3章:出張編
46話:3章 禁断の果実
あの家族旅行騒動から一か月が経ちました。
マレバに帰ったわたしは、ハスタールと結婚することになり、村を挙げての宴会騒ぎがつい先日まで続いていたのです。
さすがに一か月も経つと彼の『持て余す』状態も落ち着き、表面は以前の冷静さを見せるようになっています。夜はやはりケダモノになって息も絶え絶えにされますが。
結婚と言っても元から一緒に暮らしてますし、生活的に何が変わったというモノでも無いですね。
強いて言えば、呼び方が師匠からハスタールへと変わり、寝る前に少々キツ目に『励んで』しまう程度でしょうか。
そうそう、イーグはマールちゃん預かりで安定しています。また攫われたら困るし。それにわたしたち、新婚家庭ですし?
「というわけでですね、アレク」
「お、おう?」
「このままでは『色ボケロリビッチ賢者』とか『風の賢者の風は風俗の風』という噂が定着しそうなので、マジメに仕事をしようと思います」
「おう」
その渾名を広めたグスターさんには、電撃の魔術をプレゼントしておきました。
それ以外にも、あの旅行の最中には考証したい事案が沢山あったのです。
「例の旅行の最中につくづく思ったのですが、装備の運搬性と言うのは非常に大きいと思ったわけですよ」
「確かに俺のセンチネルとか運び辛いよな」
「そこで考えたのがコレです!」
懐から長めの腕輪を一つ取り出します。これぞ一か月の集大成。
「なに、腕輪?」
「ただの腕輪じゃありません。例の盗賊騒ぎで見かけたあの転移トラップの魔法陣、あれを組み込んであるのです」
「つまりテレポートできる腕輪?」
「……その手がありましたか」
「え、違うん?」
装着者を飛ばすと言うのは、ちょっと構想外だったです。
いや、普通はそっちを先に考えるかもしれません。視野が狭まっていましたね。
「その案件はまた次回。今回は、武器の方を呼びつけるアイテムを作ってみたのです」
「武器の……じゃあ、これ付けてれば、いつでもセンチネルが呼び出せるの?」
「そういうわけではありませんね。これは呼び出したい装備を、前もって転移の魔法陣に配置しておけば、
「ふーん?」
「というわけで試してみましょう。上手く手元に呼び出せれば、装備の輸送性が格段に上昇しますよ?」
「爆発とか……しない?」
「しませんよ」
「いや、最近のユーリ姉は色ボケてるしなぁ」
「あんだとぉ!?」
失敬なこと言いやがりますね。確かに最近は朝がツライ程度にはイロイロありますが、そこまでボケてないですよ。
ハスタールもようやく落ち着いて、剣の修練とか罠の研究とか始めましたし。どうやら本気で世界樹に挑む気のようです。
今も最新トラップ名鑑なる本を取り寄せて、熟読中なのです。
「ほれ、合言葉は『蒸着!』です。さっさと試すのです」
「じょーちゃく?」
昔懐かしい変身ヒーローの掛け声を頂いてきました。アルミを焼き付けたりする時の加工方法でもありますし、著作権的にも大丈夫でしょう。
「もっと気合入れて言いやがれです」
「なんか恥ずかしいって……『蒸着!』」
先ほどより多少気合の入った合言葉に反応し、腕輪が魔法陣を展開。モザイクタイルの様なエフェクトと共にアレクの右半身を覆います。
光が収まった後には、アレクの左腕を覆う甲冑腕と、二つ目の開発武器『クリーヴァ』が装備されていました。
「ふむ、とりあえずは成功ですかねー?」
「いや、鎧ごと装備できるとかスゲーじゃん!?」
「今度は装備を外して、この布の上に置いてください」
懐から一枚の魔法陣を刻んだ布を取り出し、地面に広げます。
中には転移トラップと同様の魔法陣が刻まれています。転送先は転送元の魔法陣。
「よっと……」
「――『送還』っと」
うーん、モザイクタイルの様なエフェクトはどうしても出てしまいますね。
小型化と転送状態を固定させた為に、転移速度が遅くなってしまったせいでしょうか?
「転移完了まで、二から三秒ほど掛かってしまうようですね。アレク、もう一度召喚してください」
「うん、『蒸着!』」
再び装備状態で召喚されるクリーヴァ。どうやら問題なく成功したようです。
「よしよし、試験成功。これで完成ですね。今度アレクのセンチネルも持ってきておくといいです。召喚用の腕輪と送還用の布を用意してあげましょう」
「マジで! やった、これであのデカイ図体とオサラバできる」
「人の作ってあげた武器にヒドイ言い様ですね」
「いや、戦闘ではすごく心強いんだけど、持ち運ぶとなると、でかすぎてね」
「ム、確かにそれは否定できません」
もっともそのサイズこそがセンチネル最大の武器なので、コレばかりはどうしようもないです。
それと、このクリーヴァの方は師匠に持たせておきましょう。剣の練習をしているところも申し訳ないですけど。
まぁ、後で少しサービスしてあげればきっと機嫌を直すでしょう。っと、イケナイ。コレが色ボケと言われる所以でしょうか?
「とりあえず、召喚のシステムに関してはこれで完成ですね。送還方法がスマートでないので、そこは要改造ですが」
「それくらい別にいいよ。じゃあ、センチネルはここに預けるとして。処理が終わるまでどれ位掛かる?」
「そうですね、急げば明日にでも。クリーヴァと置き換えればいいだけですから、新しく組む必要はありませんし」
竜鱗の鎧に右腕は甲冑、背丈を越える大剣と言う、中二病満載な装備になってしまいますね。まあ、実際十四歳なのですから、問題はないでしょう。
「代わりの剣は持ってますか?」
「この前旅行の途中で買ったヤツがあるよ。あっちは本格的な付与はしてないから、ちょっと重いけど」
「では、また明日来てください。それまでには用意しておきましょう。帰りはハスタールの練習用の剣があるので、それを持って行ってください」
「サンキュー」
こうして、一仕事終えた後アレクを追い払ったわたしは、次の課題を準備を進めたのです。
実験の成功に気を良くしたわたしは、次の案件に移ります。
庵の地下室に降り、保存用の個室の扉を開く。その更に奥の壁に向かって
壁が音を立ててずれ、その向こうには石棺を収めた広い部屋があります。
石棺の中には魔竜の遺体が収められています。
ファーブニルは庵に帰った後、地上から埋め立て固めた後、地下から通路を繋ぎました。
大きすぎて庵の中には納まらないので、苦肉の策です。
石棺の外側を石壁で覆い、頑強を掛けて固めたので、外から侵入するのはまず不可能でしょう。
わたしは、目の前には巨大な肉塊を切り分け、目的のモノを取り出します……すなわち『ファブニールの心臓』。
通常の刃物では刃が立たなかったので、鋭刃の魔術を掛けたナイフを使い、肉を切り分けました。
そう……わたしとハスタールには、寿命という難問が立ちはだかっています。ですが、これに関しては解決法が一つ、あったのです。
――世界樹の新芽を食べ不老不死となった英雄は竜の始祖となり、その子孫である竜種はその心臓に『不老不死』の力を宿す。
始祖の直系に限りなく近いファブニールなら、その力を色濃く残している可能性が高いです。
正直、眉唾物の伝承だと思っていましたが、アレクたちの肉体が強化された状況を
実際、識別のギフトで見た結果がこの通り。
――ファーブニルの心臓。
その肉を口にした者に無限の生命を与える。
「実にアバウトな説明でやがりますね。これをハスタールの口に運んでよい物かどうか」
まっとうな解釈で不老不死、ただし、それ以外がまったく保証されていません。
この世界の能力は悪意に満ちています。鵜呑みにして飛びついたらどうなるか、わたしは身をもって思い知っています。
「ユーリ、どうしたんだ……ん、それは?」
「ハスタール、読書はもういいのですか?」
不意に炊事場に顔を出した彼に、誤魔化すように質問を返します。
これをどう説明した物でしょうか?
「ああ、一通り目を通したからな。それより、そのでっかい肉塊はなんだ?」
「これは、その……あなたに不老不死を与えるかもしれない物です」
「なっ!?」
驚愕に目を見開く彼。
それはそうでしょう、世界樹の千層にも及ぶ迷宮を突破した先にようやく手に入る筈のそれが、目の前に転がっているのですから。
「ただし、確信がありません。むしろ、この説明の少なさは疑惑すら感じます」
「……話してくれ」
「これはファブニールの心臓です。世界樹の力を受けた始祖に限りなく近い魔竜の心臓。伝承によれば、ここには不老不死の力が宿っているとあります」
「そういえばそんな話もあったな。実際目にしたのが初めてだったせいか、その伝承と繋げて考えることができなかった」
「問題は他の点に言及していないことです。下手をすれば、『生きているだけ』の肉の塊に成り果てる可能性だってありえるんです」
「だが……これがあれば、お前と……」
ハスタールの目が、何かに執り憑かれたかの様に揺れています。いえ、執り憑いたのはわたしの妄念でしょうか。
そう、わたしが求めているのです。彼と永遠に……だから――
「ハスタール、これは危険なモノです。ですが、あなたの寿命を延ばすことのできる可能性を秘めたモノでもあります」
「……ユーリ」
「わたしは……これが危険だとしても……あなたに口にして欲しいと思っています」
「お前に言われるまでもない。俺の望む物が目の前にあるのだから」
「ごめんなさい」
彼はきっと受け入れてくれる、それを知っていて、なお申し出た自分に吐き気がします。
そんな憂いを頭を振って追い払う。倫理なんてクソ喰らえ、です。わたしは彼さえ傍に居てくれればいいのだから。
「これは生で食わないといけないのか?」
「おそらくは。加工すると別の『料理』になってしまいそうですし」
ブニブニと肉を指で
さすがに、人の顔より大きい心臓を口にするのは勇気がいるみたいです。
「未知のモノを口にする脅威より、そっちの方が抵抗キツイな」
「確かに……晩御飯はキチンと美味しい物作るので勘弁してください」
「それは期待しないとな」
切り出した時に使ったナイフで、心臓の肉を一口大に削ぎ落とす。
赤黒く、今にも動き出しそうな心臓の肉。死んでから後、幾度も氷結と解凍の魔術を何度も掛け直したにも拘らず、今なお新鮮そのものに見えるそれ。
ある意味美味しそうに見える……だからこそ不気味に思えるそれを見て、思わず唾を飲み込みます。
「よし……いくぞ」
そして彼は、禁断の果実を口にしたのです。
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