20話:1章 救出
「ユーリ姉、えげつねぇ……」
「アレクに言われる筋合いは無いです。このミンチメーカーめ」
周囲にもう敵がいないのを確認して、アレクの応急手当をしました。
スカートの端を切り裂き、簡易の包帯を作り、識別で矢が重要な血管や神経を傷つけていない事を確認。
魔術を使って矢を途中切り落とし、刺さったままの状態で包帯で止血。
「ぐぁっ! ちょっと……もう、ちょっと優しくしてよ」
「そういうのは彼女を作ってから、その人にお願いしてください」
ひとまずの治療を終えたところで、識別を解除します。
長く使うと、状況適応があっても発狂しそうです、これ。
持続できるのは身体強化より短そうですね。ひょっとしたら五分くらい?
「とにかくマールちゃんを確保しますよ? 歩けますか」
「それは大丈夫。センチネルは持てないけど」
「右腕のどこかヤられたらお仕舞いですか……これも対策を考えないといけませんね」
センチネルはその場に放置し、洞窟の中へ入ります。
中は盗賊共が暮らしやすいように頑張ったのでしょうか、松明で明かりが灯され、足元も簡単に整地されていました。
「ふむ、『あんなの』でも住環境とかは、一応気にするんですねぇ?」
「住環境?」
「居住性とか快適さと言う意味ですよ」
「ああ……ここは元は獣の巣っぽいし、臭かったんじゃない」
臭い? 首領に近づいた時の事を思い出しましたが……
「あいつらも相当臭かったんですがねぇ」
「そうかな、気にならなかったんだけど……まあ、俺は生き延びるので必死だったし」
「女性の方が臭いには敏感って話が、本当だったと言うことでしょうか?」
女性化……進んでるんですね。
どうせ元の身体は合い挽きミンチ状態だったので、男に戻るのは諦めてますが。
「わりと深いな、この洞窟」
「――ひぁ!?」
アレクの呟きに、引き攣る様な悲鳴が返ってきました。
奥の暗がりに誰か居る?
「マールちゃんですか? わたしはハスタールの弟子のユーリと言うものです。助けに来ました」
「危害を加える気は無いから、怖がらなくていいよ?」
洞窟の突き当りには鉄杭で地面に固定され、足枷に繋がれた少女の姿がありました。
「た、すけ?」
「うん、だからもう安心していいぞ? 悪いヤツはやっつけたから!」
右肩を怪我して、左腕の無い凄惨な姿で必死に話しかけるアレク。
逆に怖がるんじゃないですかねぇ、アレ。
「足枷の鍵はドコにあるか判りますか?」
「……わかんない」
「ふむ、少し探し――」
「いっちゃヤダ!」
彼女にとっては待ち望んだ救援。再び離れられるのは、恐ろしいのでしょう。
「じゃ、アレクが傍に居てあげてください。わたしは鍵を探してみます……あ」
「わかった、って『あ』ってなんだよ!?」
ウッカリしていました。何人かは『蒸発』させちゃったんですよねぇ。
もしそいつらが鍵を持っていたらどうしましょう?
「や、やっぱり足枷は壊してしまいましょう。鍵があるとは限りませんしね」
「ああ、そういえば……蒸発させてたな、何人か」
「過去は振り返りませんよ」
「…………?」
どうしたの? と言わんばかりに、カクンと小首を傾げるマールちゃん。くぅ、この娘カワイイです!
ゴホン。とにかく、まず外に放置していたセンチネルを持ってきて鎖を叩き斬り、明るい場所に移動します。
そして念力の魔術を使って力任せに足枷を引きちぎりました。
うっかりマールちゃんの足を傷つけない様に細心の注意を払い、蝶番を壊さないよう鍵の部分を左右にゆっくりと……よし。
「どう? 怪我とか痛いところとか無いかな?」
「うん、大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん」
きちんとわたしにお礼を言ってから、アレクにしがみ付きます。おやおや。
思わず『悪人顔』と師匠に称される、ニンマリした笑顔が浮かびます。
「なんだよ、その顔!」
「い~え~、なんでもアリマセンヨォ?」
「なんでもない訳無いだろ!」
「十年後が楽しみですねぇ。カノジョを大事にしてあげなさい?」
カノジョと呼ばれて、妙に顔を赤くするマールちゃん。
ほほぅ、この歳でも『女の子』なんですねぇ。
そんなバカ話をしながら庵に帰ろうとしたわたし達の前に……大魔神が立ち塞がりました。
「……で? なにか言い訳は?」
仁王立ちで屹立する師匠。コメカミの青筋がチャーミングですね。
わたしは庵に戻って、正座させられています。ハイ。
「あ、アレクが」
「姉弟子が、目下の者に責任を押し付けるつもりか?」
「いえ……その……」
「俺が先走ったから、いけなかったんです」
「暴走はもちろん反省してもらう。が、それを止めるのもユーリの役割のはずだ」
「はい、ごめんなさい」
「ハァ、まあ結果的には最速で彼女を助けたわけだし、不問にはするが……しっかり反省し、以後気をつけるように」
言い訳のしようがありません。師匠の言うことはいつも正しいです。
わたしは……センチネルの性能を試したくて……そんな気は無くても、アレクの行動を口実にしてしまったのです。師匠はきっと、それを見抜いたのでしょう。
魔術が少しばかり上達したから、調子に乗ってアレクを危険に晒してしまいました。
涙を浮かべ、拳を握り締めるわたしに、師匠は呆れた視線を投げかけながら、アレクの肩を治療します。
――呆れられた。
その実感にボロボロと涙が流れ落ちます。止まりません。
わたしは生前、ここまで涙脆くなかったはずなんですが……
「ごめん、なさ、い」
もう一度謝罪を口にします。
そんなわたしの頭を師匠が優しく抱き寄せ、撫でてくれます。
師匠はこんな愚かなわたしでも、見捨てないで慰めてくれます。
生前は、家族にすら、半ば見捨てられたわたしを。
「心配、したんだぞ」
「はい……ありがとう、ございます」
師匠の胸に頭を預け、複雑な表情をするわたし。
嬉しいような、悲しいような、そんな不思議な気分で胸が一杯になります。
「イチャつくのは、二人きりの時だけにしてくれないかなー?」
で、目の前に目のやり場に困ったアレクが居なかったら完璧なんですがね。
そういうアレクだって、背中にマールちゃん張り付かせたままじゃないですか。
「アレクも反省しろ。ユーリがバカデカイ花火を打ち上げなかったら、まだ見つかっていない所だったんだぞ」
そうです、わたしのぶっ放した熱線は崖上に向かって放ちました。
射手を蒸発させ、崖を抉った光線はそのまま上空を走り、わたし達の居場所を師匠に知らせる結果になったのです。
え、モチロン、計算しての事ですよ?
「フフフ、計算通り……」
「ウソつけ」
「本当は?」
「ブチ切れて、洞窟崩れない程度に全力出しました」
荷電粒子砲はやりすぎだと思いました。溶けた溶岩が入り口塞いでたらどうなっていたことか……
「それより師匠。早くハルトさんの所に、マールちゃんの無事を知らせてあげないと」
「む、そうだな……とはいえ、私はアレクの治療があるし……」
「パパとママに会えるの?」
「もうちょっと待って。俺が怪我したせいで……」
「お兄ちゃんのせいじゃないよ!」
両手を振り回して、アレクをかばうマールちゃん。かわいいです。
確かにあの大怪我と表の惨状見れば、アレクが激闘を繰り広げ、マールちゃんを助けに来た白馬の王子様に見えなくもない……かな?
「師匠とアレクが動けないなら、カイムさんに任せるしかないですね」
「確かにあとで庵に来るとは思うが」
「そろそろ馬も回復してきている頃合いでしょう」
なんだかんだで結構な時間が経過しています。彼が乗ってきた馬の体力も、そろそろ回復しているでしょう。
そうなれば、マールちゃんを乗せて村まで戻ることができます。
「馬に乗せて今から村に向かえば、朝には辿り着きます。もっと早く送ってあげたいのですが」
「私が治療し終わってから、飛んで送るというのもいいが?」
「師匠は山と村を、休み無く往復して疲れているでしょう? しかもこの闇の中を」
「大事なお子さんをうっかり落としてしまっては申し訳ないか。しかたない、カイムに任せよう」
「せめてそれくらいはいいところを見せさせてあげませんとね」
彼は結局、今回はうろたえただけで終わってしまいました。村の衛兵なら少しはいいところを見せないと、今後の立場に関わるでしょう。
「それ、本人に言ってやるなよ?」
「やっぱり気にしますよね」
そんなわけで、戻ってきたカイムさんがハルトさんのところまでマールちゃんを送り届けると、泣いて喜ばれました。
アレクが救出に一役買ったことを述べると、彼の受け入れに反発してた人たちも口を閉ざさざるを得ず、村での立場を確立するに至りました。
ですが、やはり里親と言うと二の足を踏む人が多く、結局村の端に小屋を建て、そこで一人暮らしをすることになったのです。
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