18話:1章 師匠、事件です

 あれから数日。わたしは自室で『二つ目』の武器を開発していました。

 師匠の協力で、魔法陣のサイズの問題はあっさりと解決したからです。


 なんですか、魔法陣の隙間にさらに小さな魔法陣を組み込み、相互に連結し、増幅するとか?

 最近わたしより師匠の方がチートキャラだと思うことが多いですよ。

 そんなわけでセンチネルは完成したのですが、まだ引き渡していません。

 もう少し煮詰めたい研究課題があるので。


「むぅ、やはり追加できる付与は三つが限界ですね。素材がただの鉄と言うことがやはり問題なのでしょうか」


 軽量化、頑強、鋭刃(未完成)、この三つを付与した所で素材的な強度が足りなくなり、更なる威力強化を図る事ができません。

 まあ、センチネルで言うなら、その質量その物が最早凶器ですが……


「どうせなら、ドラゴンとか狩れる位の剣にしてあげたいですしー、黒い剣士っぽく? 左腕に大砲でも仕込もうかな」


 名作ダークファンタジーを思い浮かべながら、『二つ目』の付与を実行するわたし。

 こちらは面積的には余裕があるのですが……四種目を実行しようとしたところで、表面にひびが入りました。

 鉄ではやはり無理のようです。


「銀だと四つ行けるんですけどねぇ。そうすると素材そのものの強度が……」


 いっそ鉄の質量兵器路線で設計するべきでしょうか?



 その夜、庵に激しい馬の嘶きと共に、カイムさんがやってきました。


「ハスタールさん、いますか!」

「カイムか、驚いたぞ。どうしたんだそんなに慌てて」

「ハルトさん所のマールちゃんが、まだ帰ってないそうなんです」

「この時間にか!」


 夜ももう結構更けています。ところでハルトさんとマールちゃんとか誰なんでしょう?

 慌てて引き返そうとするカイムさんを呼び止めます。


「カイムさん、落ち着いてください。馬はもう限界でしょう? それに事情がわからないと協力のしようが無いです」

「うっ、それも、そうだな……」

「お茶を淹れますから、中へ」

「でも淹れるのは俺なんだよな……」


 うるさいですよ、アレク。下っ端の仕事です。


「で、なにがどうした?」

「昼に、マールちゃんがサンザシの実を摘みに行くといって、村から出て行ったんだ。子供の足だし、遠くに行けないと思って、特に心配はしてなかったんだ」

「で、戻ってこない、と」

「村の周囲は拓けていて、獣も少ない。危険は無いはずだったんです」

「そのマールちゃんと言うのは?」


 わたしは面識ありませんので、詳しく聞いておかないと。


「村の代表、つまり村長のハルトさんの一人娘でね。今年八歳になったばかりの女の子だよ。ところでキミ、誰?」

「そういえば、カイムさんに素顔晒すのは初めてでしたね。わたし、ユーリです」

「………………うそん。美少女やん?」


 人の顔を、どんなだと思ってたんですか!?


「それは置いておくとして……確かに八歳では、山や森までの距離は厳しいな」

「その後、村中総出で捜索した結果、サンザシの木の側で小さな子供と大人二人の足跡が見つかったんです」

「大人? 誰かに保護されたのか?」

「その足跡がこの山の方に向かってなければ、そう思って村の中を探したんですが……」


 なるほど、それで師匠が保護したと思って、この庵まで駆けて来たんですか?


「ただ、山に向かう足跡は大人二人の分だけしかなかったので、なにか怪しいと思って急いで確認しに来た次第です」

「って、大人二人の時点で師匠じゃないじゃないですか!」

「ここにはよくグスターさんも来るから」


 グスターさんなら村に居たでしょうに。これはよほど混乱してますね。


「あんな子供を攫うなんて、身代金目的なんでしょうか?」

「確かにマレバの村は裕福だけど、身代金ではわりに合わんだろうな。奴隷商に売るか……それもせいぜい金貨三十枚行くか行かないか、か」

「あの……俺、父ちゃんからこの辺に野盗が来てるって話、聞いたことがある」

「なんだって!」


 アレクの衝撃発言に、いきり立つカイムさん。

 師匠は重い声で先を促しました。


「話してみろ」

「……確か北の、フォルネリウス聖樹国って国で暴れてた連中が、騎士に倒されて、生き残りが国境越えたそうだよ。この山は北寄りだから、ひょっとしたら危ないかもって警戒してた」

「自国だけで仕留め切れなかったのか。中途半端な真似を!」

「雪がやんですぐコームを出たのも、野盗が来るより先に取引したかったからだって」

「商人のネットワークはこういう時助かるな」


 憤慨するカイムさんとは対照的に、感心する師匠。


「なるほど、それで二人か」

「なにかわかったんですか?」

「ああ、この近辺で一番儲ける方法はなんだと思う?」

「師匠を倒す」

「それはヤメとけ?」


 間違いなく一番儲かるとは思いますが、リスクが尋常じゃないですしね。


「一番儲かるとは思いますけどね。次善としては……村を襲う?」

「そうだ、マレバは人口六十人程度の小さな村だが、経済規模はそれを上回っている」

「ハスタールさんのおかげですね」


 師匠に感謝の言葉を述べるカイムさん。もっと褒めていいのよ?


「女子供、老人を抜いた、若い男の数は精々二十人居るか居ないか。戦える者といえば、さらに半数と言うところか」

「十人なんとかすれば、村の資産は奪い放題、ですか」

「盗賊共がどれほど居るかわからんが……充分可能な人数だと思わんか?」

「となれば、その二人は斥候ですね」


 茂みに隠れ村を見張っていたら、そこにホイホイ幼女が果物摘みに来て鉢合わせ、ですか。

 殺せば跡が残るし、見逃すわけにも行かないので、拉致したと。


「死体や血痕が無いとは言え、子供ひとりいなくなれば警戒もきつくなる。おそらく近いうちに襲撃がある恐れが高い」

「でも、野盗がここまで来てるって確定したわけでもないんですよね?」

「子供を攫うような連中が居るのは確定してる。警戒するに越したことは無い」

「い、急いで村に戻らないと……!」


 蒼白になって立ち上がるカイムさん。気持ちはわかりますが、馬はもう限界ですよ?


「説明する手間もあるし、私が送ろう。馬はこのまま休ませてやるといい」


 師匠も立ち上がって外套に手をかけます。


「ユーリ、この庵も安全では無いかも知れん。いざと言う時は……」

「ハイ、ぶっ飛ばします」

「違う、地下に篭ってやり過ごせ。お前の土壁の魔術で地下の入り口を封じれば入って来れないだろう」


 わたしの血気盛んな意見を、呆れるように訂正する師匠。

 そのままカイムさんを小脇に抱え、空を駆けていきました。その腕力が羨ましい……



 師匠が出てしばらく経ちました。

 アレクが妙にソワソワしてる以外は、庵の中は平穏です。


「どうしました? 落ち着きが無いですね」

「どうって……そりゃ、野盗が傍に居るって聞いて落ち着けるわけが無いだろ」

「まあ、危険な人たちですからねぇ」


 とはいえ、時間を稼ぐくらいなら、わたしでも問題ないです。

 最悪、アレクを地下に放り込んで入り口を封じ、封魔鏡を外してしまえば……野盗の理性を飛ばして、ここに足止めだって出来るでしょう。

 もっとも、できれば遠慮したい手段ですが。わたしの身が危険なので。


「まあ、そう怖がらないで、ここはお姉さんにドーンと任せておきなさい!」

「それが一番心配なんだよな」

「失礼な。後でオシオキが必要ですね」


 落ち着かない気持ちも、わからないでは無いですけどね。

 アレクは『護る』ために剣を取りました。そして目の前に護るべき対象が現れたんですから、今にでも駆け出したい気持ちなのでしょう。

 でもそれは、護れなかった両親への代償行為です。今のアレクの力量では、人質が増えるだけです。


「とにかく落ち着きなさい、お茶でも淹れてあげますから」

「お茶だけにしてくれよ? 変なの混ぜるなよ?」

「そんなことしませんよ、失礼な」

「初めて会った時、してたじゃん」

「師匠が言ってました。『過去は振り返るな』と」


 うん、いい言葉デスネ。


「魔術師として、それはどうなん?」

「こうも言ってました。『それはそれ、これはこれ』」


 さすが師匠。未来で必要になる訓示を、あの時点で提示してくれていたとは。

 お茶を入れるために席を立ち、水瓶から水を……あれ?


「アレク、水が無くなったので、少し汲んで来ます。不審な人は中に入れないように」

「それじゃ、ユーリ姉は入れないな」

「なんてこと言うですか、このガキンチョ!」

「ユーリ姉のほうが背が低いだろ!」


 お約束の憎まれ口を叩いて、水汲みに出ます。まあ、あれで気が紛れればいいんですけどね?

 ――戻ってきたら、アレクが窓に張り付いていました。


「どうしたんですか?」

「ユーリ姉、あそこ、なんか光ってない?」


 アレクが指差す先、山の中腹辺りに確かにチラチラと灯火のようなモノが見えます。


「確かに。村の人が山狩りでも始めたのでしょうか?」

「どう見てもこの庵より位置が高いよ。山狩りなら先にここに来るでしょ」

「ですよねー。これは、師匠に知らせた方が……」


 とはいえ、村まで馬を使って二時間……飛ばせば一時間でいけるでしょうが、今は夜なのを考慮すれば、やはり二時間はかかってしまうでしょうか?

 村までの距離はおよそ二十キロメートルほど。山の斜面や悪路のせいで、どうしても時間が掛かってしまいます。

 身体強化を使って、効果時間内にギリギリ辿り着けるかどうか?


「俺、ちょっと見てくる!」

「あっ、こら!?」


 わたしが逡巡した隙を付いて、アレクが庵から飛び出していました。

 しかもその手にはしっかり剣まで握っています。いつの間に。


「あーもう、あの腕白坊主め!」


 わかってましたよ。ここで師匠に知らせに行く余裕が無いことくらい。

 こうしている間にも、マールという子が怖い目に遭っていることくらい。

 だからきっと……わたしは彼を止められたはずなのに、わざと止めなかったんでしょうね。

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