25話:2章 講義を受けます

 焚き火を囲んで皆で夕食を摂った後(わたしは師匠に張り付いていました)、夜警に立ったベラさんに治癒術を教えて貰うことになりました。

 火の暖かさが最強の敵として立ち塞がります……眠い。


「じゃ、まず治癒術について、どれくらいの知識があるか教えてもらえるかしら?」

「怪我を治す、腕とか生やす」

「術掛ける。治った。すげーです」

「はい、何も知らないのはよくわかりました」


 師匠とわたしの簡潔極まりないパーフェクトな回答に、ジト目になるベラさん。


「治癒術とは、信仰により傷を治す為の魔術であり、術の起点となるのは知識ではなく、信仰と言うところが通常の魔術と大きく違うところです」

「知識ではなく、信仰?」

「はい。一般的な魔術は術者の知識により、魔力を誘導し、術式を展開します。ですが、治癒術は人の身体を癒す為のもの。すなわち神の創られた人の身体を、神の創られた元の姿に戻す」

「ふむふむ?」

「もちろん知識によって怪我の状態を見極め、魔術によって元に戻す、という術を行う方もいますが……やはり信仰を起点とした術式よりは効果が落ちます」


 人の身体は神様が作ったものだから、神様に『元に戻して』とお願いして、人体の知識が無くても元の状態に戻せる、ということでしょうか?

 困りましたね。魔術の神才のギフトは、信仰までフォローしてくれているのでしょうか? 試したことがありませんよ。


「すみません、正直信仰心にはいささか自信が無いのですが」

「私もだ」

「そういう方は、魔術で傷を元の状態に再生する手段を取っていますね。ただ、こちらは人体に関する知識が必須です」

「治れと念じて、即治せるわけではないのだなぁ」

「わたしも血管を繋いだり神経を繋いだりとかは、さすがに無理ですよ」


 医学部にでも行ってたら出来たかもしれませんね。

 わたしは残念ながら文学部でした。


「そうですね。ですが人間の身体には『自分で傷を治す力』があります。そちらを加速させる方法もあるそうですよ?」

「それだと病気とか、限界を超えた怪我は治せそうにないですね」

「ですね。治る怪我を早く治すだけです。ですが、冒険者にとっては、これも結構重要な要素ですよ」


 つまり、治癒術としてカテゴライズされてる術式は三つ。


一、神様にお願いして直してもらう(信仰心必要)

二、魔力で強引に治す(医学知識必要)

三、回復力を促進させる(わりと簡単?)


 ふむ、アレクの腕を治すのは、一じゃないと無理っぽいですね。

 二は元の腕が無いので不可能ですし、三は問題外といった感じです。


「ベラさんはどの系統の術をお使いです?」

「私は信仰心を起点とする術ですね。ただし神殿で医療行為にも携わっていたので、魔力で治療する事も可能ですし、軽い症状を治す為に、回復力を高める術も知っています」

「素晴らしい。全部ということか」

「神殿では器用貧乏、と言われてますよ」

「信仰、と言うのはどうやって得るのでしょう?」

「口で言われて得られるものでは無いので……」


 この世界に来て五年、マレバ村には神殿とか無かったですし、師匠もソッチ系は興味なかったので、全く知識がありません。

 ベラさんが言うには、この世界の創造神でもある世界樹ユグドラシルを主神とし、世界樹を信仰する宗派があるそうです。

 神はよくわかりませんが、世界樹はフォルネリウス聖樹国の中央にドーンとそそり立っており、実はここからでも見えます。

 あれ、天辺は成層圏にまで届いていませんか?


 英雄の御伽噺では、あの木の新芽を食べた英雄は不老不死になったとか。

 そして、それを妬んだ王は、自分にも新芽を取ってくるよう英雄に求め、拒絶されたとあります。

 王の望みを拒んだ英雄は、拷問に掛けられ……まあ、わたしと同じように死んで生き返りを繰り返した挙句、絶望し、竜にその姿を変えて大地を焼き払い、この地を去ったとされます。

 これがドラゴン種の始祖だそうで、それ故ドラゴンの心臓は不死の妙薬と噂されているらしいです。


 とまれ、わたしは神を実感できないし、師匠も同じのようなので、信仰心を由来とする魔術は不可能そうですね。

 この世界の人々はあれもこれもと受け入れて、日本に近い信仰観念を持っている人が多いようです。

 今後は回復促進の術式と、魔力治癒の基本だけ教えてもらうとして、最初の講義を終えました。



 明けて二日目。

 明け方から雨が降り出したせいで、早めの出発となりました。

 寝起きを水滴で叩き起こされ、非常に不機嫌です……でした。


 雨の中荷運びしてる師匠は、いつものオールバックな髪型が崩れ、髪を下ろした状態なんですよ!

 レアです、レア!


「ぐふ、でゅふふふ」

「ユーリ、気味の悪い声を出すのをやめなさい」

「いえ、たまの雨もいいですね、師匠」


 わたしは幌を掛けた馬車の中にいるので濡れませんが、師匠はずぶ濡れです。


「うふふ、こんなに濡らしちゃって……だらしないですね?」

「だから変な声を出すなと」

「チッ、ガキは気楽でいいな。こっちはこの雨でエライ迷惑だってのに」


 相変わらずジャックさんは突っかかってきますね。

 護衛の人たちは馬車に入れないので、例に漏れず、ずぶ濡れです。おぉ!?

 ベラさん、透け、透けて! ……ふぅ。


「ちょ、ユーリさんなにを見て――バーヴ、あなたまで見ないで!」

「あ、わ、わりぃ」

「ああ、白い神官服では確かにな。これを羽織るといい」

「あ、ありがとうございます。アルバインさん」


 オノレ、師匠の上着を肩に掛けてもらうだとぉ!

 やはりあの女は危険です!


「ししょ……アルバイン、わたしも外を――」

「中に入ってろ、風邪引くから」

「はい」


 わたしたちのやり取りを見て、クスクス笑うレシェさん。

 この方は良く笑いますね?


「あ、ごめんなさい。とても楽しそうだったから。私たちには子供が居ないので、娘が居るとこんな感じかな、と」

「せっかく一緒の旅なのに、エルリクさんと半日以上引き離されてますし、寂しくないですか?」

「あら、これだけ賑やかなら、寂しくないわね」

「すいませんね、ウチのがたびたび」


 わたしのせいですか! と言うか、『ウチの』って言う所有形の言葉にちょっとドキドキしましたが。

 そんないつものやり取りを繰り返していたら、急に馬車が止まりました。

 ひっくり返って、後頭部を打ったりしてないんだからねっ。


「どうした?」

「前の馬車が止まりました」

「何かあったのかも。様子を見てくる」

「俺も行こう」


 御者のペレさんと斥候役のバーヴさんが、軽くやり取りをし、バーヴさんが前に駆け出して行きます。

 守護役のケールさんも一緒について行きましたが、さすがの足の速さですね。

 わたしも遠視の魔術を行使しようと思いましたが、雨のせいで景色が歪んで見えるため、魔術師のオリアスさんがいる状態では使えませんでした。

 これ、わたしのオリジナルですしね。『多少の技量』の範囲を出てしまうかもしれません。


 しばらくしてバーヴさんたちが戻ってきました。

 どうやら前方で馬車がぬかるみに嵌まり、立ち往生している模様です。

 アレクとバルチャーさんたちが手伝っているけど、なかなか抜け出せないそうです。


「わたしも少し様子を見てきます」

「あ、おい!」


 馬車から飛び降り、前方に駆け出すわたしに、師匠が慌てて付いて来ました。

 駆けつけたわたしたちを見て、バルチャーの治癒術師のマックさんが声を掛けてきます。


「よう、お前らも見物か? 意外と物見高いんだな」

「ああ、この子は人見知りなわりに好奇心が強くてな。良かったらわたしも手伝うが?」

「済まないがそうしてやってくれ。俺は非力で役に立てん」


 念力や身体強化を使えると一発なんですがね……人目がありすぎです。

 魔術を使うと、どうしても魔法陣の展開が必要になるので、こっそりとはできません。

 っていうか、わたしが使う必要もないじゃないですか。


「そちらの魔術師の……バラムさんでしたか。念力の魔術で持ち上げることは可能ですか?」

「ん、ああ。そういえばそんな術もあったなぁ」

「バラム、てめぇ! そういうことができるならさっさとやれよ!」

「はは、ワリィワリィ」


 念力は基礎的な魔術なので、魔術師なら大半の人は使用できます。ただし、その出力は個人差が有りますが。

 それでも、場所を使わず力を貸せるなら、こういう場面ではとても便利なはずです。

 この人も意外とウッカリさんなんでしょうか?

 この後、オリアスさんも連れてきて、二人掛かりの念力で嵌まった車輪を片方ずつ持ち上げ、板を敷いて押したら、あっさりと脱出できました。


「嬢ちゃん助かったよ。魔術の知識とかあったんだな」


 アリムさんが感謝の言葉をかけてくれます。自分で処理できればもっと楽だったんですけどね!


「前にも一度、似たようなことが有ったので。その時を思い出しただけですよ」

「ベアの連中に治癒術習ってるんだって? 嬢ちゃんも魔術が使えるのかい?」

「使えるといいんですけどねぇ。残念ながら、わたしたちには治癒術の素質はあまり無いようです」

「魔術が使えると、便利だと思ったんだがなぁ」


 師匠も相槌を打ってくれました。

 ここは面倒を起こさないためにも、シラを切っておきましょう。


「いや、すまなかったね。私一人ではどうにも出来ない所だったよ」

「なに、困っている時はお互い様さ。それにしても、護衛も無しとは、無用心じゃないか?」

「それが……この先で盗賊に襲われてなぁ。私は何とか逃げ延びたんだが、護衛の二人が、ね」

「この先に居るのか。貴重な情報、感謝します。それでどれくらいの距離で襲われました?」

「昨日の夜だね。結構な数だったし、迂回した方がいいかも知れんよ。出る前に聞いていればあの二人も死なずにすんだのになぁ」


 背後では、エルリクさんと馬車の商人さんが情報交換していました。

 どうやらこの先に盗賊が蔓延ってるようです。迂回した方が良いんでしょうか?


「そうだな、私も女子供を連れている身だし、検討しておこう」

「それでは私はこれで。良い旅を」

「そちらも、旅の無事を」


 どうやら、この旅も一波乱ありそうです。

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