33話:2章 竜の卵

 ドン、とテーブルに持てる限り持って帰った葉っぱと卵を置きます。


「これだけあれば、四人分にはなるでしょう。それとワイバーンの死骸は放置してきたので、後で回収しに行きましょう」

「ユーリ姉……」

「ドコの部位が高価だったでしょうか。今からワクワクしますね!」

「なぁ……」

「ちなみにワイバーンの死骸の位置は秘密です! きっちり氷漬けにして封印してあるので、慌てなくていいですよ?」

「この卵、何?」

「……ワイバーンが巣を作った理由でしょうか?」


 そう、つまりあのワイバーンは繁殖のために、この町の近くに巣を作ったのでしょう。

 町を襲いに来なかった理由は、卵から目を放さない為。人が近づくと無条件で襲い掛かったのも、卵を護る為。

 そして……卵が孵れば、近くにあるこの町を餌場にする為。

 このラーホンの町は、生け簀として目溢めこぼしされていたのです。


「生け簀、ねぇ。確かにワイバーンを倒すとなると、ちょっとした軍が必要になるしな」

「今のこの国の状態じゃ、まさに生け簀よね」

「そうかぁ?」


 ケールさんとベラさんは納得したように頷いてます。

 アレク、あなた憑かれてるのよ。インフレ思考に。


「そうだ、ワイバーンといえば角や牙は良い武器の素材になり、魔術の触媒になるという。今は懐具合にも余裕があるし、できれば幾つか譲ってもらえないか?」


 そう申し出たオリアスさん。要求の内容に、わたしは思わず視線を泳がせます。


「その……角とか牙って、やっぱり頭の……ですよね?」

「それ以外の場所にあると言う話は、あまり聞かないな」

「ごめんなさい、ありません。吹っ飛びました」

「はぁ?」


 クール系のはずのオリアスさんが、珍しく間の抜けた表情を浮かべました。


「サードアイの全力射撃で。頭部は粉々に砕け散ってしまったのです」

「………………はぃ?」

「ユーリ姉なら、全部蒸発してないだけマシだね」


 アレク、あなた本当にインフレ思考に取り憑かれていますね。

 ワイバーンって、普通は剣すら通らない頑強な鱗に守られているのですよ? 

 しかも火に対してもすごく耐性があるので、火球などの一般的な攻撃魔法じゃ、かすり傷一つ付かないと言うバケモノです。

 一般人なら、それこそ軍隊でもなければ、対応できない難敵なのです。


「羽とか身体の鱗や肉は無事だったので、そっちなら何とか……」

「ま、まあ無くなってしまった物は仕方ないな」


 なにか、冷や汗の様なモノをダラダラ流すオリアスさん。

 そこまで怖がらなくてもいいじゃないですか? 


「ハッ、こんなチビがワイバーンを倒しただぁ? 信じられるかよ!」


 そこへ飛び込んできた、声高な濁声だみごえ。おっと、皮鎧を装備した人相の悪そうな人が難癖つけてきました。

 いかにもなチンピラ風冒険者ですね。


 そういえばここ、宿の食堂でした。仲間が病に掛かったとかの事情で、足止めを食ってる人も多いので、こういった場所はこの町でも賑わってます。

 今も結構な数の人がこちらを注目していますね。わたしは無意識に眼鏡を抑えていました。


「どうせ道端に落ちてたケラトスの卵でも拾ってきて、箔を付けようって腹なんだろう?」


 両手を広げ周囲にアピールするチンピラさん。

 ケラトスは大陸全土に生息する、二メートル~三メートルくらいの直立したトカゲです。特記事項、肉が美味しい。

 無理に関わる必要は無いですね。わたしたちは肩を軽く竦め、話を続けます。

 庵のそばでわたしに襲いかかってきた、あいつですね。


「で、ユーリ姉。なんで卵を持ち帰ったの? 危険でしょ」

「いやそれが……ちょっと触ってみるのです」

「ん?」

「てめえ、シカトしてんじゃねぇ!」


 何が気に入らないのか、激昂するチンピラさん。本当に何がしたいんでしょう?

 ツカツカとわたしの後ろに歩み寄ると、乱暴に肩をつかもうとしてきます。


「聞いて――ぐぁっ!」

「わたしの身体に触るなっ!」


 即座に念力を発動させ、伸ばしてきた右手を叩き落とし、そのままダンッとテーブルに叩きつけます。

 並列で身体強化・筋力を行い、背の矢筒から鋼鉄矢を引き抜いて、皮鎧の肩当部分をテーブルに縫いつける。

 あ、テーブルまで貫通した……まぁいいか。


「離せ、なにしやが……ぐあぁぁぁ!」

「少し静かにしてくださいです」


 今はお昼過ぎ。ワイバーン狩りからそれほど経っていないわたしは、いまだバイオレンスモードです。

 まださえずるようなので、頭を軽く【念力】で締めてあげます。

 念力の発する力は魔力が基準になります。わたしの魔力はハンパないので、その力で頭蓋を掴まれたら……そりゃもう痛いでしょう?


「人のお喋りに横から口を挟むのは、お行儀が悪いですよ?」

「わ、わかった! 俺が悪かったから……!」


 謝罪の言葉が出たので、頭は解放してあげました。肩は自分で何とかしてください。

 周囲を見ると仲間らしき人たちが武器に手を掛け、それをアレクとケールさんが牽制していました。

 アレクは新しく購入した片手半剣バスタードソードを腰に下げています。


「くそ、抜けねぇ! テーブルを貫通してる!? なんてバカ力だよ!」


 テーブルでじたばたもがくチンピラさん。面倒と思ったのか、アレクが矢を抜いて、仲間に突き返しました。


「俺たちは大事な話をしてるところなんだ。余計な口出しは遠慮してもらう」

「俺は別に殺りあってもいいけどな」

「放っとけよ、どうせお零れにでも預かろうとしてたんだろ」


 威圧するアレクに、獰猛な笑みを浮かべるケールさん、場を収める気の無い、むしろ煽り文句を言うジャック。

 る気勢の連中を見て、むしろこちらの気が削がれましたね。


「かまいませんよ、横から掻っ攫えるような処置はしてないです。それよりアレク、この卵触りなさい。ホレホレ」

「お、おぅ?」


 疑問符を浮かべながら卵に手当てると、その表情が一気に引き締まりました。

 コツコツと内側から殻を叩く感触に気付いたのでしょう。


「ユーリ姉、これ!?」

「はい、どうやらそろそろ産まれそうなんですよ。それ」

「おいィ! 危ねぇんじゃねえのか、それ!」


 どっかのナイトみたいな声を上げないでくださいよ、ジャック。


「まぁ、産まれてないこの子には罪が無いですし。というのは建前で、ワイバーンはそれほど知能が高くないので、ひょっとしたら懐くかなぁと」

「好奇心で危険生物を持ち込むなよなぁ! どうやって城門を通ったんだよ!」

「飛び越えました」


 キリッと効果音が出そうな笑顔でサムズアップ。


「でも、ハスタールさんの居ない時に、こんな危ないのを持ち込んでいいのかしら?」

「ベラさん、今はわたしが跡を継いだんですよ?」

「ごめんなさい、とてもそうは見えなくて」

「だよなぁ」


 この人、わたしにはすごく失礼じゃないですか? それと、同意したアレクは後でオシオキです。

 今はとにかく、卵を背後にかばい、ベラさんに反論します。


「とにかく、この子が問題を起こしたのならその時に対処――」



 ペキ



「はい?」

「アギャ?」


 振り返ったその先には、つぶらな瞳が待っていました。

 割れた卵から、首だけ出してこちらを見つめる、明らかに爬虫類系なその顔。


「か、孵ったあぁぁぁぁ!」

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」


 わたしの歓喜の絶叫に、店の客たちは堰を切ったように逃げ出しました。

 我先にと出入り口に殺到する様は、後から思い出せば滑稽にすら思えます。

 その時のわたしの感想は――


 ――あ、食い逃げ。


 という、とても日常的なものでしたとさ。



「ということなんですよ、師匠」

「なるほど、それで頭の上にトカゲっぽいのが乗っているのか」


 師匠の看病のために病室を訪れたわたしは、とりあえず状況を説明しました。

 意識は戻ったのですが、手足が動かず、熱で億劫そうです。


「で、この子飼っていいですか?」

「ダメ」

「がーん!」

「といいたいところだが、今の『賢者』はお前だ。お前の責任で飼うなら誰も文句は言わんよ」


 さすが師匠、話がわかります。

 元々飼い慣らすつもりだったのですが、ワイバーンはどうやら鳥と同じ様な習性らしく、最初に見たわたしを母親と思い込んだみたいです。

 無闇に懐いて、今はわたしの頭の上で居眠りしています。

 重い……これ以上背が縮んだらどうしてくれます?


「まあ、ワイバーンを乗りこなす騎士の話とかもあるしな。それで、親の死骸を解体に行かなくてもいいのか?」

「今日は疲れたので、明日にでも。腐らないよう凍結の魔術を掛けて、洞窟の中に放り込んでおきましたので」

「誰かに横取りされるんじゃないか? 死骸は高価なんだろう」

「入り口を崩して焼き固めた上、頑強を付与しておきましたので、わたし以外の人間は出入りできませんよ、きっと」


 庵でもケラトスや熊を仕留めて、翌日まで放置していたら、野犬に食い荒らされてたとか、近所の猟師にお持ち帰りされたと言う経験があるので、その辺はバッチリです。

 でもワイバーンを倒したと言う情報はきちんと流してあるので、今は町中こぞってシパクナの葉を回収しに行ってるはずです。


「師匠の薬は、今乾燥処理しているところですので、明日には完成するでしょう」

「すまないな」

「というわけで、『あーん』してください、『あーん』」

「なんでそうなる?」


 わたしの膝には師匠の食事のお粥が乗っています。

 師匠は手足が動かないので、食べさせてあげるんですが……問題、ないですよね?


「だって師匠の手足はまだ動かないでしょう? 食事の世話も弟子の仕事ですよ」

「こんな時ばかり機敏に動くな」

「口移しがいいです? それはさすがに、ハズカシイ。でも師匠が求めるなら」

「アレク、助けろー!」


 残念、アレクはマールちゃんの世話に行かせてます。わたしは気が利く姉ですから。


「食事が終わったら下の世話もしますよー。師匠のはデカくてぶっといので尿瓶に入りにくいです」

「セクハラはよせ!?」

「病に負けた師匠が悪いのだよ……ふふふ」


 実は昨日もわたしが処理してます。

 元々自分にも付いてましたし見慣れてはいるのですが、他人のモノを触るというのはやはり変な気分です。

 顔が紅潮するのもしかたのない所存です。アレがさらに膨らんだりするのデスカ。


「頼むから、ナニカを思い浮かべながら、手をワキワキ動かすのは止めてくれ」

「おっと……とにかく、早く食べてくれないとお粥が冷めてしまうじゃないですか」

「しかたないな」

「それと身体も拭かないといけないので、覚悟してください」

「なんで清拭せいしきに覚悟がいるんだ?」


 ベラさんはバーヴさんの世話を押し付けてあるので、こちらには来ません。

 ちなみにバーヴさん、最初はオリアスさんに世話して貰ったそうですが、尿瓶ではなく導尿用カテーテルをブチ込まれたそうで、翌日から泣いてチェンジを申し出ていました。

 ジャックさんとケールさんの世話は『死ぬからやめて!』と真剣に断っていたので、消去法的にベラさんが担当しています。


「薬、取ってこなくても良かったですかねー?」

「不穏なことをいうな」


 師匠の口元に食事を運びながらポツリと呟いてしまいました。

 不謹慎ですが、師匠を独占できる看病があと数日で終わってしまう事が、本当に残念に思います。

 親に懐く子供の心境って、こう言うのを言うんですね。



 頭の上のワイバーンの子供の気持ちが、少しわかりました。

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