29話:2章 盗賊退治③

「驚いたな、プロケルを倒したのか」

「ああ、それよりもう追いついたのか、意外と足早いんだな」

「日頃から鍛えてるからな」


 追いついて来たのはイワン一人か。後衛の連中はスタミナ不足にでもなったか?

 血塗れた剣を構え、攻撃に備える。


 ――こいつならマールちゃんは見付けられそうにないし、その点は気楽だな。


「あくまで殺りあうか」

「逃げたら見逃してくれるかい?」

「いやまあ、こっちも生かしておく気は無いんだがな」


 じゃあ戦うしかないじゃん。

 重装甲相手にこの長剣じゃ心許無いが、逃げるとマールちゃんが後続の連中に見つかりそうだしなぁ。

 纏めて来てくれた方が、まだやりようもあったか?


「いや、そうなったら俺が生き延びられないな」

「あん?」

「こっちの話だ。んじゃ、行くぜ?」

「おう!」


 イワンの持つ両手用の戦槌は攻撃範囲が狭い。そして全身は板金鎧で覆われている。

 これは一気に懐に潜りこんで、鎧の隙間を突くしか!

 姿勢を低く、一直線に飛び込む。

 イワンの方も待ってましたとばかりに、槌頭を正面から振り下ろしてくる。

 重い一撃はプロケルのように弾けない。素早さを活かし、左足を大きく横に蹴って脇に滑り込む。


「貰った!」


 ガギャッという、衝突音。

 しかし、脇腹にはなった渾身の突きは、嫌な音を立てて受け止められる。


「その剣は数打ち物か。切れ味が鈍いな」

「うっせ! そっちこそ鎖帷子まで装備済みかよ。重装甲にも程があるぞ!」


 板金鎧の下に帷子を着込むとか、馬上試合並の重装備だ。

 その重量は五十キロを遥かに超えているはずだ。


 ――こいつ、この重量を纏ってここまで走ってきたのか? バケモノめ。


 ブォンと、やり取りの間にも、戦槌が打ち込まれる。

 頭を下げて、やり過ごしたところに膝が飛んできた。これには右目に入った血の影響で反応が遅れる。

 咄嗟に失った左腕の二の腕部分で顔面をかばうが、この装備だと足その物が鈍器並に重い。

 ゴッと言う嫌な音。メシリと何かの軋む音と同時に左腕が下がる。


 ――くそ、骨まで逝ったか?


 元々、肘から先が無いので攻撃力が落ちるわけでは無いが、バランスを取るのには使用している。

 これでは細かい動きができなくなるか?

 しかし、イワンも膝を出したせいで身体が流れ、大きな隙が出来ている。

 切れ味で通らないなら、全身の力で押し込むまで!


「だりゃあぁ!」


 伸び上がるように脇の下の隙間に向けて剣を突き出す。この装甲の前じゃ、斬る動作ではダメージを与えられない。

 イワンのこの攻撃を読んでいたのか、腕をひねる様にして板金の部分で突きを受け流す。

 俺はそのままイワンの背中側に抜け、戦槌の返しの一撃を防ぐ。

 両手用の戦槌は、有効な攻撃範囲こそ狭いが、射程は意外と長い。離れると先手はイワンに取られてしまう。

 この距離で戦うしか――


「フンッ!」

「うわっ!?」


 イワンは気合を一つ入れると、なんと、そのまま背中から体当たりしてきた。

 予想外の攻撃に無様に転倒し、背中を打つ。衝撃に息が止まる。そこへさらに戦槌の追撃。

 ドゴンッ! と、地面にめり込む槌頭。これは、かろうじて転がって避けた。

 軽くクレーターになってやがる。あぶねぇ。


「げほっ、全身凶器か、てめぇ」

「戦場経験の差だな」


 転がったせいで、距離がまた離れてしまった。


「だったら……何度でも突っ込むまで!」


 剣を構え、再度戦槌の攻撃圏へ踏み込む。

 今度は横薙ぎの一撃。これは頭を下げて躱……したところへ、肩で体当たりされ、弾き飛ばされた。

 体勢を崩され、再度の追撃。よろけた体勢では避けきれず、やむを得ず剣で受ける。


 バギンと鈍い音を立てて、剣が砕けた。


「終わりだ、小僧!」

「まだだよ!」


 剣が折れたのを好機と見て、一気に襲い掛かってくるイワン。

 そのイワンの顔面に向けて、カウンター気味に折れた剣を投げた。

 反射的に顔を庇った隙に、懐に潜り、今度はこちらから体当たりを掛けた。

 だが圧倒的なウェイト差でビクともしない。そのまま体勢を入れ替え、イワンの背後に回る。


 ――そこが目的地だ。


 振り返ったイワンが見たのは、倒れたプロケルの剣を拾う俺の姿。

 長剣より短いそれを逆手に取り、再度体当たりを掛ける。

 足を踏ん張り、攻撃に備えるイワン。その足に──


「ぐおぉぉぉっ!?」


 抱きつくようにして、膝裏に剣を突き刺した。

 ザクリと言う肉を裂く感触。さすがに下半身まで帷子は着けてなかった様だ。崩れ落ちるように倒れるイワン。

 その上に圧し掛かり、鎧の無い顔めがけて剣を……突き立てようとした瞬間、見慣れた丸い光が視界によぎる。


 そして閃光。


「あがあぁぁぁぁ!!」


 折れた左腕に突き立つ光矢の魔術。光の元にはバラムの姿があった。

 ユーリ姉より、威力が低いのが救いか……あの人なら腕ごと貫通するからな。

 苦痛により逆にクリアになった思考が、そんなどうでもいいことを考える。これが現実逃避ってヤツか?


「ぜぇ、ひぃ……ガキが……手こずらせやがって」

「お前らが、運動不足なんだよ……おかげでヒデェ目に、遭ったぜ。早く治せ!」

「へへ……人使い荒ぇな……ちょっとは休ませてくれよ」


 息荒く駆けつけてきたバラムとマック。攻撃の魔術と治癒術の使い手。

 マックはやはり腕がいいのだろう。ベラさんと違って遠隔で治癒術を使っている。

 バラムもこちらを警戒し、いつでも魔術を放てるように魔力を練っているようだ。


 ――ああ、詰んだな、これ。


 打開策が思い浮かばない。

 でもマールちゃんが隠れていてくれれば、彼女だけは助かるだろう。プロケルは仕留めたのだから。


「あ、アレクさん!」

「……おいおい」

「あ、そんなところにもう一匹いたのか?」


 そんな思いも虚しく、俺を心配して声を掛けてくれる彼女。

 ああ、もう……


「――諦めることも、できやしないじゃないか」


 覚悟を決める。いや、元々覚悟は決めていたけど……それとは別に、彼女を逃がす、その覚悟を新たに決めた。

 その為には目の前の連中を、是が非でも倒さないといけない。


 震える足に鞭を入れて、踏ん張る。

 焼ける左腕の痛みは、無視する。

 血の流れ込んだ右目を見開き、敵を睨む。


「いいぜ、最終決戦と行こうか」

「……いい気合だ、小僧。次は油断せんぞ」


 殺気に怯むバラムとマック。それとは逆に面白そうな表情を浮かべるイワン。

 やはりこいつも戦闘バカか。


「いささか不条理な状況だが、これも仕事だ。赦せよ」

「知るか。殺してやるから、さっさと来い」


 実は足が前に出ないんだよ。

 雄叫びを上げて襲い掛かるイワン。左肩くらい壊させてやる、カウンターで喉元を一撃すれば……後はイワンの身体を盾に、何とか魔術を凌いで……

 こちらの意図を察したのか横薙ぎの一閃に変更してくるイワン。どこまでもクールなヤツだな!?

 だが、それならそれで、一歩前に出て槌頭さえ避ければ!


 そして何かに弾かれ、跳ね返される戦槌。


 致命打を避ける為の、その一歩を踏み出すまでも無かった。

 俺をギリギリ掠めるように風の槍が飛び、戦槌を弾き飛ばしたのか。


「アレク!」

「師匠!?」


 俺を呼ぶ声。飛んでくる大剣。


 ――そっか、間に合ってくれたんだ。


 右手で大剣の柄を掴み取る。軽い。軽量化されてるんだ、これ。

 驚き動きを止めたイワンだが、すぐさま体勢を建て直し、攻撃に移っている。だが――


「残念、今までの俺とは違うぞ?」


 再び戦槌の横薙ぎの一撃。

 俺は手首と慣性を利用して、大剣をクルリと回転させ、下からその両手首を斬り飛ばす!

 投げつけられた勢いと質量は、さすがの鎧も止めきれず、戦槌ごと宙を舞った。


「……あ?」


 突如消えた手首に、呆けた声を上げるイワン。

 斬り上げた勢いを今度は横に変換。そのまま刀身を首に叩き込んだ。


 ズシュッという、肉と骨を砕く感触。

 強敵の首を飛ばし、すぐさまバラムの方を警戒。

 だが、そこには凄まじい速さで駆け込み、嵐のように敵を薙ぎ倒す師匠の姿があった。

 バラムとマックは反応すらできず斬り倒される。身体強化を使っているのだろう。


「ハハ、さすが……師匠」


 俺は……安堵と達成感で気が抜けたのか、そのまま気を失ってしまった、らしい。



 目を覚ました俺は、ベラさんに膝枕され、マールちゃんに取り縋られていた。

 師匠には何か胡乱な目を向けられている。


「モテモテだな、アレク?」

「いやいや、違うでしょ!」


 顔の血は拭われ、体の傷は全て塞がっている。

 かなり突っ張った感触が残るので、本調子ではなさそうだけど、充分だ。


「ベラさん、治療ありがとうございます」

「こちらこそ。『隻腕の重剣士』を治療できたなんて、光栄だわ」

「うわ、その呼び名やめてください! まじで! ってか、師匠、話したんですか?」

「片腕で大剣を扱ってみせたんだ。さすがにバレるだろう」


 そういやそうか。治癒術師の貴重なこの世界で、片腕は珍しくもない。が、片腕で大剣を扱うのは俺くらいだもんな。


「そうだ、師匠。ヴァルチャーズが──」

「裏切ったのだろう?」

「え?」

「こちらの盗賊は全て打ち倒した。転移後に戦闘の痕跡も無く、すぐさま逃亡した足跡。それを追わなかった盗賊。そして仲間に襲われていたお前。当然の帰結だな」

「それならエルリクさんは?」

「そっちはユーリが追っている。ま、問題ないだろう」


 いや、あのユーリ姉ですよ? 俺は心配だけど。


「こっちにこの面子だと、エルリク氏と逃げているのはアリムか」

「ええ、襲われた途端、連れて逃げ出しました。俺はその直後にプロケルに斬られたんです」

「おかげで後を追いやすかったがな」

「勘弁してください、痛かったんですよ」


 顔をしかめてみせた。その傷跡には、今マールちゃんが抱きついている。

 治っているとはいえ、気分的にちょっと痛い。


「それより、ジャックとオリアスを馬車に置いたままなんだ。歩けるなら早く戻ろう」

「はい、マールちゃんは大丈夫? 立てる?」

「はい、大丈夫ですゅ!」


 微妙に噛んだ答えが返ってきた。元気そうで安心。

 俺の方も歩ける程度には回復してる。早く合流しよう。


「こっちの二人は生かして捕らえてある。おい、逃げたら殺すぞ?」

「わ、わかってますって」

「あんなスピード相手に逃げ切れるわけがねぇ!」


 身体強化した師匠は、百メートルを四秒以下で走るバケモノだからな……そりゃ怖いだろう。


 とにもかくにも……一息吐けそうで助かったよ。

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