大きな川

雨世界

1 ……それはあなたのことです。

 大きな川


 プロローグ


 ……あなたが、なくしたものはなんですか?


 本編


 ……それはあなたのことです。


 あるところに、山の奥にある大きな川の近くに、たった一人で暮らしている男の子がいた。

 その男の子はずっと前に両親を亡くしていて、その両親が残してくれた小さな古い木造の小屋が森の中にあったので、それからずっと、その森の中の古い小屋の中で、たった一人で暮らしていた。


 ある日、男の子がいつものように、森の中で木の実をとったり、食べられる草を採集したりしたあとで、大きな川のところに桶を持って水を汲みに行くと、その川の向こう側の川岸に『誰か』(あるいは、なにか)がいるような気配を感じた。

 

 いったい、誰だろう? (それとも、人ではなくて、動物だろうか?)


 男の子は桶で水を汲んでいた冷たい川の水から両手を出して、(季節は冬。月は睦月で、川の水は氷のように冷たくて、男の子の小さな両手は両手とも真っ赤になっていた)大きな川の向こう側の川岸を見た。


 ……すると、そこには、一人の女の人がいた。(動物ではなかった。その人は確かに人の姿をしていた)


 長い黒髪をした、こんな山奥の場所には似つかわしくない鮮やかな緋色の着物を着ている、……とても綺麗な女の人だった。


 その綺麗な女の人は大きな川の向こう側の川岸から、男の子のことをじっと見つめているようだった。

 男の子も、女の人のことを見たので、二人の視線は大きな川を挟んで、確かにしっかりと重なっていた。(その女の人はとても綺麗な瞳をしていて、でも、その男の子のことをじっと見つめる二つの瞳は、なぜかなんだかとても悲しそうな色をしていた)


 ……その女の人を見て、男の子は、……こんなところに誰かがいるなんて、すごく珍しいこともあるんだな、と思った。(両親と死別してから、少し遠い場所にある、こことは別の森の中に住んでいる、ずっと、両親の代わりに、男の子のことを見守ってくれている両親の親友だったきこりのおじさんをのぞいて、誰か他の人間と会うことは、今日が初めてのことだった)


 それに、なんだか、すごく不思議な感じがする。


 ……そんなことを思いながら、男の子がその綺麗な女の人のことをじっと見ていると、やがて少しして、綺麗な女の人はふと後ろを振り返って、綺麗な長い黒髪を風の中になびかせるようにして、そのままゆっくりと歩いて大きな川の周囲にある深い森の中に消えるようにしてわけ入って行って、やがて、その姿が男の子から見えなくなってしまった。


 綺麗な女の人の姿が見えなくなったあとも、……男の子はしばらくの間、じっとその誰もいなくなってしまった深い森のほうに、……ずっと、ずっと、水を組むことも忘れて、目を向けていた。

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