08話:1章 お説教と山のご飯

「あれ……いき、てる?」


 目を覚ましたのは自室の寝台の上。

 横には師匠がムッツリとした表情で座っていました。眉間の皺がいつもより深いです。


「あ、師匠。おはようございます」

「ああ、おはよう。体に異常は無いか?」


 かなり不機嫌そうな声。ちょっとビクビクしてしまいます。


「はい? 不死のわたしに異常なんて、ありませんよ」

「異常が無いなら、それでいい。なら次は説教の時間だな」


 うぇ!? ナンデデスカー?


「なぜ、逃げなかった?」


 いつもよりかなり低く重い声で尋ねる師匠。

 少し怖いですよ? マジで。


「え、戦えると思ったからです」

「お前は自分の身体の脆さを自覚しているのか! 体術や身体強化を教えたのは危険から逃げる為だろうが!」


 師匠から怒鳴られたのは、ここに来て初めてかもしれません。

 ビックリしたわたしを見て、師匠は幾分トーンを落とした声で諭してくれます。


「ユーリの身体は、触れれば壊れるような……本当にガラス細工のような脆さなんだ。積極的に戦うとか考えるべきじゃない」

「で、でもアクセルブースト、いえ、身体強化があれば」

「あの術は、私が自分の苦手な距離を埋める為に開発したものだ。基礎能力の低いユーリでは、戦闘にはあまり向かない」


 戦闘と言うのは、技や経験ももちろんですが、複数の能力の高さを要求します。

 武器を扱う筋力、素早い体捌き、攻撃を当てる器用さ。

 確かに身体能力の高い師匠なら、能力をさらに強化してしまえば接近戦もこなせるでしょうが、わたしが能力を一つ強化した所で、使い物になりません。

 だから高速展開法を考案することになったのですが。


「で、でも……わたしは生き返るんです。危険ではあっても……」

「だから無為に危険に身を晒していいわけじゃない。それに魔力が無い状態で生き返ると、断言できるか?」


 そういえば、魔力切れは初めて起こしました。


「魔力切れ……あれが魔力切れと言うものですか。初めて体験しました」

「身体強化は諸刃の剣だといっただろう。それに『神の奇跡』と言っても、無償で起こせる物ばかりじゃないんだぞ」

「ギフトのことですね?」

「ギフトは持ち主の魔力を取り込むことで発動する物もある。一部のギフトの話だし、消費ももちろんそれはごく僅か。一般人でも持ち得る程度の量だ」


 その話は初めて聞きました。大事なことじゃないですか!?


「ユーリのギフトが魔力を消費するタイプかどうかはわからないが、試してみるにはリスクが高すぎるだろう」

「当たり前です、消費するタイプだったら死んじゃうじゃないですか!」

「拾った時からユーリの魔力は底無しだったから、切れることなんて無いと私も思いこんでいた。そんなはずがあるわけないのにな」

「まあ、普通なら切れるはずのない量ではありますが」


 何せ一般の百五十倍以上ですから。


「私も不死と魔力切れの関係を考えていなかった。そこは謝らねばならない。すまなかった」


 深々と頭を下げる師匠。

 その姿を見て、思い知りました。つまりわたしは、また同じ過ちを繰り返したのですね。

 神様にチートな能力を要求して、獲た力のデメリットを考えず、危険を軽々しく考えて、酷い目に遭ったあの頃と。

 新しく獲得した力を、子供のように振り回して。

 だから――悪いのはわたしなんです。


「頭を上げてください、師匠のせいじゃないです! わたしが無茶な戦いをしたから……ん、あれ?」


 なにか、会話の流れがおかしいですね?


「あれ? 師匠は蘇生できない可能性を考えて、危険から逃れる為に、わたしに体術を教えていたんですよね?

 なのに、魔力切れで蘇生できない可能性に関しては、考慮していなかった? 何か順番がおかしいような?」

「……ユーリは孫みたいなものだからな。心配して悪いかね?」


 おおっと、素で返されるとか予想外でした。ちょっと顔が赤くなってしまいますよ?


「わたし、カワイイですしね。もっと愛でてくれてもいいのよ?」

「……さて、腹が減っただろう。飯を用意してやろう」


 誤魔化すかのように、ちょっと媚びてみたわたしを置いて、棒読み口調でそそくさと退出する師匠。失礼な!



 師匠が持ってきた雑炊と野菜炒めは、とても美味でした。

 まず雑炊ですが、シンプルに、ほのかに塩で味付けされたコメに、濃厚な香りの漂う……これはなんの出汁でしょうか?

 元日本人として、食は重要です。

 やはり気になっていたのは、出汁の概念がなかったことです。西洋でも近年までは無かったそうですし? フランス辺りでは無自覚に出汁を取っていたようですが。

 スープと一緒に何かを混ぜ込んだのでしょうか、とても濃厚な味わい。

 それでいて脂っぽさは全く感じません。

 具には刻んだ山菜に、鳥のササミのような肉がたくさん。


 野菜炒めは、野菜より多いくらいのコリコリとした肉がたっぷり入っていました。

 おそらくホルモン系ですね。

 レバーとか臭みが有って好き嫌いが分かれるのですが、新鮮なのかあまり臭いはしません。

 むしろ独特の歯ごたえで結構好きです、これ。

 他にも魚の卵の様なモノが入っていて、プチプチとした食感がアクセントになっています。これも美味しいです。


「師匠、この雑炊美味しいですね。いつもより濃厚な味がします」

「だろう。いい材料が入ってな」

「グスターさん、来てたんですか? こないだ来たばっかりなのに、珍しい」

「グスター? いや来てないぞ?」

「え、じゃあこの食材は?」

「ケラトス」


 カシャン――


 衝撃の告白に、思わず匙を落としてしまいました。

 フリーズしたわたしの脳が再起動するまで、数分を要しました。


「早く食べないと冷めるぞ?」

「その、これはわたしが倒した、あの……」

「二匹居たな、一匹はわたしが倒したぞ」

「ナルホド、この肉はあのトカゲさんですか。ではこっちの野菜炒めも?」

「ケラトスの内臓だな。新鮮なうちは美味いから、現場でしか食えないご馳走だな」


 まあ、わたしも食われそうになったことですし? 食うか食われるかの大自然の摂理です。はい。

 日本では鯨はもちろん、ナマコや河豚の卵巣まで食べてましたからね。

 海産物の悪食では日本人の右に出るものは居ないです。

 今更トカゲの一匹や二匹。


「スープに脳味噌を裏ごしして一緒に煮込んだんだ。濃厚だろう」

「ごぶっ!?」


 悪食で名高い日本人も、脳味噌と言うのは意外と馴染みの少ない食物でして……

 無いわけじゃありませんが。


「脳を抉ったわたしが言うのもなんですが……ケラトス南無」

「残った肉は氷結で氷漬けにしておいた。明日は燻製も作るからな。保存食は大事だ」

「師匠。ここは戦場でしょうか?」

「なにをいってるんだ?」


 わたしは小食なので、食費の負担は少ないはずですが、いささかガメツイですね。

 まあ五メートルのトカゲ二匹です。師匠の魔術で氷漬けにしておけば、しばらく食事には困らないでしょう。


「こっちの野菜炒めツブツブはなんですか? タラコ?」

「ウーギの卵」

「……………………」


 ウーギと言うのは、羽虫の一種でハエのような昆虫です。

 木の洞などに卵を産みつける習性があるので、比較的簡単に入手できます。

 飢饉などの時は、貴重な蛋白源になるそうです。


「師匠、戦場暮らしが長かったでしょう?」

「昔はそうだが?」


 美味しいご飯を食べながら、料理だけは自分で作ろうと心に決めました。

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