第17話


いや~、本日の日課もこれで終了。

現実世界で筋トレを行い、ログインしてから少しだけ金策のポーション作りを行い出品してきた。


邪教のせいであまり稼ぎすぎても試練という名のカツアゲで取られてしまうけど、無一文もそれはそれで問題がある。


だからこうやって少しづつ稼ぐ必要がある。



「みつけた!」



でも、初期と比べ大分人が増えた。

街には色とりどりの装備に身を包んだ人たちが溢れている。


最初期はみんな僕と同じ初心者装備と呼ばれる物を身に着けていたのに。

今それを装備しているのは今日始めたばかりのプレイヤー位だ。


ま、僕は何を装備しても変わらないので、高い装備よりも価値が0の初心者装備でいいんだけど。



「無視するとはいい度胸ね」



突然、腕がグイッと引っ張られた。

視線を移せば、胸を強調し露出度の高い服を纏った痴女がいた。



「ごめんなさい。ちょっと知り合いと思われても恥ずかしいので」



僕は掴まれた腕を優しく振りほどき、丁寧に頭を下げゆっくりと反転し元の道に戻る。

うん。ああいうのは関わったらダメ。



「返しなさいよ!」

「は?」

「私の指輪!返しなさいよっ!!」



立ち去ろうとしたら今度は肩を掴まれ、怒鳴られた。

……なんだコイツ?


流石にイラッするわ。


心当たりなんてない。

いや、ほんと昼間から酔っぱらってんのか?


オンラインゲームで酔ってるなんて聞いた事ないわ。

あ……それとも、そっち系のお薬やられているとか……


これは絶対にかかわらない方が良いですわ。



「人違いだと思います。すいません」



僕は小さく頭を下げ、立ち去ろうとする



「舐めてんの?アンタ」



すると痴女は僕の胸倉を掴み、凄んでくる。



「やめてください。本気になったら僕に勝てませよ?」

「何、脅すの?やってみれば?」

「いいんですか?」

「そんな度胸貴方にあるのかしら?」

「いいんだな……覚悟しろよ」

「な、なによ!」



警告はした。

だけど、向こうが聞かなかったんだ。


いきなりイチャモンを付けられて、凄まれ、警告もした。

それでもダメなら、もう戦うしかないだろう。


その覚悟が向こうにもある。

だから……もう遠慮する必要はない。


こっちも本気でやらせてもらう。


覚悟を決めるように僕は息を大きく吸い込んだ。



「だれか~~~!!!助けてください!!!!変な人から恐喝されてますー!!!!」



僕は声の限り叫んだ。

出来る限り大声で。



「持ってもいない装備を寄越せと言われるんです!!だれか通報して下さい~~!!!」

「えっ、ちょ、わかった、離すわよ!離す!!!」



痴女の手が離れた。

この瞬間を待っていた!!


この時を逃さず僕は動く。



「お願いです!!貴方の言うものは持ってません!!もう2度と近づかないで下さい!!」



そう叫び、全身のバネを使い跳ねるように地面に膝を付き、頭を地面につけ、土下座した。



「すいません。初対面の貴方を何で怒らせてしまったか分かりませんが、このゲーム本当に楽しみにしてて!続けたいんです!!」

「指輪!指輪を返せば関わらないわよ!」

「持ってないですよ!お願いですからそういう変ないいがかりやめてください!!サポートAI、僕の持っているアイテムを全部ここに出してくれ」

(……それは、私の事ですね。承知しました)



呆れたような声がアイから返って来る。

ふん、この攻撃の真意が分からないとは……所詮AI。

まだまだ人間には遠く及ばない存在よ。


ただ、指示は伝わった様で僕のインベントリにある小麦粉袋やポーションの残素材などどうでもいいアイテムが辺りに散らばった。



「僕はこれだけしか持ってません。全部あげますから、許してください!!関わらないでください!!」



僕は土下座したまま叫ぶ。

なるべく周りの人から注目を浴びるように。


そして、少しでも同情をかうように。



「おい、おれ初心者狩りか?」

「PKじゃなくて直接脅してるのか……街中で」

「うわぁ、相手初心者装備だぞ?そこまで狙うか普通……」



やりすぎだ。

周りからそんな声が聞こえてくる。

ふふ、想定通り。


これで勝ちだ。

どう転んでも負けようがない。


どうだ!これが僕の本気だ!!



「ちょ!もう!覚えてなさいよ!!」



周りからの視線と雰囲気に耐えられなくなったのか、痴女は捨て台詞を残して走って逃げていった。


完全勝利だ。


ただ、どうしてだろう。

地面に散らばったアイテムを一人で拾い集めていると、無性に負けた気になる。



「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます。凄く怖かったですが、大丈夫です!」

「災難だったな。あんな奴はごく一部だから交通事故にあったと思って忘れた方がいいぞ」

「そうですね!アドバイスありがとうございます!」



めんどくせぇな……

そう思いつつ、周りからかけられる同情の声に僕は一つ一つ丁寧に頭を下げて答えていた。






「ああ!もうっ!!」



元々切るつもりだった。

初心者狩りなんてくだらない事やってはいたが、手助けして適当にチヤホヤすればあのバカはアイテムを沢山くれた。


ちょっと色目を使えばどんな装備でもすぐに手放す馬鹿だったから。



「あいつにさえ出会わなければ……」



まだ、情報が出ていないアイテムを巻き上げそれで配信数を稼ぎ、一財産築き上げる。

計画は順調だった。


あのバカから巻き上げたアイテムの中でも一番のお宝

モンスターをテイム出来る指輪を手に入れた所までは。


ただ、その計画は初心者の皮を被った変な奴に壊されてしまった。



「あの指輪さえあれば、Ontubeで有名になれたのに……」



まだモンスターをテイム出来るなんて情報広まってない。

だからこそ、チャンスだった。


貴重な情報で登録者を増やし、あとは適当に愛想振りまいて、露出を増やし、可愛いモンスターをテイムし、その経過情報でも出していれば馬鹿どもが勝手に貢いでくれる。


……そのはずだった



「なのにあいつがぁ!!」



その一番重要なテイムの指輪はPKKされた事によってロストしてしまった。

装備品は死んでもロストしないはずなのに、PKKされた場合は装備品もドロップするなんて知らなかった。


念のため殺された場所を調べたけど、落ちてはいなかった。

そうなれば、PKKしたあいつが持ち去ったはずなのに



「あ~!思い出すだけで腹が立つ!!」



気が付けば叫び声をあげていた。

もう感情が抑えきれなかった。



「おい、あれ」

「ああ、恐喝おばさんだ」

「声が大きい!」



聞き捨てならない言葉。

二人組が私の方を見て発した言葉だ。


はっ、よくみれば大学生くらいの男二人。

今の言葉も気になるし、ちょっと情報収集してみるか。



「ねぇ。ちょっといい?」



優しく笑いかける。

若い男なんて、愛想を振りまけば簡単に情報位聞き出せる。



「いま私の事、何て呼んでたのか教えて?」

「え?いや……」

「ショートで動画上がってて、いまバズってますよ」

「おい、馬鹿!」

「恐喝おばさんで検索すればすぐに」

「この馬鹿!逃げるぞ!!」



脱兎のごとく二人組は私から離れていった。

あの二人組の事はどうでもいい。


ただ、残していった言葉”恐喝おばさん”という言葉が気になる……。

サポートAIに指示し、早速その言葉で検索をかけてみる。


……ふふっ

目の前に映し出される青いウィンドウ。


その中には、私が脅しているような動画が沢山上がっていた。


そのコメントには、どれもこれも批判的な物ばかりで……。

内情も知らないような他人が一斉に私を責めている。


行動の批判は良い。


恐喝じゃなくて、ただの早い更年期。

恰好からして恥ずかしい。

若いのか年取ってるのか分からない。

発言も恰好も痛い痛しい。


このあたりはもはや関係ない暴言だ。



「殺す……絶対に殺す」



何に対してかわからないけど。

こんなに殺意湧き上がったのは、生まれて初めての経験だった。





「いやー、怖かった、怖かった。初めてだよ、カツアゲされたのは。しかし、街中でさ、初対面の人を恐喝するなんてどういう人間なんだろうね」

(あの方は初対面ではないですよ?)

「え?会った事あるっけ?」



うん?あんな痴女と面識はない。

というか会った事があるなら、無駄に記憶には残る人だからなぁ。



(この間ミキさんと、アレクさんがPKにされかけた時、リリィが返り討ちにした人ですよ」

「え?あれは男だったでしょ」

(違います。最後に弓を打ってきた人です)

「ああぁ~。そうかぁ~」



顔とか覚えてないよ。

必死だったもん、あの時。



(それに”指輪”というのも、返り討ちにした際ドロップしたアイテムでは無いですか?)

「あ……」



そういう事か……

だから、あんなに絡んできたのか。



「納得したけど、返す理由は無いよね」

(そうですね。仕掛けてきたのは向こうですから)

「ね、逆恨みも甚だしいよ」

(でも、ミキさんにその指輪あげてしまいましたから、返したくても返せないですね)

「……そうだ、指輪あげたんだった」



……不味い。

あの痴女がミキさんに絡む。

子離れ出来ないその父親がキレる。

原因を探す。

僕がその一因だと知れる。

僕は死ぬ。


この流れが出来てしまう……。

可能性は低いかもしれないけど、ありえない話じゃない。



「はぁ~、やだねぇ……アイさ、一応ミキちゃんに連絡しておいてくれる?変な奴に絡まれたって事とそいつが渡した指輪を狙ってるかもしれないから装備しないようにって」

(分かりました)



指輪、回収した方がいいかもしれないな……。

価値があるなら、さっさと競売にかけて売り逃げておくか。


その方が余計なトラブルを避けられそう。



「知らない人から声かけられたら逃げ一択だね。ゲームやってる奴なんてロクな奴がいない」

(綺麗なブーメランですね)

「はは、分かってるんだ。僕がとっくにクソ野郎だってことは」

(自覚があるなら救えないですね)



そんな他愛もない会話をしていると、道の先にワラワラと人が現れ通れなくなっている事に気が付いた。

同時に後ろからも、人が出てきて戻る道も塞がれていた。



「アイ、これは……」

(穏やかではないでしょうね)



僕はアイと小さくな声で会話し辺りを見回す。



「リリィ君だね」



一人の男が正面の集団から出てくる。



「話がしたい。少しだけ話をさせて貰えないかな?」

「断る」



何か会話だ。

こんな状況でまともな会話なんて出来る訳がないだろうが。



「お前、団長が話したいっていってるんだぞ?!!」



集団の一人がキレながら叫んでいた。

まだ幼さの残る顔は恐らくまだ学生だろう。

てか、学生でこのゲームしてるのか?

どんだけ家が裕福なんだ?

このゲームプレイするのに、80万とかかかるんだぞ?


学生でそんな遊び出来るのか?

いや、出来るんだろうな。

事実こうやって目の前にいる訳だし。


うん……こいつムカつくな。

間違いなく敵だ。



「初対面だろ?なんだその口の利き方。ゲームの前に常識を学んで来いクソガキ」



まずは学校で社交性学んで来いクソがぁ!

学生時代から80万のゲームで遊ぶなんてうらやま……10年早いんだよ!!



「コイツ!なめてんのかぁ?!!」



大声でキレてきた奴は、腰に装備してた武器に手をかける。

はぁ……ゲームやってる奴はほんと常識ない。

なんで初対面の人間にこんな理不尽にキレられるんだ?



「お前。1対1ならまだしも、この状況で武器に手をかけたな。それ、どういう事か分かるか?お前たちを全員敵と見なすぞ?」

「すまない。彼は私の味方だ。この通りだどうかその手を治めて欲しい」



団長と呼ばれた男は丁寧に頭を下げていた。

一応、常識はあるみたいだし、戦いに来たわけでもなさそうなのは分かった。



「わかった。ただ条件がある」

「なんだろうか」

「今後2度と関わるな。初対面の人間を囲んで脅すような人間とは関わりたくない」

「それは……」



言葉に詰まる。

その程度も考えられないのなら、正直付き合う価値は無い。



「お前なんなんだ!団長がこうまで言ってるのに話位聞け!!」

「はぁ……なんでゲームができるチンパンジーを連れている?珍しいのは分かるが、ペットならちゃんと教育しろ」

「おまえぇ!!!」



一団の中でキレていた奴は、腰に下げていた武器を抜いた。

たしか街中でPKは出来ないはずなんだけどね。

武器は抜けるんだね。



「抜いたな。これで確定だ。お前らは全員敵だ」



僕はゆっくりと腰を落とし短剣に手を伸ばす。

まだ武器こそ抜いてないが、戦う意思を示していた。



「まってくれ!そんなつもりは無かったんだ!!」

「この状況でそんな事言えるのか?お前らはもう敵だよ。やるかやられるか、それしかない」

「団長!」



奥に控えていた一団は、団長と呼ばれた男を囲む様に陣形を組み、武器を抜く。

だから、街中でPKとか出来ないってルールがあるでしょうに。



「正体現したな。このPKどもが」



僕はそう言い放ち、アイに小声で武器を変えるように指示をする。



「違う。お前達も武器を下げろ!!」

「戦いを仕掛けてきたのはそっちだ。加減はしない」

「ああ!仕方ない!全員陣形を組め!彼は猛者だ!!」



その指示に従うように前も後ろも固まって陣形を組む

僕はその光景を見て小さく笑う。


次の瞬間、左手に袋が自動で装備された事を確認し、僕は短剣を引き抜いた。



「袋?」



そう。袋だ。

ただの小麦粉袋。


それにナイフで切れ目を入れ、空へ大きく投げ飛ばした。



「おぉ?!」



皆が粉になった小麦粉に注目した瞬間、僕はナイフをしまい後ろへと走り出す。

人の数が手薄な後ろの集団にむかって。



「来るぞ!」

「遅い!!」



脇に置いてあった樽を踏み台にして、建物の壁を2,3歩だけ走る。

それで十分だ。


構えている小さな集団を跳び越し、十分すぎる距離は稼げた。



「いくぞ!!」



僕は叫ぶ。

その言葉だけで、その集団はグッと身構える。


その動作を確認し、僕はただ走った。

集団とは逆方向に。



なんでこんな目にあう事になったんだ?と考えながら


もう、今後こういった細い路地にさえ注意を払わないといけないと思うと気が重くなる。



「忍者?」


そんな声が後ろから聞こえた気がしたが、僕は無視して走り続けた。

ちょっとしばらくはボス(アイ)と訓練してログインしないようにしよう。


原因はわからないけど、ほとぼりが冷めるまでは。


………

……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る