第7話 霞敷く 起-7 閃き

 翌朝。すこし曇りがかった雲が重たげに空を覆っている。雨の匂いはしないから降水はしないだろうが、それでも晴天と比べると気が重い。特に日光も差し込まないこんな日は木々にとって辛い日だ。もう秋口だし、続かないと良いのだが…。などと考え事をしながら東岩のもとへ向かう。天気が悪いと自然と目線も下がってしまう。足元の落ちた木の枝や木の葉の状態を見ながらとぼとぼ歩く。


「…ん??」


なにか頭の隅を掠めた気がする。何だろう?そこでその姿勢のまま考える。足元の枝を、落ちた葉を、真白い足袋を朱い袴を軽く握った手を。じっと見つめてひらめきかけたなにかを探る。その場にあるのは風の音と、それに揺らされてかさりと音を立てる落ち葉だけ。


「………あああ!そっか!!」


ひらめいた霞はすぐさま駆け出す。早く早く、忘れてしまわないうちに。


 正蔵はぎょっとした。朝社務所へ出てきてみれば、いつもは東岩たちとともにいるはずの霞が社務所前でうろうろさ迷っていたからだ。幸か不幸か、今日はその姿は他の職員たちには見えていない。


こちらに気がつきぱっと顔をあげ駆け寄ってくる様は昔飼っていた犬を思い出させた。うむ、やはりなんと言われようがこの九十九は犬っころ似だな、と意識が変な方に飛びかけたところで我に返る。現実逃避をしている場合ではなかった。何か枝?を持って訴えているようだがあいにくここでは人目もあり話は聞けない。身振りで中に入るよう促し、既に身支度を整え終わっていた職員へ急用が入ったので執務室に篭る旨伝え、漸く相対した。


「もう楽にしていいぞ」

「うはー!お社以外で正蔵さんに威厳があるのって凄く珍しいものを見ました!」

「おっと朝の支度をするのを忘れておったわ」

「嘘嘘嘘行かないで!話聞いて!!」

正蔵のコートに縋り付き枝をさくさく刺す。

「痛っ!痛い!なにをしてる!!枝!?」

「そうですそうなんです、こういう枝を使えば—-」


コンコンコン、と控え目にノックの音が響く。


「あの、宮司さま、大丈夫ですか・・・?いかがなさいました?」

「いや、何でもない。久しぶりに小指をぶつけただけだ。煩くしてすまないな。」

「ああ、左様でございましたか。これは失礼を致しました、申し訳ございません。では私はこれで。」

「ああ、ありがとう。」


すす、と衣擦れの音が遠ざかる。遠くまで離れたのを確認し、再び向き直った。


「で、枝がどうしたと?まさか杜に何か異変でもあったか」

「あっ、違うんです、こういう枝とかを使えばうまくいくんじゃないかって!」

「まさか、それは」

「そうです、理論的に有り得ないことでもないでしょう?」


 霞は話しはじめた。そもそも自分はこの杜自体の顕現だということ。それには神木は勿論のことも小さな木々もそれに含まれること。であれば小さなこの枝一本であっても霞の一部という定義づけをすることは可能であり、もしもこの枝から分霊という形で顕れることができればこれまでの問題も無いに等しいものにできるのではないか、ということ。

ただしそれがいつまでもつのか、中間のものでもできる芸当なのか、そもそもそれができるのかという問題がある。それを話したくて朝からずっと待っていたのだという。


「なるほどなぁ、上手く考えたものだ。」

「でしょう?」

「たしかにそれができれば、本体はこの杜に留まるのだから杜に与える影響も少なくて済みそうだ。人でも神でもない上ここまでか弱い存在であればあるほど気難しい神仏相手でも見逃される可能性も増える。このサイズまで小さくなってしまえば、ポケットや鞄に隠れて同行することもできる。見られてしまってもなんなら娘へのプレゼントの人形と言い張ってしまえば良い・・・。」

「さっすが正蔵さん、理解が早い!」

「だが・・・本当にそれはできるのか?」

「・・・・・・そこなんですよねぇー」


二人で頭を抱えた。


「あと流石にプレゼントの人形っていうのはそこそこ気持ちが悪いです。」

「人形以外に何と言えというんだ。こけしか。」


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