30話:2章 後片付けします

 バーヴさんと森の中を駆けて数分。前方にチラチラと人影が見えてきました。


「やはり、ここまでに追跡者は無し。バーヴさん、声をかけますが、警戒はしていてくださいね」

「お、おう」

「それと、わたしは弓を使うので後ろに付きますが、絶対にこちらを振り返らないように」

「はぁ? なんでだよ」

「万が一です」


 使わないに越したことは無いですけど。


「アリムさん! ユーリです。助けに来ました!」

「――なにっ!?」


 驚いたように足を止めるアリムさん。そりゃ驚くでしょうね。

 あの転移の罠は、稀に迷宮などに設置されている物だそうです。それを床ごと引っぺがして、罠にする。ずいぶん大掛かりなトラップでした。

 そう、人通りの少ないこっちの迂回路に仕掛けるには勿体ないくらい。


「戻りますよ。エルリクさんをこちらに」

「他の連中はどうした!」

「来てますよ。『誰一人欠けることなく』全員無事に。アレクの方を追いかけています」

「そ、そうか」

「盗賊共も捕縛しているので、『主犯が誰か』はすぐわかるです」


 この一言で、彼は退けなくなるはず。


「くそ、あの役立たず共め! お前ら、こっちに近付くんじゃねぇぞ!」

「ハァ、やはり……ですか」


 あのトラップは、簡単に設置できる物じゃありません。ましてや人通りの少ない迂回路に設置するなど、効率的にありえない。

 なら、あの罠はわたしたちを狙い撃ちにするため、前もって用意した物なのでしょう。

 仕掛けたのは、プロケルさんが商隊を離れたあの雨の日に、連絡を受けた連中か。

 連絡から二日掛かったのは、罠を仕掛けるための期間ですね。


「転移トラップで車列を分断。経験の浅い護衛が付いた方は殲滅しておく。後は襲撃を偽装すれば、積荷は懐に入ると言う寸法ですね」

「てめぇ」

「高度な罠に掛けられ、命辛々逃げ出したとエルリクさんからの報告があれば、あなた方が疑われることは無い。信頼は失墜しますが、冒険者は続けられる。

 違約金も問題にならないでしょう。何せ積荷の中には金貨が二万枚ほどあるのですから」


 日本円に直すと、およそ二億。二十人で分けると一人1一千万ですか。人数が多いと利益少ないですが、それでも結構な金額です。

 軽く一年は贅沢ができるでしょう。こっちの世界なら三年はいけるかな?


「商隊はエルリクさんを除いて皆殺しにし、パーティの何人かも死んだことにする。パーティだけが全員生きて戻れば、逆に疑われますからね。ほとぼりを冷ましてから『実は生きていました』と合流すれば、良かったねで済ましてくれるでしょう」

「そこまで……」

「計算違いはアレクが生き残ったことですか。ああ見えても『隻腕の重剣士』とか呼ばれていますからね。あなたのお仲間も返り討ちに遭ってる頃ですよ」


 本当はまだ生死不明ですけどね。アレク、大剣無いといきなりヘタレになるので。

 まあ、師匠が追っていったので、きっと大丈夫でしょう。


「『重剣士』……ってことは、あの男が『ハスタール』か!?」

「そしてわたしは『ユーリ』といいますよ。それが意味する所はわかるでしょう」


 風の賢者師弟と、アレクの交友は広く知られる所です。アレクとわたしの顔以外は。


「くそっ、こっちに来るなよ。来たらコイツがどうなっても知らねぇぞ!」

「ひぃ!?」


 エルリクさんを人質に取り、その背後に隠れるアリム。もう呼び捨てでも良いですよね。


「どうせ捕まったらギルドの連中に処分される! ならここで逃げ切って見せるさ」

「もう不可能ですよ」

「やってみなけりゃ、わからねぇさ。てめぇの魔術と俺の剣、どっちが早いか試してみるか?」

「この距離なら圧倒的に魔術ですよ」

「だが、この男の首までとなると、話は違うぜ」


 魔術の発動には魔法陣の展開が欠かせません。その時間があれば喉に突きつけた剣を引き、掻っ切るのは容易いでしょう。

 まともに考えれば。


「確かに、彼の命が天秤に掛かっているのなら、あなたの方が早いでしょうね」

「へ、だったら――」

「ですが、わたしがその駆け引きに乗る必要は無いんですよ」

「見、見捨てるってのか!?」

「お願いだ、助け……ひぃ!」

「安心してください。レシェさんに頼まれています、ちゃんと助けますよ」


 そういって、ゆっくりと『メガネ』を外す。警戒されないように。

 そして……メガネを外した瞬間、彼らの目から理性が消える。

 黄金比のギフトの能力が解放され、魅了された彼らにまともな思考は残らない。

 人質のことも、逃亡のことも、金のことも……理性の戒めが破れ、思考の全てが消えて、脳裏に残るのはわたしを貪ることだけ。

 精神抵抗の指輪を、彼らが持っていないことは、ここまでの旅ですでに知っている。


 実際には、魅了は瞬間的に起こるが、理性が飛ぶまでは数十秒は掛かる。

 だが、魅了されてしまえば視線は外せず、視線が外せなければやがては狂気に陥る。そんな悪循環をこのギフトは持っていた。


「あ、ああ……ああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」


 白痴の様な声を上げ、エルリクさんを突き飛ばすアリム。

 何も考えずにこちらに襲い掛かって来る。いや、何も『考えることできない』のか。


「うゎっ! なんだ!?」


 事態の急変に慌てて剣を構えるバーヴさん。なに気を抜いてるんですか?

 エルリクさんも纏めて魅了され、突き倒された後に起き上がって、こっちに走り出してます。

 申し訳ないですが、彼も一緒に倒れてもらわないと。


 風を利用して気圧を下げ、弱い放電の魔術を発動させます。

 これを二人に投げつけ、麻痺させる。


「ぶぎゃん!」

「ぴぎゃぁ!」

「うぎゃぶ!」


 抜いた剣に導かれる様に飛来する電撃。

 三者三様の悲鳴。そして痙攣。


 あ、バーヴさん……剣を抜いてたから……



「ヒデェよ。まだ、身体がシビシビしてるぜ」

「いや、ホント申し訳ないです」


 その後、アリムを縛り上げ、バーヴさんに運んでもらいながら合流地点へ戻りました。

 道中から今に至って、まだ魔術に巻き込んだことを愚痴られています。


「ユーリ姉のことだから、なんかドジやってると思ったら、今度は味方に被害を出したか」

「あれは回避できない事故です」

「確かに避けられなかったぜ。後ろからだったし」

「ゴメンナサイ」


 バーヴさんは師匠の治癒術(実験台)を掛けてもらい、今は回復してます。

 エルリクさんの方もわたしの治癒術(これも実験台)で回復しました。


「まさか、あのヴァルチャーが盗賊と通じてたとはなぁ」

「そういえば、十年も冒険者を続けて、中堅に留まっていた理由に依頼の失敗の多さもあったな」

「余罪も沢山ありそうね」


 荷物を一つの馬車に纏め、アリムたちを含む生き残った盗賊たちを縛り上げてから、空いた馬車に放り込み、師匠とアレクが監視することで旅を再開しました。

 後一日ほどで、国境の関所に到達するので、それまでの我慢です。

 おかげでわたしとマールちゃんは徒歩になりましたが、『盗賊共に与える食料はねぇ!』と言うことで、荷運び用の荷物が無くなったので良しとしましょう。

 盗賊共には二日間、水しか与えません。


「で、道はこっちで良いんだろうな?」

「ああ、ここは山道の方が近いから」


 山を迂回したルートを辿っていましたが、転移先は山道に近い場所だったらしく、結果的に近道になりました。

 ついでにアジトに寄って戦利品を回収して来ましたので、懐具合は一気に回復しました。


「宝石に武器、金貨。つるはしとかの採掘道具はさすがに要らないな」

「ざっと金貨千枚って所か?」

「等分しても一人金貨百二十五枚か。すげぇな」

「本当に均等でいいのか? どうみても君らの活躍の方が大きいんだが」 

「ああ、かまわない。旅費さえ工面できれば問題ない」


 フォレストベアの面々は、かつてない大収穫に、ちょっと戦慄してます。

 というか、何気にマールちゃんの取り分を排除しましたね? 別に構いませんけど。


 途中で獲た『戦利品』は冒険者の物、と言う契約の為、盗賊の財産はわたしたちで分けることになります。

 もっともポーターであるわたしたちはその権利が無いのですが、さすがにあれだけの活躍をして、『オマエラの取り分なしな!』とは言いませんでした。

 と、いうか――


「アレクさん、怪我大丈夫っすか? お荷物お持ちしましょうか?」

「いや、いいから」

「まさか、あの『重剣士』のアレクとは気付きませんでした! 今までナマ言ってスミマセンっす!」

「うん、気にしてないから」

「ところでアレク、一度俺と剣を交えてみない?」

「……もう勘弁して」


 ジャックさんがアレクをアニキと慕う様は、端から見て異様です。彼の方が、五つは年上なのに。

 ケールさんは一度アレクと試合してみたいらしく、何度も申し込んでいます。

 そして――


「ハスタール師。光矢に於ける魔力伝達の効率化について、お伺いしたく……」

「あー、私は今休暇中なので……」

「そうですよオリアス。ところでハスタールさん、ソカリスでのご予定は? よろしければわたしとお食事でも」

「フシャーー!!」


 オリアスさんが師匠を質問攻めして、ベラさんが師匠を誘惑、わたしが威嚇と言う状況が常態化しています。

 マールちゃんは馬車が狭くなったために、レシェさんの膝の上で愛でられてますね。

 レシェさん、時折わたしの方に視線向けるのやめて。わたし、これでも成人してるので、膝の上は勘弁してください。

 と言うか、触らないで。人間嫌いですから


「そうだ、ユーリ姉」

「ん、なんです?」

「アリガトな。大剣、付与してくれて」


 一応、極秘事項なので、ジャックさんの剣は解呪しておきました。

 今アレクは、盗賊のアジトにあった予備の大剣を装備しています。

 いつになく、しおらしいアレクの態度に――


「……当然です」


 と、わたしは胸を張ったのでした。



 翌日、道中は何のトラブルも無く、フォルネリウス聖樹国との国境の街、ラーホンに到着しました。

 これで残る旅路は後半分です。

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