06話:1章 チートな技に手を出しました(失敗編)

 しゅーぎょうはつづくーよー、どーこまーでーもー♪

 今回もユーリちゃんの身体練成月間です。


「さてユーリ」

「ハイ、師匠」

「お前には、なんかこう、無理だと気付いた。昨日」

「見捨てないでください」


 ここを追い出されたら、どこも行く場所がありません。

 せめて、この『封印メガネ』だけはください。


「誰も見捨てるとか言ってない。とにかく、ユーリには身体トレーニングは危険だ」

「このままじゃ、ゲロインとか言われますし?」

「そこでだ。正直まだ早いと思うが……トテモトテモ気が進まないが、ユーリのギフトを考えれば、まあいいかと判断して……」

「なんでそんな、イヤそうなんですか?」

「今日から、魔術による身体強化を修めてもらう」

「フィジカルブースト、キター!」


 肉体強化系魔術って、ファンタジーの基本ですよね!


「この魔法は私の奥義なので、あまり教えたくは無いんだが……」

「ケチケチしないで、パーっと行っちゃいましょうよ。師匠」

「いや、危険なんだよ。肉体に直接魔力を流すんだ。しかも継続的に。体内で練り上げたそれを、一瞬で放出する通常の魔術とは一線を画する」

「奥義っぽくて良いですね!」


 定番魔術の出現にテンション上がるわたしです。

 その日は一日、術式の講義で潰れてしまいました。



 翌日。


「良いか、ユーリ。この魔術は自分の魔力を、身体能力に変換するのが最大の特徴となる」

「イエッサー!」

「魔術の発動と維持も難しいが、この魔術は特にプリセットと呼ばれる能力直の配分が大切な要素となる」

「ぷりせっと?」

「発動時に『どの能力を』『どれだけ伸ばすか』を設定しておくのだ。特に急激に上昇した能力は、肉体に過大な負荷をかけるので、バランスが大切だ」

「フムフム」

「今までは発動するだけで効果を出すものがほとんどだったが、この魔法は効果を維持し続けねばならない。その分消耗も激しいことも忘れてはならない」

「ハイ、師匠」

「ちなみに私の精神力でも、一度の発動では十秒が限界となる」

「師匠の精神力って、一般人の四倍くらいなかったですか?」

「それくらいかな……それほどあっても十秒程度と言う、とてつもない消費なんだよ」


 魔術を構築し発動するのは魔力で行いますが、その魔力を生み出すのは精神力です。

 魔力は最大放出能力、精神力は最大保持能力と考えればいいでしょう。貯水タンクと蛇口のようなものです。


 師匠の精神力は一般人の四倍にも及びますが、それでも十秒とは。

 師匠の能力から算出するに、一秒で精神力4を消費。

 と言うことは、わたしだと1840近くあるから……460秒? なんと七分四十秒!


「なんだ、ウルトラマン二人と半分もあるじゃないですか」


 余裕ですね!


「ウルトラマンとやらが何かは知らんが……本当に危険なんだからな?」

「わかってます。でも、時間制限があるとか、本来のトレーニング的意味から外れませんか?」

「ユーリの護身が最優先目的だから……」


 空ろな表情で目を逸らす師匠。

 七分しか持たないとか、家事とか雑用には使用しにくいですし?

 師匠は、しばし視線を漂わせた後、キリッと表情を引き締める。


「持続時間もだが、この魔術にはもう一つ欠点があるんだ」

「まだなにか欠点が? 実は不良品じゃないですか、この奥義」

「お前にはもう教えてやらん」


 ねたようにのの字を書く師匠。

 ヤメテクダサイ、いい大人が。


「まあいい。実は強化できるステータスは、生命力と他の一つだけだ」

「生命力+何かってことですか?」

「もちろん生命力を含まなくても良い」

「つまり、この身体強化で上昇できるのは――

 器用さ

 器用さ+生命力

 敏捷さ

 敏捷さ+生命力

 筋力

 筋力+生命力

 生命力

 精神力

 精神力+生命力

 ――の、九通りになります?」

「その通り」

「なんで生命力だけ別枠扱いなんでしょう?」


 おっと、ここで難しそうな顔で言葉を探す師匠。珍しい表情です。


「うーん……魔術の基本手順とは、まず魔力を体内で練り、体外へ放出して魔法陣を構築――ここまではわかるな?」

「はい。魔力を誘導する経路を陣で構築する事により、組み上げた陣が意味を持ち現象を発動させる、ですね」

「この身体強化は、一度放出した魔力を再度体内に取り込むという、特異な発現パターンをしている。体内、つまり生命力を一度通過する事で、目的の能力強化を図ることができる、という認識だが、実の所定さだかでは無い」

「あやふやですね。ルート(起点)に生命力を通し、後に分岐を選択する……と言うイメージでしょうか?」

「そんな所かも知れん。では、心底不安だが……不死だし大丈夫か? とにかく、一度試してみろ」


 師匠はわたしから少し……いえ、結構距離をとりました。


「師匠。なんでそんなに離れるです?」

「この魔術は、初めて使う時は大抵失敗するのだ」

「そんな危険な魔術なんですか?」

「そう言っただろう。奥義だしな」


 師匠の身体が異常に鍛えられているわけが、なんとなくわかった気がします。

 近接戦闘用の魔術を切り札にしてるからなんですね。


「――では、いきます!」



 森の中にクレーターが出来ました。

 魔術を発動し、速さ重視で敏捷さをトコトンまで上げた結果、音速を突破したようです。

 発動自体は成功しました。維持も問題なかったです。

 発動維持を確認した後、軽く走ってみるべく地面を蹴ったら、足元の地面が爆散しました。

 その衝撃と蹴った反動で、身体は音速を突破。

 頑強さ=生命力を強化してなかった身体は、音速の壁にぶち当たって、綺麗に四散しましたとさ。


「うぐうぅぅぅぅぅぅうううぅぅぅぅ……」

「いや、あそこまで一気に加速したやつは初めて見た。すごいな、うん」

「ふぐぅぅぅぅううぅぅぅぅ」

「大抵のヤツは、急加速にバランスが取れず、盛大にスッ転んで骨を折るだけなんだが……」

「ひぎいぃぃぃぃぃいいいぃぃぃぃ」

「本当に一時間で蘇生するんだな、少し安心したぞ」


 蘇生したといっても、激痛の記憶が消えるわけじゃないです。

 痛みの記憶に苛まれ、のたうつわたしを、師匠が冷静に寸評してます。


「うぬうぅぅぅ、でも涙目で心配顔してたのは忘れないんですからねっ!」

「痛いのはここか? ん~?」


 最初に爆散した方の足を、小枝でつつく師匠。


「ぎにゃあぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」


 心に決めました。この魔術、絶対習得してやるです。

 後、封印メガネも壊れて二代目になりました。



 翌日です。

 目の前には大きな岩。切り立った崖。修行には持って来いのロケーションです!

 素手で大岩砕くとか、ロマンですよね!


「フッフッフ、この岩割って師匠の度肝抜いてやるですよ?」


 昨日は失敗しましたが、高すぎる魔力が原因なのは確定的に明らか。

 筋力に振る魔力を七割ほどに減らし、残りは生命力に回しましょう。


「砕けろ! わたしの野望のために!」



 砕けました…………手が。



「ぬぅあぁぁぁぁぁぁ!!」

「お前な……いくらなんでも無茶だとわからなかったか?」

「ぎぬぇぇぇぇぇぇぇ」

「いきなり『ドパァン!』とか言う音が響いて、驚いて駆けつけてみたら……」

「はぎゃあぁぁぁぁぁぁ」

「右腕が肩から吹っ飛んでるの見た時は、さすがに驚いたぞ?」


 師匠に呆れられた様な目で見下ろされました。

 ちょっとゾクゾクしました。



 さらに翌日です。

 わたしは負けません、なにせ不死ですから!


「素手だったのがいけないのだよ。武器があれば拳が砕けたりすることは無いのです」


 今日は武器を持ってきました。

 木剣ではなく真剣を背負ってきています。重いです。


「重たい剣も身体強化で、ほれこの通り! 紙より軽いです!」


 とは言ってもこの技は7分しか持ちません。素早く行動に移しましょう。

 右手に構えた剣を逆手に持ち、左手を前に出し、大きく体を捻じります……そう、ファンタジーなら外せないあの技です。


「大岩ごときに負けるわけには行きません。喰らえ! アバ○ストラッシュ!」


 高速の剣撃。衝撃波を纏ったそれは、易々と岩を砕く!

 突き抜けた衝撃波は崖を削り……山の形すら変化しました。


 もっとも、衝撃に耐え切れず、爆散した剣の破片をまともに受けたわたしは、その瞬間が見れませんでしたが。



「頼むから、無茶するなと」

「うぐぐぐ……」


 困った顔でお願いする師匠の表情に、新たな地平をひらけた気がします。


「本気で血まみれで倒れられてた日には、たとえ不死だと知っていても心臓に悪い!」

「ま……」

「ま?」

「まだです! まだまだです! まだわたしには奥の手が隠されているのです!」

「明日は縛り付けるぞ?」


 なお、封印メガネは三代目になりました。

 この子は壊れ難い様に、ゴツイ黒のフレームです。ヤボったくて、かなり美少女度が下がりましが、致し方ありません。



 さらに翌日です。

 さすがに師匠から外出禁止令が出されました。

 なので今日は自室で彫金ちょうきんの練習です。


「ん? 器用さも強化できるんだったら、もっと精細な魔法陣を掘り込めるんじゃないでしょうか?」


 思い立ったら即実行。

 予備の護符を持ち込んで、その表面に微細な魔法陣を掘り込んでみました。

 モデルは師匠の作ってくれた『封印メガネ』です。ツルとかにもびっしり掘り込まれてて、わりと凄いです、これ。


「陣の構築力はさすがに敵いませんが、展開して移し込むくらい――!」


 限界を超えた精密さって、筋力も使うんですね……気が付いたら腕の毛細血管が破裂して、パンパンに膨れ上がってました。


「その執念は褒めてやる。だが、なぜ最大限の魔力をつぎ込もうとするのか」

「うぬぅぅぅぅぅ」


 ベッドの横で、腕の上がらないわたしに粥を食べさせながら、師匠の小言が続きます。


「全部使う必要なんかないんだ。ユーリの魔力ならほんの少しで充分効果はあるんだから」

「でも、魔力消費を減らしても、持続時間が延びる訳では無いんでしょう? もったいなくありませんか?」

「余らせた魔力で別の魔術を使えば良いだろう?」

「――! それです!」

「良いから寝てろ。今日は余計な事はするな」

「仕方ないですね。師匠、おかわりください」


 魔法は失敗しましたが、何か満たされた気がするので、良しとしましょう。

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