05話:1章 あきらめずに頑張ってみます

 わたしの身体強化月間、第二弾です!


「ユーリは体が脆いから、体術は危険と判断した」

「はい、師匠!」

「よって、これより剣の修行に挑戦してみよう」

「師匠、剣使えないんじゃなかったんですか?」

「ユーリよりマシだと昨日気付いた」

「身も蓋もねーです」


 木剣を構える師匠。

 こうして見ると、歳のわりに背筋が伸びて、それなりの剣士に見えます。カッコイイです。

 基本、スペックの高い人ですからね。爆発しろ。


「まず剣は、中段にこう構え……」

「師匠、持ち上がりません」


 ブルブル震えるわたしを見て、師匠は一段短い木剣を持ってきてくれました。


「これならどうだ?」

「な、なんとか……持ち、上がり、ますっ!」


 持ち上がりましたが、まともに構えられません。プルプルしてます。腕とか、イロイロな所が。


 べき。


 師匠が短い木剣の刀身をさらにへし折ってくれました。

 万能包丁くらいになった木剣なら、楽に持てます。両手で。


「いきなり打ち込みとかやると、ユーリのことだから手首骨折するだろう。だから、まずは素振りから始めよう」

「イヤな方向に理解が深くて助かります、師匠」

「まずは頭の上まで真っ直ぐ持ち上げ、この時左手に意識を集中すると、刀身が真っ直ぐに上がるぞ」

「ほむほむ……」


 しっかりと凝視し、動きを記憶します。

 この身体は知性に関しては悪くないんです。再現性が低いだけで。


「そのまま真っ直ぐに振り下ろす。振り終わる瞬間にだけ、両手で絞るように締めると綺麗に止まる」


 ブンと一振り。フム、ピシッっと決まってますね。


「あまり深くまで振り下ろす必要は無いから、やってみろ。最後まで振り下ろすと、きっと地面を叩いて怪我するだろうし」

「さすがにこの刀身で地面殴るとか、そこまで器用じゃないです」


 そういって師匠のやったように真っ直ぐ振り上げ、振り下ろす。


「とりゃ!」


 試しに振ってみれば、ブン、スポッ、ザクッと言う三連音が……

 手を見下ろすと、あら不思議。剣が手の中にありませんでした。

 なぜか師匠の額にテレポーテーションしています。しかも雄々しく突き立ってます。

 だくだくと流血する師匠。


「ユーリ、わざと……やって、ないよな?」

「あはは、マサカですよ?」


 さすがに温和な師匠でも、この惨状は許容範囲外の模様です。


「仕方ない、少し手を触れるぞ?」


 そういって、やや恐る恐るわたしの手を握ります。


 ビクッと震える体。

 慣れたといっても完全では無いので、やはり筋肉が引きつってしまいます。

 師匠は気付かない振りをして、剣と手を括り付けました。

 気にしてると際限が無いので、ありがたいです。いずれ、完全に慣れてくれるでしょう。


 ぼんやり考えている間に、師匠が剣と手をタオルで固定してくれました。


「これで、剣が抜けることもないはずだ。さ、振ってみなさい」

「はい!」


 ブンと一振り。今度は抜けませんでした。


「……お?」


 ブン、ブン、ブン……調子に乗って子供のように振り回します。


「おお、振れる! 振れますよ、師匠!」

「よし、後はとにかく振っていれば筋力が付……」


 ブン! ブン! ブン! ズルッ、ゴス!


 調子よく振っていたら、バランスを崩し、足を滑らせ……縛られていた為、手を付くこともできず顔面から地面にダイブしてしまいました。


「ぬ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 激痛に悶え、地面を転がるわたし。いってぇです!


「ユーリ……女の子が鼻血顔で地面を転がるのはやめなさい」

「じじょう゛……い゛だい゛でず」



 時刻は昼過ぎ。

 場所を庵の中に移して、身体強化に取り組みます。

 室内で運動とか言っても、アヤしくは無いデスヨ?


「さて、ユーリ」

「ハイ、師匠」

「我々は魔術師だ」

「そーですね。師匠は肉体派なので、たまに忘れますが」


 そこらの一般人より、遥かにいいガタイしてやがります。爆発しろ。


「とにかくだ。我々は魔術師なので、やはり体も魔術で鍛えるのが本筋だと思うんだ」

「今まで、えらく遠回りしましたね?」

「過去は振り返るな」

「それは知識の蓄積を是とする、魔術師の本質から外れるのでは?」

「古人に曰く、『それはそれ、これはこれ』」

「こっちにもあるんだ、その言葉……」


 意外と、わたし以外にも転生者が来ていたのかもしれません。


「と言う訳で、このベルトを着けるがよい」

「ベルト……電気が流れたりするんですかね?」


 アブトロなんとか系のベルトでしょうか?


「電気が流れると危険だろう? ただ揺れるだけだ」

「なるほど、そっち系ですか」


 ベルトを受け取り装着。揺れると言うことですので、ずれない様にややキツ目に巻いて、魔力を流してスイッチオン。


「おおおおお、これははは、なかなかきますすすすね、師匠」


 結構キツ目の振動が腹部全体を揺らしてきます。

 揺れに対抗する為、腹筋が自然と締まる感覚がするので、この魔道具は成功のようです。


「うむ、揺れないな」

「揺れてままままますよよよ?」

「いや、なんでもない」


 どこか残念そうな師匠。


「これ、いつまで着けてれば良いんでしょう?」

「そうだな、あまり続けると打撲になったりしそうだし、十分ほどかな」

「そうですか、家事しながらでも鍛えられるのは良いですね……うぷ」

「うぷ?」


 なんだか、こう……船に乗ってるときのような感覚が急に襲ってきました。


「ししし師匠、マズいです」

「なんだ、不具合か?」

「吐きそう……おぇ」


 最初理解できないと言う顔をしていた師匠でしたが、すぐに絶望的な表情を浮かべました。


「ま、待て、我慢しろ! ベルトを外せ、すぐにだ!」

「身体が震えてるので、上手く外せません! たすけて師しょ……うぇ」

「ええい、ちょっと待て俺が外してやるから! なんでこんなにきつく巻いてるんだ!?」

「揺れるといったから、ずれないように……」


 ガチャガチャとわたしのベルトを弄る師匠。そこへ──


「ちわーっす! ハスタールさん、ご注文の銀鉱石持ってきましたー! いや、山の中つらいんで、もうちょっと麓に引越しませ……ん……か?」


 なにやら、やたら元気な声で扉を押し開け入ってくる、麓の村の道具屋さん。


「………………………………」

「………………………………」


 硬直して見詰め合う師匠と道具屋さん。

 師匠はわたしのベルトに手をかけ、わたしは青い顔で、体を震わせています。


「その……あの……ひょっとして、お邪魔で?」

「………………………………」

「スミマセン、お取り込み中失礼しました。頑張ってくださいね」


 バタン、と死んだ魚のような目で扉を閉める道具屋さん。


「待て待て! 違うぞ、グスター!」


 グスターというのは道具屋さんの名前ですね。

 わたしが居るので麓の村まで出かけるのが難しくなったため、こうして定期的に宅配に来てくれます。

 グスターさんを追って慌てて飛び出す師匠。


「いいか、わたしは別に……」

「いえ、個人の嗜好とか、何も言いやせんが」

「だから違うと……」

「いくら弟子でも、あんな幼い子はどうかと……媚薬くらい使ってあげないと、いろいろな意味でキツイでしょう?」

「違うといっとろーが!?」


 外から何か言い争う声が聞こえてきます。不穏な単語も聞こえましたが。

 後、わたしもそろそろ限界です。



 帰ってきた師匠が見たのは、吐瀉物の海に轟沈するわたしの姿でした。

 クヤシイ、こんな姿で……ビクンビクン。

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