45話:間章 神の憂鬱

 今回の被害者は随分と気が強い。いや、前回の被害者の気が弱すぎたのか?


「まあ、そういうわけで、君は本来死ぬべき運命ではなかった」

「それで納得できるわけないだろ! 神なら俺を生き返らせてみろよ!」

「残念だがそれはできん。いや、できなくもないが、肉体が損傷している以上、生き返った瞬間にまた死ぬことになる」

「身体を再生してからでもいいだろう!」

「残念だがそれもできん。他者により観測された事象は、世界の確定事項だ。君の死は目撃者が多い」


 私の説明を聞き、唾を飛ばしながら喚きたてる男。

 こうやって見ると、前回のは異常に落ち着いていたんだな。器の違い、なのかも知れん。

 しばし男の罵詈雑言を黙って聞き入れる。なんと三十分近くひたすら怒鳴り続けていた。

 ある意味大した物だ。が、いつまでも聞いている暇はなかった。


「キミの気持ちは理解できた。だが肉体が破壊された、というのはすでに確定事項だ。覆すことはできない」

「ケッ、それでも神かよ! 役立たずが」

「全く以ってその通りだな。それで、君には補填として3つの選択肢が与えられる」


 前回同様、部下の尻拭いとはいえ、こうまで罵倒されると流石に心に折れる。

 おかげで事務的に処理することに、なんら痛痒つうようを感じなくて、ある意味助かる。


「一つ、このまま死ぬ」

「納得できるか!」

「二つ、魂を肉体に戻し、自縛霊と化す」

「死ぬよりヒデェだろ!」

「三つ、異界へと転生する」

「あ、なんだそれ?」


 肉体の破壊が他者の認識により確定された世界では、干渉できず肉体の再生は出来ない。矛盾を生んでしまうからだ。

 ならば本来存在しないはずの、異界ならばどうか?

 誰も見て居ない場所に、新たな身体を構築して、人を一人紛れ込ませるくらい可能だろう。

 その為には『同じ世界』ではいけない。

 なぜなら、同じ世界では魂の宿っていた肉体が残っているのだから。

 たとえ粉微塵に破壊され、灰にされていたとしても、魂は本来あった場所へ戻ろうとする。


「つまり同じ世界に転生させると、壊れた肉体に魂が呼び寄せられ、結局死に至るか自縛してしまうと言うことだ」

「なんだよそれ……選択肢が一つしかねーじゃねぇか」

「まあ、そういうことだな。それで、転生に当たってはこちらのミスの補填として、いくらかの便宜をはかるのもやぶさかでは無いが?」

「転生チートってヤツか? それなら、そうだな……」


 顎に手を当て、考え込む男。まあ、こないだの男ほど突拍子もない要求はそうはあるまい。

 しばし考えをまとめたのであろう男は、顔を上げ私にこう告げてきた。


「……よし、誰にも負けない、世界最強の『力』をくれ。それと誰にも負けない身体」

「矛盾、という気がしないでもないが……フム、良かろう。それならなんとかなるか」


 実にシンプル。こちらとしても叶え易くていいな。

 ならば、『あの立場』を利用させてもらうか。


「では、君を異界へ送ろう。良き旅を祈っているよ」



 男を異界へ送った私の前に、今度は部下が現れた。


「ごめんなさいやで、神様~」

「流石に二度目ともなるとな……」


 涙目で私に訴えかける部下。だが、流石に二人の運命を大きく変えてしまったからには、無罪とはいかない。

 適当に処罰を与え、対外的にも取りつくろわないと……そうだな、進行中の計画があったか。


「信賞必罰だ。キミには、彼と先の被害者のサポートに飛んでもらおう」

「え、それって、この世界の担当を外されるん?」

「結果的にそういうことになる。特級破壊神のキミが、世界のバランスをつかさどる死神を志したのは感心するが、死を誘発する災害の規模が大きすぎる」

「細かい作業は苦手なんやって」

「それで周囲の人間を一緒くたに巻き込む災害を起こされては、こちらが困るんだ」


 最初の人間は、被害者を突き出した力に巻き込まれ、一緒に死んでしまった。

 彼は腕輪が引っかかったと思っていたようだが、真実は違う。

 今回のあの男は、鉄骨を落とした先にうっかり紛れ込んでしまった。いや、落とした鉄骨が大きすぎたというべきか。

 彼女は、なまじ力が強いので、そういった巻き添えが発生しやすい。そして、それに対する警戒心も薄いのも問題だ。


 このままこの世界に放置しておくと、更なる災害を生み出す危険もあった。

 ならば、転生先の異界に呼びつけ、こちらの仕事を手伝ってもらおう。

 選択肢の無い世界は、行き詰ってしまう。それは信仰も同じことだ。こちらの世界は、『私』に偏り過ぎているため、もう少しバリエーションが欲しい。

 そのためには、身を切ってでも他の神の信仰を伸ばす必要がある。

 そのために、前回の男を送り込み、今回の男を誘い込んだ。


「なに、心配することは無い。左遷ではなく、派遣と言うべき処分だ。あまりにも強い運命を持ったモノを送り込むのだから、巻き込まれるものも多く存在する。君にはそのサポートを行ってもらいたい」

「サポートですか?」

「強い運命は大きな事件を起こす。君は別の小さな事件を起こして、彼らの運命の波を打ち消す役割を果たしてもらう」

「面倒そうやね」

「その発想が、死神に向いてないのかも知れんな」

「そんなぁ!」


 不屈の肉体やら、最強の力を持って転生して、大人しく寿命を全うできるはずが無い。そもそも最初の男には寿命が無い。不老の望みをかなえたのだから。

 小さな面倒事をこちらが率先して起こして、発生する事態をなるべく制御することにしよう。


「まったく、『神』が全知全能などと誰が言ったことやら。後から『辻褄合わせ』をしているだけに過ぎんというのに」

「あ、知ってるで。事が終わってから『……やはりな』とかつぶやくキャラやろ?」

「結果を見てから知ったかぶっているだけに過ぎんよ。もしくはそういう状況に誘導しているだけだ」

「あくどいねぇ。まるで『悪魔』やん」

「表裏一体さ。『神の試練』も『悪魔の誘惑』もな」


 乗り越えられれば『試練』で、ダメなら『誘惑』。都合のよい解釈もあったもんだ。私も人のことは言えないが。

 宗教家を気取る連中に何度か話を聞いたが、そういう連中に限って『神の御心は私たちでは理解できないほど広く深い』などとうそぶいてのける。

 信仰する対象の説明を放棄しておいて、信仰を広げるこそこそ不敬だろう?


 それから彼女と打ち合わせをし、いくつかの事象を相談して決める。

 私は信仰対象であるため、おおっぴらに干渉できないが、転生者が起こす事件は私の管轄外だ。

 彼女を人として転生させてしまえば、なんとでも言い訳はできよう。


「と、いう線で頼む。くれぐれも、しくじらないように」

「りょーかいや! うちガンバるで」


 彼女の力を封じ、異界に用意した肉体に送り込む。

 さて、これで事態はどういう風に流れるか……どちらにせよ、私は結果を見て『やはり……』と呟くわけだが。

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