14話:1章 救難活動で……戦闘です!

 見えた光景は、河原で野犬らしき生物三匹に襲われている子供。

 橋から飛び降りつつ身体強化を発動、敏捷さを強化して着地に備える。

 着地からそのまま四つん這いに近い体勢で、一気に目的地に向かって駆け出した。


 空気を歪ませる魔術、仮称遠視で見た限りでは、襲われていたのは一人。

 襲っていた動物は口に何かを咥え、子供の服は赤かった。つまり出血している可能性があった。


 ――一刻も早く助けないと、命に関わるですね。


 強化の割り振りは、敏捷に二割、生命に二割。

 生命力をギリギリにした分負担が掛かり、足腰が軋む様に痛む。

 でも、これ以上消費を大きくしたら、野犬(?)相手に戦えない……かといってあまり制限しすぎると間に合わなくなります。

 もっともこれでも、ちょっとしたスポーツカーより速いのですよ。後で計算したら、時速四百キロ弱とか?


 蹴り出す足が河原を爆散する様に弾けさせ、地を這うように駆ける。

 現場にはあっという間に着きました。ほんの十秒ほどですので、一キロメートル強です。

 それだけ走っただけで、もう足腰はガクガクしてます。


 子供は男の子でした。すでに左手は肘から先が無い……

 気を失っているのか、間に合わなかったのか、ピクリとも動いてません。


「っ! あああぁぁぁぁぁ!!」


 腰から師匠に貰った小剣を抜き放ち、駆け付けた勢いのままに野犬の一匹に突き立てます。

 そのまま縺れ合う様に地面を転がり、刃を捻じってトドメを刺す。

 痙攣し絶命の動きを始めた野犬を確認して、顔を上げて少年の方を見る。よし、胸は微かに動いてますね。


「良かった、間に合った……」


 突然突っ込んできたわたしを残り二匹が取り囲み、しばらく警戒していました。

 わたしも二匹同時となると厳しいモノを感じるので、下手に動くことが出来ません。


 膠着状態……しかし、わたしが小さな子供と見たのか、意を決した一匹が飛びかかってきます。

 しゃがんで身を躱しながら、剣を引き抜き――抜けない!?

 捻じったせいで肉が絡んだのか、痙攣で筋肉が締まったせいか……わたしの力では小剣が引き抜けませんでした。

 その上に突き込んだ勢いで傷めたのか、右手が痺れて力が入りません。

 予想外のその一瞬に気を取られ、野犬を躱し損ねたわたしは、フードを爪で引っ掛けられて引き倒されました。


「ったぁ!?」


 引き摺られ、苦痛に声をあげるわたし。

 倒れた衝撃で、顔から眼鏡が飛んで……野犬の様子が一変しました。

 狩猟のための興奮から、繁殖の興奮へ。

 後ろ足の間から赤黒い棒の様な物が――


「って、犬にまで効くの、”黄金比”!?」


 反射的に眼鏡を拾おうとして、背後から踏みつけられ、動きを封じられました。


 ――しまった、無視して攻撃すれば良かったのに!?


 トラウマから反射的に眼鏡を拾おうとした行動を悔いても、もう遅い。

 押し倒されたわたしの背後、腰の辺りに、異様に熱い、硬く湿った感触……


「ちょっと待っ! 確かにわたしはケモナーですが、そこまでの趣味はっ! ってかネコ派なんで勘弁!!」


 混乱して意味不明な主張をしてみましたが、もちろん聞き入れてくれませんでした。


 ――これだから躾の悪いイヌコロは!


 咄嗟に右手から左手に剣を持ち替え、逆手に持って背後を攻撃。

 窮鼠の攻撃に、野犬はわたしの上から飛び退きました。すぐさま身体を起こして迎撃の態勢を……取れませんでした。

 振り返った瞬間、もう一匹が反対側から体当たりしてきたんです。

 再び倒れ臥し、捲くれ上がるローブ。圧し掛かってくる犬の――今度は肌に直接熱い感触が。


「や、やだ!?」


 その感触に三年前を思い浮かべ、思考が止まります。

 脳裏に浮かぶのは、切り抜ける対策ではなく、逆転の戦法でもなく……恐怖の記憶のみ。

 魔力を練ることもできず、剣を振ることもできず、ただ逃げる為にカリカリと地面を力無く掻き――


 ズドン、という凄まじい轟音。


 思考が絶望に染まる直前、わたしに圧し掛かった野犬は、風の砲弾で上半身を吹き飛ばされました。

 小石を風で巻き上げ、内側に向け螺旋を描くように吹き込み、巻き上げた小石で威力を強化された風は、まるで収束された散弾の様。

 それでいて、すぐ傍のわたしには掠り傷一つ付けない完璧な制御。


「し、師匠!」


 ……わたしの、英雄が駆けつけてくれました。



 落ち着いて考えてみれば、ただの犬。師匠の敵ではなく、残り一匹もあっという間に駆逐されました。

 わたしは野犬の内臓と返り血を頭から浴びた状態で、師匠に抱きとめられ……ゲンコツを落とされたのです。


「いっ、痛いです、師匠」

「当たり前だ! まったくお前はなぜ、そう前に出たがる。魔術がなんのためにあると思ってる?」

「師匠、ここは襲われたヒロインを助け出す感動のシーンです。なんでゲンコツなんですか」

「臓物塗れのヒロインなぞ要らんわ!」


 今のわたしは野犬の確かにモツ塗れですけどね!

 それにしても、確かに師匠の言う通り、少年を魔術に巻き込む危険のあった最初の一匹はともかく、後の二匹は魔術で対処してれば隙も出来なかったわけで。

 物理バンザイの日本社会出身のわたしは、とっさの状況で魔術を選択するという思考にはなかなか辿り着けません。

 これを実戦経験の無さと言うのでしょうか?


「でも、ありがとうございます。んで、すみません師匠、頭に血が上っちゃって」

「まあ、結果的に子供を助けられたから良しとするが。今後は衝動的に動くのではなく、最善を考えて動け」


 上目遣いで萎らしく反省するわたしに、毒気を抜かれたのか怒気を収める師匠。

 でも、なんで目を逸らすです? こっち見てくださいよ。

 師匠はそのまま怪我をした子供の方へ向かい、治療にかかりました。


「生きてますか?」

「かろうじて、だな。私が治癒術が使えればこの腕も繋ぐ事ができるんだが。いや、これだけ食われていたら無理か」

「再生とかは無いんです?」

「それはかなり高位の治癒術で、私にはなおさら無理だ」


 手持ちの治癒ポーションの効果で、出血は止まりましたが……あれ、この子?

 健康状態を見るの為、”識別”でステータスを確認してみたら、ギフトを持っていました。


「師匠、この子……ギフト持ちです」

「は?」

「両手剣の才能がありますよ?」

「……この状態で、その才能か」


 痛ましそうに少年を見る師匠。そうです、この子はすでに左手が……


「ハスタールさん、ユーリちゃん! 無事か!」


 そこへようやく、グスターさんたちが駆けつけてくれました。

 わたしや師匠みたいに高速で移動する手段が無いので、しかたないですが。

 カイムさんは周囲の警戒に辺りを捜索に行きます。意外と手馴れてるんですね。


「うわ、こりゃ酷いな……」

「一応出血は止めておいた。今夜は熱を出す危険があるので、ウチで休ませようと思う」

「ああ、そうしてくれて構わない。それにしても親はいないのか?」

「……ゼパルさん、こっちにいましたよ。二人。命を含めて、あちこち足りない状態です。それと他に野犬はいなさそうだ」


 河原沿いの雑木林から、周囲を警戒に出ていたカイムさんが戻ってきました。

 つまり、この子もこの世界で一人っきりになったわけですか。


「そうか。ゼパル、すまないがこの子の里親を探してやってくれないか?」

「そう、だな。放り出すわけにもいかんわな」

「おい、この子は、アレクじゃないか」


 少年を見て驚いた声を上げるグスターさん。


「グスター、知りあいか?」

「巡回商人の息子だよ。なんでこんな所に?」

「多分、橋の崩落に巻き込まれたんだろうな。こっちは下流だから」

「だとしても、荷物は?」

「雪解けで河は増水していた。おそらく流されたのだろう」


 巡回商人は一年を通して一定の村を回ります。それ故家を持たず、戸籍を持たないものも多いと聞きます。

 この子は……アレク君は帰る家すらないのですね。


「この時期は野生動物も腹を空かして凶暴化している。村の者にも注意をしておいてくれ」

「しばらく見張りは厳にするよう伝えておきます。小さな村とか、いい餌場ですしね」


 人が増えてきたので、師匠の陰に隠れていると、師匠が村の人に警戒を促し、指示を出してます。

 キリッとした表情も……


 ――凛々しいですねぇ……って、はっ!?


 イヤイヤ、見惚れてた訳じゃないですよ? こんな緊迫した場面で不謹慎ですし!

 師匠の指示にカイムさんが応えています。カイムさん、若そうなのに結構な実力者なんでしょうか? ギフトは持ってないようですが。

 それと――


「師匠。今日と言わず、しばらくは預かってあげられないものでしょうか?」

「ユーリ、お前な……人嫌いのお前が居る以上、長くは預かれんぞ? 悪いがこの子とお前を天秤に掛けるなら、お前を取るからな」

「それはありがたいのですが。ウン、なんとか我慢しますので、お願いします」


 さらっと何か嬉しいことを言ってくれる師匠です。

 少々悩みましたが、この子が独り立ちできるまで付き合うのもいいでしょう。一人ぼっちのアレク君に共感のようなモノを感じてしまったのですから。


「……一ヶ月だな。その間に剣を教え込むのもいいだろう。この間、ユーリに仕込む為に勉強したから、無駄にならずにすんでよかった」

「わたしだって無駄じゃなかったですよ。一匹仕留めましたし」


 アレク君の将来を考え、沈む気分を紛らわせる為に、そんな軽口を叩き合ってしまいます。


 この日、家族が増えました。

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