37話:2章 再出発

「この子の名前を発表します!」

「なにを突然……」

「名無しのままじゃ、可哀想じゃないですか」

「それはそうだが」

「この子は『イーグ』と名付けました。コンゴトモヨロシク」

「へえ、悪くないじゃん。意味は?」

「……蛇の王を名乗る、狂気をもたらす邪神の名前?」

「おいィ!?」


 なに驚いてるんですか、元々からして神話級のドラゴンですよ、この子。

 親から察するに十メートル以上、下手したら二十メートルほどまで成長しちゃうんですよ?

 それくらい大げさな名前付けても大丈夫なんです!



 思ったよりあっさりと、師匠と仲直りできましたが、イチャイチャできたかというと、そうでもありません。

 まず、石棺輸送用に木材運搬用の大型馬車を購入しました。

 なんと金貨三百枚。アレクと師匠にも出資して貰い、なんとか購入できたのです。

 残った金貨は百三十五枚ほど。百枚を旅費として師匠が管理し、各人が十枚ずつお小遣いとして持っておきます。マールちゃんも五枚持たせてあげました。

 死骸は当面の素材を切り出した後は氷結の魔術を掛け、石棺には土壁と頑強の魔術で厳重に封印し、軽量化の魔術を掛けて馬車に乗せておきました。

 これはエルリクさんに話を通し、非常に硬い石材を入手したので、商品として輸送中、という設定にしてもらってます。

 実際、鉄より遥かに硬いです。


 さらに竜退治の英雄をでっち上げねばなりません。

 幸いフォレストベアの身体能力は、『竜の血』のおかげで半端なく上昇しています。

 現在の能力は、強化前の師匠並にあります。

 ただ、退治した証拠になるアイテムを用意してあげないと見栄えが悪いと言うか、押し出しが弱いと言うか。

 そんなわけで、ジャックさんに鱗鎧スケイルメイル、ケールさんに鱗大盾スケイルタワーシールドを与える事にしたのはともかく、他の連中にも何か持たせる方がいいかと思い、作業しています。


 まずは師匠と共に素材を切り出しに行って、肋骨1本と、皮と爪と腱を持ち出しました。

 バーヴさん用に肋骨を削り出し、長剣ロングソードを一本作ります。

 刀身の根元が分厚く、刃は薄く、そして柄まで一体化して作った、渾身の一品です。

 骨があまりにも硬いので、脊椎の骨に頑強の魔術を掛けて、その骨を使って骨を削るという荒技で加工しました。

 予想以上の切れ味を発揮し、ケールさんの中古の大盾が紙のように切れてしまうのは良いんでしょうか? まあ、いいですよね。

 殺傷力と言う点では、ジャックさんの大剣を上回ってしまいました。


 次にベラさんです。

 回復を司る彼女は、絶対に倒れてはいけない存在です。

 ですが、非力なので重い鎧は着れません。そこで、皮をなめしてマントを作りました。

 ジャックさんやケールさんの防具もそうですが、ファブニールの皮は火に強く、軽く、そして非常に強靭です。

 そこらの剣や矢は傷一つ付けることが出来ないでしょう。

 なお、加工はわたしがやるとヒドイことになるので、師匠にやってもらいました。


 最後にオリアスさんの分。

 魔術師の彼は火力の要。

 伝説の竜の身体は触媒としても優秀なので、爪を使う事にしました。

 ファーブニルの爪を触媒に使った杖を作り、魔力の増幅力を強化しました。

 特に火系の魔術は相性がいいらしく、識別によると、平時の数倍にも及ぶ火力が出るそうです。


 ついでにわたしの分。

 目標は肋骨の余りを使って、サードアイを裏打ちし、腱を使って弦を張り直すことです。

 いわゆる合成弓コンポジットボウというヤツですかね。

 残念ながら、加工に手間が掛かるので、まだ手はつけていません。

 後、作業中に出た骨や鱗の削り滓も保存しておきました。何か使い道があるかもしれません。


 そんな作業がテンコ盛りにあったので、鎧の完成するまで一週間は、ほとんど師匠と顔を合わせる暇が無かったのです。



「うっひょおぉぉぉ! なんだこれ! なんだこれ、メッチャ軽い!?」

「それはいいですから、サイズとか動き具合とか教えてくださいよ」


 バカみたいにピョンピョン跳ね回るジャックさんを傍目はために見ながら、武器屋さんが出来を確認します。


「問題ない。この盾も軽くて取り回しがいい。むしろ軽すぎて不安なくらいなんだが」

「私もこれほどの素材を扱ったのは初めてですから。軽くはなりましたが、防御力は以前の大盾を遥かに凌ぐ程度はあるはずです」

「それじゃ、試してみようか」


 アレクがバーヴさんの小剣ショートソードを奪い、ケールさんの盾に叩きつけてみます。

 パキン、と軽い音がしてあっさりとへし折れてしまいました。


「うわ! いきなりはやめてくれよ!」

「傷一つ無いですね? バーヴさんの剣が粗悪だったのか、この盾が予想以上なのか……」

「どう見ても後者だよ! 俺だって武器の質くらい選ぶから!」

「このマント、少し色合いが地味かしら?」


 ベラさんは色合いに不満があるようです。染色はしてませんからね。

 まるで夜空を映したかのように、真っ黒ですからね。


「魔竜の皮をなめした物だからな。染色までする時間は無かった……ところでユーリ、背中から離れてくれないか?」

「イヤです。今、師匠成分を補給している所なのです」

「なんだ、それは? それなら前から抱きついても良いんだぞ?」

「そ、それはさすがに! ダメですよ、わたしの身長だとイロイロ良い感じの所に当たっちゃうじゃないですか!」

「なにがだ!?」

「今お持ち帰りされたら、もう拒絶する自信が無いので却下です」

「しないから!」

「………………ケッ!」


 バーヴさん、そっちも進展あるといいですね。ホロリとした気分で憐憫の視線を送ってあげます。

 わたしも自覚は持ちましたが、男女の関係を持つわけにはいかないので、微妙な仲間意識があるのです。

 ほら、わたしって女性としては、色々と致命的ですので。


「ところでユーリ。あの装備には付与をしてないよな?」

「ええ、してませんよ?」

「それであの性能か……」

「やっぱり、他人に渡すのは危険でしたか?」


 それぞれが、あまりにも高性能過ぎます。

 バーヴさんの長剣は板金鎧だって紙の様に切り裂きますし、ジャックさんの鱗鎧はイワンの戦槌だって無傷で受け止めるでしょう。

 ベラさんのマントだって、バラムの光矢では焦げ跡すら付きません。

 ちなみに脊椎を頑強化した時に気付いたのですが、付与枠が七つも有りやがります。さすが伝説の竜。


「まあ、いいさ。あれほどの性能になるとは思わなかったから仕方ない。だが今後は気を付けないとなぁ」

「そうですね。まだ骨を削った時に出た粉が、手元に残ってますし、注意しましょう」


 師匠とナイショ話で反省しました。顔を寄せ合えて、ちょっと『シヤワセ』です。

 なんとなく頬がにやけてしまいますね。


「やあ、みなさん。どうやら装備も整ったようですね」


 派手に騒いでいたので、宿の中まで聞こえたのでしょうか? エルリクさんが顔を出してきました。

 後ろに何人か武装した人たちが見えるのですが?


「ああ、すみませんエルリクさん。出発を遅らせてしまって」

「いえ、気にしてはいませんよ。本来ならひと月は足止めされるところでしたからね。一週間で済んだのですから、御の字です」

「そう言っていただけると」

「それに、追加の護衛を待たなければなりませんでしたしね」

「では、その方たちが?」


 師匠が如才なく挨拶を交わして様子を探っています。

 後ろにいるは、四人の冒険者風の若者でした。

 装備がピカピカで、いかにも『駆け出し』と言う雰囲気を醸し出しています。


「はじめましてっ! 俺たち『ワイルドホース(仮)』っていいます。竜退治の英雄とご一緒で来て光栄です!」


 いかにも緊張気味に自己紹介する新人(?)くん。

 名前は戦士のエイリークくん、斥候のビートくん、射手のシータさん、魔術師のディードリッヒくん。

 覚えやすくていいですね、ABCDで。

 とりあえず、突っ込むべきところは……


「(仮)って、なんです?」

「俺たちはこないだギルドに登録したばかりで、パーティ名ってまだ正式に決まってないんだよ」


 ギルドはパーティ単位で冒険者を管理することが多いです。もちろんソロもいますが。

 パーティを組んで仕事を請ける際は、こうして固有のパーティ名を名乗ります。

 もちろん名前が売れれば指名で仕事が入るので、メンバーを固定し、パーティ名も固定することが定番となっているそうです。

 彼らはパーティを組んだばかりで、固定のパーティ名がまだ本決まりじゃなのだとか。


「ナルホド、それはわかりましたが、彼らとわたしで何か対応が違いませんかね?」

「何で下働きに敬語使う必要があるんだ?」


 ああ、そう見えたわけですか。

 確かにわたしたちは、片腕と壮年と子供ですものね。それはそれで、思惑通りと言うところですか。


「それ、竜の鱗で作った鎧っすか! カッコイイですね!」

「そーだろう、そーだろう!」

「あなたは何もしてないでしょう!」


 むやみやたらとヨイショしてくるワイルドホースに、居心地悪そうなフォレストベア一行(ジャック除く)。

 特にベラさんは恥ずかしそうにしています。

 ですが、時折チラチラ視線を師匠に飛ばすのは許しませんよ? 『これ』はわたしのです。


「それでは、準備が整ったのでしたら、明日にでも出発したいと思うのですが……」


 少し申し訳なさそうに切り出すエルリクさん。

 商人としては、十日の足止めを取り返したくて仕方ないのでしょう。急ぎたい気持ちは理解できます。


「そうですね、こちらも食料などを補給する程度で済むので、大丈夫だと思いますよ」

「何でオッサンが答えてんの?」

「あ゛? 誰がオッサンだと? ムッコロスぞ、小僧」

「落ち着きなさい、ユーリ」

「なにこの子コワイ」


 師匠をオッサン呼ばわりしたエイリークを威嚇するわたし。もっとも師匠の背中に、コアラのごとく張り付いている状態では、迫力もありませんが。

 それにしても、この渋さがわからないとは、まだまだお子様ですね。

 そんなわけで新しい同行者もでき、ようやくラーホンの街を出発となりました。

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