19-八月三十一日(水)

 目の前には佐藤うずらの死体がある。

 それを見つめる佐藤露草の瞳に感情はない。

「──なんか、不思議な気分よ」

 携帯電話で時刻を確認する。

 午前二時十三分。

 今回、佐藤うずらは佐藤露草の制止を逃れ、ゲリラ作戦に出た。あらかじめ弦を引いてあったクロスボウを持てる限り持ち出し、遠距離からの狙撃や、奇襲、待ち伏せといった手段を取った。

 その結果がこの時刻である。

 佐藤うずらの死体からポシェットを剥ぎ取る。

 深夜の手稲駅前には、まだ人通りがある。野次馬も徐々に集まりはじめている。

「アンタの考えてること、わかってきた。アンタはいつも結果だけ見てる。ためらいなくうずらを殺すのだって、いずれうずらの記憶が消えるから。その先に、一番いい結果が待っているから。でも……でも、ね──」

 佐藤露草が唾液を飲み込んだ。

「アンタの記憶は、残る。アンタは傷ついたまま。アンタはいつだってそうよ。自分のことなんて考えない。他人のことしか考えない。そんなアンタが──信用ならなかった。そんな人間が、いるはずないって。きっとどこかで他人を食いものにしてるんだって」

 タイム・タイムの目盛りを二十四時間に合わせた。

「ひとつ、訂正する。アンタは道具じゃない。でも、人間とか機械とか、そんなのアタシは知らない。アタマ悪いもん。アンタは──くたじま。九丹島ミナト。それでいいよね」

「ああ、ありがとう」

「……その砂時計を引っくり返せば、アタシの記憶は消える。もう、くたじまの手伝いはできない」

「そうだね」

 佐藤露草が二度目にタイム・タイムの使用者となったのは、現在時刻から約十時間前。八月三十日の午後四時前後である。二十四時間跳躍すれば、佐藤露草の名前はタイム・タイムのインベントリから削除される。

「お願い、としか言えない。うずらを助けてとしか言えない。たぶん、アタシはいま、アンタに頼むことしかできない自分が、悔しいんだと思う。でも、だから──」

 佐藤露草の拳が、九丹島ミナトの胸に軽く当てられる。

「──頼んだ! アンタのこと、永久寺の次くらいに好きよ!」

「ああ、僕も好きだよ」

「……うっさい! その言葉を待ってんのは、アタシじゃないでしょ!」

「ハハ、そうだね」

 九丹島ミナトはタイム・タイムを反転させた。




▼ Continued...

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