第6話 霞敷く 起-6 作戦会議

「では、二つ目の問題だが。」


そう言って正蔵は“町々の寺社仏閣を調べ相性の悪そうな神仏のいる領域を把握、共有しておく。そしてその領分と思わしき場所には極力近づかないよう努める。”と書かれたところを指さす。


「まあ、それはだいたい予想がつきます。各所の神仏を刺激しないようにということでしょう?でもわたしは神ではないのに、そこまでしなくともいいのじゃありませんか?」


わたしはいるのかいないのかわからないようなものですし、と続ける霞。


「いや、これは必要だと判断した。たしかに御前方はそれぞれ、あるいは纏めて祠があったりするわけではない・・・つまり神ではないかもしれん。しかし人でもない。そのようなどちらとも取れる立場であるからこそ、この下調べは必要とは思わんか。」

「うーん・・・正直、そう思おうとすればそうでもあり、不要と思えば不要とも思える、なんだか煮え切らない感じです。」

「そうか。しかしもし向こうが勝手に他の神が自分の領域に入ってきた、などと怒ってしまって、説明することすらできん相手だとしたらどうだ。」

「しかしこんな小さな存在を神と誤認するものなのでしょうか。」


やはりそこが引っ掛かって煮え切らないらしい。つくづく純というべきか、単細胞というべきか、・・・自己肯定が低いというべきか。


「そもそもだ、お主は神をどういう位置づけで捉えている?」

「それは、まず第一に信仰の対象となるものであり、奉る祠あるいは社と人があり、強い力を持つもの、と。」

「そうかそう定義づけていたか。しかし神という定義は実を言うと人によって違ったりする。であれば神もそうである可能性があるとは考えられないか?」

「神も自分の定義がそれぞれ違うと?」

「そうだ。自意識というものはそれぞれ違うからな。人もそうだ、これが自分、これが人だという定義などそれぞれで違う。」


まぁ辞書的な定義はあるけどもな、と付け加えておいた。お主たちにはそういう認識のズレというものはないのかと問いかけてみる。


「あまりそういう話はしないのですが…ああでも、以前ひとに対してどう思うか、という話はしましたよね!たしか葵さんが見守り感謝し育むもの、東岩さんはただ見守るもの、と…。」


と言いちらりと伺う霞に二人も無言で頷く。


「たしかに今までの話でもこれらはお二方の核のように通じていましたし、自意識や意見も違う。でもそれが神に敵対視されるか否かの問題にどう関ってくるんですか?」


「御前方はたしかに神と言い切れるものではないかもしれん。祠も、社もありはせんからな。しかし人間でもあるまい。特に境内にいる東岩や霞、御前などは本体にしめ縄を巡らせて大切に守り続けているもの、それを祠の代わりとして神認定をする神仏がおるやもしれん。また重ねていうなれば、木、岩、川、その中で神という言葉を付けて一般的名称があるのは神木、木だけだ。とどのつまり…九十九でも認識の違いがあり定義がバラバラである以上神もそうだと考えた方が宜しい、また中でも一番誤認されやすいのは霞、御前ということだ。よって私は御前に慎重に何処が通れて何処が通らぬ方がいいのか綿密に下調べする必要があると主張する!」


「ぐう…っ!ごもっとも過ぎます!!」

「霞ちゃん完敗ね。」

「正蔵さんをなめてました…」

「どんまいだよ霞ちゃん。」

「御前方、末娘にとことん甘いよなあ。」

「そりゃあ可愛い末っ子ですから。」


                  〇


「それでは改めて、三つ目だが。」


全員疲れてきたためか先ほどはなんとなしにお遊びムードが出てしまったのだが、襟を正さねばなるまい。小休止を挟み、新しくコーヒーを入れなおし、話し合いを再開した。


「ええと、三つ目は” 霞の深緑の髪と眼、巫女装束をどうカモフラージュするのかの話し合いを行い、解決しておく必要がある。”ですね。」

「ううむ、これもまたどうしたものか…。」

「一応聞きたいのですがこのままだとダメなんですよね?外人さんが記念に巫女装束に身を包んでみたみたいなのって通らないですかね?」

「舞妓さんではあるまいし、記念に巫女の装束を纏うというのは正直苦しすぎるな…。それに緑の目を持つ人は多くとも緑の髪というのはそうそうないぞ。」

「そこはそのー…コスプレ好きとか。」


この前いらしたじゃないですか、そのコスプレしてる団体さん!と身振り手振りで示す。


「あれは近くでそういうイベントをやっていて、しかもマナーの悪いのが紛れ込んだだけだ。街中を闊歩するようなのはほぼおらん。最近はそのあたりもしっかりしとるからな。そもそも見える人には見えるが大体の人間には見えない外人、などパニックになるぞ。」

「うう、そうでしょうか…。」

「間違いない。境内でも子どもたちが気付くときはじっと御前を見つめてぽかんとしているからだろう。街中でそうやってねえお母さん、などと知らされてみろ。親は失神しかねん。」


だからこそ見られてもスルーされるような状態にしておかなければならないのだ、と説得する。

うう、とうなる霞を見、正蔵は聞く。


「今更ながら、衣装は着替えられたりするか?」

「衣装とかこれしかありませんし着方もわかりません。」

「そうか・・・それにお主、世間の服用意したところで着られるかもわからんしな・・・」

「それですよね・・・」


霞はひとに触れられない幽玄なものだ。それが人が着ている服を着られるのか着られないのかも不確定で、衣装を手配する案は不採用となった。

その後も姿を変えられないか雑誌を見つつ頑張ってみたり、やはり着られないかと服や鬘まで用意してみたりいろいろと頭を捻ってみたが有効と思われる策は出てこなかった。

そのまま時は過ぎ、境内に朝日が差し始めた。あっ、務めが、と言う葵たちに、


「私を誰だと思っている、休みは確保済みだ。…午前中だけだがな。」


そういってかか、と笑った。ひとまず今日はお開きとして、作戦会議はまた明日まで持ち越しとなった。

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