15話:1章 弟分が出来ました!
アレクくんを背中に背負って帰る師匠と、その後ろを馬でついていくわたしです。
ゼパルさんや、グスターさんは橋の仕上げを行っているので、先に帰らせてもらいました。
治癒ポーションが効いて、出血はすでに止まっていますが、わたしが駆けつけるまでに、相当量の血を失っていたはずです。
しかも余程激痛を味わったのでしょう、いまだ目を覚ます気配はありません。
それにしても。
「そこはわたしの席だぞ、新入り……」
思わずボソリと呟いてしまったのは、不可抗力と言うものでしょう。
とりあえずわたしの部屋の寝台にアレクくんを横たえ、一晩様子を見ます。
――なぜわたしの寝台かって?
わたしはあれから師匠と寝ているので、こっちの寝台はまったく使われてなく、一番綺麗だからです!
サイドテーブルに水桶を配置し、発熱に備えて解熱剤も準備します。
服を脱がせ、汚れを拭き……まあ、これは師匠にやってもらいましたが。
額に冷やした布を置き、そうですね、水桶にも氷を入れておきますか。
水の一部に軽く氷結の魔術を掛け、水温を下げておきます。
喉が渇くといけないので、水差しも用意しましょう。解熱剤の薬草の葉を浸しておき、苦味消しに林檎の汁を混ぜておきます。
「これで大丈夫かな?」
甲斐甲斐しく準備を整えるわたし。気が付くと師匠が何か微笑ましそうな表情でこっちを見てました。
「なんです師匠、その表情は?」
「いやー、まるで病気の兄の世話を焼く、世話好きな妹のようだなと」
「聞いた話では、アレクくんは十二歳で、わたしより年下なんですよ?」
「その外見で胸張られてもな……」
頭に三角巾を巻き、給食当番の時のアレの感じのエプロンをつけたわたしを見て苦笑する師匠。失礼ですね。
「う……ぐぅ……あ、れ? ここ、は……?」
枕元で騒いでたせいでしょうか、アレクくんが目を覚ましたようです。
「あ、目が覚めましたか?」
「身体の具合はどうだ? どこか痛む所は無いか?」
んふふ、関心無さそうな振りしてましたが、師匠も心配だったんですねぇ。立て続けの質問でバレバレですよ?
「ユーリ、そのニンマリした顔をヤメロ」
「んん~、なんだかんだ言って師匠も心配だったんですねぇ」
「当たり前だろう、私が治療したんだから責任がある」
「ち、りょ……う?」
その単語に、気絶する前の惨状を思い浮かべたのでしょう。
アレクくんは、自分の左手を見て……その存在しない左手を、呆然と眺め――
「あ、ああ……ああぁ……うわあああぁぁぁっああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突然、闇雲に暴れだしたのでした。
「おい、落ち着け! くそ、パニック症状か」
「ひっ、し、師匠――なん、とか、うひゃ!?」
「仕方ない」
ドズン、とボディ一発。
枕を投げつけ、毛布を振り回し、足をばたつかせ、思うままに暴れるアレクくんに──師匠は唐突に腹パンくれやがったのです。
横隔膜に的確に突き刺さった拳に呼吸を止められ、顔を真っ青にして寝台から崩れ落ちるアレクくん。
「……師匠?」
「あー、仕方ないじゃないか? 落ち着かせないと、何もできんし」
その、あまりにも身も蓋もない対処に、珍しく非難を視線を師匠に投げかけてしまいました。
冷静に反論してるようですが、少々目が泳いでますよ?
「とりあえず、鎮静効果のあるお香でも焚いておくか……」
「また暴れたら困りますしね。取ってきますから、師匠はアレクくんを寝台に戻しておいてください」
わたしは触れませんしね。
「目が覚めたか? 今度は暴れるなよ」
薄く目を開いたアレクくんに、いつもより重厚な声で問いかける師匠。
アレクくんはその声に答えず、左手を顔の前にかざし――
「夢じゃなかったんだ……」
「ああ、残念だがその腕は私の手に負えん」
「父ちゃんと母ちゃんは?」
「そっちも、まあその……残念だ」
何かを達観したかのように、静かに話すアレクくん。
あの口調はなんとなく記憶があります。捨て鉢になって自棄になった時の声です。
わたしは静かに部屋を出て、地下の保管庫に向かいます。
濃い目のお茶を淹れ、『目的の物』をそれに溶かして部屋に戻る。
「喉が渇いたでしょうから、お茶を入れました。熱いのでゆっくり飲んでください」
「ああ、すまないな。少し喉が渇いたところだった」
ぐびぐび
「あぁぁぁあああぁぁぁぁ!!?」
「ん、なんだ?」
なんで師匠が飲むですかー!
マズイです。く、薬が聞く前に連れ出さないと!
「そ、そうです師匠! 少しお話したいことがあるので、こっちに来てください!」
「ぐぇ……わかったから、そう引っ張るな」
師匠の襟首を締め上げるように引っ張り、部屋から連れ出します。
ギリギリ、師匠の部屋に入った所で薬が効いたようで……
「ぐー……すー……」
部屋に入るなり倒れこんだ師匠は、今穏やかな寝息を立ててます。床で。
「この人は、地味に食い意地が張ってやがりますね。ほんとうに、もう」
このまま放置するのは、さすがに弟子の沽券に関わるので、寝台まで運びましょう。
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
前も言いましたが師匠がガタイがいいです。なのでわたしが運ぶとなると背負うしかない訳で……
足を引き摺りながら、何とか寝台の傍まで辿りつき──
「ぶみゃっ!?」
足を滑らせ転倒、そのまま師匠に押し潰されました。
重い! 熱い! 息が首筋に! あ、でもこのまま眠っちゃうのもいいかも……じゃなくて!
「あ、ちょ、師匠、ちょっとどいて……重いです、からっ!」
「おまえら、なにヤってんだ……?」
師匠と寝台に挟まれながらじたじたギシギシと暴れていると、呆れたような声が背後からかかりました。
さっき倒れたとき盛大に音が立ちましたし、心配になって様子を見に来てくれたのでしょうか? いい子ですね。
「あ、アレクくん、ちょっと手伝ってくださ……あひゃ」
「そういうのって三人でやるものじゃないって聞いたんだけど?」
「あ、え? ち、違くて! そうじゃなくて!」
首元に掛かる寝息に変な声を上げたせいでしょうか、なにやらおかしな勘違いをされたようです。
「まあ、俺は大人しく寝てるから、ごゆっくり……?」
「違うのー、本当に違うのー!」
身体強化で運べばよかったです。
「師匠、逆さ吊りは無いと思います」
「やかましい」
「お前ら、実は道化師かなんかだろ?」
結局アレクくんに助け出してもらい、師匠を解毒したわたしは、部屋の梁から逆さに吊るされました。
「まあ、あのバカのことは置いておくとして」
「置いておかないでください」
「黙れ」
「はい」
「大体、なんであんな真似をした?」
「アレクくんが切羽詰ってるようでしたので、とりあえず睡眠薬で眠らせて、落ち着く時間を稼ごうかと」
「眠らせてどうにかなるものでもあるまい」
「ありますよ? 時間は万能の特効薬です。少し間を置くだけでもマシになることはあります。もちろんその逆もありますけど」
過去の経験ですけどね。
わたしの場合は逆で、間を置いたら加速度的に状況が悪化しましたけど。
いやむしろ、被害者のそばにホイホイ近付いたわたしの自業自得とも言えますが。
気も狂わんばかりの土の中であっても、時間を置けばある程度は落ち着けたのです。状況は改善されませんでしたけど。
「まあ、それはいい。で、だ。アレク君で良かったかな?」
「あ、はい。アレク=バーンズです」
「私はハスタール=アルバイン。アレは弟子のユーリだ」
「ユーリです、姓はありません。ところで師匠。メガネが落ちそうです。ヤバイです」
「………………」
「な、なぜ水袋を持って来るですか……もがっ!?」
「しばらくそうしていろ」
「目がー! みえないー!?」
師匠に頭から袋を被せられ、何も見えなくなりました。
「それでだ、アレク君。君の今後についてだが」
「はい。父ちゃんと母ちゃんがいないなら……」
「その件については一応マレバで……ああ、麓の村で里親を探してもらっている」
「そう、なんですか? ありがとうございます」
すぐにも状況を察したのでしょうか? 聡い子ですね。
「放り出すわけにもいかんしな。その他にもだな」
「まだ、なにか?」
「君のギフトのことだ」
「俺、いや、ボクにギフト?」
「ユーリの見立てでは、両手剣があるらしい」
「両手剣? この、手で?」
皮肉げにつぶやき、自分の手を見つめる(見えないので多分)アレクくん。
「いまさら」
「まあ、そう思うだろうな。だが、運命とはいつも今更な事ばかりだ。私も何度か呪ったことがあるよ」
「あの時、ボクにその力があったら……」
「過去は変えられん。だが未来に備えることはできる。アレク君、今から剣を学ぶ気は無いか?」
「無理ですよ、それに意味が無いでしょう。腕が無いんだから」
絶望したように呟くアレクくん。両手剣のギフト持ちにとっては致命的でしょう。
「両手が無くなった訳ではないだろう。ギフトが無ければ剣を振ってはいけないと言うことでもない」
「片手で、剣を使えというんですか? 片手剣じゃ、ギフトの効果は出ないですよ」
「兵士の大半はギフトなぞ持っておらんよ。もちろん私もな。だが剣を扱うことはできる。君が望むなら、基礎的な部分だけでも教えてやることはできる」
「できますか?」
「野犬を追い払うくらいには、できるだろうさ」
「護れ、ますか?」
「……それは君次第だな」
誰を? とは聞かない師匠。護れなかった『誰か』のことでしょうか?
「お願い、します!」
こうしてわたしに弟分が出来ました。
なお、男二人の会話に、わたしは空気です……あ、鼻血……
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