27話:2章 盗賊退治①
三日目です。
遠回りしているので残り十一日。順調に予定が遅れています。
熊肉というメインディッシュをゲットしたわたしたち。あとは水の問題ですが、これは魔術師がいれば、ほぼ解決でしょう。
氷柱の魔法で作り出した氷を溶かせばいいし、直接水を作る魔法もありますから。
それと、こっそり師匠の背嚢の内側に、軽量化の魔術を刻む実験をやってみました。
背嚢は予備もあるので、破れても問題ないですしね。
結果は上々。背嚢に入れた食料や水まで軽量化の効果範囲に入ったらしく、四十キロ程度の重さが十分の一の四キロくらいまで軽くなったそうです。
こっそり付与したので、知らずに背嚢を背負った師匠が力加減を誤り、ひっくり返るという、お茶目な姿が見れました。
――おかげで朝から頭頂部が痛いです。ゲンコツで。
とにかくこれは便利なので、後でアレクにも軽量化を掛けてあげようと思います。
……これ、服に刻めば、体重軽くなったりしませんかね?
「思い立ったら吉日と言うわけで試してみましょう。ここにアレクのズボンがあります」
「ユーリさん、それはさすがに止めた方が」
「実験には失敗と犠牲が付き物なのです。アレクは犠牲になったのだ」
「まだ犠牲になってないよ?」
背嚢に付与したついでに、アレクの着替えを入手したわたしは、早速検証に取り掛かります。
なんでズボンかって? マールちゃんがスリスリしていたのをかっぱらって来たからです。
この子も何か危ないですね。わたしもたまに師匠のでやりますけど。
とにかく見つかる前に目的を達成してしまいましょう。
火の魔術で魔法陣を描き、アイテムに焼きこむのですが、今回は対象が布なので、火力は低め。
焼き切らない程度の火力と言うのが微妙に難しいですね。
「よし、と。後は魔力を注いで……完成。ズボンそのものは軽くなった気がしますね」
「あ、ホントだ。ハンカチくらい軽いし」
「後はこれを着替えとして渡してあげてください。一応説明もしておいた方がいいかな?」
「ユーリさんが軽量化掛けたと伝えて、アレクさんの身体が軽くなったか聞いておけばいいんだよね」
「パーフェクトだ、マールちゃん」
その日の午後。
付与によって強度の落ちたズボンが木っ端微塵に砕け、街道でストリーキングするアレクの姿が有りました。
そして四日目です。
アレクによるストリーキング事件は、わたしによる可愛らしいイタズラと吹聴され(魔術が使えるのはナイショなので)、正座でベラさんの講義を受けるという罰を受けた翌日です。
背嚢が無事だったのは、強度の下落量よりも内容物の軽量化率の方が大きかったからでしょう。
どうやら背嚢の中に入れたものは『背嚢』と言うアイテムで一括りされ、まとめて軽量化が掛かったけど、服の場合は『着ている人』の付属物と見なされ、陣を刻んだ『服』にしか効果が出なかったというところでしょうか。
背嚢は強度が二分の一になっても、内容重量が十分の一になったから耐え切れたっぽいです。
外的要因での強度が落ちたのは、今後の研究課題ですね。
興味深い研究課題ができましたが、今日はさすがに何もしてません。
馬車の中から、師匠を眺めながら、平和と暇を堪能しています。
そんな平和な時間が過ぎ、お昼になろうかと言うその時、突如として、前方の馬車が――掻き消えたのです。
「なんだ! なにがあった!?」
「待て、迂闊に近づいたら危ない」
「んなこと言ってる場合か!」
突然の消失に、パニックを起こす後列の馬車。
わたしも唖然とし、事態が把握できませんでした。
ジャックさんの指示で、馬車の消えた付近まで一気に進み……そこで、盗賊たちに襲撃を掛けられました!
「オラァァァ! 覚悟しろクソ共ぉぉぉ!」
「ヒヒ、女は殺すんじゃねぇぞ!」
「待ち伏せだとぉ!」
「くそ、ケール、バーブ! 抑えろ!」
盗賊の罵声に、ジャックさんの驚愕の声と、オリアスさんの焦った指示。
その指示に従い、街道の側面から飛び出した十人ほどの盗賊に向かって、前衛の人たちが駆け出します。
盗賊の対処はジャックさんに任せ、わたしは消失の原因を調べに駆け出します。あの馬車にはアレクとマールちゃんが!
馬車から飛び降り、消えた辺りを注意深く観察……いや、ここで襲撃があったということは明らかに罠。出し惜しみをせず、『空間』に識別のギフトを起動。
向こうには中堅所が付いているとはいえ、一刻の猶予も無いのです。むしろわたし達から見れば、ヴァルチャーもベアも大して変わらない程度です。
――地面に石畳? それに魔法陣。これが転移式?
「師匠、これ、見てください!」
「これは……転移トラップの魔法陣か」
「これで分断されたようです。起動式は解析しました、すぐ後を――」
「いや、ダメだ! 今、転移したら、前衛の彼らを置いていってしまう」
飛び出したジャックとケールさん、バーヴさんが転移の範囲外に……余計な事を! いや、彼らが抑えてくれたから識別する余裕が出来たのか?
「ぐあっ!」
「ジャック!? ちっ、ベラ、早く癒しを」
「はい!」
ジャックさんの右腕がザックリと斬られ、大剣が振れなくなってしまいました。
盗賊は十人、これを三人で抑え込んでいるのですから、圧倒的に不利です。
「ジャックさん、下がって!」
「ウルセェ、ガキが口出しすんな!」
こっちに来ると、転移でアレクの後を追うことができるんですよ!
とはいえ、盗賊も逃がす訳には行きません。わたしは師匠に軽く視線を流し、師匠も小さく頷いて返します。
念力で前衛の三人を強引に引き戻し、突然の挙動に虚を突かれた盗賊を、師匠の風刃が牽制します。
「な、なんだ? なにしやがる!」
「うぉ! クソ、あいつらも魔術師か!」
「邪魔です、下がっていてください!」
突然引き戻され、とにかく誰かに食って掛かるジャックさん、罵声を上げる盗賊、ジャックさんを押しのけ前に出るわたし。
場は混沌としていますが、わたしの魔術はすでに完成しています。
師匠が牽制した隙に、わたしは大型の風刃を完成。十メートルにも及ぶその刃を半円形に放ち、こちらに迫る盗賊を一気に薙ぎ払います!
「ぐわぁ!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
お約束な悲鳴を上げ吹っ飛ぶ盗賊、その数六人。さらに師匠も二人を仕留めます。
大雑把に魔力を組んだので、密度が低く、必殺とは行きませんでしたが、無力化には成功しました。
「師匠、あの木立の陰に射手が二名」
「了解した」
森の切れ目付近の木の陰を指差すわたし。
咄嗟に隠れた判断力は褒めてあげますが、『空間』に識別を掛けたわたしに隠密は効きません。
盾にした木ごと焼き払う師匠の火球の魔術。さらにわたしは強風の魔術を送って火を煽ります。
「ひあぁぁぁ! たす……たすけ!」
「あちぃ! あちぃよぉぉぉぉ!」
火達磨になって出てきた二人に、オリアスさんの【光矢】と、バーヴさんの投げナイフが突き刺さり、戦闘は終了しました。
バーブさんとケールさんが、まだ息のある盗賊を縛り上げている間に、ベラさんがジャックさんを治療しています。
「君たちも魔術師だったのだな」
「すまない、少々事情があってな。面倒になるので話すわけにはいかなかった」
オリアスさんが、こちらを警戒するように話しかけてきます。
そりゃ、同行者がいきなり強力な魔術を連発すれば、警戒もするでしょう。が、今はそれ所ではありません。
敵が他に居ないのを確認してから、『空間』への識別は解除してます。魔力の外部タンクを付けたところで、これだけは長く使えません。
脳神経に過剰な負担が掛かっているので、延長する手段が思いつかないんです。
「師匠、他に敵はいません。それとこの魔法陣は双方向転移できるようです」
「よし、できればすぐにでも後を追いたい。そちらの準備は?」
「出血は止めたわ。でも私の治癒力じゃ、ジャックにはまだ戦闘は無理。もっと時間を掛けないと」
「済まないが、その時間は無い。これは明らかに待ち伏せされた襲撃で、転移した先も安全だとは限らないから。むしろ向こうの方が危険か」
「かまいません。ジャックさんではなく、彼の武器に用があるので」
そう、ジャックさんは大剣使い。あの剣をアレクに渡してあげれば、そこらの敵は蹴散らせるはず。
「なんでオレの武器が必要なんだ?」
「アレクが大剣使いなんです。剣があれば彼は戦える」
「だけどアイツ片腕だろう。それに向こうにはヴァルチャーがいるんだぜ」
そういえば軽量化処理していない武器では、さすがのアレクも片手では振れません。腕輪に組み込んであるのは敏捷の身体強化ですから。
ただの旅行と軽く見て、それぞれの主武装を置いてきたのはやはり間違いでしたか?
「向こうがこっちより手勢が少ないとは限らない。いや、むしろ向こうが本命と見るべきだな」
「おいおい、それじゃ、ヴァルチャーの連中でも危ないってのか?」
「その可能性は充分にある。こちらの手が空いたのなら、すぐにでも駆けつけるべきだ」
オリアスさんの冷静な指摘に、バーブさんが答える。
この人は意外に冷静な判断ができる人ですね。
「ユーリ、少しでいい、すぐにこの剣に軽量化を掛けてくれ。それと馬車に乗っていろ。術を掛けている間にまとめて運ぶ」
「……そっか、わかりました。何とかやってみます」
少し、何もいつもみたいに本格的に掛ける必要は無いんです。アレクの筋力なら、長剣程度の重さにすれば問題無く振れる。
ジャックさんの大剣はセンチネルほど大きいものでは無いので、半分……いや、三分の一も軽くすれば、大丈夫なはずです。
重複魔法陣を組む必要はありません。それくらいなら五分もあれば――!
それに馬車に乗って軽量化を掛ければ、師匠が転移を起動する間にも付与ができる。
師匠に起動式を伝え、すぐさま付与にを始めます。
待っていてください、アレク、マールちゃん。すぐにお姉ちゃんが助けに行きますからね!
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