17話:1章 検証してみました
アレクの部屋は地下の空き部屋にしました。
虐待じゃないかって? わたしの部屋で寝るのはアレクが嫌がりましたし、師匠の部屋はわたしがお邪魔するので不許可です。
なので必然的に、空いてる地下室に行って貰うことになりました。
買い出しから戻った夜、わたしは考察の確認の為に、いくつかのアイテムを作らなくてはならず、少々夜更かしが過ぎてしまいました。
ようやく完成させ、師匠の寝台に潜り込んだのは夜半過ぎ。
なにか、久し振りとばかりに熟睡する師匠が、恨めしかったです。
翌朝、気が付くと師匠は寝台におらず、外からカンカンとリズミカルな木の音が響きます。アレクとの早朝修行でしょう。
寝ぼけた頭のまま服を着替え、井戸に向かい顔を洗ってから念力の魔術で水瓶に水を移す作業を行います。
炊事場にも手漕ぎポンプを設置してくれればいいのに
毎朝恒例の愚痴が脳裏によぎりますが、今日はそれどころでは有りませんでした。
自室に戻り、昨夜の試作品の両手用の木剣を両手で抱え、師匠たちの所に向かいます。
「おはようございます、師匠、アレク」
「ああ、おはよう。昨日はえらく夜更かししてたな?」
「おはよう、ユーリ姉」
アレクはわたしの事をユーリ姉と呼びます。弟が出来たみたいで嬉しいですね。生前は妹しかいなかったので。
師匠は修行が一段落付いたのか、手拭で汗を拭いている所でした。
クソ寒い中、上半身裸で汗を拭う少年と、美中年。腐った趣味のお姉さま方が狂喜乱舞しそうなシチュエーションですね。
わたしはそんな趣味が無いので興味ないですが。
本当ですよ? 視線が師匠に張り付いたまま外れないとか、そんな事は……
「ごほん、師匠朝の修練はもう終わりですか?」
「ん、いやもう少し続けてもいいが。アレク、身体の調子はどうだ?」
「えーと、うん大丈夫。まだやれるよ!」
元気にお返事する少年。うん、快復してよかったですね。
きっと尻尾があればぶんぶんと振り回していたことでしょう。彼は子犬系でしょうか。
「なら、アレク。今日はこの剣を使ってみてくれませんか?」
「なに……って、これ両手剣? 俺、片手が無いんだけど」
「まあまあ、手にしてから感想言ってください」
恐る恐ると言う風情で、手を伸ばすアレク。基本的に頭のいい子ですが、まだわたしと言う特性を理解していませんね。
このクソ重そうな訓練用の両手剣を、魔術も無しにわたしが持てるわけ無いでしょう?
「あれ、軽い?」
「練習用の木剣に軽量化と頑強の付与を組み込んだのですよ! 強打は未完成にしてあります」
刃が無いのでお約束の鋭刃は組み込めなかったのです。
「その重さなら、アレクも片手で振れるでしょう?」
「小剣並の重さかな? 俺には少し軽すぎるくらいだよ」
「わたしは両手でやっと持ち上げたんですがね、それ……」
弟が意外と逞しくて我が身がツライです、神様。
「また、無駄に高度な技術を無駄遣いして……まあいいか。フム、なら今度はユーリが相手してみるか?」
「わたしに死ねと言うつもりですか、師匠」
「そのままとは言ってないだろ。身体強化を使っていいぞ」
「アレクに死ねと仰いますか、師匠」
「全力でとも言ってない!」
わたしたちのやり取りが理解できず、きょとんとしているアレク。
その表情はそっちの趣味のお姉さんに大ダメージを与えるから、やめておきなさい?
「そうだな……ユーリはどれくらい細かく身体強化を掛けられる?」
「一パーセント単位でできますよ」
「普通は細かくても五パーセント位なんだが……」
「器用ですから」
「どの口でそれを言うか。まあいい。ではまず、生命力以外を最小にして相手しなさい」
最小だと……一般人の二倍程度の身体能力ですね。
訓練用の短剣を構え、回避のために敏捷に一パーセント、生命に二パーセントを振り分けます。
「よし、始め」
何の気負いも無く、開始の合図を送る師匠。
その瞬間、アレクは弾ける様に突進してきました。右手に持った両手剣を大きく振りかぶり、真正面から振り下ろしてきます。
子供特有の、まっすぐで正直な攻撃、剣筋もタイミングも丸見えです。
一歩下がって攻撃範囲から逃れ……えっ!?
ズシャッと言う音と共に、鼻先に衝撃を感じました。
完全に躱したはずの、その一撃は――わたしの鼻先を掠めていきました。
「あっぶな!?」
なんでしょう、今の違和感? アレクはそのまま剣を脇に流し、小さく円を描くように薙ぎ払いの攻撃に入ります。
そんな動き、小剣を使っていた時でもやっていなかったでしょう!?
短剣で剣筋を逸らそうと、下から跳ね上げる……が、空振り!
「え、どうし……ひゃ!?」
かろうじて、頭を下げ地面に転がりながら、攻撃を躱す。
体勢を立て直し、振り返った所へさらに斬撃が加えられる。
その腕の動き、手首をしならせ、刀身を体に巻き付かせるかの様に溜めを作り、剣先を疾走させる、独特の振り。これが、両手剣のギフトの効果!?
普通に回避したところで、微妙なタイミングのずれが剣先を補正する余裕になっていたのか。
避けるために、大きく飛び退って距離を取ります。
そこへ逃がすものかと踏み込む、アレク。
さらに一歩下がり攻撃範囲外へ……と思ったら、踏み込んだ足を捻じり、腰と肩を入れ、より遠くへ剣を伸ばしてきました。
まいった、ギフトってこんなに厄介なモノだったんですね。初心者のアレクでこの動きですか!
半ば呆れるように短剣で受け止め、勢いを殺すように後ろに転がります。
お互い大きく体勢を崩し、立て直して再び対峙。
「うむ、そこまで」
そこへ師匠の制止の声がかかりました。
「アレク、私とやっている時より動きがよくなかったか?」
「うん、この剣すごく使いやすいよ」
「……ユーリが憎くて気合が入ったわけでは無いんだな」
「師匠、なんですかその理由は。わたしはアレクをちゃんと可愛がってますよ?」
「セクハラ紛いのあれが?」
「確かにそれはちょっと自重して欲しい」
「ひっど!?」
一息吐いた所で感想を聞いてみたのですが、返ってくる言葉がひどいです。
「しかし、『使いやすい』ってだけで、あそこまで劇的に変わるものか?」
「師匠、あれはギフトの効果です」
「ギフトの? でも俺、片手で剣を使ってたよ?」
「解釈の違いですよ。アレクのギフト両手剣の才能は、『両手』で『剣』を使う『才能』ではなく、『両手剣』を扱う『才能』なんです」
バティンさんの話を聞き、わたしはその説に確信を持ちました。
「つまり両手剣と言うジャンルの武器を、片手で扱っても問題ないんですよ。普通は重いので、そんなのは不可能なんですが」
「それで両手剣を軽量化して渡したのか」
「じゃ、俺のギフトって……まだ……」
「そ。アレクの才能はまだ死んでません。護る力はそこに眠ったままなんです」
感極まった様に、右手を見るアレク。その目に見る見る涙が浮かび……
「あり、がと……ユーリ姉、あり……が……」
そのまま膝を突いて、ひとしきり泣き出したのです。
「しかし、よく気付いたな」
アレクが落ち着き、昼食をみんなで取っている時に師匠が褒めてくれました。
「まあ、ギフトの解釈では一度酷い目を見ましたからね……ところでアレク。あまり近寄らないでください」
「なんでさ? 俺ユーリ姉の側がいい」
「まだ、あなたに慣れて無いんですよ」
「慣れてよ?」
「すぐにできるかー!」
あれから、アレクがなんだか馴れ馴れしいです。
わたしから触る分には大丈夫なんですが、触られたり寄られたりするのは、まだ抵抗があります。
本人曰く、師匠は『師匠』でわたしは『恩人』だそうで……
わたしはどっちも師匠なので、その気持ちは判らなくもないのですが。
「とはいえまだ訓練用の木剣一本しか、ですからねー」
「アレク用の実剣も用意しておく必要があるな」
「鉄を軽量化となると魔法陣も相応ですからね。まあ、素材のほうは目途をつけてありますが」
「昨日のあの馬鹿でかい鉄板か?」
「センチネル、です」
「あれ、持てるようにできるの? ピクリともしなかったんだけど」
「今のところ無理ですね。もう少し軽量化の魔法陣をコンパクトにしないと」
あまりにも重過ぎて、魔法陣のサイズが刀身より大きくなってしまうという問題が浮き出ました。あまりの重量に魔法陣のサイズが馬鹿でかくなってしまいました。
現在、軽量化を刀身に刻むのは、小剣サイズを短剣程度に軽量化するのがやっとというのが現状です。
「軽量化の魔術は今のところ、わたしのような『小剣も持てない非力』な人間が『短剣並みに軽量化された小剣』を持つ程度の役にしか立ってませんねぇ」
「ユーリ、後でその魔法陣見せるように。なにか案があるかもしれない」
「そういえば師匠、メガネのツルにまで陣彫り込める人でしたね」
「俺の剣、作ってくれるの?」
「ま、目途すら立っていないので、期待しないで待っていてください」
そんな目を輝かされたら、頑張らざるを得ないじゃないですか。
こうしてわたしは、『弟分の武器開発』と同時に、『師匠の奪還』と言う任務を達成したのである。
アレク、まだまだお前に師匠は譲らんよ?
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