16話:1章 武器を作ろう

 さて、アレク(弟分だから呼び捨てなのです)が居候になって、一週間が経ちました。

 境遇が似ているせいか、アレクにはあまり忌避感を覚えず、早くも触っても平気になっています。

 怪我の具合ですが、師匠の治癒ポーションは効果は非常に高く、庵に着く頃には出血が止まり、夜には立ち上がれるようになり、三日後には普通に生活できるまで身体を回復させたのです。

 それから四日。朝、水汲みから戻る頃にはカンカンと木剣を打ち合わせる音が響き、昼には水浴びをしてから魔術を学び、夕方までまた打ち合うという訓練を続けています。

 そして夜はご飯を食べて風呂に入って、泥のように眠る……


「最近、わたしの空気っぷりが半端ありませんね? やっぱり、男性は男の子の方がカワイイのでしょうか」


 疎外感で少々いじけてしまいそうなので、明日からは多少アピールする事にしましょう。

 幸い新しい庵には、わたしの強い要望でお風呂が付いてます!

 まあ、お風呂といっても師匠の作った石のバスタブに手漕ぎポンプで水を貯め、熱球の魔術をブチ込んでお湯を温める乱暴な仕様ですが……

 それはそれとして、家族のスキンシップと言うと、やはりお風呂ですよね。わたしはまだ未成年なので、法律的にも問題ないはずです!


 そういって翌日風呂場に乱入したら、師匠はともかくアレクにまで怒られてしまいました。

 いつか『家族でお風呂』の夢は実現させたいと思います。



 そんな毎日が続きましたが、もちろんわたしだって何もしていないわけではありません。

 今日は研究の為に一人でマレバ村に向かってます。

 橋の製造で報酬の代わりに馬と小型の馬車を貰っているので、村との往復が少し楽になりました。


 今のわたしの研究テーマは、アレクのギフトである両手剣の才能です。

 そのためにも、武器について詳しく知る必要があるのです。


「お、ユーリちゃんじゃないか? 今日はおつかいか?」


 村の入り口まで辿り着くと、門番をしていたカイムさんが出迎えてくれました。


「こんにちわ。少し鍛冶屋の人と話がありまして」

「カイムさん、なんスかこの怪しいやつ?」


 もう一人の門番さんは露骨に疑惑の視線を向けてきます。

 まあ、例の黒ずくめ装備なので、無理は無いですが……


「ハスタールさん所のお弟子さんだ。こう見えても凄い魔術師だから、失礼のないようにな」

「えっ、あの噂の肉――」

「カイムさん、『こう見えても』ってなんですか? 後、わたしを肉奴隷と呼ぶな!」


 失礼な呼称で呼ぼうとした一人に、両手を振り上げて抗議の意思を示します。

 なにホノボノとした視線を投げかけて来るですか、カイムさん?


「鍛冶屋って言うと、バティンさんだな。家まで案内するよ。ゴードン、そういうことだから、しばらくここを頼むな」

「え、ええ。それは構いませんが」

「ユーリちゃん、馬車いいかな? 俺が御者やるよ」

「お願いします」


 まだ馬車の操作に慣れておらず、人の居る場所は少し怖かったので、喜んで御者を任せます。

 わたしは御者席から荷台に移り、村の景色を堪能させてもらいましょう。並んで座るのは少し怖いので。


「バティンさん、少し偏屈だけど、大丈夫?」

「まあ、目的があるのでガンバリます」


 わたしを心配してくれたのでしょう。カイムさんとは顔合わせるなり嘔吐ブチ撒けましたから、しかたないです。


「鍛冶屋って言うと、やはりアレク君の武器かな? ああ、そういえばまだ里親決まってないんだ。ゴメンね」

「いえ、人一人預かるのですから、そう簡単に決まるものでは無いと思いますし」

「今、ハスタールさんに修行つけて貰ってるんだよね? 一端の剣士になったら、一人暮らしさせるのも視野に入れてもいいと思うけど」

「彼はまだ十二歳ですから。それに両親を亡くしたばかりです、誰か側にいてあげないと」

「新婚家庭に居座るのも問題あると思うんだけどねぇ」


 ん? 今なんて言いました?


「新婚家庭? まさか師匠に誰かいい人が!?」

「あ、いや、そうじゃなく……うん、ハスタールさんにはユーリちゃんしか居ないから安心して」

「本当ですか?」


 ジットリした目でカイムさんを睨みつけてみます。

 冷や汗は流してますが、嘘はついてなさそう?


「でも、そうですね。師匠が結婚したら、わたしもあの庵を離れないといけないですね」


 正直、その未来を想像するだけで、こう……鳥肌が立つような悪寒を感じるのですが。

 わたしは、まだまだ師匠離れできそうに無いですね。でも、そういう事態になる覚悟くらいはしておかないと。


「……はぁ」


 深刻な表情で顔を引き締めたわたしを見て、なぜか溜息を吐くカイムさん。

 なんですか、わたしにとっては深刻な問題なんですよ?


「ああ、そこがバティンさんの工房。道は覚えた?」

「大丈夫です。記憶力はいい方ですから」

「紹介するから、えーと、馬を停めてくるまでちょっと待ってて」

「了解です」


 荷台から飛び降り、カイムさんが馬車を馬留めに繋ぎに行きました。

 バティンさんの工房は、いかにもな感じの質実剛健な印象です。

 家事に水は付き物なので、個人用の井戸が掘られ、家の横には薪が山積み。屋根には煙突があり、黒煙が立ち上っています。

 表は小さな店になっていて、窓から薄暗い店内が覗けます。


「うわぁ……」


 思わず感嘆の声を上げていました。

 薄暗い店内には、ひしめく様に武器や鎧が展示されていました。あまり売る気は感じませんが、現代人のわたしにとっては、心躍る光景です。


「この村は開拓村だからね。野獣や幻獣なんてのがたまに襲い掛かってくるから、店構えのわりに品揃えはいいよ」


 馬を繋いだカイムさんが戻ってきて、気負うことなく扉を押し開けました。

 カランカランと、ドアに取り付けられたドアベルが来客を知らせます。


「バティンさん、お客さん連れてきたよ。多分上客だよー」

「否定はしませんが、その紹介はどーなんです?」

「なんじゃ、騒々しい」


 賑やかに入店したわたし達を、いかにもな返答で出迎えるバティンさん……うぉ!

 

「ヒゲ! ぶっとい! ドワーフ!?」

「なんじゃこの不審人物は?」


 低身長に骨太な身体、もっさもさな髭、ぶっとい腕。

 典型的ドワーフと呼ばれるソレを目にして、わたしの言語中枢が思わずエラーを起こしてしまいました。


「あはは、この子はハスタールさんのお弟子さんだよ。見た目怪しいけど、スゴイ魔術師なんだよ」

「魔術師が武器屋に何の用じゃい。鍋釜の修理は受け付けておらんぞ?」

「安心していいよ。武器に用があるらしいから」

「あっ、はい。はじめまして! ハスタールの弟子のユーリです」

「バティンだ」

「コホン、えーとですね。今日は剣と大剣の違いについて聞きたくて来たんです」

「あ?」

「ほら、剣も両手剣も同じ『剣』なのに、ギフトが分かれてたりするじゃないですか。どこが違うのかとか、具体的な差異をですね」

「全く違うな」

「そうなんですか?」


 あっけない答えに、思わず疑問符を投げかけるわたし。でもこの答えは半ば予想していました。


「片手用の剣を両手で持ったら、威力が増すのか? 両手用の剣を片手で振ったら切れ味が鈍るのか? 応えは否じゃ。剣その物の効果に変化は無い。じゃが、両手で持つためには柄を伸ばさねばならん。重心も変わるじゃろう。刀身の長さで取り回しすら変わる。両手用の武器とは、両手で扱うことを前提に設計された武器じゃ。片手のそれとは、同じ剣でもやはり違う」

「…………なるほど」


 わたしの脳裏には、しばらく前の剣術の訓練が浮かびます。

 あの時わたしは、師匠に両手持ちの木剣を包丁サイズまでへし折って貰って使いました。

 あの時、木剣は性能が変化したでしょうか? 長さや重量といった点は変化したでしょうが。

 わたしは両手で持ち、師匠は片手で持ったあの木剣……両手用として作られ、片手で持っていたあの剣。

 となると、アレクのギフトはまだ望みが残っているようです。


「一度試してみますか。バティンさん、この店で一番大きな剣はどれでしょう?」

「嬢ちゃんじゃ、持ち上げる事もできんぞ?」

「わたしが使うわけでは無いので構いません」

「……ふん」


 バティンさんは店の奥に下がり、そして馬鹿でかい大剣を持って戻りました。


「これがウチでは一番でかい剣じゃな。センチネルと呼ばれる類の剣じゃ」

「でっか!?」


 その剣は刃渡りだけで二メートルを超え、太さもわたしの肩幅ほどはありそう。刀身の厚さとか、握り拳くらいありますよ?


「盾としても使えるよう設計されたが、重くなりすぎて扱えるものはごく小数になった。まさにキワモノじゃよ」


 試しに手に持ってみましたが、ピクリとも動きません。


「バティンさんはこれ扱えるので?」

「持つのがやっとじゃよ。それにワシは剣士じゃねぇ」

「なら、カイムさんは?」

「そこのモヤシに持てるもんか」

「失礼だなぁ、まあ確かに持てないけどさ」


 身体強化を一パーセント費やしてみましたが、柄が上がった程度で持ち上がるには程遠かったです。

 一パーセントでも常人の二倍近い筋力になっているはずなんですが……

 二パーセント費やして、やっと持ち上がりました。軽く振り回して見ます。


 ごき。


「ぬあぁぁぁぁぁぁ!?」


 生命力に振り忘れたせいで、見事に手首を捻挫しました。

 すっぽ抜けた剣が玄関扉を盛大に破壊しました……人が扱える重さですか、これ!


「あ、す、すみません!」

「扉は構わんが……つーか、持ち上げた事にも驚いたが……嬢ちゃん大丈夫か?」

「ユーリちゃん、無理しすぎ!?」


 しばらくして黄金比の効果で捻挫が治り、再度挑戦してみます。今度は外で。


 ブンブンと四~五回振り回して、バランスなどを確認。


 両手で振るため設計されただけに、要求してくる筋力は高いわりに振りやすいです。

 身体強化すれば、片手でも持てない事は無いですが……人の扱える限界超えますね。

 

 「ふむ、なるほど」


 わたしは店内に持ち帰り、カウンターにセンチネルを返却します。


「カイムさん、バティンさん。なに真っ白に燃え尽きてるです?」

「……嬢ちゃん……バケモノか?」

「す、すごいね。ユーリちゃん」

「魔術で筋力を補助してるだけですよ? 平時だとピクリともしませんでした」

「それはよかった。俺、男としての矜持とかいろいろ、吹っ飛ぶところだったよ」


 わたしは次に、センチネルの長さ、太さ、重さなどを量っていきます。

 通常の剣と比して二倍の長さ、四倍の太さと五倍の厚み……とんでもない武器ですね。

 ちょっとした子供一人分くらいの質量があります。


「ふむ……大きさ的には問題ないか。あとはアレクのギフト次第、かな?」

「アレクというのはこれを贈る相手か? どれほどの剛の者じゃ」

「アハハ、まだ子供ですよ。十二歳です」

「ユーリちゃん。俺、これは無理だと思うよ?」

「わたしもそう思いますけどね。師匠曰く、『魔術師は出来ない事は魔術で補うもの』だそうです」


 わたしの言葉にバティンさんは眉をひそめました。


「ワシの作った剣は子供も同然じゃ。それを魔術の実験に使うなら……」

「あ、そうですね。でもこのサイズじゃないと。いえ、その時はわたしが使えばいいのか。剣として使うのは保証しますよ、それにさらに性能も引き上げてみせます」


 そう、実験の生贄になって壊れることは、まず無いでしょう。それに倉庫に眠らせておくのも可哀想ですし。


「決めました、この剣をください」

「まあ、埃を被らせるよりはいいかも知れんが……高いぞ?」

「この間から師匠の付与を手伝っているので、わりとお金持ちですよ、わたし」

「金貨百四十枚じゃが?」

「ひ、ひゃくよんじゅう~!?」


 驚きの声を上げたのはカイムさん。

 これほどの剣ならありうる額じゃないですか?

 ちなみに前回の指輪の納品で、金貨五百枚のうち二百枚がわたしの懐に入ってます。


「では、扉の修理代を含め、金貨百五十枚で」


 直接手を触れることはできないので、カウンターの上に代金を置き、センチネルを受け取ります。


「景気がいいの。確かに」

「カイムさんもありがとうございます、いい買い物が出来ました」

「そ、そう言ってくれるとありがたいけど……はぁぁ」


 声も出ないと言う風情のカイムさん。まだ一般人の金銭感覚ですね。

 さて、次は実験だ!

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