26話:2章 非常食を調達します

 さて、この二年わたしも何もしなかったというわけではありません。

 売り物にはできませんでしたが、四つの魔道具を開発しています。


 一つ目はクリーヴァ。

 組み込んだ付与は、軽量化、頑強、加速、強打(未完成)の四つ。

 センチネルの発展型として、近接威力重視で作り上げた重量武器です。

 芯材に銀を使う事で、鉄より一つ付与数を増やすことに成功しています。

 ただし、わたしの戦闘技量では、アレクに当てられませんでした。

 なので回避力の低い、大型の敵専用の武器となっています。当たれば竜だってイチコロの破壊力なんですけどね。

 あと、回避できないくらい、高速で突っ込むと言う強引な手段も、無きにしもあらず。


 二つ目は腕輪。

 組み込んだ付与は、身体強化、頑強、接続、強靭(未完成)の四つ。

 銀製の腕輪で、身体強化を織り込んだ、非常動型の魔道具です。

 魔力を流せば、装備者に筋力強化を与えることができます。

 ただし、魔力を供給するわけではなく、使用者の魔力を消費するという機能に違いはありません。

 試しにアレクに使用させたら、発動時間わずか四秒、代償に一日寝込むと言う結果に終わりました。

 マントと併用させたら二十三分持ったのですが、元の魔力が低いので、効果はいま一つという感じでしたね。

 複数の魔法を並列起動できるわたしなら、筋力強化を行いながら、敏捷強化を受けれるかと思い、開発したモノです。


 三つ目はマント。

 組み込んだ付与は、維持、接続、強靭、頑強(未完成)の四つ。

 銀糸を織り込んだマントで、これは面積の大きさを生かした、外部魔力タンクとして開発しました。

 一番外側は強靭という、弾力性を保ちながらも破壊されにくい付与を施し、防御力を上げています。

 裏地に二つに折った布を使い、接続と維持を付与し、わたしの魔力の三倍を常に維持できるようにしました。

 腕輪と併用する事で、身体強化の発動時間を伸ばせるようになってます。わたしの場合、およそ三十分ですね。

 問題は重くて超暑苦しいということ……通気性考えてなかったです。


 そして四つ目は弓。

 組み込んだ付与は、頑強、強靭、加速、加速、鋭刃(未完成)の五つ。

 三つ目の武器だから、通称は『サードアイ(第三の眼)』と名付けました。

 この武器の開発は苦労しました。


 黒水晶を削りだした弓に強靭で弾力性を与え、頑強で硬くし、加速を二重に付与して矢の発射速度を大幅に強化したわたしの切り札です。

 元々水晶は弾力性が無いため、弓の素材には向いていないのですが、強靭で強引に柔軟性を持たせてみました。

 さらに頑強を付与したことで剛性も大幅アップ、大人十人でも引けないトンデモ兵器に。

 トドメは二重に掛けた加速に矢が耐え切れず、試射した瞬間矢が二つに割れるという珍現象が発生。

 矢尻を鉄で覆って固めると、今度は音速を越える矢に矢羽が燃え尽き、どことも知れない方角にカッ飛んで行く危険性が発覚。

 結果として矢全体を鉄で作り、矢羽の空力で安定させる手段を捨て、鏃に螺旋状の溝を刻む事で矢を回転させ、ジャイロ効果で弾道を安定させるという手段に出ました。

 おかげで貫通力が上がり、ちょっとした城壁ならぶち抜けるほどの威力に。鉄製にしたのは別の用途も考えたからではあるんですけど。

 師匠から『お前はドコと戦争する気なんだ?』とお褒めの言葉を預かりました。


 基本的に身体強化が使えないとお話にならないので、わたし専用となっています。

 腕輪とマントは別ですけど。



 さて、前方の街道に盗賊がいるということで夜に会議をしたのですが、これが思いのほか紛糾しました。

 前方には少し大きめな山々があり、街道はその谷間を縫うように続いています。

 旅の責任者のエルリクさんは安全性を優先し、山の迂回を提案しましたが、これに意外にもヴァルチャーズネストの面々が反対。

 理由は『迂回した分、食料が足りなくなる』という理由でした。

 迂回すれば、およそ四日の遠回りになるので、これは確かに深刻な事態でしょう。


「今日のように雨が降るならともかく、水だって足りないんだ。迂回すれば確実に危険になる。盗賊くらいなら、俺たちで対処できる」

「しかし、万が一ということもある。食料なら商品の野菜を食べて食つなぐこともできるだろう?」

「十七人分の食料を四日分だぞ。それに商品に手をつけたとなれば、俺たちの評価も落ちるじゃないか」

「それに関しては私から口添えをしておく。君たちの評価を落とすようなことはしないよ」


 アリムさんは珍しく強行突破を主張しています。

 山では獣が結構居るためよく猟をしていましたが、この近辺では獲物が少ないのでしょうか?


「俺たちとヴァルチャーがいれば、盗賊共なんて目じゃないさ!」

「でも、無理に危険に踏み込むのも……」

「ベラは慎重すぎるんだよ。オリアスもそう思うだろ」

「私は反対かな。無理をする場面でもない気がするが」

「ンだよ、お前もかよ!」


 フォレストベアの人たちは半々で意見が分かれているようですね。

 どっちも一理ある意見なのですが。


「ちなみに師匠ならどうします?」

「私なら迂回だな。妻と客を連れている状態では無理はできない。エルリク氏の主張のほうが共感できる」

「俺は突破を主張したい。盗賊を放置したら、俺たちはともかく他の人の被害が増えるじゃん」

「それは私たちの実力があっての主張だな。問題になるからと隠していたのが裏目になったか」

「それにマールちゃんを連れているのも、忘れちゃいけないですね、アレク」

「あ……そうだった」


 アレクの直情癖は相変わらずです。

 結局会議は、ヴァルチャーズネストの意見が通ったようで、山道を突破する方針になったようです。

 ヴァルチャーは全員突破派だったので、数の暴力ですね。

 しかし、平時は穏健なヴァルチャーの面々も、飢えには勝てませんか。下界の食糧事情はかなり厳しいのでしょう。



 夜半過ぎ。

 ベラさんの講義を一段落させたわたしは、近くの森の中に入っていきました。

 師匠にはお花摘みと言ってあります。ハイ、トイレですね。

 マントを始めとした魔道具への魔力補給もあるので、日に一回はこうして単独行動を取ることにしています。


「つまり食糧をここで自給できれば、マールちゃんが危険に晒されなくなるわけです」


 腕輪の力を発動させ、筋力を強化。

 木に登り、周辺を遠視で見渡すと、遠くで熊さん発見です。距離は三百メートルというところでしょうか。

 本来の弓なら届かない距離ですが、このサードアイなら充分に射程範囲。

 筋力強化の身体強化を行い、弓の能力を起動。


「喰らえ、森の熊さんフォレストベア


 日頃のジャックさんの鬱憤を乗せた、八つ当たりの矢を放ちます。

 二重の加速と非常識な反発力によって、弾丸を超える速度で弾き出される鋼鉄矢。

 遠視によってまるで至近距離に見える熊に、槍の如き矢が突き進みます。


 しばらくして、ドォンという、矢とは思えない衝撃音が響いてきました。

 直撃を受けた熊の背に三十センチほどの大穴が開き、背後の地面で爆発のような着弾音。

 普通の弓なら矢の再利用とかできるんですが、この武器に関しては、それは望めなさそうです。


 直撃を受けた熊は、そのまま崩れ落ちるように倒れ、ピクリとも動かなくなりました。

 しばらく観察し、死亡を確認してから獲物を確保しに行きます。

 三百メートルは少し遠かったです。



「ししょ……アルバイン、少し来てくれますか?」

「ん? なんだ」

「あら、お姫様のお呼びですわね」


 なんでベラさんがわたしの定位置(師匠の左隣)に座ってやがるですか。

 ちょっとイラッと来ましたよ?


「妙なモノを見つけたので」

「なら、私も……」

「ベラさんは見張り役なので、残っててくれませんか?」

「フフ、そうね。お父さんと夜の散歩に行ってらっしゃい。でも遠くまで行っちゃダメよ?」


 明らかな勘違いですが、訂正するのも面倒なので放置です。

 熊をキャラバンの傍まで運んだのは良いのですが、これをわたしがやったと思われるのは問題があるでしょうし、師匠と相談せねばなりませんから。

 師匠だけを少し離れた場所まで連れ出し、事情を話します。


「実は食糧事情改善の為に熊を仕留めたのですが、わたしが持って帰ると問題があるので」

「またお前は面倒な真似を」

「こうでもしないとマールちゃんが危険な目に遭うじゃないですか。盗賊とか、彼女のトラウマですよ」

「確かにそれはあるか。それで熊はドコだ?」


 背中から横腹にかけて大穴の開いた熊を見せます。


「この傷なら……どこかの木に刺さってた事にして誤魔化せるか?」

「木ですか?」

「丁度、そこの岩の上から、あそこの木に落ちれば……」

「ならその現場を直接見せた方が、よくないですかね?」


 と言う事で、熊さんを近くの岩場の傍の木に刺してハヤニエ状態にし、岩の上に爪っぽく削れた跡を付け、偽装してみました。

 その後、皆を呼んで回収させましょう。

 無残な姿を晒す羽目になった熊さんには謝っておきます。ゴメンナサイ。



「すまない、皆。少し起きてくれ。この先で熊の死骸を発見したんだ」

「回収するのに手間取りそうなので、手伝ってくれませんか?」

「んっだよ、死骸なんてほっとけよ……」


 相変わらず、愚痴っぽいジャックは無視するとして。


「アレを回収できたら、食料の問題は解決できるんだ」

「木を倒さないといけないので。アリムさん手伝ってくれますか」

「む、うむぅ? まぁ、そう言うことならいいだろう」


 寝起きのせいか、切れの悪い返事が帰ってきました。

 あくびをする皆を熊の死骸まで案内し、みんなで寄って集って解体します。

 時間が無いので多少血抜きが甘いですが、我慢しましょう。


「妙な所で死んでやがったな」


 ケールさんがもっともな意見を述べますが、師匠の想定内です。


「あの岩から滑り落ちたのでしょう。この雨だし。それに、ここで肉が手に入ったのは大きい」

「そうですね、これで山を迂回しても充分な量の食料が手に入りました」


 師匠の意見に案の定エルリクさんが便乗してきます。


「あー、そうだな」

「アリムさん、調子悪そうですね? 風邪でも引きました?」


 言葉に元気の無いアリムさんを心配してみます。低血圧なんでしょうか? ジャックなら無視なんですが。

 アレクは何とかは風邪引かないを地で行くタイプなので、心配ないです。


「いや。ああ、そうかもしれんな」

「熱冷ましの薬草とか有るので、飲んでください」


 旅の常備薬に傷薬と解熱剤は必須ですから。


「いや、この程度ならマックの術で治してもらう。心配掛けたな」

「ならいいんですが」

「それより、俺らも解熱剤の薬草はあった方がいいか。おい、プロケル、お前野伏だろ。薬草を探してきてくれないか?」

「あ、なんで俺がそんな面倒を」

「この先に森があったろ。そこ行って調べて来い」

「ん、ああ、そうか。うん、そうだな、一っ走り行ってくるわ」

「え、わたしたちのを分けてあげますよ?」


 薬はきちんと量を用意してますし?


「いや、俺らプロが素人の嬢ちゃんに薬を用意して貰ったと有っちゃ、沽券に関わるんでな。ここは専門家の適応力ってヤツを見せてやるさ」

「はぁ、ならいいんですが?」


 微妙に納得しがたい気分ですが、まあいいでしょう。

 解体した熊肉は、ゆっくり血抜きする時間がなかったので、雨曝しにして水で洗い流します。旨味が抜けちゃうんですけどね。

 百キロを超える肉が手に入りましたが、これは馬車に積んでもらえることになりました。さすがにこれを二人で持って歩くのは無理ですから。

 予想外に大騒ぎになりましたが、いきなり夜食に焼肉と言うのはどうなんでしょうね、みなさん?

 ベラさんとか、女性としては体重気になる所なのではないでしょうか? わたしは太りませんけどね!



 とにもかくにも、こうして二日目の夜は明けたのです。

 ちょっと寝不足ですよ。

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