31話:2章 街の困り事
「やって来ました、国境の街! にしては、どんよりしてますね?」
「そこ、うるさい。おとなしく並べ!」
ラーホンは関所も兼ねてるので、町の出入りは厳しく検閲されます。
門の前で長蛇の列ができるのも、この町の名物だとか。
「まだ町の中ではありませんが、何か活気がありませんね、師匠」
「昔はもっと賑やかだった記憶があるんだがなぁ」
「そうですね、半年前通った時は賑わってましたよ? 何かあったのでしょうか」
エルリクさんの情報でも、この町は栄えていたようです。
しばらく待って、アリムたち盗賊を引き渡してから事情を聞くことにしましょう。
「なんだ、コイツらは?」
「南の山道で盗賊をやっていた連中です。襲われたので、当方の護衛が返り討ちにしました」
「ああ、いると聞いてはいた。捜索しても見つからなかったんだ」
「根城も捜索したので一網打尽になってるはずです。一応場所は教えますので、確認を。それと悪質な罠を使用していました」
「それはご苦労だったな。確認の兵を派遣する。協力感謝する」
エルリクさんと門番さんが盗賊の引き渡して続きと、入管許可を取っています。
その間に、師匠が暇そうな兵士に話を聞いていました。
「町に活気が少ないようだが、何かあったのかな?」
「ああ、ちょっと流行り病がね。危険は無いんだが……」
「旅人にとって、それは穏やかじゃないな。どのような病で?」
「ランダ熱だ」
ランダ熱とは、罹患すると発熱、発汗、倦怠感、軽度の手足の麻痺などを起こす病気で、寝込むほどの高熱を出して、動けなくなってしまう病気です。
この病の最大の特徴として、病気自体の死亡率は低いのですが、発病期間が長いと言うものがあります。
普通に寝ていれば治るのですが、その場合一か月近く寝込んでしまいます。
その間、手足の麻痺で身動きが取れなくなるので、看病する者がいないと食事すらまともにできず、衰弱死してしまうケースがよくあるそうです。
感染力もそこそこ強いため、警戒は必要なんですが……たしか特効薬があったような?
「ランダ熱なら、シパクナの葉を乾燥させて煎じた物を飲ませれば、三日と経たず治るはずでは? この辺りなら、あの木は結構あるでしょう?」
「ああ、町のすぐ北の山の中腹に群生しているな。問題はそこに飛竜が住み着いてなぁ」
「飛竜!?」
キマシタ! ワイバーンですよ、わいばーん!
ファンタジーの代名詞をこの目にするチャンスです!
「下手に近づくと、トンデモない炎で焼かれるわ食われるわ……しかも増援を呼んだら、その連中までランダ熱に掛かっちまってな」
「それは……ご愁傷様としか」
「飛竜を退治するには人を呼ばにゃならんし、人を呼んだら病に掛かる、病に掛かれば薬が要るし、薬を取るには飛竜が邪魔。勘弁してくれってなぁ」
うわぁ、見事な悪循環です。
「でも町のそばにワイバーンがいるのでは、安心できないだろう?」
「おう、二十四時間見張りに立たないといけないわ、病人を巡回して様子を見て回らないといけないわ、入国するヤツを調べないといけないわで、もう大変だ」
「冒険者は? ワイバーン相手だと、張り切るのも居るんじゃないか?」
「倒せれば金になるからな。だがそこまで腕のある奴らは、今近くにいなくてな」
「そうか、流行り病で近づかないんだな」
これ、詰んでませんか?
飛竜が襲来して大損害出たら、町が滅びかねません。
まあ、国境の要所ですから、最終的には国軍を動かすなりして、駆除するでしょう。
「なぁに、大丈夫。それなら俺たちが――へぶっ!」
調子に乗った発言をしそうになってたジャックが、ベラさんに叩かれました。
あなたたち単独じゃ、死にに行くようなもんです。
「なにすんだよ、こっちには隻わ――げふっ!」
今度はアレクの膝蹴りが入りましたね。
何のために師匠が偽名使ったと思ってるんですか、このアホの子は。
「はぁ、なんで私たちは、このバカをリーダーにしてるんだろう?」
「心中お察しします」
正直オリアスさん辺りがリーダーやった方がいいと思うんですけど。そう思って本人に聞いてみたら――
「私は黒幕志向なんだ」
とのこと。さいでっか。
そんな馬鹿やっていると、エルリクさんが手続きを終えて戻ってきました。
わたしたちも身分証を提示して、門の中へ入れてもらいます。持ってないマールちゃんはその場で作ってもらいました。
町に入り、宿に馬車を預けた後は、明後日の出発まで自由解散となりました。
野宿と馬車の旅でしたから、この町で一日ゆっくりと疲れを取るというわけですね。
宿はエルリクさんオススメのところに、皆で泊まってます。
「ハスタールさん、観光行きましょう、観光!」
「アレクさん、町を見て回りませんかっ」
「ダメです! 師匠はわたしと観光するんです!」
「皆で一緒に……」
「ダメです!」
なにやら寝言ぶっここうとした師匠に、三人でツッコミを入れておきます。
「女性に誘われて『みんなで』って一番ダメな返事ですよ、ハスタールさん」
「あ、じゃあわたしはアレクさんと出かけてきますね」
「いってらっしゃい、マールちゃん。あと師匠、わたしを一人で出歩かせる気ですか? 自慢じゃないですけど、一人だと人買いとかに
「じゃあ、俺はマールちゃんと出掛けるから。晩飯には戻るよ」
「あ、アレクさん出掛けるっすか? お供しますか?」
「オマエは留守番してろ?」
さ、最後の威圧感たっぷりの声はマールちゃんですか?
ちょっとトリハダ立ちました。
「それじゃ、行きましょう、ハスタールさん。この先に良いカフェがあるんですよ?」
「いや、しかし」
「だーめーでーすー!」
「おう、なら俺と行こうか。丁度昼飯時だ」
「どっから沸いたんです、ケールさん……」
「ちょっ、服が伸びるから! 引っ張らないでよぉ!」
いきなり部屋から出てきたケールさんが、ベラさんを引き摺っていってくれました。
彼には後で一杯奢らないといけませんね。感謝です。
「それじゃ師匠。行きますか」
「あ、ああ」
「……え、ジャックの面倒見るの俺?」
「なんだよ、面倒って。別に俺は一人でも――」
「お前放置しとくと、余計な事を自慢気に話すだろ!?」
「余計なことってなんだよ。風の賢――ぐはぁ!」
早速口を滑らせかけたアホの子に、怪我しない程度の風弾の魔術をぶつけておきます。
それにしてもバーヴさんはアレだ……不幸体質ってヤツですね。斥候が不幸ってのは、少々心配です。
ベラさんに気があるようなので、誘えばいいと思うんですが。わたしの為にも。
そんなわけで師匠と一緒に、道具屋さんにやってきました。
なぜ道具屋かって? 旅の途中で思いついて作った魔道具を買って貰おうと思ったからです。
「というわけで、この石なんだが」
「お客さん、石を買い取れといわれても」
「いや、これはただの石じゃないんだ。ほら、表面に模様が刻まれているだろう」
「確かに……これは、魔法陣?」
「うん、これ実は魔道具でな。合言葉で光を発するんだ。『光よ、あれ』」
師匠の言葉で石が発光し、店内が明るく照らされます。
松明より明るい程度で、目に痛く無い光です。
「ほう、これは……」
「家庭で使ってもいいし、ランタンなんかに放り込めば、冒険にも使える。一度の合言葉で六時間照らされるし、魔力が尽きるまで百回は使えるだろう」
「価格が抑えられるなら、便利ですな」
「触媒がただの石だから、陣を刻んで魔力を込めるだけだ。込める魔力も少ない。銀貨五十枚ってところでどうだ?」
「魔道具としてはかなり安いですね。ですが一般家庭に普及させるとなると? 売値をそれくらいに設定したいのですが」
光球を付与した魔道具が日本円で五千円相当ですか。まあ、師匠が手作業でやっても三十分もあれば作れる品だし、元手はタダですしね。
ちなみにわたしの焼付け法だと、五分以内で一個作れます。
この世界の家庭では、蝋燭やランプで明かりを灯すので、この価格で六時間を百回光るなら、とんでもなく充分安い部類に入るでしょう。
「なら、こっちの取り分を六割の三十枚にしてくれないか?」
「ふむ、わたしの取り分は四割ですか。わかりました。この品はお幾つほどお持ちです?」
「ざっと二百ほど作っておいた」
こうしてわたしたちは、金貨六十枚のお小遣いを手にしたのでした。
お小遣いのレベルじゃねぇですよ?
臨時収入を手に、近くのテラスでお昼を食べながら、師匠と団欒します。
わたしは山菜のパスタ。師匠がパエリアっぽい……焼飯系?
なんだか、いつもより少なめだけど、いいんですかね。
「師匠。この手段を最初からとっていれば、あの面倒に巻き込まれずにすみましたね」
「まあ、そういうな。旅の途中の野宿が無ければ思いつかなかったアイテムだ」
火はもちろん便利なのですが、やはり夜に明かりは必須です。
そのために十分掛けて火打石をカチカチカチカチ叩くより、合言葉一つで周囲を照らせるようになるのは、とても便利なのです。
考えてみれば、わたしたちは魔術師なので、庵では一言で好き放題光球の魔術を灯していました。
火も熱球の魔術を使ったりしていたので、光熱費がほとんど掛かっていないと言えます。
だから今まで、こういうアイテムの必要性に気付かなかったわけですが。
「それにしてもこの時間帯でこの閑散さは、結構ヤバイですかねぇ?」
「確かに。ほとんど貸切だからなぁ」
周囲に人影はほとんど無く、せっかくの明るい雰囲気のテラスも誰もいません。
さらに周囲の店も閉店が多く、ゴーストタウン一歩手前と言う有様です。
「師匠。わたし、ワイバーン見てみたいです」
「唐突だな、まあ、見て見ぬ振りも心が痛むレベルの有り様ではあるが」
「ワイバーンの鱗っていい素材になるらしいですしね」
「そっちかよ」
魔道技師としては見逃せないポイントですよ?
「そうだな。明日アレクを誘って、ちょっと様子見してくるか」
「師匠はワイバーンと戦ったことはあるです?」
「何度か、な。まあ、それほど苦戦せずに勝てるだろう」
「おお、さすが」
「こっちも飛べるから、敵の最大の利点を殺せるからな」
「なるほど、確かに師匠相手だと空爆できないですね」
「お前だってそうだろう。ごほ」
ん、師匠。顔が赤くないですか?
「師匠、どうしました? なんだか顔が赤いです」
「ちょっと、
「師匠!?」
師匠は、そのまま崩れるように倒れてしまいました。
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