第3話
年が変わるまであと二時間弱。俺は近所の神社にいた。遠くからは騒ぐ人々声が聞こえる。出店なども盛況のようだ。
「あ!先輩!早いですね!」
人混みに紛れて愛田さんがやって来た。
「お待たせ〜!」
その後ろから未玖さん。
「あれ?まだ綾田だけ?」
さらにその隣に神条先輩。
「そもそも俺、今日誰が来るかあんま知らないんですけど」
「あと小野さんと伏と須部かな」
「須部先輩来るんですか!?」
こういったイベント事はおろか普段の活動でさえ滅多に現れないあの人が。あだ名がはぐれメタルのあの人が。
「行きたいとは言ってたけど正直来るか分かんないね。来たら儲けもんぐらいだと思うよ」
「あぁ……」
あの先輩らしいや。
「ねえ神ちゃん、私りんご飴食べたい」
語尾にハートが付きそうな撫で声で未玖さんが喋る。
「買ってくればいいんじゃないですか」
「あ?」
撫で声からの恐喝。もはや見慣れた二人のコントだ。
「全く……。明那、俺ちょっとこいつを黙らせてくるからここで皆を待ってて」
「やったぁ!」
そうして二人は雑踏の中へ姿を消していった。
「幼なじみなんですっけ。あの二人」
二人残された空間で愛園さんが口を開く。
「そうだね」
「なんか羨ましいですよね。ああいうのって」
「それ分かる」
きっと二人に聞くとそんな関係ではないって答えるだろうけど、そこに入り込めない空間があるのは確かだ。
「おつかれ〜!」
後ろから声がする。振り返ると三人がそこに立っていた。
「遅れてごめんね。須部がギリギリまで家でなくてさ」
「私は準備出来てたけど小野ちゃんがさ〜」
「えぇ!?なんで私なんですか!?」
こっちもこっちでまたコントを始めだす。うちのサークルには芸人が多すぎて困るな。
「ていうかあれ?あの夫婦は?」
「神条先輩なら未玖先輩とデートしに行きましたよ」
「堂々と嘘をつくな。あの二人はりんご飴買いに行きましたよ。もうすぐ戻ってくるんじゃないかと」
と、ちょうどそのタイミングで二人が帰ってきた。
「なんだ皆来てんじゃん!」
何故かりんご飴ではなく焼きそばと唐揚げが両の手を塞いでいる未玖さん。そして若干顔が青そうな神条先輩。
「なぁ聞いてくれよ。こいつ今日財布持ってきてないって言うんだぜ」
「だから後でちゃんと返すって言ってるじゃん」
元祖コント芸人が帰ってきたせいでこの場にボケとツッコミが飽和する。なかなか混沌としてきたな。
「じゃあみんな揃ったし行こうか」
という神条先輩の一言で初詣兼出店巡りは始まった。
「あれ?神ちゃんは?」
「トイレに行くって言ってましたよ。帰ってこれるかは知りませんけど」
なんせこの人混みだ。一度見失ったら戻ってはこれない。
「そっか。まあなんとかなるでしょ。行こ、綾田君」
そうして美玲さんは俺の腕を引っ張るようにして前へ進んでいく。
掴まれた部分が温かい。赤くなった肌は寒さのせいか、温かさのせいか、それとも。
「ちょ、ちょっと美玲先輩!」
俺の声を半ば無視してどんどん奥へ進んでいく未玖さん。これは精神的に良くない。そして何より……。
「ふぅ」
人に酔った。多すぎる。美玲先輩には一言断って少し離脱させてもらった。人混みを抜けて杜の奥の方に手頃な岩があったので腰掛けて休ませてもらっている。
「あ、先輩いた。大丈夫ですか?」
愛田さんがひょっこり現れる。
「これ、お茶どうぞ」
「ありがとう」
ありがたく頂く。喉が渇いていたことも相まって一口で三分の一程を飲み干した。
「愛田さんは皆のとこいていいんだよ。俺ももう少ししたら戻るし」
「私も……少し疲れちゃいまして」
彼女は俺の隣に腰を下ろす。
「あんまり得意じゃないんですよね。人が多い所って」
「分かる。俺も一緒」
時折風が頬を切る。吐く息は
「先輩って……未玖先輩のこと、どう思ってます?」
一瞬空気が固まる。
「どうって。いい人だと思うよ」
「そうじゃなくて、その。美玲先輩のこと好きなんですか?」
ノータイムで核心を突いてきた。
「正直言って……分からない」
好きって何なのだろうか。確かにサークルの集まりに未玖先輩がいたら嬉しいし、話せたらもっと嬉しい。さっきだって緊張でいっぱいいっぱいだった。
「未玖先輩のことは間違いなく好きだよ。でもそれが異性としてなのか、単に人間としてなのかは俺には分かんない」
他人から向けられる感情には聡いのに、自分の感情を説明することが出来ない。
「それに、たとえ俺のこの感情が恋愛感情だったとしても、本人に伝えることはないだろうさ」
「それは、神条先輩がいるからですか?」
黙って首を縦に振る。あの二人の間に俺が割り込める隙間はない。そんなもん誰が見たって明白だ。
「結局俺ってそういう人間なんだろうね。優柔不断で、曖昧で、情けない男だよ」
もう一口お茶を呷る。
「そんなことないですよ」
寒さのせいか、彼女の声は若干震えていた。
「先輩はいつだって率先して動いてくれますし、困ったら助けてくれますし。そういうところが……」
後半にいくにつれて段々と声量が窄んでいく。
「好きなんです」
精一杯振り絞ったであろう声は静寂を切り裂いて確かに聞こえた。
「先輩のことが好きなんです」
意思を持った弱々しい声は胸の中で反芻して形を成していく。赤々とした頬は白い風景とのコントラストで輝いて見えた。
「…………ごめん」
逃げずにまっすぐ彼女を見つめる。
「今すぐには答えられない。少しだけ、時間が欲しい」
その場の雰囲気で答えたくない。それは彼女に対して失礼だろう。まっすぐ受け止めて、しっかり返さないと。
「大丈夫ですよ。先輩のそういうところも、全部含めて好きになったんですから」
好き。はたしてその感情が俺にはっきりと芽生えるときは来るのだろうか。
「そろそろみんなのところに戻ろっか」
「そうですね」
年が変わるまであと十五分だった。
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