13話:1章 大規模工事に挑戦です

「お、ハスタールさん来てくれたか!」


 そういってこちらに手を振るのは、熊の如き巨漢。

 他にも八人ほど、人影が見えます。


「こんにちは、確か、ゼパルさんでしたね」

「私には挨拶してくれないのかい、棟梁」


 如才なく挨拶を返す師匠。スルーされたグスターさんは少し不貞腐れています。

 そして何人かもこちらに気付いて近寄ってきました。中には武装した人も。


「……う」


 あの冒険者を思い出し、人が……目が回る……悪寒で足が震え……


「グスターは見てるだけじゃないか。んで、そっちの小さいのは誰だ?」

「私の弟子でユーリと言う。こう見えても結構凄いぞ」

「ハッハ! ハスタールさんのお墨付きなら期待できるな!」


 ゼパルさんはわたしの前に歩み寄り、手を差し出してきます。握手を求めているのでしょう。


「うっ……ぐ!」


 わたしはとうとう我慢できなくなって、手を振り払い、道端に駆け込み――


「うげぇぇぇぇぇ!」


 盛大に嘔吐しました。



「なんだ、ありゃ?」


 背後から呆然とした不快感を含む声。


「すまない、過去に色々あってユーリは人が怖くてね。私にもやっと慣れてくれたところで……」

「私に話しかけてくれるようになるまで、三年はかかりましたからねぇ。未だに触らせてはくれませんし」


 師匠の謝罪の声と、グスターさんのフォローが聞こえてきます。


「少し待っていてくれ。様子を見てくる」


 こちらにやってくる師匠の足音。マズイ、怒られる?

 自分から来ると言っておいて、この醜態じゃしかたないかも。

 近づく足音に顔を上げず対応する。


「師匠、すみません。もうちょっとで持ち直しますから……」

「慌てなくていい。私が無理に連れてきたのだからな」


 気を使ったのか、師匠は優しく背中をさすってくれます。

 口元に水筒を寄せ、飲むように促してくれました。


「ほら、飲めるか? レモンを少し絞ってあるから、スッキリするぞ?」


 水筒を持つ師匠の手に自分の手を添え、恐る恐る水を口にします。

 幸い吐き戻すような事はなく、何度か口を濯いで、一口飲み干しました。


「……ふぅ。ありがとうございます、師匠」


 軽く深呼吸して師匠の腰の当たりに抱きつきます。 

 ――大丈夫、師匠が一緒にいてくれる。心配ない。怖いことなんて、なにも無い。


「よしっ! もう大丈夫です、師匠。すこしビックリしただけです」

「本当に無理はするなよ?」


 本当に大丈夫ですよ、師匠がいれば怖いものなんてありませんもの。



「すみません、わたしが弟子のユーリです。ご不快な物をお見せしました」


 ゼパルさん他の村人さんに丁重に謝罪をして見せます。ただしフードは取りませんが。


「ユーリは少々外見に問題があってね。この姿のままで失礼させてもらうよ」

「そりゃあ構わないが、どう見ても子供だろう? それとも小人族か?」

「…………宗教上の理由だ」


 師匠、その言い訳は無理があります。


「一種の呪いです。見ると碌な事が起きませんが……見たいですか?」

「うげ、マジかよ!?」


 声を上げたのは、ゼパルさんの側にいた武装したお兄さん。

 そちらに目をやると、慌てて自己紹介してくれます。呪われるとでも思われたんでしょうか?


「あ、俺は村の警備を担当してる、カイムってものだ、よろしく頼むよ」


 恐る恐る、と言う風情で手を差し伸べるカイムさん。

 わたしはその手を無視して頭を下げます。


「はじめまして、ユーリです。触れても問題は無いのですが、握手はやめた方がいいですね。お互いの精神的に?」

「は、はは。そう言ってくれると助かる」

「で、橋の具合はどんなものだ?」

「ああ、わりと派手に崩落してる。久しぶりのドカ雪だったからな。橋脚の方が持たなかったんだろう」

「となると、根元から作り直しか……」


 ゼパルさんの見立てに、修復案を考える師匠。実際に目にするべく川沿いに歩いていきます。

 わたしも師匠のローブの端を掴まえて、引っ付いていきました。


「なあ、あれ……」

「ね、どう見てもそうでしょう?」

「ハスタールさん、気付いてないのかい?」

「それどころか、ユーリちゃんも気付いてないみたいでねぇ」

「でも呪い持ちなんでしょ?」

「呪いってわけじゃないのさ。色々都合があるのは確かだけどね。カイム君、彼女を敬遠してると、後悔するよ?」

「グスターさんは顔見たことあるんで?」

「もちろん、すっごく驚かされたね!」


 背後で和やかな会話が聞こえますが、今は無視です。

 橋桁は根元から腐ってくの字にへし折れ、橋の左半分が崩れ落ちていました。


「これは酷いな。今後の事も考えると、石造りにした方がいいか?」

「でも地震とかに弱くなりますよ? 復元力を考えると木の方が安定はします」

「地震? 地面が揺れるはずないだろう」

「なるほど、ここは揺れない地方なんですねぇ」


 日本は世界でも有数の地震大国でしたから。震度四位だと、笑いながらSNSに地震報告してくるくらい?

 留学生の人とか、震度三でも本気でビビッてたのも懐かしい思い出です。


「地面が揺れないなら、頑丈な石組みの方が長持ちしますね。いっそ頑強でも付与しておきますか?」

「すっげー無駄遣いだな。手軽にできるならそれでも構わんが」

「ちょっと試したいことがあるので、挑戦してもらえると助かります」

「……爆発させるなよ?」

「しませんよ!」


 なんですか、人をすぐ発火するみたいに!

 わたしは穏和で有名な日本人ですよ。今はそうは見えませんけど。


「棟梁、橋は今後のことを考えて、石造りで作りたいと思うんだが、材料はあるかな?」

「石か? さすがにでけぇのは積んで来てねぇなぁ」

「どんなの持ってきてる?」

「補強用の粘土とかだが……量はねぇぞ」


 粘土ですか……焼き固めれば結構硬く出来ますが。


「橋にするには量が少ないですね。この辺で石を切り出せる場所とかありますか?」

「俺ぁ、あんまりこの辺に詳しくねーんだ」


 わたしの問いに済まなそうな顔で返答するゼパルさん。知らないものは仕方ないので構いません。


「となると遠方から石を切り出して……いや結局頑強を付与しちゃうなら、別に構いませんか?」

「魔術で強化するにしても、基礎の形は必要だぞ」

「師匠、土壁で一気に形だけでっち上げられませんか?」

「可能だが……水の勢いが結構あるからな」

「うーん……じゃあ、まずあそことあそこに、くの字の壁を立てて、水の流れを遮りましょう。水避けの壁が崩れる前に橋脚を立てて、粘土で表面を焼き固めます」


 拾った木の枝で地面に簡単な設計図を書くわたし。

 師匠が覆いかぶさる様に地面を覗き込んでますが……あれ、なんかドキドキしてきました?


「さ、先に橋脚を立ててしまえば、あとは木を使ってベースを作り、土で固めてしまいます。その後まとめて強化しちゃいましょう」

「大規模だな……やれるか?」

「余裕です!」


 エヘン、と胸を張って言いますよ? 魔力の強さは自慢ですから。


「なら水避けはユーリが作って、私が橋脚を作ろう。ユーリは予備構築ができるから、壁が崩れてもすぐ持ち直せるだろう」

「あー、そうですね。では水避けの壁はわたしが。その間に師匠は橋脚を作ってもらい、出来た物をわたしが焼き固め頑強を施します」


 師匠と一緒に橋の設計を検討します。

 後は頑強の構築手順を少々変更して――




 結果として、橋はたった一時間で完成しました。

 手順に(珍しく)ミスはなく、あっという間に成形し、焼き固め、橋脚を完成させました。

 残りは念力の魔術で木材を組み合わせ、組んだ木材を芯に土壁で橋を掛け終え、頑強の魔術を橋全体に付与しました。

 付与は本来、手作業で魔法陣を組むのですが、わたしは魔術で頑強の陣を描き、火の魔術で焼き込むことで、大きな橋全体を一気に覆ったのです。

 最後は魔力を充填して完成。

 この際、サイズの大きさを活かして、五割ほどの魔力を注ぎ込んでやりました。


「どうです、師匠! 百年は持ちますよ、この橋」


 改心の出来にドヤ顔を披露です。


「なんつーか……確かにハスタールさんが自慢するだけあって、トンデモねーな」

「俺たちなんのためにここに来たんでしたっけ?」

「頑強が掛けてありますので、このままでも大丈夫と思いますが、魔法陣が消えないように橋の表面を木で覆ったりすると、もうちょっと持つかもしれませんね」

「百年以上? いや、ユーリなら出来なくもないけど、無茶苦茶だな」


 冷や汗をたらす師匠の後ろに隠れながら、ゼパルさん達に説明するわたしです。


「ああ、クッション代わりに木を敷いておくのか。それはいいかも知れねぇな」

「それくらいは俺らでやりますよ。つーか、やらせてください、立場が無いんで」


 みんなが橋の上に立って、バンバン跳ねながら強度を確認しています。

 傍から見てると結構愉快な光景です。


「周辺の土を抉って作ったので、この辺の川幅が少々太くなってしまったが……まあ、これだけ頑丈な橋なら大丈夫だろう」

「しかしさすがですね、こんなに簡単に、これだけの橋を一気に作れるとか。国が欲しがるわけだ」


 あ、確かに。河と言えば防衛拠点の一つ。その河も二人の魔術師がいれば、簡単に軍隊が渡れてしまうんだ。

 わたしたちって一種の戦略兵器じゃないですか?


「まあ、この橋の構造のことはナイショな? 後々面倒だから」

「あー、はい。誰にも言いませんよ。ハスタールさんがいなくなると、俺らも困るし」


 なんとなくヤバイ事実に気付いてしまったわたしたちが乾いた笑いを浮かべてると、ふと犬の吠え声の様な物が聞こえた気がしました。

 声の方角の目の前の空気を魔術で歪め、簡易望遠鏡を作ります。

 すると、その先には……


「師匠、向こうで人が狼に襲われてます!」


 言うが早いか、わたしは身体強化を掛け橋を飛び降り、駆け出していました。




 尚、後日この橋はハスタール大橋と名付けられ、本当に百年以上持ちました。

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