35話:2章 巻き込みました
わたしは蒼白な表情で、洞窟から出ました。足取りもちょっと危ないです。
確かに、出会った時は不意打ち気味だったので識別する暇は無かったですが……
倒した後も、薬草の回収で忙しく、識別することを忘れてたですけど……
「なんで、そんなバケモノがここにおるねん!?」
「うぉ、どうしたのユーリ姉、なんかわかった?」
無邪気な表情で結果を尋ねてきたアレクの肩を、ポンと叩きます。
「人間卒業、おめでとうです」
「え、ちょっ、なにそれ!?」
ファブニール、確か地球では返り血を浴びた勇者を、不死身の身体にしたドラゴンの名前でしたか?
一応、血液だけの場合も鑑定しておきましょう。
「ジャックさん、確か血液は水袋に詰めて貰ってましたよね?」
「あ? あぁ」
「ちょっと見せてください」
「いいぜ、ほれ」
――魔竜の血液。
服用、もしくは浴びたものに強大な身体能力を与える。
「あー、確かにコレのせいですね」
「えーと、ユーリ姉? 何かわかったなら教えて欲しいんですけど? あと何が起きてるのかも」
「ちょっと待ってください。その子も識別しますから」
アレクが抱えたままの『子竜』も識別してみます。
――ファブニールの幼竜。
伝説の魔竜の子供。今は名も継げず無力な姿だが、やがては親のように強大な力を誇示するようになる。
「間違いないですね。これは公表していいものですかね?」
「どうだったの?」
「結論から言うと、この子はワイバーンではありませんでした」
「ハィ?」
ワイバーンでは無いと言う言葉に目を点にするアレクたち。
翼の生えたトカゲっぽい形状だったから、ワイバーンと間違えてもしかたないですよね。
「この子の親は魔竜ファブニールというそうです。神話時代から存在してた伝説のドラゴンですね」
「おいおい、冗談だろ?」
「残念ながら。そしてその血を浴びた者には強大な力を与えるそうです。皆さんの腕力が増したのはそれが原因かと思うです」
「それは嬉しいな」
気楽に言ってくれますね、ジャック。そうだ、識別で彼らの状態を見れば、どんな状態になったのかわかりますね。
えーっと、身体能力強化状態三倍? 効果時間、永続とな?
「これは……ダメです」
ポツリと呟いた一言で、アレクたちが蒼白になります。
多分逆の意味に捉えたのでしょう。
「ユーリ姉、俺たち、そんなに危ない状態なの!?」
「いえ、むしろ人外一歩手前じゃないでしょうか。身体能力が三倍になってますよ」
「すっげぇ!」
大喜びのジャック。事態の深刻さがわかっていませんね。
「しかも効果は永続するそうです」
「そりゃまたトンデモねぇな」
「そう、トンデモないんです。これが知られたら、戦争が起きますよ? マジで」
「……あ」
お手軽に超人を作るアイテムが、ここに大量に転がっているわけですから。
他者に知られれば、国家が動きます。そしてまず間違いなく、奪い合いの戦争が起きるでしょう。
「第三者に知られるわけには行きませんね。加工する為の鱗や骨は回収するとしても、血肉は何処かに封印する必要があります。いや、肉も封印する必要があるでしょう」
「
「ジャックさん、事態はあなたの想定より深刻です。正直鱗や骨だって持ち出すのはヤバイかも」
「そこまでか!?」
「でも俺らは幸運にも力を貰えたが……そうなるとバーヴやオリアスが可哀想だな」
「それは……むぅ、仕方ないですね。では人数分の血の持ち出しは認めます。でも絶対極秘で。守れないなら……わたしが口封じに出向きますよ」
そう言って
通常の鋼鉄矢ですが、それでも大木を4・5本へし折ってやっと止まる程の威力です。
彼らには、わたしの攻撃力を見せたことがありませんでしたから、これで実感出来たでしょう。
「話していいのは、今の仲間だけ。了解?」
「り、了解……」
「アレクも。一応師匠とマールちゃんの分は持ち帰りますが、彼ら以外には喋っちゃダメですよ?」
「わかってるって」
「ここはこのまま封印し、一度戻って大型馬車を入手してから、町を出て後でここに戻って回収。死骸はわたしが封印するということでいいですか?」
「かまわないが……いいのか?」
「どのみち、この子の存在がある以上、わたしが一括で管理した方がいいかと思います」
生きたファブニールがここにいますしね。この子も護ってあげないといけないなぁ。
そんな決意をしながら石棺を作り、ファブニールの死骸を中に閉じ込めたのでした。
「という訳ですよ、師匠。困りました」
「手が動くなら、頭を抱えたいな。まったく」
大型馬車を購入した後、師匠の部屋にエルリクさん夫妻を除く全員を集め、事情を説明しました。
師匠はチラリとジャックたちを
「確かに、身体能力が大幅に上がっているようだな。これは秘密にしないといけないという、ユーリの判断は妥当か」
「正直、解体どころじゃなかったんですが、ワイバーンを倒して手ぶらと言うのも信憑性に関わるので、鱗だけは回収してきました」
「そんな凄いドラゴンをユーリさんが一人で倒しちゃったんですか?」
「紙一重でしたけどねー」
「そんな危ない真似はするなと……本当にお前は」
マールちゃんの尊敬の瞳が心地良いです。師匠の心配も、なんだか気分がホッコリしてしまいます。
「とにかく、ここに人数分の氷結した血液を持ってきています。これは
「合言葉って?」
この質問には簡単に答えるわけにはいきません。
まず『空間』識別で他に聞き耳立てている者がいないか確認。さらに念には念を入れて、目視でも確認するです。
「合言葉は『ユーリ・アルバイン』です」
「……おい、なんで私の姓を名乗る?」
「ユーリさん大胆です!」
「それはちょっと異論を挟みたいわね」
何かマールちゃんが赤面してるのと、異論を挟んでくるベラさん。
わたしが『師匠の養子』としてアルバイン姓を名乗ることに、何か問題がありますか?
「血の効果は『現在の能力』を三倍するので、もう少し鍛えた方がいいと思う人も居ると思いますので、タイミングは任せます。マールちゃんとかね」
「わたしですか?」
「成長してからの方が、効果が高いと言うことです。後、師匠は衰える一方なので、病が治り次第すぐ飲んだ方がいいでしょう」
「ほっとけ!?」
病気の状態で飲むと、病原菌が無敵化したりする可能性もありますので、病気組はしばらくお預けです。
「しかし、そんな凄いモノを……本当に貰っていいのか?」
「いいんです。巻き込んでしまったのは、こちらのミスですから。それに、いっそトコトンまで巻き込めば、と言う思惑も無きにしも非ず、です」
オリアスさんは、さすがにこの価値をわかっているようです。
もちろん、危険性も理解しているでしょう。
わたしの言葉に、引き攣った笑みを浮かべて返してきました。
「とにかく馬車を仕入れたら、一度北の山に寄って、石棺を回収します。いいですよね?」
「もちろんだ」
「それと、彼らがワイバーンを倒した証として、鱗から防具を作ろうと思います。街の鍛冶屋さんに依頼して、鱗鎧三つと盾一つを依頼しておきました」
「鎧三つ?」
「鎧は師匠、アレク、ジャックさんの三人に。盾はケールさんが使うといいです。ただ、師匠とアレクは街を出るまでは着ない方がいいですね」
討伐関係者だとバレちゃいますから。
「そういえば、ユーリは血を飲まなかったのか?」
「…………状況適応のギフトが……無効化しちゃうんですよ」
「ああ、お前は毒とか病気は掛からないんだったな」
脱・貧弱なボウヤは失敗しました。
そんな訳で、その日の秘密会議はお開きになりました。
「本当に良かったのか?」
「なにがです?」
夜、師匠の世話をしている時に、そんな問いを投げかけられました。
上半身裸の師匠の首筋から背中を拭きながら、疑問符を返します。
「彼らのことだ。行き
「確かに、そうかもしれませんが……ジャックさんとケールさんはすでに効果を受けていましたし」
「黙っておくことも出来ただろう」
「身体能力三倍は、さすがにすぐ気付きますよ。それよりキチンと話して、巻き込んだ方が安心できるかと思いまして」
「その効果を受けている、ということで、我々の側に引き込むと?」
「はい」
腕を拭き、脇、胸、腹と清拭していきます。前を拭く時は抱き合うような体勢になるので、少し恥ずかしいですね。
「師匠も早く治るといいですね。師匠が効果を受けたら、きっと凄いですよ!」
「そうだといいがな」
軽く苦笑しながら、いい加減な返事をしてきます。
「それはさておき、えぃ!」
「待て、なぜズボンを脱がそうとする!」
「え、もちろん清拭の為ですよ? 下半身も綺麗にしないと」
「じ、自分で……」
「できないでしょう? 諦めてください」
「アレク! アレーク! 師を助けろー!」
「ふふふ、アレクなら今頃マールちゃんとキャッキャウフフな状態ですよ……?」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべます。
いつもはベラさんが、身体の世話をしているんですが、今日は彼女に幼竜の餌の買い出しを頼みましたので、宿には居ません。しばらくは帰ってこれないでしょう。
彼女も、温泉街までに抵抗感を薄めておかないといけませんからね!
「お前、一応私は保護者としての責任があるのだぞ」
「弟分の幸せの為です。目を瞑ってください」
「お前の努力の方向性は間違っていると思うんだがなぁ」
そんなことを考えてる隙に、ズボンと下着を剥ぎ取りました。
……じゅるり、と思わず唾液を飲み下してしまいます。女性を襲う男の気持ちがわかりました。いえ、転生前からわかっていましたが!
「ちょ、待て待て待て! 目がおかしい、ユーリ、目がなんかイッちまってるぞ!?」
「ええ、イッちゃってもいいんですよ? わたしは気にしません。むしろドンと来いです」
「やーめーろー!?」
「いつもの取り繕った言葉遣いじゃなくなっちゃいましたね? さあ、わたしに有りのままの姿を見せなさいです」
「ん、なんか今朝の師匠は燃え尽きてるな?」
「ええと……その……多分、スッキリ、したから……じゃないですか?」
「ユーリ姉、会話が繋がってない?」
「アレクさん、わたしにはわかる気がします……」
真っ赤な顔のマールちゃんだけは、師匠の気持ちがわかったそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます