第3話 サイボーグ ハンマーパンチ
69番は俺を秘密結社マステマ団に誘った恩人である。
当時俺は会社をクビになり、社員寮も追い出されて行き場を失っていた。何とか今住んでいるボロアパートを見付けて、アルバイトで食い繋ぐ日々を送っていたのであるが、バイトしていたコンビニで万引きした69番を追いかけた俺は、深夜の路上で死にそうになるほど奴に蹴られまくってしまった。それだけ必死で犯人を取り押さえようとしたのだ。
今から思えば、時給千円程度で命を賭けるなんて正直、馬鹿げていたと思う。しかし二十数年間、奴隷労働者として一所懸命に働くことだけを教育されてきた俺には、頑張る事しか考えられなかったのだ。
気を失い救急車で運ばれた病院で、バイト先のオーナーから俺は、「大変な事をしてくれたな」と責められた。たかだかコンビニの商品を万引きされたくらいで、死にかけるほどの怪我をした俺が悪いと言うのだ。当然、犯人は逃げているから損害賠償は請求できないし。病院からは治療費を請求され、働けなかった間の収入もなく、掛け持ちしていたバイトもクビになっていた。仕方が無いので俺はオーナーにベッドの上で土下座して頼み込み、治療費と入院費はなんとか立て替えてもらえることになった。こうして俺は、自分の正義感の為に借金まで背負ってしまったのだ。
こうなってしまっては、のんびり養生などしていられない。
俺は怪我が十分には治っていなかったが、生来の丈夫なからだに感謝して早々に退院した。そして件のコンビニで治療費返済の為に仕事をしていると、店に例の69番が表れたのだ。表れたが俺は、もちろん何もしなかった。何かして、また怪我でもしたら怒られるのは俺なのだから。
正義感が自己責任なら何もしない方がいいに決まってる。商品が盗られるのは犯人が悪いからだし、怪我をするのは俺が悪いのなら、何もしないのが正しいのだ。俺の業務に万引き犯を捕まえることは含まれていないし。俺の時給に商品を守る義務は含まれていない。もし含まれているとしたら、俺の命の価値は時給千円以下という事になる。多分十円とかそこいらだろう。
そんな訳で、今回の怪我で、少しは賢くなった俺は69番を無視した。すると奴の方から俺に話し掛けてきたのだ。「あれだけ蹴ったのに無事だったのか! そいつぁすげぇな!」そんな悪びれもしない69番の態度はおかしいが、奴からしたら俺も十分におかしな奴だったに違いない。戦闘員に死ぬほど蹴られても仕事をしているのだから。奴が俺に話があるというので「今仕事中だからと」いうと、69番は俺のバイトが終わるまで待って、俺を悪の秘密結社にスカウトした。まったくおかしな奴だ。
治療費代分を前借させてくれるというので、勿論、俺は喜んで69番の話しに乗った。こうして俺は悪の秘密結社マステマ団の、時給千五百円の戦闘員になったのだった。なにしろ今時、社会保険完備で時給千五百円は破格の待遇なのだ、人気の穴場アルバイトである。69番の口利きのおかげで俺は、上級戦闘員の強化手術まで受けられ、丈夫な身体が更に丈夫になったのだから69番様々なのである。
「それでは、車内でミーティングをはじまーす」
773番の一声で、全員にプリントが配られる。
「これが銀行の図面でーす。包囲している警察を倒したら、銀行に突入しまーす。同士討ちには十分気を付けてくださーい。では、安全点呼いきまーす。今回は775番さん、どうぞ」甲高い773番の声が車内に響き、775が緊張した面持ちで安全点呼をはじめた。
「マスクよいか?」「マスクよし!」「タイツよいか?」「タイツよし!」「足元よいか?」「足元よし!」「顔色よいか?」「顔色よし!」「ご安全に!」狭いパトカー中で、全員で安全呼称して配置についた。
作戦といっても銀行内に気をとられている警官たちを特殊角材でぶん殴るだけだから、初心者にも出来る簡単なお仕事だ。
そうそう忘れていた、今回から参加の新人779番が居た。
一応班長を任されている俺は奴の履歴書を見たが、特に目立つ特技もないらしい。779番は大学生で、借りた奨学金返済の為に組織でバイトをはじめたのだそうだ。名ばかりの奨学金に騙されたよくいる苦学生だ。今回、目立った活躍をしていない779番の為に、俺は先陣を切らせてやることを決め、班長専用赤い殺人光線銃を貸してやった。活躍の度合いによって手当が付く出来高制だからだ。俺も部下思いの良い上司になったものだ。
「よし行くか!」勢いよく車外へ飛び出した俺達は、間抜けな警官たちの背後にこっそり忍び寄り、大きく振りかぶって、後頭部を悪の秘密結社マステマ団謹製超合金入り角材で豪快に振りぬいた。
そのままの勢いで行内へと突入する。
先頭を走っていた779番がつるっつるの床ですっ転んだ。なんとも豪快なバラエティ番組仕立てのアクションに、間近で目撃した俺は笑いが止まらなかった。が、床一面の血の海に気付き、転ばないように足を踏ん張った。
気が付くと、俺達を警官隊の突入と勘違いしたのか、69番がこちらを呆然と見ていた。そして俺と目が合った次の瞬間、パチーン! そう、そのままの音だ。擬音でも比喩的表現でもなんでもない。そのまんまの衝撃音で69番は弾け飛び、血の塊となっていた。その瞬間、69番はこの世から消滅した。
69番は元保険会社の社員だった。バブル経済崩壊後の銀行再編の後、遅れて損害保険業界再編の荒波に揉まれた69番の会社は海外資本に買収され消滅した。依願退職した69番は保険代行会社を設立したが、過当競争によりあえなく会社は倒産、借金はなかったらしいが自宅のローン払えず競売にかけられ、離婚して一家は離散し、荒れた生活を送るようになり悪の秘密結社に幹部候補として再就職したらしい。
なので、社会一般に対しては悪の秘密結社戦闘員らしく冷徹だったが、組織の中では大卒エリートなのに腰の低い、将来を嘱望されたインテリ戦闘員だった。
69番を血祭りに上げた奴と俺の目が合った。一瞬奴も俺達を機動隊とでも思ったのだろう。じっと俺を見詰めている。そこへ流石は元ヤクザ、場慣れしている777番が自慢の、悪の秘密結社マステマ団謹製超合金入り特殊角材を振り下ろした。が、効かない。777番は逆に跳ね飛ばされてしまった。 奴は頭まで強化された石頭戦闘サイボーグらしい。
一緒に突入した仲間たちは、血の池地獄と化した滑る床でのた打ち回っている。人間が必死に逃げ惑う姿は中々に滑稽だ。俺は喉元まで笑いが込み上げていた。そこへ、69番を粉砕したサイボーグがのっしのっしと俺に向け歩いてくる。そして俺の目の前で、自慢のハンマーパンチ(本当にハンマーの形をしている)を頭上高くに振り上げた。
それを身じろぎもせずに見上げる俺。あっ! こんなときの為の、悪の秘密結社マステマ団謹製班長専用赤い殺人光線銃! 俺は無意識に胸のホルダーを弄るが、無い! そうだ、779番に貸したのを思い出し、遂に俺の人生も悪の秘密結社戦闘員一名としてここで終わりを告げることを覚悟した。 特に走馬灯は回らなかった。
走馬灯は回らなかったが、ハンマーが振り下ろされるまでの時間は意外と長く感じた。これが世に言う死の瞬間の長回しという奴なのか。走馬灯がないのが少し損した気分になる。しかし長い。長過ぎる。あまりにも長いので、怖かったが少し目線を頭上から下にずらしてみた。
するとサイボーグのからだには無数の小さな穴が空き、その穴という穴から血の様なオイルの様な、それ以外の何かの様な液体が流れ出していた。
取り乱した779番がサイボーグを滅多撃ちにしていたのだ。779番はまだエネルギーが切れた赤色殺人光線銃を撃ち続けている。これは充電しておかないといけないな、ここにMicro USB充電器はあるのかな。
白目を剥き、その場につっ立ったまま死んでいるサイボーグ野郎を尻目に、俺は779番をよくやったと褒めてやる。褒めて部下をヤル気にさせるのも上司の務めだからだ。すると779番は「ロボットなら殺人にはなりませんよね?」などと呟いた。安心しろ、君は立派な悪の秘密結社の一員だから。
まぁ、確かにコイツは人間のようなロボットのようなゴリラのような、よくわからない奴だからな、ロボットなのかもしれない。会話もしてないし。
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