめかみに血管が浮くのも、無理はないでしょう。


「イヤイヤ、怒らないで。久し振りに人間らしい食べ物食べたから、ちょっと夢中になっちゃっただけなんだよ」

「喋る方を優先で答えなさい」

「うん? いや、姪っ子の様子とか気になっただけなんだよ」

「姪? イーグのことですか」


 あの短気なドラゴンが親戚さんですか、可哀想に。きっと私生活でも暴れまわっていたんでしょう。いや、暴れ回ってましたね。リリスの街を滅ぼしたようですし。

 そう考えると、イーグの身体はリリスの街の人でできているといっても過言ではありません。

 それにしても、暴れん坊の親戚と温泉好きの姪っ子ですか。わたしが憐憫の視線を向けると、彼は言い訳するように話を続けました。


「血縁があるわけじゃないけど、感覚的にはね。あの子の母親はちょっと過激だったから、いずれはこうなると思ってたし。まあ、国の一つや二つは道連れにすると思ってたけど」


 意外にも、竜にも過激派とかあるのでしょうか? 実は彼は穏健派とか?

 穏健な分、性格はかなり捻じくれていそうですが。


「そりゃねぇ。ドラゴンだって個性が無いわけじゃないもの。むしろ究極的に個人主義だよ、ボクら。他人がなにしてようが知ったこっちゃない」

「それで巻き添えになる方は、たまった物じゃありませんよ」

「んなことより……師匠の身体は本当に大丈夫なのか?」


 アレクは、まだバハムートへの警戒を解いていません。無理もない話ですが、食卓に大剣グレートソードを持ち込まないでください。すっごく邪魔です。

 ハスタールも長剣をかたわらから離しませんし、食卓が殺伐としちゃってます。

 そんなんじゃ、ご飯が美味しく感じられませんよ?


「多分ね」

「多分じゃ困るんだよ!」

「落ち着け、アレク。とりあえず今は大丈夫だ」

「そうは言っても、ボクの時とは似てるけど微妙にパターンが違うし、彼女の場合とも違うし、参考になる事例が他に無いんだよ。そもそも古竜種が倒されると言うこと事態が異例なんだから」

「すみませんですね、倒しちゃって」

「キミも、矢で衝撃波ソニックブームを起こして、口の中に超音速で撃ち込んでから、頭蓋を内から破壊とか、えぐいこと考えるねぇ」

「ブレスを吹き散らすだけのつもりだったんですよ」


 もちろん、あの矢は封印しています。肉片も残らないんじゃ、狩りにすら使えませんので。

 人間相手だとオーバーキルもいいところです。


「それとね、ボクはこの出来事はもっと早く起きると思ってたんだ。だから実は、この庵の近くで監視してた。それがタイミングよく現れることが出来た理由」

「なぜそう思った?」


 鋭い瞳でバハムートを睨むハスタール。以前の様な重さは感じないですが、若い分鋭さが増したみたいで……この視線は、ぞくぞくキますね。

 気がつけばフォークを咥えて、ポーッと見てました。


「そりゃ、『魔竜の心臓』だよ? キミの様なウッカリさんはともかく、彼女みたいに察しのいい連中ならすぐに気付く。その場で貪り食ってもおかしくないんだ」

「過去に古竜が倒された事例は、まったく無いわけじゃない。そのわりには不死者が出ていないようだが」

「食った連中はその場で死んだからね。僕らレベルを倒した者で、生き延びた英雄はいなかっただろう? 喰らった奴らはその場で死んだからさ。君は特異中の特異」

「英雄に悲劇の幕引きが多いのは、それが理由か」

「彼女は一か月も悩んだんだよ。愛されてるね、元賢者?」

「当たり前だ」


 チラリとこちらを流し見る彼。わたしは慌ててワタワタと手を振ります。

 なに当然のように、さらっと恥ずかしいセリフ言ってるですか。


「ハスタール、その視線はやめてください。なんだか変な気分になります」

「それは良いこと聞いたな。今夜からドンドン変になってもらおう」

「なに言ってるですか!?」


 その外見でその台詞は単なるエロガキですよ!

 そういえば、やはりアレも小さくなったのでしょうか?


「ユーリ、どこを見ている?」

「え、ナニを……いやいや、なんでもないですよ?」

「なんでもないわけあるか!」

「はいはい、ご馳走様。ノロケも食事もね」

「お口に合いましたですか?」

「もちろん。キミは料理も上手いんだね、元賢者と結婚していなかったら、ボクが求婚してたくらいだ」

「帰れ。今すぐにだ」


 彼の機嫌がドンドン悪くなるので、煽らないでくださいよ。ハスタールも剣に手を伸ばさない!

 それと、あなたでは候補にすら挙がりませんので。胡散臭すぎて。


「イーグの親戚筋と思えば、料理くらいご馳走してもかまいませんけど、こっちの生活を引っ掻き回さないでくださいよ? 新婚なんですから」

「え、新婚早々に『劇物』盛ったのって、ボク関係ないよね?」

「盛ったのはニンジンです。ハンバーグの中に練りこんでおきました」

「ぶっはぁ!?」


 一直線にトイレに駆け込んでいくバハムート。この男は……英雄の威厳とかどこに行ったのでしょう?

 まさかハスタールもこんなオトボケキャラになるのでしょうか? いや、そういえば最近はその片鱗が見え隠れしている気がするのです。

 バハムートは、しばらくしてげっそりした顔で戻ってきました。


「うえぇ……これは意趣返しってヤツなのかな?」

「とにかく! 彼はわたしの望む通りの状態になっているのですね。竜になったとか、そういうのじゃなく人間のままで?」

「キミは自分が人間だと思うのかい?」

「――っ!? でも、あなたは……」


 自分が人間か、と聞かれれば答えは『ノー』と言わざるを得ないでしょう。

 ですが、目の前の竜の始祖は明らかに人としての姿と思考を持ってるじゃないですか。

 人間と言っても過言じゃないです。なら、わたしだって。


「ボクはもうドラゴンさ。人として生きてきた経験はあるけど、その価値観も寿命も、生態すらも人とはずいぶん違う。この姿も人に変形の魔術で変えているだけだしね」

「俺は、そんな魔法使ってる意識は無いぞ」

「キミは本来死ぬはずだったよ。だけど彼女が君を癒し続けた。おかげでキミは『人の形』のまま不老不死に馴染むことができたのさ」

「でもなぜ若返ったんです? そのままではいけないのです?」


 ずっと抱えていた疑問。それをぶつけてみました。

 彼の変化には、未だに戸惑いが残っているのです。結婚までした彼の姿が変わってしまったことに。


「不老不死は、その生命の最も活発に成長する時期に安定するんだ。男性でいえば十三から十五くらい。女性だと少し早くて十から十三くらいかな」

「それでこの年齢で安定しちゃってるのですか。なら、ハスタールの不老不死は間違いなさそうですかね?」

「それは保証するよ。疑うなら首の一つも刎ねてみればいい」

「んな真似ができますか」

「ではお前にはもう用は無いから、さっさと帰れ」

「ねぇ、キミの旦那酷くない?」

「泣きそうな表情でこっち見ないでください。あなたが散々煽ったからでしょう」


 自業自得というヤツです。個人主義に走りすぎた結果、空気を読むという能力が欠落してしまったのでしょう。

 三白眼でバハムートを睨むわたしを見て、ハスタールが警告の声を発します。


「お前は危険そうだからはっきり言っておくぞ。『コイツは私のだ。誰にもやらん』、わかったな?」


 二回りは大きかった彼の身体は、今は縮んで一回り位大きい程度になっています。なのに、以前と変わらぬ圧迫感を発します。

 これは独占欲でしょうか? 嬉しい発見です。

 あうぅ、そう思うと蕩けた表情を浮かべてしまいます。


 ――ああ、本当に彼のモノにされちゃったんだなぁ。


 将来の夢は「かわいい嫁さんと怠惰で退廃的で淫靡な毎日を送る」と書いて担任に呼び出されたわたしが、なんということでしよう。すっかり堕ちてしまいました。

 ぐにゃんと弛緩した表情を浮かべるわたしを見て、アレクは溜め息吐いてます。


「師匠もユーリ姉も、すっかりアレな感じでボケてるけど、一つ聞いておくぞ。俺たちの敵に回るつもりは無いんだな? ファブニールの敵討ちとかは、全く考えていないと?」

「個人主義だって言ったでしょ。ぜーんぜん考えていません。でもあの子には辛く当たらないでほしいかな? 一応同族だしね」

「イーグはもう俺たちの家族だよ」

「それを聞いて安心したよ」


 一息に食後のお茶を啜り、ほうと一息つく竜王。


「それじゃご馳走様。まさかこのボクにニンジンを食べさせる人間がいるとは思わなかったよ」

「お粗末さまです。一矢報いることは出来たみたいですね」

「今度はこっちがドラゴンの料理をご馳走するよ」

「遠慮しておきます。焼いただけの肉とか出て来そうなので」

「はは、大差ないのは確かだね」


 彼はそう言って席を立ち、玄関をくぐって……そして、消えました。


 ――転移の魔術でもなさそうなのに、一瞬で視界から消えるんですよね、あれ。



 そして、消えたバハムートと、入れ違うように駆け込んできた人がいました。

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