12話:1章 お出かけの準備をしよう
地下から脱出して、一週間経ちました!
庵はすでに元通り……とまでは行きませんが、大半が修復済みです。
師匠の土壁とわたしの念力の魔術で、一気に外壁を作り上げたのが効いていますね。
修理自体は二日で完了し、ついでにわたしの部屋が一階に移動されました。増築です。
これでハシゴを上り下りする手間が省けます。
後、こっそりツマミ食いにも行けます。この身体は太る事が無いので、夜食だって食べ放題なのです。
こんな時だけ『神様グッジョブ』と言いたいです。
夜食は食べ放題になったのですが……残念ながら、実行できる日は多くありません。
なぜなら対人恐怖症の他に、師匠依存症を発症したらしく、夜間とか姿が見えないと落ち着かなくなるのです。
夜に師匠の部屋に潜りこみ、部屋の隅からジーッと眺めていたら、ドン引きされました。
謎の攻防を三日続けた所で師匠が折れ、ベッドに潜りこむ許可を得ました。勝利です。
子供時代の父親と寝てた記憶を思い出して、なんだか楽しいです。しがみついて寝るとあったかいですし。
余談ですが、あれ以降師匠に触れるのは全く問題が無くなりました。
むしろ、こちらからベタベタ触れてあげてます。リバウンドと言うやつですかね。
そんなわけでこっそり地下の食料庫に潜りこむという行為は、逆に出来なくなってしまいました。
夜間もメガネは外せなくなってしまいましたが、黄金比が髪や顔に痣が付くのを防いでくれるので、全く問題ありません。
こうしてわたしの精神は最近とても安定してます……が、逆に師匠は寝不足のようです。なぜでしょう?
疲労ですかね。今度念入りにマッサージでもしてあげようと思います。
新居も落ち着いて、ようやく修行再開かと言う段になって、村の道具屋さんのグスターさんが訪れました。
「やあ、ハスタールさん、ユーリちゃん。元気でやってたかい?」
「こんにちは、グスターさん。そういえば、なにやら不穏な二つ名を村で広げてくれたそうですね」
肉(片系)奴隷呼ばわりされたことは忘れませんよ?
そういえばグスターさんとも会話くらいは、まともに出来る様になりました。三年掛かりましたが。
「なんだ、どうした? 指輪はこないだ卸したばかりだろう」
師匠がお客さんにお茶を入れてくれてます。よくできた師匠です。
わたしですか? わたしは自作のサンドイッチの試食をすると言う大事な仕事があったのです。
「なんでハスタールさんが俺にお茶淹れて、ユーリちゃんはサンドイッチ齧ってるんだ?」
「朝ご飯の時間ですから?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ユーリに家事とか……危険すぎるだろう? 薬缶とかひっくり返したらどうするんだ」
「師匠、後で話があります」
「そうか、私もあるぞ。主に弟子の心構えについての説教が」
「話すことはたった今無くなりました」
ヤブヘビは勘弁です。正座はツライのです。
「それより今日はハスタールさんに用があってね」
「ユーリに用があったことなど無いだろうに」
「怖がられないなら、毎日でも顔見に来たいですがねぇ」
「カワイイ女の子に生まれ変わってから来てくださいです」
「男じゃないんだ?」
「ショタ趣味はちょっと無いですね」
「それで用はなんだ?」
速攻で逸れる話を師匠が矯正します。グスターさんは軽口が叩きやすいので、つい。
「ああそうだ。山の南に河が流れてるだろ? そこに掛かる橋が落ちちゃってね。ハスタールさん、手伝ってくれないか?」
「あそこか。コームの町へ続く街道だよな?」
「そこです。巡回商人がそろそろマレバに着く頃なのに、橋が落ちたせいか、一向に来なくてね」
庵は山の東側に位置し、マレバ村は山の南東部の麓にあります。
コームはマレバ村から山を南に回りこみ、西に三日ほど進んだ先にある、そこそこ大きな都市です。
この山はそれほど大きくないので名前こそ特にありませんが、猛獣が多く棲むので近くの村や街では『あの山』で通る程に有名です。
一応、山道と庵は師匠の『獣避けの結界』が護ってくれてはいますが。
「あそこが落ちると、確かに村の物流が滞るな。仕方ない、ユーリも――」
「イヤです」
速攻でお断りしておきます。
「橋の修繕とか人が沢山来るんでしょう?」
「確かに人は多いが、ユーリの念力があれば、こういう土木はかなり楽になるんだよ」
「それはわかりますが……」
現に庵の修理で、石やら木やらをホイホイ組み上げ、師匠の土壁で固定して、あっという間に直してしまいましたし。
特に足場の悪い河となると、念力の出力が強いわたしはとても便利でしょう。
「その……やっぱりまだ、知らない人はちょっと……」
「強制する気は無いが、そろそろ人に慣れる練習も必要だと思うのだが」
「ハスタールさん、それじゃまるで猛獣だよ」
やや呆れ気味にグスターさん。
「でもユーリちゃんが来てくれるなら、ムサイ野郎共もがんばると思うんだけどね?」
「グスター、それむしろ逆効果」
野郎共、と聞いてビクンと反応するわたし。
確かにイイ思いはしたことありませんが……師匠に村までの買い出しを任せっきりなわたしとしても、人付き合いと言うのは克服したい事象の一つ。
「むぅ、師匠がそこまで言うなら、行ってあげないこともないんだからねっ!」
「お、来てくれるのかい! 手伝いに来たのがアヤシイ爺さんだけの場合と、カワイイ女の子が居る場合じゃ張り合いが違うからなあ」
「なんだ、私は歓迎されてないのか? なら留守番でも」
「師匠が来ないなら、わたしも行きません!」
「仕方ないな」
一人で人前に出れるわけが無いじゃないですか。
「グスター、馬は表か? 道具とかは?」
「ああ、繋いであるよ。道具と材料は村の連中が用意してるはずさ」
「なら昼飯と水だけ用意すればいいな。馬はユーリを乗せてもらうぞ? そうしないと途中で行き倒れるから」
「そこまでひ弱じゃないデスヨ……」
いや実は自信が無いですが。山を降りるまで二時間はかかるので。
「それじゃ出かける準備をしよう。ユーリも着替えてきなさい」
「はい、師匠」
「着替えてきなさい」
「いいじゃないですか、これで」
準備したわたしの格好は、踝まである黒ずくめのローブに口元にはマフラー。
フードも目深に被って、自分で言うのもあれですが、怪しさ大爆発です。
手袋にブーツも完備して、メガネまで着けてますから、表に出てる皮膚はほとんど無い有様ですね。
「まあ……冬だし厚着でも問題ないか?」
「いやいや、ハスタールさん。これ作業の連中、ドン引きするんじゃないですか?」
「こっちにも色々都合はあるしなあ。ギフトのこともあるし、これでもいいか」
わたしは不老なので姿を覚えられると、村に長く居られなくなる可能性があります。子供の成長は早いはずですから――
師匠もその辺りを考慮したのでしょう。
「せっかく可愛い服をオススメしておいたのに」
「あの異様に嵩張る服か?」
師匠の買ってきたあの服はグスターの趣味か!
「あの服を持って歩くと、村の連中の目がなんだかおかしいんだよな?」
「わざと中が見える包装してましたからね」
師匠がフリフリのローブやワンピースを持って村を歩く姿。羞恥プレイですか、やるなグスター。
思わずグスターにサムズアップを送るわたし。本人に通用してない羞恥プレイに意味は無いですが。
「そうだ、ユーリ。護身用にこれを持っておきなさい」
そういって師匠は一本の小剣を手渡してきます。
このサイズだと、わたしには重い気がするんですが……おや、手に取ってみると、意外と軽い?
「これは、軽い……ですね?」
「軽量化と頑強を付与してある。鋭刃はわざと未完成にして、魔力も充填可能にしてあるから、後で自分でも補充して置くように」
「おお、こないだの充填式魔道具の完成品ですか!」
「いや、試作品」
「こりゃ新作ですか? 量産したらウチに卸しません?」
早速食いつくグスターさん。気持ちは判ります。
『完成した』魔道具は魔力が尽きると、勝手に壊れてしまいます。
『完成』しているので後から魔力を追加することも出来ず、常時発動しないと意味が無い付与は常に魔力を消費し続け、やがて壊れてしまいます。
軽量化の魔術も例に漏れず、魔力の消耗が激しくすぐ壊れるため、魔道具としては優れているとは言えない存在でした。
この剣は、一つの能力をわざと『未完成』にする事で『製作途中』と誤認させ、後付で魔力を充填出来る様、細工したのです。
自力で魔力充填できる人間にとって、武器の重量を大幅に軽減できるようになります。
将来的にはわたしでも大剣を振り回せるようになる可能性も出てきましたよ!
幼女と大型武器! ロマンですね! 槍とか、大鎌とか、マスケット銃とか!
「わざと『未完成』にしてあるので、強度が元から大幅に落ちてな。後付けで頑強を付与して補ってみたんだが」
「ム……と言うことは頑強の付与は必須事項になりますね。アイテムの付与項目には限界がありますから、結構大きなデメリットです?」
「ただでさえ、未完成項目を入れないといけないしな。一つの付与に三つの項目を付けねばならんのは、ちょっと考え物だな」
「わたしにとっては軽いことは重要事項ですけどねー」
「あの、そろそろ出発しないと、到着が昼過ぎちゃうんですがね?」
早速魔道具談義を始めたわたしたちに、グスターさんが割り込んできました。
うぬぬ、わたしと師匠の会話に割り込むとは……なんかイラッとしましたよ?
「ああ、そうだな。それじゃ出かけるとしようか」
こうして初めて、『他人に会う為のお出かけ』をすることになりました。
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