03話:序章③ 弟子入りする事になりました


「ふむ、にわかには信じがたいが……」


 俺の話を、ハスタールは黙って聞いてくれた。

 男に襲われて返り討ちにし、遺品を届けに行った先で殺されかけ、埋められた。

 そこへ魔竜ファブニールが現れ、町を焼き払い、運良く生き延びた。

 とりあえずそういうことにしておいた。こんな子供を襲うなんて、普通では考えられないことだろう。


「しかし、そのギフトの数を見れば、納得せざるを得ぬか」


 数……と言うことは、俺が複数持っているのは伏せていたけど、バレてる?


「ギフト……とは、なんですか?」


 一応女の格好してるので、話す言葉はできるだけ丁寧に心がける。


「ギフトとは、『神のもたらした贈り物』という事になっているな。もちろんユーリ君の例もあるように、幸福になれる物ばかりじゃないが」

「これは、もう呪いでしょう」

「そうだな、だがそこまで重なる例は稀少だと言える。ましてや全てが類稀な能力。それが重なるとは……これはもう、何が起こっても不思議じゃない」

「そもそもギフトってなんですか! なんで、俺がこんな目に!」


 ハスタールの冷静な対応に、理不尽な怒りに苛まれ、言葉使いすら乱れる。

 そんな俺を落ち着けるかのようにパイプを吹かし、落ち着いた声で語り続けた。


「君には知識が無いようだから、ギフトについて説明しようか。

 本来ギフトとは、百人に一人持つかどうかの稀少能力だ。その能力は完全にランダム。

天候予測、商才、算術、操糸……中にはジャンケンで勝つギフトなんてものも存在したらしいよ」


 ジャンケンに勝つとか……むしろ、そんな力の方が無害でよかった。

 今なら言える、交換して欲しい。


「もちろん、ギフトが無くても算術は出来るし、商才もあるだろう。だが有ると無いでは、成長や結果に天地の差が出る。そんな神から与えられた才能のことをギフトと呼ぶんだ」


 教師の様に淡々と、しかし興が乗ってきたのか、ハスタールの滑舌はさらに滑らかになってきた。


「有用な能力は特に価値が高いとされてね。『剣術』や『魔術』のギフトを持つと、国が迎えに来るくらいの歓迎振りだ。

 かく言う私も風属性魔術と魔道具作成のギフトを持っている。勧誘がしつこくてかなわんよ」

「二つ、ですか?」

「ギフトを持つ者の中には複数の才を併せ持つ者も居る。自慢じゃないが二つ持つのは、ギフトを持つ者の中でも千人に一人くらいだな」


 二属性持ちは全人口の内、十万人に一人になるのか……八つも持つ俺って、実はとんでもなく貴重?

 まあ、そのせいであんな目に遭ったが。


「三つともなると、国に一人居るか居ないか。そして、君は信じがたいことだが、私が見る限り五つは持っているね?」

「見えるんですか……?」

「魔術師なんてのを長くやっているとね。本質を見抜く力が何よりも必要な職業だから」

「五つ……何が見えます?」

「不老、不死、黄金比、神器、復活成長。私もこの指輪が無ければ、魅了を受けて少々辛い目に遭っただろうな」


 俺が地獄を見ることの原因になったギフト。解除が可能なモノは見えないのか?


「なら……わたしには近づかないようにしてください」

「残念だが、そうはいかないな。君は自覚していないようだが……非常に危険な存在なんだよ?」


 抵抗の指輪を付けていた冒険者があっさり魅了されて理性を失ったのだから、そりゃそうだろう。

 その結果俺は殺され、埋められることになった。

 もし魔竜の襲撃がなければ、俺はまだあの土の中に埋められたままだったのだから。


「理解してないようだが、その気になれば君は町を滅ぼせる。言うなれば戦略兵器のようなものだ」

「そんな大袈裟な――」

「目にするだけで人を魅了する。ましてやこれほどの強さなら、理性すら消し飛ぶだろう。民衆をたやすく暴徒へと変える力は、使い方次第では非常に危険だ」


 そこまで……と思わなくもないが、あの冒険者の男の惨状を思い出すに、安易に否定はできなかった。


「冒険者の男は不可抗力といえる面もあるだろう。軽々しく口にするべきでは無いが」

「死ぬ方法……無いんですかね?」

「……わからん。だが、助けた相手に死ぬといわれるのは気分が悪いな」

「すみません……」

「いずれ、時が解決してくれる事を祈ろう。君の時は長い」


 簡単に言ってくれる。怒りにも似た焦燥を感じた。


「話を戻そう。君を敵国のど真ん中に放り込めば、民衆は暴徒化し、その国は滅びる。少なくとも大きな被害は受ける。各国がそんな君を放置する訳には行かないだろう? ましてや、国などの勢力に関わらすわけにもいかない」

「関わる気なんて無いですよ」

「君にその気が無くとも、向こうが寄って来る。今の君に自分の力を制御できるかい?」

「できればあんな目に遭わないです」

「それに、権力者は君を放っては置かないだろうね。いささか幼いが、美形で至高の快楽を与えてくれる。しかも兵器に転用でき、死なず、老いず……」


 ハスタールはそこで思案気な表情を浮かべる。


「ふむ……ユーリ君、キミ、私の弟子にならないかね?」

「はぁ!?」


 あまりの急展開に、脳が付いて行かない。死んだ時より急展開じゃね?

 何その思考の流れ! この人、ひょっとしてロリ好きな人? 変態という名の紳士を装った変態?


「いや、何か不穏な事を考えられている様な気がしないでもないが……私の弟子になるなら、君の能力を制御してあげよう」

「そんな事できるんですか!」

「正直、全部は無理だ。だけど問題の起点になる黄金比だけなら抑える事が可能だと思う」

「問題の起点……」


 そうだ、黄金比さえ抑えてしまえば、魅了が発動せず、喜悦を与え正気を奪う神器にも繋がらない。

 不老も不死も他の四つも、基本は無害なのだから。

 美形とハーレムと言う要求の為に付けられたこの二つが無力化できるなら、普通に生活できる?


「本当に……できるんですか?」

「私の魔道器製造能力なら、多分ね。ああ、そうだ、もう一つ条件を付けよう」

「えっ、ま、まだあるんですか?」

「君、さっき『俺』って言ったね? あれ禁止で。せっかく可愛い女の子なんだから、もったいない」

「いや、取り乱さない限り使いませんよ。こんな見た目だし」

「自覚がある様でよかったよ。じゃあ、この抵抗の指輪そろそろ限界みたいだし、ここらでお暇させてもらうよ。しばらくはゆっくりしていると良い」


 そういって椅子を片付けるハスタール。


「ああ、そうそう。井戸は外にあるから。オネショの始末は自分でよろしく」


 そういえば股間が冷たい……さっき恐怖で少しばかり粗相をしてしまったらしい。しかし断じてオネショじゃないやい。

 でも、あの人……こっちには絶対近づかなかったな。怖がっていたからかな?



 こうして俺は……いや、わたしは『風の賢者』魔術師ハスタールの弟子になったのだった。

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