ショッカーさん

宮埼 亀雄

第1話 ショッカーさん

 田舎の高校を卒業し、都会に出てから早五年、家賃三万円のボロアパートに住み、毎日のアルバイトにこれからも人生を消費されて生きてゆくのかと、しんみりしていた俺が居た。しかし、それも今は昔。

 今は上司から手渡された気持ちのよくなる薬を腕にちゅーっと一発決めると、鼻息フンフン、眼光ギラギラ、筋肉ピクピク、水洗トイレから勢い余って飛び出す水流ほどの気力が頭頂部の髪の先端せんたんにまでみなぎって、先っちょから何か放出している気分になる。それはオーラだろうか、それともエクトプラズムか? 

 まぁ、そんな事はどうでもいい。今から俺達は街へと繰り出して、大人しい若者達を舐めくさりしいたげてきた、豊かさを飽食する愚かな日本の上級市民共へ報復の狼煙のろしを揚げるのだ!





 俺達は所謂いわゆる、戦闘員と呼ばれる悪の秘密結社の一員である。悪の秘密結社なのだから悪い事をする。ていうか、悪い事をさせられている。子供の頃から『他人に迷惑を掛けてはいけません!』などと、親なり学校の先生に教わってきたし、それを当たり前のことだと信じ、困っている人には手を差し伸べ、お年寄には優しくしてあげるのが我々市民の美徳と社会から教えられて生きてきた。


 ところがどうだ、いざ社会に出てみるとそこは弱肉強食、阿鼻叫喚あびきょうかん死屍累々ししるいるいの地獄ではないか。


 それでも真面目に生きてきたこの二十数年なのだ、突然変われる筈もない。しかし、これは仕事なのだ。

 平成不況からはじまる三十有余年、この絶望の不況の世の中で、ブラック企業は蔓延はびこり、年金は貰う前に何故かへ喪失し、政治家は仕事もせずに国会は毎日空転、派遣業が中抜きして大企業は減税され、中小企業はバッタバッタと倒れているというのに、儲かっているのは金融業ばかりのこの世の中では、金が絶対的価値観になって当然なのだ。

 

 そう、仕事だ! 俺たちは仕事をするのだ。仕事なんだから真面目に悪い事をしなければ上司に怒られてしまう。怒鳴られるどころか引っ叩かれる! それもグーでだ! グーパンの鉄拳制裁が我が社の社風なのだ。そうだよ、俺達はブラック企業の社員だ。サービス残業当たり前、自殺者出ても処分はされない。病気になったら孤独死なのさ、だから命の続く限り、仕事が出来る今だけ輝くのさ!





 とまぁ、それが今、俺達若者が置かれた状況なので、会社の業務を真面目にこなして給与を貰うのが正しい生き方な訳ですよ。会社がどんなに違法な事をしていたって、任された仕事を着実にこなす。それが社会に求める現代労働者の姿なのだから、生きてゆくのに合法も違法もない。法を守らせたければ、まともな仕事を与えろよと、社会的保障をするのは当たり前でしょうと。それが出来ていないんだから、破壊活動が流行るのも自然のことわりな訳です。だから、良心の呵責なんてものは、とっくの昔に渋谷のドブ川にポイなのだ。


「そんな訳で、今日は銀行強盗をしてもらいまーす。えーまず、774番さんの班は小泉銀行でーす。今回の計画は、同時多発強盗ですから、皆さん頑張ってくださーい。では皆さん怪我のないように、ご安全にー!」タイムキーパー係の773番が申し渡しをすると、69番は自分達の班を引き連れて担当の竹中中央銀行へと、全身黒タイツ目出し帽姿の、あからさまに怪しいアルバイト戦闘員達を引き連れてぞろぞろと街路を徒歩移動していった。


 我々戦闘員は番号で呼ばれている。元々は普通の人間ではあるが、求人情報誌を見たり、ハローワークの紹介で、高給に目が眩んだ皆さんだ。病院で簡単な改造手術を受けて、一般人よりかは腕力や耐久力が高い。元々体力と健康だけが取り得の俺のような採用者が大半だから、中々にいい働きをしてくれる。まぁ、なかにはからだが弱く、病気がちだった俺の昔の彼女の様に、怪人改造手術で元気になった例外もあるのだが、それでも今、彼女は健康で我が侭に、乱暴な人並みの幸せな毎日を送っているのだからよしとしよう。

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