28話:2章 盗賊退治②
◇◆◇◆◇
「なんだ、ここは!?」
エルリクさんが声を上げる。
馬車での行軍中、いきなり視点が切り替わった……そうとしか表現できない。
森の外れの街道を歩いていたはずなのに、いきなり鬱蒼とした森の中。
――なにかが起きた? だが、なにが起きたのかわからない。
森の中から、数人の武装した男達が飛び出してくる。数は六人。盗賊か?
「マールちゃん、こっちへ――ぐぁ!」
真っ先に守るべき少女のことを思い出し、駆け寄ろうとした瞬間、背中から斬り付けられた。
追撃の二閃目を、転がって躱す!
「アレクさん!」
「大丈夫! 早く、こっちへ!」
――深くは無いが、傷が広い。放っておくと出血で動けなくなるかもな。
「エルリクさんは……」
雇い主に目をやると、アリムに連れられて森に駆け込む姿があった。
「早く、こっちです!」
「だが、積荷は……それに子供たちが!」
「状況が掴めない、積荷は諦めて生き延びることを優先してくれ」
「しかし!」
見捨てられた? とにかく彼女だけでも護らないと。
それに後ろから斬り付けられたって。後ろにはプロケルしか……いや、俺は二度斬り付けられた?
そして後ろにいたのは『二刀流の』プロケル。って、おい、まさか!?
「くそ、裏切ったのか!」
「チッ、避けやがったか。勘のいいガキだな」
口論してる余裕が無い。馬車の反対側にいたイワンとバラムがこっちに回り込んで来ている。
足元の土を蹴り上げて、プロケルに目潰し。そのまま馬車の上に飛び込んで、上のマールちゃんを掻っ攫うように右肩に担ぐ。
「うぉ! 野郎、卑怯な真似を」
「ひゃ!?」
「ごめん、後でちゃんと謝るから!」
――裏切っといて卑怯呼ばわりかよ!
プロケルの目を潰した隙に、乗り込んだ馬車から御者台に移り、反対側に飛び出す。
マールちゃんを抱きかかえたまま、地面を転がって衝撃を逃がした。
勢いは殺さず、俺たちはそのまま森の中へ駆け込んでいく。
「あ、あの、エルリクさんは?」
「彼まで護ってる余裕は無い。それに、あの場で襲われなかったんだから、彼は生かしておくつもりなんだ、きっと」
「え?」
わけがわからないという表情。彼女には、彼らが裏切った事実が把握できていない。
彼は護衛対象。死なれると冒険者ギルドの監査が入る。
厳しい取調べを逃げ延びるのは至難の技だろう。ギルドが黒と断じられれば、世界中の冒険者から狙われる。
おそらくは罠に掛けられ、『襲われたところを命からがら逃げ出した』、と証言させる為の人質か。
冒険者としての信頼は失墜するが、鉱石の買い付けの為の金貨を山のように運んでいる獲物なら、元は取れる。
「なるほど、俺達たち生き残ったら、あいつらの企みがバレちまうからな」
「えっ、えっ?」
「マールちゃんは俺がちゃんと護るってこと」
彼女は安心させてあげないと。あれから二年しか経ってないしね。
「あぅ、あの……えと……?」
なんだか、顔を真っ赤にして口篭る彼女。怖いのかな?
「待て、このクソガキが!」
「なにやってんだプロケル! しっかり仕留めろよ、下手糞が」
ここが何処かわからないけど、時間さえ稼げば師匠やユーリ姉が駆けつけてくれるはず。
俺ができるのは、それまで逃げ延びることだけだ。
「しばらく派手に揺れるけど……我慢してね!」
全力で走り出す。
さすがにプロケルは引き離せそうに無いが、金属鎧を着たイワンと後衛のバラム、マックは引き離せるはず。
プロケルだけなら、大剣が無くても俺一人でなんとかできる。
◇◆◇◆◇
転移した先では六人ほどの男たちが、馬車から積荷を下ろしているところでした。
「戦闘が起こっていない? まさか、もう!?」
ヴァルチャーの人たちがついていながら、十分も持たずに? アレクは? マールちゃんは!?
「くそ、出遅れたか?」
「まだわからん、蹴散らすぞ!」
ジャックさんの絶望の声と、師匠の号令。
その声に合わせて、ケールさんとバーヴさんが飛び出していきます。
師匠も自分の剣を持って斬りかかる。わたしは付与中なので参加できません。
それにアレクとマールちゃんがどこにいるかわからないので、大きな魔術はどのみち使えませんし。
「ヒッ、なんだお前ら!」
「うわぁ、ヤメろ助け――ぐあぁ!?」
オリアスさんの魔術で足が止まったところを、バーヴさん、ケールさんの剣が撃ち抜いていきます。
まさかわたしたちがこんなに早く追ってくるとは思わなかったのでしょう。
すでに一仕事終えたつもりで気を抜いていた盗賊たちは、数の理を活かせず、あっという間に駆逐されていきました。
「どうだ、いたか?」
「いや見当たらない。不幸中の幸い、というべきか? おそらく逃げ延びたんだろう」
「ああ、よかった。あの人は、エルリクは無事なんですね?」
わたしが付与中のため、バーヴさんが周辺を索敵、残った人で遺体の確認をしています。
レシェさんは安堵してるようですが、アレクもマールちゃんも、エルリクさんの姿も見当たりません。いや――
「おかしいな、ヴァルチャーの連中の姿が見えん」
「彼らが護って逃げ延びたんだろ?」
「いや、ここにいた六人が相手なら、逃げるまでも無く返り討ちにできたはずだ」
死体が無いと言うことは逃げられたという証で、少しだけ安心できましたが?
「ふぅ、これならアレクでも何とか――」
「おい、こっちに足跡だ、二人分。森の中に逃げ込んでる。足の大きさから見て大人二人」
「こっちには血の跡があるぞ。足跡は……よくわからん」
付与を終わらせ一息吐いたところで、バーヴさんが足跡を、ケールさんが血痕を見つけたようです。
血痕の一言で、レシェさんは顔を青ざめさせます。
「こっちは小さめの跡が一人分に、大人四人か? 一つはやたら重そうだな。金属鎧着てるようだ」
「と言うことは、イワンだな」
「二日前に雨が降っていて助かったな。地面がまだ湿ってるせいで跡を追いやすい」
「小さめってことはアレクのですか? 子供一人ってどういうことです、マールちゃんは?」
「あの嬢ちゃんは特に足が小さいからな。見ればすぐわかるはずなんだが、見当たらん」
「死体が無く、足跡もない……一人別の場所に飛ばされた?」
「いや、おそらくアレクが担いで逃げているのだろう。子供の足では大人から逃げられん」
あ、なるほど。って、おや?
待ってください。見つかった足跡は七人分。エルリクさんとアレクと、ヴァルチャーの人たちの分。
おかしくないですか?
「師匠、見つかった足跡は七人分ですか?」
「そうだが?」
「この場に居ないヴァルチャーの五人にアレクとエルリクさんで七人。彼らは何から逃げているんです?」
「そりゃ盗ぞ――あ」
そう、逃げているであろう彼らを追う、盗賊の足跡が存在しないんです。
「なんにせよ早く後を追った方がいいな。そっちの二人の足跡のほうはユーリとバーヴが追ってくれ。血痕の方は俺とケールで追う」
「アレクはわたしが――」
「お前では大剣を持ち運べないだろう」
大剣は軽量化を掛けたとはいえ、本格的に掛けたわけではなく、結構重めの長剣位の重さがあります。
わたしだと、かなりふらついてしまいます。
空を飛べばすぐに追いつけるのでしょうが、わたしたちには斥候や野伏の技能はありません。
的確に追うなら、ケールさんやバーヴさんの技量が必要なのです。
「わかりました。師匠の方にはベラさんもついて行ってください。怪我人がいるようですから。この場はオリアスさんとジャックさんが守ってください」
「そうね、そうしましょう」
「了解した。そちらも気をつけてな」
「では、バーヴさん。急ぎましょう!」
わたしたち二人は、足跡を追って森の中に踏み込みました。
◇◆◇◆◇
ぜぇ……ぜぇ……はぁ……
静かに、素早く……そう思っていても喉から苦鳴の音が漏れる。
小さいとはいえ子供一人背負って、大人から逃げ切るというのは、やはり無理がある。
――イワンはどれだけ引き離せただろう?
大きく円を描くように逃げていたので、元の馬車の位置からそれほど離れてはいないはず。
一直線に逃げるのが一番安全だけど、それだと追ってくるはずの師匠たちすら引き離してしまう。
馬車から大きく離れず、追跡者を撒く。最初から無茶なのは知っていたけど、予想以上に疲労が激しい。
これ以上疲れてしまうと、プロケルの相手もまともにできなくなってしまう。
「覚悟を、決めるか」
「え? あの、大丈夫ですか、アレクさん?」
「うん、でもこのままだと逃げられそうにないから、追ってきた一人だけ倒そうと思う」
「そんな、危険です!」
「大丈夫、一人だけだし。それで危ないから、マールちゃんにはこの先を一人で逃げてもらおうと思うんだ」
「イヤです!」
きっぱりと断るなぁ。やっぱ一人だと怖いからか。
でも三本の剣が飛び交う中に、彼女を置いておくわけにはいかない。
「ゴメン、でもマールちゃんが一緒に居ると危ないんだ。俺の長剣とプロケルの双剣が切り結ぶとなると、傍に居る人の方が危ない」
「……でも」
「なら、せめて少し離れた場所で隠れていてくれないか?」
「それなら……わかりました」
元から負ける気は無いけど、これで負けられなくなったな。
彼女が斥候のプロケルから隠れ
少し離れた大木の陰に身を隠す彼女。俺は長剣を抜き、背後を警戒。
そしてやってくる、プロケル。
「よう、もう鬼ゴッコは終わりか?」
「お約束のセリフは『死亡フラグ』って言うらしいぜ?」
「なんだそりゃ?」
「言った奴の方が死ぬんだとよ」
ユーリ姉が昔言ってた知識を披露して、少しでも時間を稼ぐ。
長剣を構え警戒するが、やはりただの長剣では、しっくり来ない。センチネルの大きさと重さが、早くも懐かしく思えてきた。
「ジンクスってヤツか? だったら、引っくり返してやるよ!」
猛然と襲い掛かるプロケル。くそ、やはり腐ってもプロだ。無駄話には付き合ってくれない。
「シャアァッ!」
「んなろ!」
フットワークで初撃を躱し、追撃は剣で大きく弾く。
バランスを崩したところに、躱し難い突きを撃ち込む。乱戦では肉が締まって剣を持っていかれる可能性があるが、一対一なら使い勝手がいい。
プロケルはこれを大きく飛び退って避けた。
「ちっ、やはり腕は悪くないじゃん」
「そりゃ、こっちのセリフだっつーの!」
俺の技量に驚きながらも、左に回り込みながら横薙ぎの一閃を放ってくる。
――死角から入るか、油断しないな。
だが、こっちもその動きには散々付きあわされてる。片腕の俺を、腕の無い左から攻めるのは定石だ。
沈みこみながら身体を回転させ、足を払って転倒させる。そのまま地を這うような一撃。
プロケルも倒れてすぐ起き上がろうとせず、転がって間合いを取り直す。
ジャッ、と地面を剣先が抉る音。
今度はこちらからの追撃。起き上がりざまにプロケルを、掬い上げるように斬り上げる。
仰け反る様に躱し、反撃に右手を振ってくる。ヤツの右手、すなわち俺の左側。
――やはり、そう来るよな!
掬い上げる剣閃を翻し、その右手に刃を落とす。
反撃を予想して振り抜いてなかった分、こちらの方が早く到達した。
ザグッ!
鈍い音、肉を裂く感触。
だが骨には届かなかった。
「ぐあぁぁぁっ!?」
腕を裂かれながらも、左を返してくる。俺はその刃が到達するより早く、プロケルを蹴り離した。
刃が流れ、コメカミを掠める。
流れ出た血が右目に入り、視界が半分赤く染まる。
「くっ!」
「テメェ……よくもやってくれたな……」
この状況はマズイな。視界が塞がり、時間が掛かり過ぎてる。
ここにイワンが来たら対応できない。
「ぶち殺してやる! テメエもあのメスガキもなぁ!」
逆上しての大振りの一撃。
――甘い、片腕のリスクをわかってねぇな。
体重を掛けて、剣を弾く。そのまま遮る物の無くなったプロケルに体当たりを仕掛ける。
倒れこむ勢いを利用して、腹に剣を突き立てた。
「ぎゃああぁぁぁぁあああぁぁぁ!?」
左腕の上に体をずらし剣を封じてから、突き立てた刃を抉る。
「あっ、あぐっ……」
「悪いな、片腕は俺の土俵なんだよ」
血泡を吹いて、痙攣を始めたプロケルにそう
首に一撃入れて、トドメを刺してから立ち上がる。
そこへ、後続の連中が追いついてきた。
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