32話:2章 ワイバーン退治に行きます

「ベラさん、大変です! 師匠が! 師匠が……ふえぇええぇぇぇん!」


 身体強化で筋力を強化し、半ば師匠を引き摺りながら宿に戻ったわたしは、半泣きになりながらベラさんを頼りました。

 なんだか宿の前に人だかりができていたようだけど、気にせず蹴散らします。


「ぐえぇ!」

「あら、ハスタールさんも? とにかくこっちのベッドに寝かせて。あと少し落ち着きなさい。アレクさんを踏んでます」


 宿はかなりの惨状と化していました。

 ランダ熱に掛かったのが師匠の他にも、マールちゃんにバーヴさん、レシェさんまで発症しています。

 アレクもマールちゃんが突然倒れて、慌てて帰ってきたようです。

 師匠たちは病人用の隔離部屋を作り、そこで休ませることになりました。


「ベラさん、治癒術でこうパアァァって感じで治せないですか?」

「病気は怪我と違って難度が高くて……ごめんなさい」


 アレクの質問に首を振って答えるベラさん。

 治癒術は基本『元の状態』に戻すか、『回復力を賦活』するかで外傷を治します。

 病気の場合、元の身体に戻すと菌ごと戻してしまい、回復力を活性化すると、これもまた菌ごと活性化してしまうという欠点を抱えています。

 高位の術者なら、病原菌を術の効果から排除して快癒させることが可能なのですが、ベラさんにはその技量はまだ無いようです。


「体力の無い連中が軒並みやられたみたいだな。ハスタールさんが掛かったのは意外だが」

「師匠は最近病気がちだったので」

「そんなのに荷運びさせてたのか? ついでに嬢ちゃんが平気なのにも驚いたが」

「わたしはギフトの効果です」

「ギフト持ち、か……」


 あ、うっかり漏らしてしまいましたが良かったでしょうか?

 まあ、何のギフトかははっきり言ってない上に、バレたとしても病気に掛からないというギフトだけなら、きっと大丈夫でしょう。

 しかも相手は戦闘バカのケールさんだし。


「妻まで掛かってしまうのは参りましたね。ですが、ここで一か月も足止めを喰らうわけには……」

「そう言っても、ただでさえ一パーティ抜けた状態だからな。この上ハスタール師まで離脱してしまうと、旅など到底出来んぞ」

「言っておきますが、わたしは師匠を置いていく気なんて無いですよ?」


 オリアスさんの発言には、速攻で訂正を入れておきます。

 ランダ熱は発熱と同時に、手足の麻痺を引き起こします。旅に連れ出すとなると、負担は急増するでしょう。


「つまり、実戦力五人で馬車二つを護らねばならないと。うん、無理だな」

「こちらもギルドの方に依頼を出しておきましょう。ヴァルチャーの件で優先的に人は回して貰えるでしょうが、彼らほどの実力者は無理でしょうね」

「どっちにしろ、コイツらが治らねぇと動けねぇぞ?」


 ジャックの癖に核心を付いてきますね。

 もちろんわたしも、師匠の病状を放置するつもりはありません。元々は見学のつもりでしたが、こうなれば覚悟を決めます。


「……アレク。わたし、明日ワイバーンを倒しに行きますよ」

「はぁ!?」

「あれが居なくなれば、師匠も治るし街の人も治ります。悪循環と言うのは、全てが機能してるから初めて成立するものです。どっかでブチ切ってしまえば、止まります」

「いくらなんでも、師匠無しでは……いや、ユーリ姉の『かでんりゅーしほー』ってヤツならいけるか?」


 わたしの大火力が当たれば、ドラゴンだってただじゃ済まないと、師匠が保障してくれてましたし。

 確かに先に大技を当てれば充分勝機はありますね。


「ちょっと待て、いくらなんでも一人は無茶だ。俺も行くぞ!」

「残念ですがケールさん。あなたは相性が悪いです」

「なんでだよ!」

「その重い鎧では、ワイバーンの攻撃は避けられません。この町のそばにいる種は火だって吹くらしいですよ?」

「確かに逃げ切れなかったところに火を吹き掛けられて、蒸し焼きになって終わりね」


 ケールさんは機動力が圧倒的に不足していますから。それに……


「それだけじゃありません。今回の目的は、あくまで治療薬になるシパクナの葉です。地上に向かって火を吹かれたら、わたしたちが困るんです」

「あ、木が焼かれたら……」

「なので、地上戦力のアレクも連れて行けません。飛翔魔術の使えるわたしだけです」

「単独でワイバーン相手なんて無茶苦茶だ!」

「大丈夫ですよ。わたしの体質は知っているでしょう? 負けたら、それはそれで不意を突けるチャンスになります」


 わたしは一時間あれば蘇生出来るんです。

 胃袋の中だろうが、巣の近くだろうが、復活したら先手必勝で魔法ブチ込んでやるです。

 たとえ失敗しても、成功するまで繰り返してやる覚悟です。大丈夫、死ぬのには慣れてます。リリスの街で。


「この戦法を取る以上、むしろアレクだけが危険に晒されるんですよ」

「そりゃ、確かに……そうだけどさ」

「ここは姉弟子を信じて、ドーンと任せるですよ」


 そう言ってわたしは、胸を張って見せたのでした。



 翌日、わたしは飛竜の山にいました。


「たったかたー、たかたかたたーんたたたーんたーん、たたたーたたたーたーたーん♪」


 山と言うことで、某有名狩猟ゲームのBGMを口ずさみながら、山道を登ります。

 こうでもしないと、やっぱり怖いんで。


 シパクナの木は中腹付近にあるそうで、その近辺からワイバーンのテリトリーに入るそうです。

 装備は、いつもの魔力増槽用マントと筋力強化付与の腕輪、サードアイと鋼鉄矢。

 あと特殊な加工を施した鋼鉄矢も三本用意しました。

 大した加工じゃありません。回転用の溝の深さをさらに深く掘り、頑強を付与しただけです。元がドリルだとすれば、ミキサーの刃になった感じでしょうか?


 遠距離の撃ち合いなら、魔術があるので弓は必要ないと思われるかもしれませんが、魔術だとやはり攻撃が一テンポ遅れてしまいます。

 今回の相手において、構えておけばすぐに放てる弓は『攻撃が通るなら』最適の武器といえるでしょう。


 町の人が何度も足を運んだ痕跡でしょうか。シパクナの木へ向かう方角には獣道のような道が出来ていました。

 ただし、最近は人通りが絶えていたので、かなり消えかけていますが。

 おかげで迷うことなく中腹付近までやってくることが出来ました。


「……来ないですね」


 予想外といえば予想外なのですが……ワイバーンが襲ってきません。

 まさかわたしが小さすぎて気付かれてないとか? ハハ、まさか。どっかの豆粒錬金術師じゃないんですし。

 とにかくシパクナの木のそばにいるのは、イロイロと危険なので場所を変えましょう。木を焼かれると困ります。

 このまま葉を持ち帰ってもいいんですが、わたし一人が持てる量など、たかが知れてますし、やはり元凶の退治は必要でしょう。

 このまま山頂付近まで探索してみるとします。



 山頂付近まで登ってみましたが、やはり来ません。

 そして、目の前には怪しげな洞窟が。入り口付近が溶けてガラス質になってます。

 結構でかいですし、これが巣穴で間違いないでしょう。

 弓を構え、光球の魔術を奥に飛ばして偵察。ん、奥に何か大きなモノがある?


「あれは……?」


 洞窟の中に入ろうとしたその時――

 突然巨大な影で日の光が遮られました。


「ギャアアアアアアアァァァァァァ!!」

「うわ、このタイミングで来ますか! コンチクショウ!」


 大きな翼を羽ばたかせ、漆黒の鱗に覆われた、十メートルを遥かに超える巨大な体躯。侵入者を睥睨する剣呑な瞳。明らかに攻撃意思を宿しています。

 どうやら、問答無用で攻撃に入るようです。首を大きく上に逸らせる動作。ブレスのお約束のポーズ。

 対応するように、こちらも身体強化・敏捷を起動。

 

 ゴウ! と体の中まで震える程の振動。視界を塞ぐ、赤を通り越して青白い炎。

 洞窟の中――は逃げ場が無くなります。横っ飛びで火炎を避けました。

 一跳びしてなお追いかけてくる炎。さらに飛んで十数メートルの距離を取って、ようやく逃れることができました。


「にゃろ……熱っついじゃないですか!」


 避けた場所の地面が赤熱し、真っ赤に融け崩れています。直撃していない周囲の木や地面も、焼け焦げた跡。


 ――なんて火力ですか!


 本来はこっちが先に見つけて、飛翔してから、空中での射撃戦に持ち込むつもりだったのに!

 不幸中の幸いか、傍にシパクナの木が無い今の場所なら、飛ぶ必要もないでしょう。不安定な足場は矢の命中率を落としますので。


 腕輪を起動し身体強化・筋力を全力で並列起動。自前でも敏捷強化を破棄し、身体強化・生命を限界まで行います。

 これで最大限の筋力で矢が引けます。現状、わたしにできる、最も強力な身体強化です。

 お互いの距離は、二十メートルも無い程近い。特殊加工した矢をつがえ、そのままあまりにも大きな目標に狙いを定める──


 ――フン、お互い、当たれば一撃必殺ですね。いいでしょう、その勝負……受けて立ちます!


 咆哮で震える腕を力尽くで鎮め、思いっきり弓を引く。魔術で弾力性を持たせた黒水晶がミシミシと軋みを上げます。

 互いに一撃必殺の距離。半端な手加減をして相手を仕留めそこなっては、チャンスを逃してしまいます。ここは全力で引かねばなりません。

 それに応じるかのように首を逸らせ、ブレスの準備に入るワイバーン。自分の鱗の防御力に絶対の自信があるようです。

 それを慢心って言うんですよ!


 ――狙いは、頭!


「グルルルアアアァァァァァァァァァ!」


 雄叫びと共に吐き出される火炎。

 そこに飛び込む鉄矢。

 サードアイの桁外れな反発力により、音速を遥かに超える速度で撃ち出された矢は、鏃に掘り込まれた溝によって螺旋の回転を描き――炎を吹き散らしました!

 ついでに、発生した衝撃波の反動で、わたしも吹っ飛びました。



「かひゅっ! ひゅー、はぁー……げほっげほっ」


 想定通り、ブレスを吹き散らすのは成功したようですが、急激に外側に吹き出す風を作り出したせいで、気圧が、息が。

 それに少しの間、気絶してましたか?

 あと、ちょっと漏らしたのはナイショで。このままではチョロインと呼ばれてしまいます。尿的意味で。


「こほっけほっ、危なく、窒息、するところ、でしたっ」


 この矢の目的は、ブレスを吹き散らす大気の渦を発生させること。

 そして、吹き出す風と吹き戻す風を立て続けに発生させ、飛行するワイバーンの足を止めることにありました。

 この隙に魔術を発動させ、打ち倒す予定だったのですが――わたし自身がこれほど吹き飛ばされると、魔術どころではありません。失敗作、と言えるでしょうか。


「ワイバーンは……どうなりました?」


 クラクラする頭を振り、顔を上げると、目の前には頭部が吹き飛んだワイバーンの死骸が落ちていました。長い首の半ばまでズタズタになっています。

 音速を超えた螺旋の風は衝撃波を発生させ、着弾点周辺を大きく切り刻み、根こそぎ抉り取ったようです。


「うわぁ、これは想定外です」


 見たところ、五メートルくらいの範囲が抉られてます。これは、期せずして大規模殺戮兵器を作ってしまったのでしょうか?

 と、とにかく……さすがに頭部が無いのでは即死したはずです。

 あとは巣穴らしき場所にあった何か大きなモノを調べてみましょう。



「ただいまーですー」

「ユーリ姉! 無事で良かっ……た……なにそれ?」

「……卵?」

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