第2話 悪のお仕事

 さて、そんな訳で今日の目的地前に到着したのであるが、途中偉そうなリーマンにいぶかしげな視線を向けられたので、ソイツを取り囲み威嚇して泣かせてやった。たかが社畜風情が、この狂った世の中に鉄槌を下そうと頑張っている我々を見下すなど、十年早いのだ。そんな腰抜け共は、便器を素手で洗って顔洗って出直して来いなのである。

 

「では、774班の皆さん頑張ってくださーい!」

タイムキーパーのメガネっ子773番の号令で俺774番と班の五人が銀行へと突入した。

途中、775番が勢いよく飛び込んだはいいが、自動ドアでお年寄が転びそうになったものだから、介抱するアクシデントもあったが、775番は元介護職なのだから仕方がない。国の社会補償費削減で、施設の仕事だけでは食っていけなくなって転職した口だから、気は優しくて力持ちの頼れる奴だ。





 俺達が正面玄関から吶喊とっかんすると、相手も手馴れたもの、体の大きいいかにも柔道なら黒帯っぽい警備員達三人が、警棒片手に行く手を阻んだ。ところがだ、正面から突入したのは三人、残り二人は裏口から客を装いすたすたと、何事も無い様に進入し油断している背後から776番が警備員達の頭を組織に支給された特殊角材で思いっくそフルスイングした。

 

 勿論、腐っても特殊角材である。戦闘員の腕力で振り抜かれた角材は、警備員の頭を奥に座っている支配人の頭上高くに見事めり込ませた。しかし惜しい、これではエンタイトルツーベースだと776番は悔しがっている。フルスイングした776番は元野球選手(二軍)だ、流石さすがである。監督の俺としては十分な働きと評価に反映しておこう。人事考課も高い評価が出るだろう、良かったな776番。





 頭を失い右往左往している無抵抗なASROCのサイボーグ警備員たちを、775番と776番が思い思いに角材で滅多打ちにしている。そうとう鬱憤が溜まっていたのだろう。


 ここでやっと俺の出番がやってきた、俺は、黒皮の高そうな椅子で腰を抜かしている支配人のところまで歩いてゆく。と、奴は何か机の下を弄っている様だけど、どうせ非常ベルか何かだろう。そんなものサイボーグ警備員がとうの昔に発信しているに違いないのに、諦めろよ情けない。高学歴で高い教養と知性を持ち合わせているであろう社会の勝ち組であっても、イザとなったら、人間なんてものはそんなものなんだなぁ。などと、少し感傷に浸ってしまった。


「支配人。我々はマステマ団だ。わかってるよな、素直に現金を用意しろ!」

 支配人は空返事をしながらも、まだ机の下のボタンを押そうと、震える手を反対の手で押さえつけている。どうしてこう、頭でっかちなお偉いさんは諦めがわるいのか、諦めろよバレバレだから。





 そこへ女子行員の黄色いような、群青色ぐんじょういろなようなよくわからない悲鳴が店内に響き渡った。何事かと店内を覗き込んだ通行人が我々の姿を認め、慌てて自動ドアの外へと飛び出していった。

 悲鳴の原因は777番と778番が新人女子行員を応接室へ連れ込んだからだ。俺は二人に「手短に終わらせろ、三分だ」といった。777番と778番は元暴力団員で、暴対法によりシノギでは食えなくなって、建築現場などで働いてはいたのだが、不景気の煽りで、そこでも食えなくなったのだ。


「わかってるって! すぐ終わらせる!」さりとて777番は早漏で、ヒモにさえ成れなかったし。778番に至っては、他人の行為を覗き見るのが趣味の変態さんだった。やがて女子行員の抵抗する悲鳴が止み、諦めの沈黙が続いた。そして三分も経たず二人は応接室から出てきた。本当に早いな。





 持参したバッグに現金を詰め終わる頃には、パトカーのサイレンが聞こえてきた。どうせ、サイボーグか支配人か通行人の通報だろう。すると、壁にめり込んだ頭だけの柔道野郎共が勝ち誇ったように、「お前らはもう終わりだ! みんな死ね!」などと調子こいて罵倒を始めたので、悪の秘密結社支給の班長専用赤い殺人光線銃(光線の種類は知らん)で奴らの頭にストローだいの穴をこさえてやった。穴からはぴゅーっと勢いよく赤黒い液体が噴水を作った。


 しかし、我々は警察に包囲されてしまった。こうなったら援軍が到着するまで篭城か、とも考えた。応接室ではまだ二十歳そこそこの女子行員がさめざめと泣きながら嗚咽をもらしていた。篭城ともなれば災難はまだまだ続くことだろう。気の毒にな、なんて思っていると、表で待機していたタイムキーパーの773番が気を利かせて、辺りに催涙弾を放り込んでくれた。この催涙弾は改造人間に対しては無害の優れものだ。





 こうして、俺達は混乱に乗じて逃走を図った。間抜けな警官たちからパトカーを奪って逃げるのだ。

 俺は行きがけの駄賃に支配人の頭を両手で挟み、力を掛けると初老の華奢な支配人の頭が牛乳瓶の底の様なメガネごと卵の殻を割る様な軽い音を立て、やがて柔らかくなった。


 五人乗りセダンのパトカーに七人が乗りこむ。チューンアップされているとはいえ、大男を含む全員が乗りこむと、ク○ウンのパトカーはシャコタンになっていた。そんなことはお構いなしに、69番班の待つ竹中中央銀行へと急いだ。


 すっかりスプリングがヘタリ、タイヤがハの字になって床を擦り火花を散らしながら走るパトカーは、竹中中央銀行へと到着した。こちらも警察に周囲を包囲されていて、行内のガラスは真っ赤な血で目隠し状態になっている。

「69番は随分と派手にやってるじゃないか」

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