07話:1章 初めての戦闘なのです

 皆様、秋も深まってきた昨今、どうお過ごしでしょうか?

 こちらの世界は本格的に冷え込んできました。

 というわけで、近頃、『肉(片系)奴隷』と麓の村で話題になってるらしいユーリです。

 グスターさんには、今度毒を盛ってあげようと思います。



 今日は、久しぶりに魔術の本道に戻って薬草摘みです!

 目標は無事の生還。


「やってきました森の中。マイナスイオン全開で爽やか心地いいですね」


 心持ち大きな声で、独り言を話します。


「こういう、未踏破の地形にはお宝が眠ってるかもしれません。とか言ってる間に、痛み止めの元を発見です」


 昼なお暗く、薄暗い森の中で、ぶっちぶっちと薬草を引き千切るのです。


「でも師匠も容赦が無いですね! 女の子が摘むのはお花が定番でしょうに。最近、実用品ばかりむしってる気がします」


 声はだんだんと大きくなります。抑えきれないんですよ。怖くて。

 ザワザワとさざめく木立……


「ひっ!?」


 突然吹き抜ける風に、草が気味の悪い音を立てて揺れます。


「脅かすなですよ、コンチクショウ! どうせなら、もっと爽やかな音立てやがれです!」


 ビックリして腰抜けたら生還できないじゃないですか!


「ザワザワとかじゃなく、もっとこう、サワサワとかそよそよとかあるでしょう。わたしは小心者なのです」

「しゃぎゃー」

「そうそう、そんなのもいいですね……へ?」 

「グルルルルル……」


 森の木陰から直立したトカゲのような猛獣が現れました。

 あれは見たことあります。生前、ジュラシック=ハ○ークとかの映画で。

 ラプトルっぽいアレは、確かこっちではケラトスっていいましたか?


「ひぇ……」


 ジリっと後ずさり。向こうは頭を下げて、襲撃の体勢をすでに取り終えています。

 刺激すると、マズイ――


「ハハ、”不死”って丸呑みされたらドコで再生するんでしょうかねぇ?」


 笑って自分をごまかそうとしても、声が震えてます。

 死体の位置が変わらないなら、蘇生するのは胃袋の中です。

 死んで蘇るのを繰り返す、あの感覚は二度と味わいたくない……

 カクカクと膝が震え、腰に力が入らなくなってへたり込んでしまいした。


「……あ、あぁ」


 滲む涙でメガネが曇って――メガネ?


「そうだ」


 わたしはこの三年、師匠から何を学んできたんです?

 リリスでの事件で自分の弱さを散々思い知らされた。

 もう二度とあんな目に遭いたくない一心で、魔術を学んできたんじゃなかったんですか?


「なら、立たないと。わたしはもう、戦えるはずです!」


 なけ無しの勇気を振り絞り、震える膝を手で押さえつけ、無理矢理立ち上がります。

 声は震えてますが、魔力を練ることができる。

 禁止されてた身体強化魔術、命名、アクセルブーストを起動!

 生命力を多めに二割、敏捷力を一割振り分けます。

 これ以上の振り分けだと、多分地面の方が耐えられず、抉れてしまうから。


「グルァァァァァ!」


 瞬間、弾けた魔法陣に刺激され、トカゲモドキが飛びかかってきます。

 前回の反省から、両足と右手で身体を保持。三点に分散して地面を蹴れば、抉れたりする危険も少ないでしょう。

 敏捷性強化により、加速された神経が、攻撃をゆっくりと感じさせます。

 喰らい付く牙をスローモーションのように感じながら、地面を蹴る!


 ズシャンと分厚い板を叩いたような重い音が響き、わたしの身体は一息に十メートルほどケラトスから離れました。

 空振りした口を閉じ、キョロキョロと周囲を見回すケラトス。わたしを見失ったようです。


「あ、れ? これ、勝てる?」


 あの野獣を、圧倒的な速度で翻弄できる。

 初めて成功した身体強化アクセルブーストに、わたしは興奮を禁じえません。


「わたしが――俺が……? 恐竜モドキに、勝てるのか?」


 三年、封印し続けていた男の意識が表に出る。

 ニタリ、と口元が細く鋭く、歓喜を浮かべる。


「なら、今からは……狩りの時間だ!」


 まるでモンスターを狩るゲームの様な感覚。

 四つん這いになり、獣の様な体勢でケラトスに肉薄。

 右斜め前に一歩、さらに左斜め前に一歩。たった二歩で振り向いたケラトスの背後に回りこむ。

 再び見失った俺の姿に恐慌に陥ったのか、ケラトスは大きく尻尾を振り回した。


「っと、あぶない!」


 闇雲に振った尻尾が頭上をかすめ、身を屈める。

 こちらの気配に気付いたのか、振り返ろうとするケラトスの上に、屈んだ反動を使って飛び上がった。


 一割で……これか!?


 体長五メートル近くあるケラトスを眼下に納め、改めて驚愕する。

 俺の身体は七……いや十メートル近くまで跳ね上がっていた。

 そういえば、最初に水平に跳んだ時も、同じくらいの距離を跳んでたっけ。 

 俺の身体は振り向いたケラトスの頭上から、自然落下に入る。


 バチン!という破裂音。解放され、弾ける魔法陣。

 維持していた強化を破棄し、余った魔力で予備構築していた強化術式を瞬時に展開。

 師匠の言葉で考えついた、身体強化アクセルブーストの連続起動。

 練り上げた魔力を体内で二つ維持し、状況に応じて切り替える戦術。 


 一瞬で敏捷重視から筋力重視へ切り替え、同時に回避のための敏捷強化の魔力を練り始める。

 魔法陣の弾ける音で、上空を振り仰ぐケラトス。

 ――だが、すでに遅い!


 全体重を乗せ、大量の魔力で強化された指先が眉間に突き刺さり、ケラトスの脳髄を抉り、貫いた。



「ハァ――ハァ……ふぁぁ」


 ホンの数秒。

 戦闘と呼ぶには、物足りないほどの一方的な虐殺。

 興奮が冷めたわたしは、今までで感じた事のない疲労を感じていました。


「『一度の実践は、一週間の修練に匹敵する』と聞きましたが、本当ですねぇ……ひぃ」


 大きく溜息を吐き、荒れた呼吸を整える。

 一息つけたので、頭蓋を貫いた指先を改めて観察します。


「生命力に多く振ったせいですか、爪すら割れてないですね。それに重複準備、連続起動が上手くいって助かりました」


 馬鹿げた魔力を持つが故に、身体強化の予備構築なんて言う技が使えた訳ですが。

 軽く拳を握ってみるが、痛みもないです。実戦投入に問題はなさそう。


「突き指もなしですか。洋物RPGのニンジャみたいですね、わたし。えへへ」


 凄惨な現場にも係わらず、達成感に笑みが浮かびます。そこへ――ガサリと草のなる音。続いて重々しい足音。


 厚く草が生い茂っているのに、土を抉るほどの重量感ある足音。

 どう考えても、様子を見に来た師匠ではなさそうです。

 足音に目をやると、案の定ケラトスがこちらを窺がっていました……二匹いやがったですか。


「もう一匹居たとは……は、はれ?」


 即座に戦闘態勢に入ろうとしましたが、立ち上がった瞬間軽い眩暈めまい

 膝も笑っていて、視界が狭くなったような……


「う、うそ……こんな時に立ちくらみとか!?」


 冗談じゃないです!

 でも、現に視界は暗く、まともに立つ事すらできず尻餅をついてしまいました。


「あ、く……くりゅ、な!」


 視野が急速に狭窄し、喉が張り付き、呂律が回りません。

 明らかな体調の異常。状況適応は切ってなかったはずなのに?


 仲間を殺されたからか、慎重にこちらに近づくケラトス。

 スンスンと、匂いを嗅いできます。鼻息が掛かるほど目の前に居るはずなのに、見えない。

 手が震えて、ピクリとも動かない。

 ようやく生命力を強化すればと思いつき、魔力を練ろうとして愕然とします。


 ――魔力が練れない!? いや、これは……枯渇?


 そういえば三割の身体強化をすでに二度使用し、一度予備構築しているから……使い切る頃?

 今まで小さな魔法では枯渇する事がなかったし、身体強化使った後は外傷で気絶していたので、気付きませんでした!

 これが魔力の枯渇現象ですか!?


 頬に涎のようなものが垂れる。生臭い鼻息が顔に掛かる……

 いつの間にか地面に倒れ臥し、身体を起こすことも、もう出来ない。

 これは……どうやら高い授業料になりそうです。その時――


 わたしが意識を失う手前で、ザンという鋭い音が近くで聞こえました。

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