38話:2章 疎外感
出発するに当たり、わたしたちは装備を一新しました。
まず師匠は、ジャックさんと同じ
そして、アレクも同じく鱗鎧。それと
軽量化はしていないのですが、『血』を浴びて強化されたアレクなら、軽く片手で扱えてしまいます。
最後にわたしはダミー様の
子供の練習用とも取れるソレですが、一応殺傷力はあります。
遠視の魔術を併用すれば、それなりの命中力はあるので、戦力にはなれるでしょう。
荷物持ちなのに、重武装を整えるわたしたちを、ワイルドホースの面々は奇妙な表情で見ていました。
「はぁ……」
「ユーリさん、また溜め息」
「うん、なんかねー。解決したようで実はしてないなーって」
「ハスタールさんと仲直りしたんでしょ?」
「しましたけどねー」
そう、考えてみれば元の鞘に収まっただけなんです。
自分の好意に関しては自覚しましたが、それを実らせるとなると、踏み込んでいいものかどうか?
ちなみに今わたしたちは石棺を積んだ三台目の大型馬車に、マールちゃんと二人きりです。
一台目はエルリクさんが馬車を操り、護衛としてフォレストベアと、師匠が付いてます。
二台目にはレシェさんとペレさん。護衛はワイルドホースとアレクです。
この三台目は個人の物なので護衛は付いていません。なので元々がお荷物だったわたしとマールちゃんで運んでいるのです。
そして女の子二人と来ると、始まるのはガールズトークである事は、どこの世界でも同じで――いや、わたしは元男ですけど。
「ね? ね? 仲直りのキスとか、しちゃったんですか?」
「わたしと師匠の間には、そういうものは必要ないのです」
「じゃ、わたしの方が一歩リードね!」
「なっ!? まさかアレクがそこまでヤるとは!」
「病弱で儚い雰囲気の女の子って――効くんですね」
「マールちゃん……恐ろしい子!?」
今時の子はまったく、末恐ろしいです。
とはいえ、わたしがしたのといえば、身体を密着させての清拭という感じのソレで結局のところ今一歩踏み出せていません……なんか一歩リードされた感は否めません。
「でも、ハスタールさん、ユーリちゃんのこと好きだよ、きっと。歳は大分開いちゃってるけど」
「問題なのはわたしの方なんですよ」
「ユーリさん、ハスタールさん嫌いなの?」
「トンデモない! 大好きです、おかわりを要求するくらい!」
師匠が二人いたりしたら……うへへへ……女性向けハーレムゲームの、ヒロインの気持ちが少しわかりました。
「ユーリさん、顔が腐ってます」
「腐るってなんですか!」
「それは置いといて。だったら何が問題なの?」
「置いとかないでください。問題なのはわたしの体質の方ですよ」
「体質? ギフトってこと?」
「マールちゃん。将来の夢ってなんです?」
わたしにも夢はありますが、やはりここは『ホンモノの』女の子の夢を参考にしましょう。
「そうね。(アレクさんと)結婚して~、(アレクさんの)子供を産んで~、小さな家に(アレクさんと)住んで~」
「会話の合間合間に本音が駄々漏れてますよ、マールちゃん」
これがバカップルと言うヤツですか!
初めて会った時の、純真無垢な彼女はドコに!
「わたしの場合、家くらいしか叶えられないですね」
「そうなの?」
「わたしの身体は『この形』で固定されてます。つまり歳を取らないんですね。だから『大人の魅力』ってのは、未来永劫、決して手に入らないです」
「ずっと若いままってよくない?」
「ずっと子供ってことですよ。そして身体が子供ってことは、子供を産めないんです」
「それは……困るねぇ」
一応前世の記憶では、八歳で出産とかのニュースを見たことはありますが。
「結婚はできても、夜のお相手とかは無理ですよ。マールちゃんもできないでしょう」
「そ、それはっ! ままままだ無理!」
それにわたしが相手だと相手が死ぬ可能性があります。神器のギフトの効果がある以上、相手が止まらなくなる可能性が高いです。
自分が死んで、相手もが死ぬ。わたしは生き返りますけど、師匠は甦らない。それじゃ困るんです。
「ずっと子供で、愛してはいるけど愛し合うことができなくて、子供が作れない。師匠はそんなわたしを受け入れてくれるでしょうか?」
「――ハスタールさんなら、きっと」
「でも、それは師匠にとって、幸せなのです?」
「……う」
師匠も六十が見えているらしいです。子供も孫も欲しいでしょう。
もちろん子供のできない家庭もあれば、産めない人だっているので、それが幸せで無いとは一概には言えません。
ですが、付き合ってもいない相手に、それを押しつける覚悟でアプローチする、というのは……さすがに自己中心的過ぎるかもしれないと思ってしまうわけです。
「そーいう理由で、今わたしはとっても悩んでいるのですよー」
自分の幸せだけを望んで、師匠に告白とかしていいものかどうか。
どっかに突破口は無いものですかねぇ……んぅ?
「……そういえば」
「なに? 何かいいアイデア浮かんだ?」
『大人の魅力』は手に入らないですが、黄金比の魅了があれば代用できます?
となると、後は性行為における危険性と、妊娠できるかどうかの問題ですが。
妊娠を阻害してるギフトというと……識別、不死、魔術の神才、復活成長は確実に無関係ですね。
ピッと人差し指を立て、クルクルと回して思考を誘導します。
「残るは、黄金比の身体と状況適応と神器と不老」
「は、はい?」
「神器は快楽を与えるだけなので、これも除外。となるとやはり問題なのは、状態異常を解除し、苦痛に耐える状況適応と体型を固定する黄金比と不老ですね」
怪しいのは状態異常を解除してしまう状況適応と、体型の変化を矯正してしまう黄金比、それに肉体的成長を阻害する不老というところでしょうか。
「状況適応は解除できるので、妊娠自体は実は可能かも?」
「ホント? やったじゃん!」
仮に妊娠したとしても、成長を妨げる不老と、体型を矯正する黄金比が、胎児の成長を阻害してしまいます。
「いや、それに神器がある以上、行為ができないので結局ダメですね」
「え~」
生前だと、行為に及ばない妊娠と言う手段もあるにはある訳です。体外受精的な?
そもそも、『血』で強化された師匠は、三十分程度ならギフトに抵抗できます。少々駆け足ですが、一応その……可能なはず、です。よね?
それはそれとして……
「結局は、また黄金比と不老をなんとかしないと、先に進めないということですね」
黄金比は魅了を封じられるくらいですから、体型維持を封じることも可能かもしれません。
不老も黄金比が封印できれば、こちらも可能でしょう。双方ともに解除負荷のギフトですし。
「後は排卵の問題を……って、なんでわたしは自分を孕ませる手段を熟考してるですかっ!」
「きゃー、ユーリさんえっちです!」
「大体、師匠に受け入れてもらえるかすら、わからないというのに……」
「でも、子供作れるってわからないと、告白もできないんでしょ?」
「卵が先か、鶏が先かってヤツですかー」
ソカリスまで、あと五日。今日が終わったので残り四日ですね。
今日はわたしが夕食を作ってみました。
弓の練習がてら、途中で仕留めた鳥を捌いて、干した野菜や果物の保存食と一緒に煮込むシチューです。
いつもなら薪拾いに行くのですが、わたしが料理する時に限って薪は要りません。
明かりも照明石があるので、不自由しないです。
まず熱球の魔術で鍋そのものを暖め、鳥肉を炒めます。
香味料になる野草も拾ってきて、一緒に炒めて臭みを取り、充分に火が通ったところで水を入れ、熱球をその中に投入して一気に沸騰させます。
そこへ保存食の野菜類を投入し、ぐつぐつ煮込む……ん、干し肉が減ってる?
「あぐ、あぐ」
「イーグ、ツマミ食いはいけないです!」
「アギャ!」
こっそり横に来て、肉だけ食べてたイーグを叱ったりする一幕もあったけど、完成です。
本当は煮崩れるまで煮込みたいところですが、そんな時間はないのが残念ですね。
「おう嬢ちゃん、飯の準備ありがとうな。そっちの羽トカゲも手伝ったのか?」
「イーグって名前で呼んであげてください」
この世界には、羽トカゲという空飛ぶトカゲも居るそうです。
大きさは、大きくてもせいぜい一メートルくらいで危険度も低い為、あまり敵視はされていません。
イーグはその羽トカゲと勘違いされています。
ちなみにわたしは否定も肯定もしてませんから、ウソは
「お肉が少ないのはイーグがツマミ食いしたからです。わたしがケチったわけではないのでご了承を」
「そいつの尻尾切って、肉足せばよかったのに!」
「イーグの尻尾切るくらいなら、エイリークさんの指でも入れて煮込みますよ!」
物騒なことを言うエイリークさんを脅したりしながら、食事を配っていきます。
師匠はベラさんと食前酒と洒落こんでいました。
「……師匠、これ夕食です」
「ああ、ありがとう、ユーリ」
「今日はユーリちゃ……さんの料理なのね」
「ちゃん付けでもいいですよ? こんな外見ですから」
なんだか、この光景は心に刺さるです。
わたしには手の届かない、大人の風貌。師匠と並んでお酒を飲むことのできる身体。
隣の芝生は青い、というヤツだといいんですけどね。
チラリと別の場所を見ると、アレクとマールちゃんが楽しそうに食事しています。
他のパーティの人たちも思い思いの場所で
「なんだか……入っていけない空間があるみたいです」
わたしはイーグと一緒にさっさと食事を済ませ、少し一人になるべく、道沿いの林の中に入っていきました。
照明石を持って林の中に進み、少し開けた場所に腰を下ろして膝を抱えます。
イーグは頭から降りて、横に座ってます。心持ち顔が心配そうでしょうか?
軽く頭を撫でてあげ、溜め息を一つ吐いて横になりました。
冷たい土の感触が心地いいです。
「別に、何かあったわけではないんですけどねー……」
「うきゅ?」
イーグはピョンと跳ねて、胸の上に来ました。そのままわたしの頬をペロペロ舐めてきます。
心配してくれているのですね。
「お昼にあんなこと考えたから、ちょっと落ち込んだだけですよ」
普通の人たちに。
普通じゃないわたしに。
お前は違うのだ、と……疎外感を感じてしまったのです。
「女々しい……というか、こんな些細なこと気にしちゃうなんてね。昔では思いもよらなかった」
自他共に認める大雑把な性格で、他人の視線とか全然気にしなくて。
だから就職した友人から、皮肉を込めてニートと呼ばれても、気にしたことすら無かったです。
そんなわたしが、たった一人の行動に一喜一憂してるとは。
「地面、冷たくて気持ちいいですね、イーグ」
久しぶりの旅に疲れたのでしょうか、そのまま寝入ってしまいそうになります。
さすがに、それは心配掛けてしまうでしょうから、寝込む前に帰るとしましょう。
この日から、わたしは夜の散歩が日課になりました。
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